非電脳型のシミュレーションゲームは、ソフトウェアである。従って所謂コンピュータソフトウェアと多くの点で類似性がある。アイデア次第、物理法則に拘束されない自由度の高さ等が共通項として挙げられる。

コンピュータソフトウェアにおいて品質が最重要であることを看過したのは、ワッツ・S・ハンフリーだが(他にもいると思うが省略)、シミュレーションゲームの世界で品質が第一であることを文書で書いた人は、私の知る限り日本の鈴木銀一郎氏だけだと思う。Tactics誌第4号に氏の記事が掲載されているのだが、その中で氏は「テストプレーは品質管理である。品質管理を十分に行わない企業は競争に敗れると思わなければならない」と主張している。この主張は30年以上経過した今日においても輝きを失っていない。
この記事が取り上げているゲームは「日本機動部隊」という空母戦ゲームだ。私自身はこのゲーム、恣意的な日本軍贔屓のレーティングが好きになれないので好みのゲームではないのだが、これまでに国際通信社から2度に渡って再販されており、その度に高い評価を得ているという事実を考えると、名作とするしかないのだろう。

さて、鈴木氏の言葉が今でも重みを失っていないのは否定しないが、果たしてそれが現在のゲーム業界の実情に即しているのだろうか。つまりテスト至上主義の品質管理は、既に破綻してるのではないか、というのが今回の問題提起である。

コンピュータソフトウェアの場合、テスト至上主義で品質を担保できるのは、テストにかける工数を回収できるだけの市場規模が確保できる場合、あるいは不具合が致命的な影響を及ぼす場合だけである。それ以外の場合、コンピュータソフトウェアの世界では主に工数制約によってテスト至上主義は既に破綻しており、企業はテスト至上主義に代わる品質確保手段を確立しようと模索している。

実はシミュレーションゲームにおいてもテスト至上主義は既に破綻しているように思う。例えば現在名作として誉れ高いマーク・シモニッチ氏デザインのGMT社製「The U.S. Civil War」を例にとると、私の知る限り発表後数回に渡ってルールの明確化や改定が行われている。シモニッチのような著名なデザイナーであれば、テストプレイヤーの確保に困らないように思うのだが、それでもこの体たらく。いわんや、シモニッチのように著名人ではない場合、テストプレイヤーを確保するだけでも難しい(ボランティア以外でテストプレイヤーを募るのは現時点では困難)。さらに短縮化する開発期間(ヒマな学生なら1日中ゲームデザインに没頭できるが、本業の片手間にゲームデザインを志す我々アマチュアデザイナーにとって時間の確保は何よりも困難な課題である)は、セルフテストの時間すら奪っていく。このような状況下でいくら「テストプレーは品質管理である」と言われても、現実が着いてこない。

実はコンピュータソフトウェアの世界では、テスト至上主義に代わってレビューによる品質確保が主体となってきている。そして先進的な企業では既にテストではなくレビュー主体にシフトすることで高品質なソフトウェアを短期間で生み出している。そのような考え方をシミュレーションゲーム開発にも取り入れることはできないだろうか。

次回は、レビューによるシミュレーションゲームの品質確保について考察してみたい。