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GMT社のFor the Peopleは、南北戦争全域を扱ったキャンペーン級のゲームです。今回、For the Peopleのキャンペーンシナリオをソロプレイしてみました。プレイにはVASSALを使用し、選択ルールはすべて有りでプレイしています。

For the Peopleについて詳しくは--> こちら

前回までの展開は--> こちら

7Turn(1863年春)

イメージ 8イメージ 10北軍の名将グラント(Grant)将軍(3-3 1)がミズーリ軍司令官に就任した。しかしグラント将軍は南軍ジャクソン将軍のテネシー軍に睨まれた形になり、なかなか積極的な行動を起こせない。その一方、南軍ジャクソン将軍は弱体化した北軍テネシー軍をピッツバーグ波止場(Pittsburg Landing TN)で捕捉した。兵力差と将軍能力で圧倒する南軍は北軍を完全に撃破し、北軍テネシー軍は壊滅した。南軍はA.Johnston将軍(1-2 2)が戦死。
フロリダ方面では南軍J.Johnston将軍(1-2 2)が1個軍団を率いて南下。北軍Pope将軍(1-0 2)の軍団を牽制する。Pope将軍(1-0 2)は急遽兵力を結集。Baldwin FLに要塞を築き、南軍を迎え撃つ布陣を敷く。
北軍はHooker将軍(0-1 2)率いる軍団をPensacola ALに上陸させてメキシコ湾岸に新たな戦線を構築した。
リンカーン大統領は南部の海上封鎖を宣言。海上封鎖レベルは3にアップした。

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8Turn(1863年夏)

イメージ 9グラント将軍(3-3 1)率いる北軍ミズーリ軍はミシシッピ川沿いを南下、テネシー州都のメンフィス(Memphis TN)から一気に要域ヴィックスバーグ(Vicksburg MS)まで南下した。その途上にあったミズーリ州都ジャクソン(Jackson MS)も占領する。慌てた南軍。ピッツバーグ波止場で警戒に当たっていたジャクソン将軍(3-3 1)はカパラチア山脈の山道を通ってアラバマ州都セルマ(Selma AL)まで南下した。
先のTurnメキシコ湾岸に上陸した北軍はバーンサイド(Burnside)将軍(0-1 2)指揮下でカンバーランド軍を編成。メキシコ湾岸を西進。アラバマ州からさらにルイジアナ州へと地歩を広げる。
南軍はフロリダ方面でJ.Johnston将軍(1-2 2)指揮の元、西方軍を編成。Baldwin FLに要塞を築いて待ち構える北軍Pope将軍(1-0 2)の軍団を攻撃した。兵力はほぼ同数だったが、指揮能力と練度で勝る南軍が、地の利を占める北軍を圧倒。北軍は要塞線を放棄して海岸のJacksonville FLまで後退した。

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9Turn(1863年秋)

イメージ 13北軍による海上封鎖強化のため(現在レベル4)、遂にこのTurn、封鎖突破船は1隻も到着しなかった。南軍の兵力不足、いよいよ深刻化してくる。
イメージ 11北軍はBanks将軍(0-0 3)指揮の元、テネシー軍を編成。コロンバス(Columbus OH)からピッツバーグを経由して西方から南部首都リッチモンド(Richmond VA)を伺う。リー将軍率いる南軍北バージニア軍は、数度に渡る交戦で北軍テネシー方面軍を撃破しつづけたが、その戦闘で南軍の名将Longstreet将軍(2-3 2)戦死してしまう。
西部では北軍グラント将軍率いるミズーリ軍が北上。Oxford MSで南軍ミシシッピ軍と激突する。兵力、練度で勝る北軍だったが、ここは南軍が善戦し、グラント軍の攻撃を悉く退けた。
フロリダ方面では、南軍J.Johnston将軍(1-2 2)指揮の西方軍がJacksonville FLの北軍要塞を攻撃。指揮能力で勝る南軍が北軍Pope将軍(1-0 2)の軍団を撃破した。Pope軍団は海上移動によってPensacola FLへ撤退していった。そのPope軍団が今度は海上移動でミシシッピ河口の南軍要塞Fort St. Philip/Jacksonを攻撃、占領していた。これでミシシッピ川は河口のニューオーリンズ(New Orleans MS)からセントルイス(St Louis MO)まで、北軍の制する所となった。

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10Turn(1864年春)

イメージ 14戦争開始4年目に突入する。北軍にシャーマン将軍(Sherman 3-3 1)登場。マクレランに代わってポトマック軍の指揮をとる。
「リッチモンドへ」
その合言葉と共に南下を開始したポトマック軍だったが、南軍の名将ロバート・リー率いる北バージニア軍の迎撃を受けて撤退を余儀なくされる。マナサス(Manassas VA)まで後退するポトマック軍。
イメージ 12西部戦線では、北軍グラント将軍率いるミズーリ軍が進撃を再開した。Conibth MOで南軍ミシシッピ軍を撃破した後、南軍の精鋭ジャクソン将軍率いるテネシー軍の迎撃を受ける。2度に渡る戦いはいずれも南軍の勝利に終わったが、その戦いの中、南軍はPemberton将軍(0-1 3)とHood将軍(0-1 3)という2名の優秀な指揮官を失った。その間北軍はミシシッピ州一帯を席捲。同州を支配下においた。南軍のSW(国家戦意)は遂に一桁台まで落ち込んだ。

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11Turn(1864年夏)

イメージ 2北軍は戦意の落ちた南軍を一気に殲滅すべく作戦行動を起こした。最初に行動を開始したのはヴァージニア州で作戦行動を行うシャーマン将軍のポトマック軍。マナサスを発したシャーマン軍はリッチモンドに向けて南下する。リッチモンド前面でポトマック軍を迎え撃ったのは歴戦のロバート・リー率いる北ヴァーニジア軍。兵力で勝る北軍をリーの南軍は巧みに撃破し、北軍は北方に退いた。
さらに南軍北ヴァージニア軍は西からリッチモンドに迫る北軍テネシー軍を撃破。これを退けることに成功したが、この戦いで南軍のBeauregard将軍(1-1 2)が戦死した。
そして戦争の決着は東ではなく西で決した。ミシシッピ州南部からフロリダ州西部に向けて進撃してきた北軍グラント将軍のミズーリ軍は、モントゴメリー(Montgomery AL)を守る南軍ミシシッピ軍と交戦した。3倍の兵力を誇り、かつ名将グラントに率いられた北軍は南軍を圧倒。南軍ミシシッピ軍は完全に撃破されてしまった。これまで南軍が得意としていた大規模野戦において、初めて北軍が南軍を打ち破ったのである。
この戦いは南部連合の交戦意欲を失わしめるのに十分であった。南部連合のSW(国家戦意)はゼロになった。ジェファーソン・デイヴィスは南部連合の解散を宣言。ここに約4年間続いた南北戦争(The Civil War)は、北軍、すなわちアメリカ合衆国軍の完全勝利で幕を閉じた。

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ここまで

最終Turnを待たずして終了してしまいました。次回は感想を記載します。