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コマンドマガジン日本語版第78号付録「天下強奪」のリプレイです。

1ターン

このゲームでポイントになるのが「豊臣秀頼出陣」です。秀頼出陣を実現するためには、できるだけ多くの「出陣要請」チットを獲得する必要があります。出陣要請チットは計7枚用意されていますが、そのうち本物の秀頼出陣は1枚のみ。つまりチット1枚引くにつき、確率1/7で秀頼出陣が達成されることになります。
出陣要請チットを引くためには、西軍プレイヤーは6個所の目標ヘクスを確保している必要があります。ゲーム開始時に西軍プレイヤーが確保している目標ヘクスは、岐阜、佐和山、敦賀、丹波亀山、鳥羽の計5個所。そして他に奪取可能な目標は、丹後田辺又は伊賀上野です。従って西軍プレイヤーが出陣要請チットを獲得したい場合は、岐阜を可能な限り長期間保持し、速やかに丹後田辺又は伊賀上野の攻略を達成する必要があります。

西軍はまず伊賀上野攻略のために宇喜多秀家とA大名を伊賀上野に向けて進発させた。さらに岐阜方面への増援のため、石田三成、島津義弘、小西行長、そしてA大名1名を関ヶ原方面へ進撃させた。
対する東軍は最前線に位置する福島正則を岐阜に向けて突進させた。岐阜をZOCに収めて西軍の増援を阻止する作戦である。福島正則は岐阜を守る織田秀信に対し1:1攻撃を敢行。DRを出して城の耐久力を減らすことに成功した。

西軍大名の多くは移動力が「白」文字。これは自主的に敵ZOCに侵入できないことを意味している。

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島津義弘。戦闘力「4」は両軍通じても有数のものだが、移動力が「白」なので「やる気なし」。

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こちらは福島正則。移動力「赤」は敵ZOC内への浸透可能を意味する。東軍には他にも黒田長政、加藤嘉明らが移動力「赤」であり、使い方さえ誤らなければ驚異的な威力を発揮する。

第2ターン

西軍宇喜多秀家は伊賀上野攻略作戦に着手した。しかし連れて来たA大名の正体が中立の長曾我部盛親であることが判明。それでも秀家は奮戦し、2:1攻撃でDRを出した。

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伊賀上野攻防戦。長曾我部盛親の裏切りが発覚したものの、宇喜多秀家の奮戦で上野城は次第に追い込まれていった。

東軍は犬山城を加藤嘉明と寺沢広高が攻撃。5:1攻撃でDEを出て犬山城主石川貞清が討ち死にした。
岐阜城では、福島正則と山内一豊が4:1攻撃。EXを出して山内一豊と織田秀信が相討ちになった。岐阜城陥落。
その南竹ヶ鼻砦では、城主脇坂安治が突如西軍に反旗を翻して石田三成陣に攻撃をかけてきた。しかし1:4攻撃に成功するはずもなく、あえなく脇坂安治は石田隊の餌食となった。

第3ターン

西軍による伊賀上野攻撃は続く。6:1のオッズでDEを狙った西軍であったが、運に見放されてDR。伊賀上野はギリギリで持ちこたえた。
岐阜方面でも西軍の苦戦は続いている。木曽川戦線を守っていた毛利高政が東軍の攻撃を受けて無血降伏。石田、小西といった西軍主力が包囲される危機に瀕した。その機を逃さず、東軍浅野幸長と加藤嘉明が石田三成を2:1で包囲攻撃。2/3の確率で三成を除去できるという東軍にとって絶好のチャンスであった。しかしダイス目は無情にも「5」でAR。西軍は大きな危機を乗り越えた。

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石田隊を包囲攻撃する東軍浅野、加藤の両隊。しかし結果は「AR」で、東軍は大きなチャンスを逸した。

第4ターン

危機を脱した三成だったが、岐阜戦線での兵力不足は如何ともし難い。西軍は平野部での抵抗を放棄。関ヶ原に後退することとした。一部の殿を残しつつ、石田、小西、島津の各隊は関ヶ原に陣を敷く。同時に三成は畿内に残る諸大名に対し、関ヶ原方面への出陣を命ずる書状を発した。
伊賀方面ではようやく伊賀上野城が落城。これで次ターンから宇喜多隊を関ヶ原に回せる。

第5ターン

敦賀方面より大谷吉継参戦。命令ポイントなしで動ける西軍にとっては貴重な機動兵力である。早速関ヶ原に向かう。
西軍主力は関ヶ原に布陣完了。一方東軍は濃尾平野に残る西軍砦に攻撃を加え、大垣城を残してほぼ一掃することに成功した。

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大谷吉継。命令ポイント不要。移動力7の大谷は、西軍にとって貴重な機動予備兵力になるはずだ。

第6ターン

東軍徳川家康が着陣する。これで機動力を増した東軍部隊は、関ヶ原に向けて兵を進めた。手始めに大垣城攻撃に着手。城主竹中重門は、圧倒的な東軍兵力を前にしてあっさりと寝返った。

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徳川家康。戦闘力7はゲーム中最強。ただし特別ルールのために前線への投入は事実上不可能である。

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第6ターン途中の関ヶ原戦線。この直後の東軍プレイヤーターンに大垣城は竹中重門の寝返りによって落城した。

第7ターン

伊賀上野奪取、そして関ヶ原戦線を概ね安定化を見た西軍は、その攻撃軸を丹後戦線に向けた。4命令ポイントを投入しての田辺城攻撃。西軍にとっては大きな賭けだった。その賭けは成功。田辺戦線では裏切り者、脱落者もなく、全員が攻撃に参加した。2:1で細川幽斎の守る田辺城を強襲。結果はDRで田辺城の耐久力を低下させるとともに、次ターンでの希望をつないだ。

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第7ターン、西軍による田辺城攻撃

第8ターン

西軍はさらに1命令ポイントを田辺城に投入。オッズを上げて田辺城攻略の完遂を目指す。作戦は功を奏しオッズ3:1で田辺城攻撃。結果DR。田辺城の耐久力は2にまで低下した。
関ヶ原正面では東軍による攻撃が始まっていた。浅野幸長、加藤嘉明、寺沢広高、京極高知、そして井伊直政らが、小西、島津、毛利らの守る西軍全線に対して総攻撃をかけてくる。東軍浅野隊の攻撃により西軍毛利秀包はたまらず後退(1:1でDR)。戦闘後前進で浅野隊は西軍陣地背後に躍り出た。そのチャンスに東軍諸隊が西軍小西、島津隊をそれぞれ1:1攻撃。DRが出れば撃破できた所であったが、攻撃は悉く失敗(AR)。東軍は千載一遇のチャンスを逃すと共に、浅野隊に壊滅の危機が迫った。