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GMT社のFor the Peopleは、南北戦争全域を扱ったキャンペーン級のゲームです。マップには南北戦争の主戦場となった南部連合諸州とその周辺地域がポイント・トウ・ポイント描かれ、1ユニットは軍、軍団、師団、騎兵旅団を示します。

今回、For the Peopleのキャンペーンシナリオを対人戦でプレイしました。選択ルールはすべて有り。下名は北軍を担当しました。「目指せ、人民の人民による人民のための政治」

For the Peopleについて詳しくは--> こちら

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ゲーム開始直後の状況

1Turn(1861年春)

イメージ 9戦争がはじまった。とはいっても初期の北軍は優秀な指揮官が少なく、積極的な攻勢は取り辛い。主に政治攻勢によって境界州に支配を広げていく。政治活動が功を奏し、ウェストバージニア州はこのTurn、北軍の支配する所となった。ケンタッキー州は南軍も政治攻勢を仕掛けてきたため、一歩も譲らない状態が続く。
このTurn、北軍による唯一の積極的攻勢がポーター提督によるメキシコ湾岸の要塞Fort Gadsonを攻略したことぐらい。しかしこの成功により南軍主要策源地の1つであるジョージア州コロンバス(Columbus,GA)が北軍の脅威にさらされることとなった。
南軍はA.Jonston提督が軍団を率いてミシシッピ河畔を進撃。オハイオ川とミシシッピ川の合流点であるイリノイ州カイロ(Cairo,IL)が男軍の猛攻を受けて陥落。南軍はさらに攻勢を続け、イリノイ州奥深くまで進攻してきた。

Turn終了時のSW:北102/南103

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2Turn(1861年夏)

イメージ 10うーん、カードの引きが悪い。ただでさえ「バカ殿」の多い北軍で、キャンペーンカードが来ないのはねえ・・・。
取りあえず西部戦線では兵力を結集し、イリノイ州の一部を奪回する。これで政治的な失点をこれ以上被らなくて済む。また中立州であるミズーリ州に対しては政治攻勢を強化。ミズーリ州は北軍の支配する所となった。
東部戦線に目を向けると、ワシントンDC周辺ではイベントカードを使って要塞を構築。南軍の進攻に備える。

Turn終了時のSW:北105/南103

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3Turn(1861年秋)

イメージ 14先ほどとは打って変わってカードが良い。マイナーキャンペーンが2枚。他にもOCが2とか3とかのカードが多数である。このカードを背景に北軍は一大攻勢に出る。目標は新たに編成された南軍北バージニア軍(Army of Northern Virginia)。南部連合首都であるリッチモンドを守る北バージニア軍を撃破し、一気にリッチモンドを奪取するのが北軍の目標である。
先のTurn、北軍ポトマック軍(Army of the Potomac)司令官に就任したマクレラン将軍(McClellan)は麾下の全兵力を率いてワシントンDCを進発。南を目指す。
ポトマック軍と北バージニア軍の戦いは都合3度に及んだ。最初の2回はマナサス(Manassas,VA)で戦い。1回目は戦術に勝る南軍の勝利、2回目は兵力に勝る北軍の勝利であった。3回目の戦いはリッチモンド(Richmond,VA)攻防戦で、最後の2戦力まで減らされた北バージニア軍は北軍の猛攻を受けて壊滅を余儀なくされるも、決死の抵抗によってリッチモンドを死守した。北軍はカードの使い方が拙く、南軍を壊滅に追い込みながらも、リッチモンドを奪うことができなかった。

Turn終了時のSW:北99/南97

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4Turn(1862年春)

イメージ 12年が変わって南軍に名将リー将軍(R.E.Lee)が登場した。リーの指揮の下、再建される北バージニア軍。一方北軍のマクレラン軍は、リッチモンド北方のハノーバー(Hanover,VA)に展開。リッチモンド攻撃の機会を伺うが、このTurnはカード不足その他の理由により攻撃を差し控えた。その代りにワシントンDCからハノーバーに至る鉄道線を支配し、兵力の輸送を円滑化する。
北軍バーンサイド将軍(Burnside)が海上移動によりテキサス州南部のSabine Cityに上陸。テキサス州進攻の機会を伺う。
西部戦線では南軍がA.Johnston将軍の下、テネシー軍(Army of the Tennessee)を編成。再びイリノイ州に進攻を仕掛けてきた。イリノイ州進攻により動揺する合衆国世論。リンカーンは苦しい立場に立たされる。

Turn終了時のSW:北84/南104

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5Turn(1862年夏)

イメージ 11北軍は西部戦線でミズーリ軍(Army of the Missouri)を編成。兵力の優越に物を言わせて南軍テネシー軍に襲いかかる。兵力で勝る北軍は各地で南軍を撃破。テネシー州ナッシュビル(Nashville,TN)、アーカンソー州リトルロック(Little Rock,AR)は北軍の襲撃によって灰燼に帰した。そして最後に北軍はカイロに逃げ込んだ南軍テネシー軍を完全に撃破し、西部戦線を平定化した。しかし南軍には名将ジャクソン(Jackson)が登場。テネシー州メンフィス(Memphis,TN)からテキサス州へ遠征し、北軍バーサイド将軍を海に追い落とした。
東部戦線ではマクレラン率いるポトマック軍がリッチモンドに陣取るリー将軍麾下の北バージニア軍に対して猛攻を仕掛ける。しかし昨年の大敗から立ち直っていた北バージニア軍は、リーの指揮の下勇戦敢闘。ポトマック軍は大損害を被り、撃退されてしまう。
今まで平穏だった海上でも動きがあった。合衆国の海軍が海上封鎖を強化したのである(海上封鎖レベル1)。これまで順調だった南軍の政治状況も、やや暗雲が漂ってきた。

Turn終了時のSW:北96/南89

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6Turn(1862年秋)

イメージ 13先ほどのTurn、リッチモンド戦で大損害を被ったポトマック軍であったが、合衆国内の「進めリッチモンド」の世論に押される形で再度リッチモンドへ進撃せざるを得なかった(北軍が「進めリッチモンド」カードを引いてしまった)。厭々実施されたリッチモンド攻撃作戦は、予想通りリー将軍の反撃を受けて大敗。マクレランはほうほうの体で逃げるしかなかった。
海では北軍が積極的な動きを見せていた。まず海軍が老将スコットの提唱する「アナコンダ計画」に従い海上封鎖を強化。海上封鎖レベルが2になった。またポープ将軍(Pope)率いる軍団がフロリダ半島東部のジャクソンヒル(Jacksonville,FL)に上陸した。またバーンサイド将軍の軍団はフロリダ半島西部のペンサコラ(Pensacola,FL)に上陸した。バーンサイド軍はその勢いで南部アメリカを席捲。ジョージア州のメーコン(Macon,GA)、同じくジョージア州のコロンバス(Columbus,GA)といった要域をゲリラ的な襲撃によって焼き払っていった。

Turn終了時のSW:北88/南82

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