211218_日本軍兵士

日本軍兵士-アジア・太平洋戦争の現実

吉田裕 中公新書

「太平洋戦争で日本軍は善戦した」「連合軍は日本軍兵士の戦いぶりを驚嘆した」等とはよく言われる。自国民や戦争に参加した人たちだけではなく敵である連合軍側からも同様の評価がなされることがある。陸海軍を問わず旧日本軍にある種の「精強さ」を評価する向きがあることは否定できない。しかし「精強さ」の裏でどのような悲惨な死があったのか。そしてそれらを生み出した日本軍の組織的な欠陥とは何だったのか。本書はそのような事実に着目し調査した著作である。
本書はまず日本軍兵士の「死に方」に着目する。個々の兵士がどのような「死に方」をしたか、については、細かいデータが存在していないため実数は不明である。しかしいわゆる純粋な意味での「戦死」の割合は極めて少なく、その大半が戦病死、つまり病死であったとする筆者の主張は衝撃的だ。例えば日中戦争の段階(1941年12月まで)のデータでも戦病死の割合は50%以上となっており、中国戦線を戦い抜いたある連隊の場合、戦病死の割合が73%にのぼるという。補給面で比較的恵まれていたとされる中国戦線ですらこの数値なのだから、補給の断たれた太平洋の島嶼戦や悲惨の代名詞とされるインパール戦等はもっと割合が増えるであろう。その原因は日本軍の衛生観念の低さや衛生対策の遅れ等が挙げられているが、戦闘力至上主義の弊害と読み取ることもできる。
さらに純粋な病死以外にも、例えば自殺者や事故死(軍隊内のイジメにより死亡に至ったもの)、さらに輸送中の海没、さらには特攻による強制自殺等も含めると、日本軍における「名誉の戦死」の実態が実は陰惨なものであったことが浮かび上がってくる。
またこのような悲惨な実態を生み出した背景には、日本陸海軍の急速な規模拡大を挙げることができる。「精鋭主義」を打ち出していた日本陸海軍の規模は、1930年の段階で陸軍20万人、海軍5万人の計25万人。それが太平洋戦争終結時の1945年には陸軍550万人、海軍170万人の計720万人まで膨れ上がり、実に30倍規模に膨れ上がった。このような「大衆化」した軍隊で「精鋭主義」が通用する訳がないのだが、そのような事態を直視して本質的な対策を打たなかったことが悲惨な事態を招いたと言えよう。
日本軍の「強さ」について改めて見直してみるには良い著作だと思う。

お奨め度★★★★★

余談だが、戦後に所謂「戦記」物の著者はほとんどが「25万人」のグループに属しており、その中でもさらに一部のエリート層であったことは覚えておいて損はない。そしてエリート達の作文が、「残り720-25万人」の思考に全く及ばなかったことは、大岡昇平、山本七平らの作品を見れば明らかである。