もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

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240418_台湾グルメ

台湾グルメ350品食べ歩き事典

光瀬憲子 双葉社

台湾の代表的な食品350品を写真入りで紹介した書籍。主要なものについてはカラー写真つきで紹介されている。一方でメジャーではないものについては、写真が省略されていたりする。現地語での読み方も併記さえていて、利便性の高い著作である。

お奨め度★★★

ポケット版 台湾グルメ350品! 食べ歩き事典 (双葉文庫)

240408a_えとせとら

春の旅行記録です。
今回は観光列車「etoSETOra」を利用した瀬戸内の旅を紹介します



PoG表紙


「Paths of Glory」は、1999年に米国GMT Games社から発売されたSLGです。テーマはWW1(第1次世界大戦)で、1914年に始まるWW1を、1Turn=3ヶ月、1ユニット=軍団~軍といった単位で再現します。

今回、この「Paths of Glory」をVASSALを使ってプレイしました。筆者は連合国を担当しました。

写真00

1Turn(1914年8月)

FR3A_333ドイツ軍はGuns of Augustカードでリエージュを落とした後、さらに戦果拡大を図ってセダンのフランス第5軍(3-3-3)を攻撃する。しかしドイツ軍の攻撃の出目が悪く、フランスが1ステップ食らっただけでMelumに後退していった。セダンに進出してきたドイツ2個軍に対してヴェルダンのフランス軍が攻撃を行い、1ステップの損害を与えた。

写真01


連合軍は、Rape of Belgiumカードでベルギーにおけるドイツ軍の残虐行為を指摘。WSを2段階上昇させて、1VPを獲得した。

東部戦線では、ロシア軍が攻勢を仕掛けていく。オーストリア国境のTarnopolでオーストリア第3軍(3-2-3)を撃破した後、Czernowitzを攻撃、オーストリア軍を撃破して、Czernowitzを占領した。

写真02


2Turn(1914年9月)

CP10_SUD_Armyロシア軍とイギリス軍で増援を行う。ロシア軍は第9,第10の2個軍(共に3-2-3)が新たに増設された。イギリス軍は第1軍(4-3-3)が動員され、ただちにオランダ戦線に送られた。

中欧軍もドイツ第10軍(5-3-3)とオーストリア第7軍(3-2-3)を増設。さらにSUD軍を編制し、東部戦線での反撃態勢を整えた。この兵力でオーストリア軍は反撃を開始。Czernowitzを守るロシア第8軍(3-2-3)はオーストリア軍の攻撃を受けて壊滅。Czernowitzも奪回されてしまう。

写真03


海上では英海軍が海上封鎖を実施して、ドイツの経済を締め上げる。

このTurn終了時に連合軍の戦争段階は、動員状態から限定戦争に移行した。

3Turn(1914年秋)

RU9A_323オーストリア軍がさらに反撃。国境を越えてロシア南部を伺う勢いである。ロシア軍は2個軍をKamenets-Podlskiに送り込み、合計3個軍でCzernowitzを攻撃。オーストリア第7軍(3-2-3)に損害を与えて、これに後退を強いた。さらに前進するロシア軍は、オーストリア軍に打撃を与えつつ、ボスニア地方に侵攻していく。

西部戦線では、強制攻撃によりフランス3個軍がセダンを守るドイツ軍を攻撃し、ドイツ第1軍(5-3-3)を壊滅させた。ドイツは新編成の第9軍(5-3-3)を直ちにセダンに送って防御を固める。

写真04
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ドイツ本国では、ファルケンハインがドイツ参謀総長に就任した。これで中欧軍のWSが4となり、中欧軍も限定戦争に移行した。これにより、次Turnにトルコが自動参戦する。

4Turn(1915年冬)

AP07_SevereWeatherドイツ軍が東部戦線に3個軍を集めてワルシャワ正面で攻勢の気配を見れている。Lomzaに対してドイツ軍が攻撃を仕掛けてきたが、なんとか耐えた。

西部戦線では、ドイツ軍が強制攻撃を戦線の最南端部であるBelfortに対して仕掛けてきた。その時Belfortには1個軍団しかいなかったのでちょっとヤバイ状況であったが、要塞効果とSevere Weatherのおかげで辛くもドイツ軍を撃退することに成功した。助かった。マジヤバかった。

写真06


5Turn(1915年春)

RUCau_323コーカサス地方にロシア軍ユーデニッチ軍が編制される。ユーデニッチ軍は早速トルコ領内へ侵攻を開始した。Erzerum(エルズルム)の要塞を攻撃してこれを撃破する。

写真07


東部戦線ではロシア軍が再び攻勢に転じるも、ドイツ・オーストリア軍と一進一退の攻防を続けている。西部戦線でもドイツ軍とフランス軍が激しくぶつかるが、フランス軍は1個軍を丸々失うという大損害を被った。

大西洋上ではイギリス客船「ルシタニア」が、ドイツUボートの攻撃により沈没。アメリカ人乗客を含めた多数の船員や乗客が犠牲となった。この事件はアメリカ世論を激昂させたものの、まだアメリカが参戦するような状況ではなかった。

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6Turn(1915年夏)

AP31_MEFイギリス地中海遠征部隊(MEF)が編制され、キプロス島に上陸した。トルコを南から攻め上げる態勢である。トルコ軍はただちに増援部隊をキプロス島前面に配置し、トルコ本土の守りを固める。MEF軍は激しく攻撃を仕掛けたが、トルコ軍の抵抗が激しく、これ以上は内陸部に侵攻できずにいる。

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なおこのTurnにルーマニアが連合国側で参戦する。東部戦線で新たな敵を迎えることになった中欧軍は、さらなる対応を迫られることとなった。

写真10


7Turn(1915年秋)

IT5A_223ルーマニアが中欧軍側に立って参戦する。それに対抗してイタリアが連合国として参戦する。イタリアの参戦を受けてドイツ軍がTrieste等のオーストリア・イタリア国境地帯に移動し、守りを固める。

写真11


8Turn(1916年冬)

AP46_Brusilov_Offensive中欧軍がイタリア戦線で攻勢を仕掛けてきた。まだ戦備が整っていないイタリア(この国はいつでも火事場泥棒的な戦争を仕掛けてずっこけている)は、中欧軍の猛攻によりいきなり2個軍を失ってしまう。慌てた英仏両国は慌てて増援部隊をイタリアに派遣する。

ロシア戦線では「ブルシーロフ攻勢」が発動され、Czernowitzを守っていたオーストリア2個軍がロシア軍の攻撃により撃破されてしまう。

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9Turn(1916年春)

CP31_Kemalトルコ軍が強制攻撃で「Kemal」を使用した。これによりロシア軍団1個を撃破し、Diyarbakirを奪回する。

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東部戦線でもドイツ軍が攻勢を開始した。ロシア軍団1個が守っているGrodno要塞を攻撃。ロシアの守備隊を撃破した上で、さらに要塞も占領した。

西部戦線ではフランス軍が計6個もの大軍を集めてセダンを守るドイツ軍を攻撃する。兵力比は3:1と圧倒的にフランス軍が有利であったが、塹壕に守られたドイツ軍の守備は固く、フランスは新鋭の第10軍(3-3-3)を失ってしまう。

このTurnの最後のラウンドでギリシアが連合軍側に立って参戦した。

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結果

CP15_Chlorine_Gas時間の関係で今回はここで終了とした。現時点でのVPは計5VP。その内訳は以下の通りだ。
このゲーム、中欧軍が有利な場合はVPが加算され、連合軍が有利な場合はその逆になる。今回の場合、まずVPスペースの支配で、連合国がイタリアのTrent、中近東のBaghdad、東部戦線のLembergとCzernowitzを確保したので合計ー4VP。中欧軍はWarsawとSedan占領したので2VP。次にイベントについては連合軍がー4VPで、中欧軍が+1VP。最後に連合軍が強制攻撃を1回サボったので+1VP。総計するとー4VPとなる。元もとが10VPなのでそこから-4VPで6VPとなる。ちなみに0VPになると連合軍のサドンデス勝利となるが、サドンデスまではまだ道半ばといった感じ。ただし第10Turnに終了する中規模シナリオでは10VP以下で連合軍の勝利になる。いずれにしても連合軍が有利な状況というのは間違いなさそうだ。

感想

AP55_OverThere久しぶりにパスグロをプレイしたが、やはり面白かった。カードドリブンなので待ち時間が少なく、テンポよくプレイできるのは良い。イベントカードも当時の様々な事件が盛り込まれていて当時の雰囲気を味わうことができる。

難点を言えば、自由度の高さか。これは利点の裏返しでもあるのだが、カードドリブンゲームの場合、プレイヤーの自由度の多さが仇となり、長考するととんでもなく時間がかかってしまう。しかも悪いことにこのゲーム、ワンミスが致命傷になる危険性がある。VASSALプレイの場合は特に要注意だ。長考についてはプレイスタイルもあるのでどうしようもないのだが、ワンミスについては明らかなミスの場合は相手側から指摘する等、紳士的なプレイを心がけたいものである。

いずれにしてもパスグロは面白いゲームなので、機会を見つけて再戦したいと思っている。

Paths of Glory, 5th Printing

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広島名物といえばお好み焼きですけど、毎回広島風のお好み焼きというのはちょっとワンパターン。他に何か食べたいものはないかな、と、思って、牡蠣料理の美味しい店を探してみました。

それで見つけたお店がこの「広島名物 牡蠣一番」。
PARCOのすぐ裏側にあるお店で、場所的には広島で最も賑やかなあたりです。

かきずくしということで、生ガキ、焼ガキ、そしてカキフライの3種類を注文しました。生ガキ、焼ガキは色々なバリーエーションがあるので、つい目移りしてしまいます。

一番おいしかったのは、やはり生ガキ。柔らかいカキに醤油を垂らして食べるその味はまさに絶品。焼ガキやカキフライも美味しかったのですが、生ガキの瑞々しい美味しさに比べると、どうしても見劣りしてしまいます。

ちょっと生ガキを食べ過ぎてしまいました。その夜から朝にかけて、ちょっと体調不良でした。みなさん、美味しいからといって、カキの食べ過ぎにはくれぐれご注意を。

お奨め度★★★★


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[動画]


1980年代ベストゲーム3

1980年代と言えば、特にその前半期は日本で空前のウォーゲームブームが巻き起こりました。
この時期、数多くのウォーゲームが国内メーカーからも発売され、海外製ゲームも数多く紹介されました。
これらのゲームの中には現在でもプレイされ続けている名作ゲームも数多く存在しています。

今回は1980年代に製作されたウォーゲームの中から、うp主が現時点で好きなウォーゲームベスト10を紹介します。
この動画はあくまでもうp主個人の好みを紹介したもので、作品自体の優劣を論じたものではありません。

今回は、その第3弾で、最終部分を紹介します。





シミュレーションジャーナル ゲームジャーナル87号 新信長風雲録
シミュレーションジャーナル ゲームジャーナル別冊 激闘 関ヶ原 ~どうする家康?どうなる関ヶ原!?~
ラビリンス:フォーエバーウォー2015-?
WWS第9号『ドイツ装甲軍団1』
バルジ大作戦 (ジャパン・ウォーゲーム・クラシックス第4号 第2版)


240406b_Saku美Saku楽

2024年の春、晴れて自由の身となった私は、青春18きっぷを使ったちょっと長めの旅行をしてみました行先は西日本
以下の記録は、その際に観光列車「Saku美Saku楽」に乗った時の記録です。さらに「Saku美Saku楽」を降りた後、伯備線に乗って米子まで向かった際の記録も掲載しました。

つづく

[動画]


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240409_西南戦争

戦況図解西南戦争

原口泉 三栄書房

西南戦争を扱った書籍だが、西南戦争全体像ではなく、西南戦争における個々の戦いについて、個別に開設した著作である。西南戦争といえば、熊本城攻防戦とか田原坂の戦い等が有名だが、政府軍が田原坂を突破し、熊本城の攻囲が崩れた後も、人吉、都城、宮崎、延岡等で戦いが続いていた。本書ではこれらの細かい戦いを1つ1つ取り上げて、その戦況を解説している。さらに個々の戦いについて戦況図を着けることで、これらの戦いにおける両軍の動きを視覚的に示している。
そういった意味で資料性の高い著作と言えるが、惜しむらくは個々の戦いでの両軍の兵力についての記述が乏しいこと。また戦術レベルの説明ではなく作戦レベルや戦略レベルでの分析に乏しい点などがマイナス部分である。

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岡山県津山市と言えば、岡山県中部の内陸部にある中規模都市です。町の中心部には津山城がそびえ、吉井川が町の中央を流れる美しい街です。
今回宿泊したホテルの近くにある食事処が、まぐろダイニング「美蔵」です。
今回はアルコール類の他、ホルモンの鉄板焼きと海戦賄い丼を注文しました。両方とも美味しかったです。
ホルモンは、野菜とホルモンをタレにつけて焼いたもの。柔らかいホルモン肉と野菜との組み合わせが良かったです。
賄い丼は、ご飯にマグロと温泉卵を載せたもの。マグロが贅沢にドッサリと乗せられていて、満足度の高い一品でした。

お奨め度★★★


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2024年の春、晴れて自由の身となった私は、青春18きっぷを使ったちょっと長めの旅行をしてみました
行先は西日本。
以下の記録は、その際に立ち寄った津山市内観光についてです

前回までの記録は-->こちら

夜の津山城

津山城は津山駅から徒歩10分ぐらいの場所にあります。ホテルを出て川沿いの道を歩いていると目の前に真っ赤な夕日が今にも地平線に没しようとしているではありませんか。 これはチャンスとばかり、夕日が綺麗に見える場所へ急ぎましたが、そこに無情な信号機が・・・。
信号が青になるまでに夕日はほぼ水平の下に没してしまいました。残念

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吉井川の橋を渡って少し歩いた所に津山城に向かう交差点があります。そこを右折して少し歩くと、津山城に向かう登り道があります。その坂を上り切った所が津山城の入場口で、入場料は310円でした。
さらに登っていくと、ライトアップされた桜の花が、紫色に美しい光を放っています。

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さらに登っていくと、一番上の広くなったところに出ます。ここは桜自体は殆どないのですが、逆にノンビリするには丁度良い感じです。さらに天守趾と呼ばれる一番高い所に登ってみると、夕暮れに沈む津山の街並みが綺麗に見えています。

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少し時間が経過しました。あたりはかなり暗くなっています。そろそろ降りましょう。降りていく途中にも怪しい光を放った桜の花が綺麗です。出店の所まで降りてくると、人がいっぱいです。お店の方からは美味しそうな匂いが漂ってきました。

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昼の津山城

翌朝、ホテルをギリギリまで粘り、再び津山城に向かいました。津山市は、吉井川の流域に広がる人口約10万人の中規模都市です。大都市とは違って自然が多く感じる気持ちのいい街並みでした。市内の真ん中を流れている吉井川が気持ちよく感じます。
歩いて10分ほどで津山城に到着。昨日と同じルートを上っていきます。今日は土曜日ということもあって城内はかなり人がいました。それでも昨晩に比べると、やや少ないようには思います。桜の方はほぼ満開状態。天候の方もやや雲がありますけど、概ね快晴状態でした

石段の所から見上げる桜が綺麗なんですよね。こういった城郭と桜が似合う理由のひとつとして、石垣や城郭が桜の花とコントラストをなして桜がより一層綺麗に見える所かなと思います。
そういえば桜の名所って城郭が多いですよね。あと、縄張りが立体的なので写真を撮るときに上下方向へカメラを向けやすいこと。これって人が多いときに、人を避けて写真を撮るときなどに有難い部分です。

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そんなことを言っている間に城郭の一番上に到着しました。天守台の前から津山市内を見渡します。夜景も良かったですけど、昼間の景色も良いですね。

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帰りも桜を見ながらゆっくりと降りていきます。途中で左の方に上がっていく階段があります。どうやら天守の方にはつながっていない階段で、お墓のような所に出ました。こちらは城のメインストリートからは外れているので、ちょっと人が少ないかも。こういった場所の方がゆっくりと写真が撮れそうです。

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帰りは裏口の方へ廻ってみました。こちら側は菜の花と桜とのコラボレーションが綺麗ですね。裏口から城の中へ入っていくルートもあるようでした。こちらの方角から見た津山城はまた違った雰囲気があります。

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津山まなびの鉄道館

吉井川を渡って津山駅の方に戻ります。
津山駅から徒歩10分ぐらいの所にある鉄道関係の博物館です。元々は津山の車両基地だった所を鉄道博物館に改造したもの。施設中央にターンテーブルがあり、その周りの車両格納庫には岡山地区で活躍していた往年の名車を保管しています。


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という訳で津山観光の報告は以上になります

では

つづく

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Midway Inquest

Dallas W. Isom Indiana University Press

5年ぶりに再読した。やはり面白い。
本書の主題はミッドウェー海戦における日本軍の決断について日本側の視点で分析することにある。筆者はミッドウェー海戦における日本側の決断は以下の3点としている。
1)第2次攻撃隊を雷装から爆装に変更させた
2)敵艦発見の報を受けて雷装に戻させた
3)「直ちに攻撃の要ありと認む」を採用せず正攻法の攻撃を選択した
筆者はその決断の根拠を明らかにするため、日本側の資料(主に「戦史叢書」と澤地久枝氏「滄海よ眠れ」を参照)を丹念に分析し、日本側の決断の根拠とその背景となった事実関係(例えば日本空母の兵装転換はどの程度進んでいたのか)調査・考察している。その中で筆者は日本側決断の主要要因として空母艦載機搭乗員の層の薄さ(全体でパイロット約400人のうち、ミッドウェー海戦までに既に約100人を失っていた)を上げ、そのため日本側としてはパイロットの損失を強いる「護衛なし攻撃」を実施し難かったと上げている(筆者の言葉を借りれば「日本軍は『ピュロスの勝利』を恐れた」とある)。
その上で筆者はミッドウェー海戦での日本側の最大の損失を「空母4隻の損失ではなく搭乗員の損害」とし、4隻の空母艦上で戦死(爆死又は焼死)したパイロットの数量を推測している。このような数値的分析は、日本側の資料ではなかなか見れないだけに、壮絶ですら思える(このあたりの数値分析は日本側の資料では避けて来た部分である)。
また本書後半には架空戦記として「もしミッドウェー海戦で日本軍が勝利していたら」的なサイドストーリーが長々と書かれている。この筆者はこういったストーリーが結構好きらしい。個人的にサイドストーリー自体はあまり興味を惹かなかったが、最終的なオチは面白かった。

お奨め度★★★★★

Midway Inquest: Why the Japanese Lost the Battle of Midway (Twentieth-Century Battles) (English Edition)

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