長元記00


「長元記」(以下、本作)は、Game Journal#80の付録ゲームだ。テーマは日本の戦国時代で、四国での戦いを作戦レベルで描いている。
長宗我部元親本作のシステムは所謂「戦国群雄伝シリーズ」で、1Turnは実際の1週間(当時1週間という単位はなかったと思うのだが・・・)、1Hexは実際の約6kmに相当し、マップには四国全域と淡路島の南端、山陽地方の沿岸地帯の一部が描かれている。1ユニットは500~1000人程度の兵力を表している。
本作には6本のシナリオが用意されており、それぞれ1569年から1585年までの特定の期間を扱っている。6本の内訳は、ショートシナリオが3本、大型シナリオが3本だが、一番大規模なシナリオ5にしても長さは20Turnが最大なので、1日あれば十分プレイし終えることができる。

今回、本作に挑戦してみた。


シナリオ3.天魔王襲来

神戸信孝このシナリオは、本能寺の変の時期を扱ったシナリオだが、「もし本能寺の変が起こらずに織田信長が当初の予定通り四国平定戦を行っていたならば」という仮想設定を描いたシナリオである。四国平定を目指す長宗我部と、長宗我部を撃破してやはり四国平定を目指す織田・反長宗我部連合軍の戦い。私は織田・反長宗我部陣営を担当した。

長宗我部信親 長宗我部陣営は、長宗我部、金子、香川、羽床の各氏からなる。ユニット数は長宗我部27、その他11の計38ユニット。対する織田・反長宗我部陣営は、神戸信孝率いる織田本隊と三好、十河、奈良、香西ら東部方面軍が30ユニット、河野、西園寺の西部方面隊が20ユニットで、合計50ユニット。兵力的には織田・反長宗我部陣営が約30%優位に立っている。
では指揮官の能力はどうか。長宗我部陣営は、総大将の長宗我部元親は3-2-3。また長宗我部家の武将は、長宗我部信親(3-3-2)、香宗我部親康(3-2-3)、久武親直(3-2-3)等、さらに中小大名は金子元宅(3-2-3)、羽床資戴(3-3-2)等、それなりに有力な顔ぶれである。

丹波長秀 対する織田・反長宗我部連合の方。総大将の神戸信孝は2-1-3と少し寂しいレーティングだが、副将格の丹波長秀が2-2-4で両軍通じて数少ない行動力4を誇り、さらに阿波を支配する十河存保は3-3-3と全ての面でバランスが取れた能力を有している。一方で伊予方面の地侍である河野道直が2-2-2、西園寺公広が3-1-2でちょっと寂しい一方、西園寺家の土居清良は3-4-3と突出した能力を誇っている。

長元記01


両軍の配置を見ると、織田・反長宗我部方は東四国の讃岐・阿波方面に神戸信孝、丹波長秀、十河存保ら計30ユニット。伊予方面には河野氏と西園寺氏の20ユニットである。対する長宗我部氏は、金子氏、香川氏、羽床氏といった小大名が西讃岐から東伊予にほぼ固定配備されているが、主力である長宗我部は自陣営領内でかなり自由配置が認められている。従って兵力的には劣る長宗我部が本シナリオでは主導権を握っていることが理解できよう。

今回の展開を簡単に触れておく。
西園寺公広長宗我部は主力を西伊予へ投入。西園寺、河野氏といった中小大名に対して攻勢を仕掛ける。一方、織田方主力が登場する讃岐・阿波方面には香宗我部親康、久武親直らが数ユニットを率いて出陣し、羽床、香川らと共に遅退戦術を行う。長宗我部の意図は、西伊予方面で攻勢を仕掛けて城を落してVPを稼ぎ、讃岐・阿波方面では遅退戦術で時間を稼ぐ、というものであったと推測する。

西伊予では、まず黒瀬城(現在の西予市付近)を本拠とする西園寺氏が長宗我部主力による攻撃を受ける。指揮能力や兵力に劣る西園寺氏は城郭を盾に抵抗する。しかし長宗我部も兵力をバラしたため、城攻めをするだけの兵力はない。

長元記02


十河存保 一方の讃岐・阿波方面は、淡路島を拠点とする織田方は、神戸信孝、丹波長秀らが率いる主力部隊が渡海してくる。そして阿波一帯と東讃岐に地盤を持つ十河存保と合流し、讃岐・阿波方面の長宗我部勢を追う。
讃岐に攻め込んだのは十河存保。同方面には長宗我部方についている香川信景(2-1-2)、羽床資戴らが布陣している。十河存保は反長宗我部方についた地侍の香西佳清(2-1-2)と共同で長宗我部勢を攻撃する。羽床資戴は能力に優れた武将であったが、それでも能力と兵力の両方で勝る十河存保に抗すべくもなく、野戦の末壊滅する。

長元記03


香宗我部親康一方、吉野川沿いには丹波長秀が主力を率いて長宗我部勢副将格の香宗我部親康率いる機動兵力を攻撃する。丹波長秀の後方からは神戸信孝、三好康長(3-1-3)らが続き、その兵力は香宗我部親康勢の2倍を超える。そのため香宗我部親康は前線を支えきれずにズルズルと後退を余儀なくされる。

長元記04


最終的には羽床資戴勢は十河存保らの攻撃を受けて壊滅。香川信景も城に囲まれて動きが取れなくなる。こうして十河存保は讃岐一帯を制圧した。
阿波方面は後退を続ける香宗我部親康が阿波方面における長宗我部勢策源地である白地城(現在の阿波池田付近)まで追い詰められ、さらに白地城から追い出される所まで追い詰められた。一方の西部戦線では長宗我部勢が攻勢側に立っているものの、西園寺、河野両氏の遅退戦術に阻まれて勢力拡大には至らない。
ここに至って長宗我部勢は防衛戦を放棄。織田信長との和平交渉に応じることとした。つまり長宗我部勢の投了である。

長元記05


感想だが、全般に兵力に劣る長宗我部勢の不利は否めない。しかもこのシナリオには一切のハンディキャップがなく、純粋に奪取した敵城と除去した敵武将のみがVP源となる。総兵力に劣る長宗我部勢としては、織田方主力が登場してくる讃岐・阿波方面で如何にして無駄な失点を防ぎつつ、西伊予方面で戦果を挙げて失ったもの以上の戦果を収める必要があろう。長期戦では万に一つも長宗我部勢に勝ち目はないが、幸いこのシナリオはたった10Turnの短期シナリオだ。上にも述べた通り主導権は長宗我部勢にあるのだから、長宗我部勢は苦しいながらも綱渡りで勝利を狙うことは十分可能だと思う。

つづく