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「第三帝国の盛衰」(以下、本作)は、2019年にGame Journal誌70号として発表されたシミュレーションゲームである。テーマは第2次欧州大戦。1939年9月のナチスドイツによるポーランド侵攻から1945年5月のベルリン陥落までを再現する。

前回のレポートでは、途中までプレイしてルールミスで終了、という形になった。そこで今回はソロプレイで最初からやり直してみた。ちなみにルールやシステムの概要については前回のレポートを参照されたい。

1Turn(1939年冬)

AX電撃戦2まずは「電撃戦」でポーランドを占領。返す刀でベルギーとオランダに侵攻する。歩兵による侵攻と航空兵力による支援でベルギー、オランダ両国はドイツ軍の軍門に下った。
このTurn、イタリアが枢軸陣営に参加して参戦する。

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2Turn(1940年夏)

GE012AF戦略カード=4/4(枢軸/連合、以下同じ)
ドイツ軍の装甲部隊が「電撃戦」でパリに侵攻する。空軍の支援もあってパリは陥落。フランスが連合軍陣営から脱落した。さらにドイツ軍がデンマーク、ノルウェーに侵攻する。デンマークが陥落した。
このTurn、ルーマニアが枢軸陣営に参加して参戦する。

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3Turn(1940年冬)

GR211戦略カード=6/4
ドイツ軍はバルカン半島に侵攻する。「電撃戦」でユーゴスラビアが陥落。さらにギリシアに侵攻するドイツ軍であったが、攻撃の出目が振るわずギリシアは持ちこたえた。
英軍は本土の守りを固める一方、エジプトに兵力を集中し、守りを固める。
このTurn、ノルウェーが陥落。ハンガリーが枢軸陣営に参加して参戦する。

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4Turn(1941年夏)

SU412戦略カード=7/5
ソ連が連合軍側に立って参戦する。ギリシアを制圧したドイツ軍はバルカン半島を北上。ルーマニアからウクライナに進入した。ソ連軍を撃破したドイツ軍はウクライナを制圧する。
北アフリカではエジプトを出撃した英軍がリビアに進入。イタリア軍を撃破してリビアを制圧した。さらに西へ進む英軍はチュニジアに進出する。ドイツ軍は装甲部隊や航空部隊をアルジェリアに派遣。アルジェリアからチュニジアに逆侵攻して英軍を撃退した。
ロシアの大平原から北アフリカの砂漠地帯へ。戦争は拡大していく。
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5Turn(1941年冬)

GE313UB戦略カード=8/8
ドイツ海軍が北大西洋で通商破壊戦を仕掛けた。しかし出目振るわず僅かに連合軍の手札1枚を減らしたのみ。その後の英海軍対潜部隊の反撃によってUボート部隊は一時的に壊滅状態に陥ってしまう。
ロシア戦線ではドイツ軍装甲部隊がレニングラードに侵攻した。しかし極寒のロシア平原、ロシア軍の待ち伏せ戦術等によって大損害を被ったドイツ軍によるレニングラード攻略は失敗に終わる。

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6Turn(1942年夏)

GE313UB裏GE313UB戦略カード=8/9
遂に戦略カードで連合軍が優位に立った。そしてアメリカ合衆国が連合軍側に立って参戦する。米軍部隊が続々とヨーロッパ戦線に登場する。大西洋でのUボートと米英対潜部隊の激しい戦い。今回も連合軍側の勝利に終わる。

7Turn(1942年冬)

US013CVE戦略カード=8/9
連合軍の長距離戦闘機が実用化され、航空機の攻撃半径が3エリアまで増えた。その結果、ドイツ西部ルール工業地帯が英本土を発進する米英航空部隊の爆撃圏内となった。パリ、ルール、ローマが戦略爆撃の目標となり、次々と撃破されていく。
米英軍はトーチ作戦を発動。西アフリカに上陸した。しかしチュニジアから反転してきたドイツSS装甲軍団が西アフリカ戦線に到着。その圧倒的破壊力によって米英軍を撃破した。
このTurn、ポルトガルが連合軍側に立って参戦する。

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8Turn(1943年夏)

US012AF戦略カード=8/9
このTurnも戦略爆撃が実施されたが、パリが制圧されたのみでドイツ軍が失ったカードは1枚だけであった。東部戦線では赤軍がバルト三国で反攻に転じ、一時的にせよバルト三国を奪い返した。ドイツ軍の反応は素早く、精鋭SS装甲軍団をバルト三国に派遣し、赤軍部隊を撃破してバルト三国を取り返した。
しかし東部戦線でドイツ軍が苦戦している頃、北アフリカでは米英軍による反撃が再度実施された。航空兵力を主力としてチュニジアに侵攻する米英地上部隊。海からは米英の艦隊が西地中海に進入し、ヴィシーフランス海軍を撃破していた。西地中海の制海権を失った枢軸軍は北アフリカ植民地への補給線を断たれる。孤立したアフリカ軍団はチュニジアで米英軍に惨敗。アルジェリアまで後退する。チュニジアは連合軍の支配するところとなった。

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GE313UB裏海上でのUボート戦は既に威力を失っていた。遅まきながらUボートは攻撃目標を警戒厳重な北大西洋から、やや警備の手薄な中部大西洋に目標を変更した。しかし先に連合軍側に参戦したポルトガルが米英軍に航空基地を提供したことにより中部大西洋のUボートも米英軍機の猛威に晒されることになった。

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9Turn(1943年冬)

AL戦略爆撃戦略カード=8/9
連合軍の戦略爆撃が猛威を振るった。パリ、ローマ、ベルリン、ワルシャワ、ルーマニアが爆撃の犠牲となる。ドイツ軍は一挙に5枚の戦略カードを失い、その行動能力が大幅に掣肘されてしまう。

ちなみにこの時の戦略爆撃はルール違反であった。そのことについては後に触れる。

SU323東部戦線では赤軍の冬季反攻が始まる。ミンスクに対する一大反攻、バグラチオン作戦の始まりだ。再建された赤軍空軍が空を覆い、ショックアーミーやレンドリースで送られてきた戦車軍団が大地を埋め尽くす。「電撃戦」カードを次々と注ぎ込み、疲弊した部隊は「補給」カードで回復する。その繰り返しだ。精鋭を誇るドイツ軍もこの物量攻勢には対抗すべくもない。それでも手札が残っていればドイツ軍にも機動防御が可能であったが、戦略爆撃によってカードの枚数を減らされている状況では、極めて限定的な対応しか許されなかった。激しい戦いの末、白ロシアは陥落。さらにポーランド領内ガリシアも赤軍の支配するところとなった。

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US413FT西部戦線でも動きがあった。地中海に侵攻した米英艦隊がイタリア海軍と交戦してこれを殲滅。地中海は米英海軍の支配する所となった。続いて米英軍は航空兵力の支援の元、南フランスに上陸。史実よりも半年早いドラグーン作戦である。南フランスを守っていたヴィシーフランス軍部隊は成す術もなく壊滅。米英軍はそのままフランスを北上、パリに向かう。パリを守っていたドイツ軍は精鋭のSS装甲軍団であったが、これも激しい米英航空部隊の攻撃を受け、戦う前から大損害を受けていた。
ドイツ軍が十分に弱った所で米英の装甲部隊がパリへ進攻。英仏海峡を渡って北フランスに上陸してきた部隊もパリ攻撃に加わる。数倍の敵による攻撃を受けたSS装甲軍団はベルギー領内に向けて後退を始める。

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(つづく)