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「Shifting Sands」は米MMP社が出版した作戦級シミュレーションゲームです。

今回「Shifting Sands」を対戦する機会を得たのでレポート致します。今回は後半戦です。これまでの展開についてはこちらを参照して下さい。ちなみに私は枢軸軍を担当しています。

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第7ターン(1942年冬)

イメージ 3第10航空軍団が地中海に進出。マルタ島に対する包囲を固めた。これにより前年より滞っていた北アフリカへの補充部隊輸送が再開されることとなった。続々と海を渡る枢軸軍将兵。その中にドイツ第90軽師団の姿もあった。
都合3個師団を手にしたロンメルは、再びキレナイカで攻勢に転じた。しかし戦雲に恵まれず今ひとつキレのないドイツ軍に対し、英連邦軍は物量に物を言わせた攻撃を行ってきた。バルディア港に篭るイタリア軍を英連邦軍が急襲。バルディア港は英軍が奪取した。

第8ターン(1942年春)

中近東でも激戦は続いていた。イラク方面では英軍がイラク軍を次々と撃破し、バクダット、モスルといったイラクの要域をほぼ制圧した。シリア、ベイルート方面でも英軍の攻撃は続き、ヴィシーフランス軍は次々と撃破されていった。
結局このターン終了時までに中近東のほぼ全域が英軍の支配することとなった。こうして東アフリカ、中近東の制圧を終えた英軍は、いよいよ北アフリカで本格的な攻勢に着手することになる。

イメージ 4英軍は「スーパーチャージ作戦」を発動。キレナイカ一帯に対して猛烈な攻撃を仕掛けてきた。トブルクに迫る英軍。必死に抵抗する枢軸軍。ロンメル指揮下のドイツ軍も機動反撃を試みるが、ダイスが冴えずに攻撃失敗。英軍は要域トブルクを奪回した。
トブルクを失った枢軸軍は戦線を大きく後退させた。キレナイカ一帯を放棄してベンガジ、エルアゲイラまで後退。戦線を縮小して英軍の突破に備える。

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第9ターン(1942年夏)

イメージ 6スピットファイア戦闘機がマルタ島に進出してきた。これによりマルタ島の包囲は解かれてしまう。再び補給を絶たれた枢軸軍であったが、嬉しいニュースもあった。新型の長砲身4号戦車がアフリカ戦線に登場してきたのだ。

イメージ 7このままではジリ貧になってしまうと判断したロンメル将軍。キレナイカ一帯で果敢な起動反撃を試みた。DAK(ドイツアフリカ軍団)の主力を成す2個機甲師団に加えて、第90軽師団とこのターンに登場してきた第164師団を加えた計4個師団が攻撃に参加する。最初の攻撃で英軍2個機甲師団を撃破したDAK。引き続いてDAKはトブルク攻撃を敢行する。

イメージ 8スツーカの大群が空を覆う。DAK4個師団と英軍3個師団がトブルクの町を巡って死闘を繰り広げた。DAKの攻撃は熾烈を極めたが、「砂漠の鼠」と言わしめた英軍の粘りもまた驚嘆すべきものがあった。結局このターントブルクは持ちこたえた。

第10ターン(1942年秋)

イメージ 9マルタ攻防戦が終わった。英軍がマルタ島を完全に確保し、海空からの枢軸軍による脅威は完全に排除された。最早「ヘラクレス作戦=マルタ侵攻作戦」が発動されることはない。枢軸軍に対する補給は完全に遮断された。これによりこれ以降枢軸軍プレイヤーが手にする戦術カードは1ターン6枚限定になってしまう。ちなみに通常は1ターン9~10枚。
ドイツ軍にもささやかな朗報があった。太平洋戦線で日本軍の攻勢が進展し、そのために英軍は2個師団を太平洋戦線に供出する必要が出てきたのだ。
戦場を去っていくオーストラリア兵を待っていたかのようにロンメル攻勢が再開された。攻撃の矢面に立たされたのはトブルク要塞である。先ほどは「砂漠の鼠」カードによって難を逃れたトブルクだったが、2度目の奇跡はなかった。ドイツ軍の猛攻により英軍は敗走。枢軸軍は再びトブルクを手中に収めた。

この頃になってようやくロンメルの「正しい使い方」がわかってきたような気がした。時既に遅しの感は否めないが・・・・

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第11ターン(1943年冬)

イメージ 11ロンメルにとって恐れていた事態が遂に訪れた。連合軍が北西アフリカに上陸し、地歩を築いたのである。今までエジプト方面の英軍とだけ戦っていたDAKは、突然背後に強力な敵軍の脅威を受けることとなる。
直ちにヘルマンゲーリング師団、第334師団等が増援としてチュニジアに派遣され、キレナイカで戦っていたロンメル軍団も急遽トリポリ方面へ取って返した。

イメージ 12チュニジア方面の枢軸軍はST作戦を発動した。上陸してきた連合軍に対する反撃作戦である。ロンメル自らが陣頭指揮をとったこの作戦は部分的ながらも成功を収め、ドイツ軍未だ侮り難しの印象を連合軍に与えた。

第12ターン(1943年春)

イメージ 13最終ターンである。パットン将軍指揮下の米英連合軍はチュニジア一帯で猛烈な攻撃を開始してきた。懸命に反撃する枢軸軍。しかし連合軍は強かった。圧倒的な制空圏と兵力を背景にひたすら攻撃してきたのである。チュニジア一帯の枢軸軍要域は次々と陥落。枢軸軍の運命は最早風前の灯であった。

イメージ 14この時点でVP値は4点。この点数はギリギリで連合軍の勝利を意味する。そして枢軸軍に最早土地を取り返す力はない。この時点で連合軍の勝利はほぼ確定か、と思われていたのだが・・・・。
枢軸軍プレイヤーが最後に出したカードが「イタリア艦隊出撃」。これは連合軍が「地中海艦隊」カードを出さない限り枢軸軍が1VPを獲得する。そして当然ながらこの時期の連合軍に「地中海艦隊」などという気の利いたカードがあるはずもない。最後の最後でVPが動き、枢軸軍の勝利が確定した。

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感想

プレイ時間は約9時間。途中で休憩や食事で中座した分もあったのですが、それにしても時間がかかりました。私がやや不慣れであり、その分時間がかかってしまったのかもしれません。

今回のプレイでいくつかルールの解釈ミスに気づきました。
まず1つは移動と戦闘の順番。今までは移動と戦闘の順番を任意に行っていたのですが、正しくは「移動終了後に戦闘を行う」が正しいようです。
他には戦闘カードの使い方にもミスがあり、一度使った戦闘カードを再使用できることは知りませんでした。迂闊だったです。

今回のプレイについてはミスが多かったです。本文中に触れた「グラツァーニ攻勢」と「バルボ」の件もそうですが、他にも意外と使い道の広い「電波傍受」を使い損なったとか、「エジプトの反乱」を温存して使う機会を失したとか・・・・。

それから今回学んだことは、東アフリカと中近東の重要性です。特に英軍が東アフリカ方面で手を抜くと、とんでもないことになってしまうようです。英軍としては1941年中に東アフリカを平定し、1942年前半までには中近東を平定しておきたい所でしょう。
逆にいえば英軍が東アフリカや中近東にかまけている間がドイツ軍にとってはチャンスといえます。ロンメル効果との兼ね合いですが、独軍としては2個機甲師団+若干の歩兵部隊が揃った時点で攻勢に転じたい所。補充能力との兼ね合いから独軍の攻勢は一発勝負になり勝ちなので、可能な限り兵力を揃えてかつ可能な限り速やかに、攻勢に着手するという事が枢軸軍プレイヤーには求められてきそうです。

最後になりましたが、今回お相手いただいたRさん、どうもありがとうございました。

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最後にマカロニ艦隊に助けられたとは・・・・