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前回、The U.S. Civil Warのキャンペーンシナリオを北軍で挑戦してみたが、今度は南軍で挑戦してみることにした。以下はその記録である。

1Turn(1861年夏1)

イメージ 15北軍マクドゥウェル中将(McDoWell 0-1-4★★★)の8SP(1SP=約5000人)がブラッグ中将(Bragg 1-1-4★★★)の5SPとマナサスジャクソン(Manassas Junction 1746)で交戦。出目に恵まれず1*/2で南軍が敗北し、南北戦争最初の戦いは北軍の勝利に終わる。

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イメージ 18トランスミシシッピ地方では、北軍の名将リヨン准将(Lyon 2-1-5★)がミズーリ州に侵攻。首都スプリングフィールド(Springfield 2305)を守る南軍プライス准将(Price 1-1-4★)はこれを迎撃するも、敗北を喫して後退を余儀なくされる。
ウェストバージニア州では、北軍のエリート、マクレラン少将(MaClellan 1-1-4★★)が首都チャールストン(Charleston 1835)を占領してウェストバージニア州全域を支配下においた。

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2Turn(1861年夏2)

イメージ 17北軍バーンサイド少将(Burnside 1-1-4★★)がウェストバージニアから5SPを率いて西正面からバージニア侵攻を伺う。南軍はジョセフ E.ジョンストン中将(J.Johnston 1-2-4★★★)率いる3SPをスタントン(Staunton 1942)に派遣して防衛を固めるも、兵力不足如何ともし難し。
北軍パターソン少将(Patterson 0-0-4★★)麾下6SPが、マナサスジャクソン(Manassas Junction 1746)に進出。同地を守る南軍ロングストリート准将(Long Street 1-1-4★)指揮下の4SPと交戦する。ロングストリートは塹壕の援護があったにも関わらず出目に恵まれず敗北。マナサスジャクソンは北軍の支配する所となり、それに隣接するストラスバーグ(Strasburg 1643)も占領されてしまう。

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東部戦線で状況が危機的状況となってきたので、北軍の注意を引くべくトランスミシシッピ戦区で攻勢を仕掛ける。兵力は必ずしも有利ではなかったのだが・・・。ミズーリ州では、プライス准将率いる3SPがスプリングフィールドに反攻を仕掛けるも、攻撃の出目が悪く攻撃失敗に終わる。

そうこうしている間にミシシッピ河畔のメンフィス(Memphis 3013)で南軍はコソコソと要塞を構築し、要塞レベルが2レベルとなった。(要塞レベルは1~3)s

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3Turn(1861年秋)

イメージ 16先のTurn、東部戦線が南軍にとって危機的な状況になってきたので、兵力を集中して東部戦線の守りにつかせる。スタントンに集結しつつある南軍ロングストリート麾下の兵力を見た北軍バーンサイドが、反撃を警戒して(Covington 2039)に撤退してくれたので、同方面の脅威度が少し軽減された。
新たに北軍ポトマック軍の総司令官となったマクレラン中将(MaClellan 0-2-3★★★)が13SPを率いて南軍の拠点であるフレデリックスバーグ(Fredericksburg 1946)へ侵攻してきた。南軍のノーザン・ヴァージニア軍を率いるジョセフ E.ジョンストン中将麾下の10SPでこれを迎え撃つ。兵力では不利な南軍であったが、この戦闘では奮戦し、戦闘結果2/3で南軍の勝利に終わった。大会戦での久々に勝利に沸き立つ南軍陣営。

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イメージ 19トランスミシシッピでは、北軍カーティス少将(Curtis 1-1-4★★)が5SPを率いてボストン山脈を越えてアーカンサス州に進入する。南軍プライス将軍がフォート・スミス(Ft. Smith 2903)でこれを迎撃するも、大敗を喫して壊滅してしまう。アーカンソー州内部に迫る北軍に対し、南軍は急遽リトルロック(Little Rock 3108)に要塞を構築する。


4Turn(1862年冬)

イメージ 20一度は後方に下がっていた北軍バーンサイドがスタントンに侵攻してきた。スタントンを守るのは少将に昇進した南軍ロングストリート将軍(1-2-4★★)。兵力に劣る南軍であったが、地の利と指揮の優位を生かして北軍を撃破する。

西部戦線では、これまで中立の立場を堅持していたケンタッキー州が北部州に加わった。これによってオハイオ州、インディアナ州から南部州であるテネシー州へ直接侵攻が可能となる。一気に西部戦線が活性化してきた。
イメージ 25その北軍の出鼻を挫くべくにコロンバス(Columbus 2516)に陣取る北軍ビューエル中将(Buell 1-1-3★★★)
麾下の10SPを南軍部隊が急襲する。南軍を指揮するのはアルバート S.ジョンストン中将(A.Johnston 2-1-4★★★)で、その兵力は8SPである。兵力的にはやや不利だったが、戦闘時のDRMが+6と+1で南軍が圧倒的に有利。順当に行けば南軍が勝てる筈であったが、なんと出目が最悪のピンゾロ。戦闘結果2/1*で南軍が大敗を喫してしまう。

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イメージ 21このチャンスにグラント少将(Grant 2-2-5★★)が6SPを率いてオハイオ州シンシナティ(Cincinnati 1628)を出発。ケンタッキー州を南下してテネシーに進入。同州の州都ナッシュビル(Nashville 2622)を北軍はほぼ無血で占領した。南軍としては兵力不足のために真面目な抵抗を諦めていた地点であったが、それでも戦略上重要な地点を無血で支配されたのは、やはり痛い。その後北軍はビューエル中将とグランド少将がテネシー州北部で合流。合計18SPの圧倒的な兵力となってテネシー州進攻の機会を伺う。

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海からは、北軍ポープ少将(Pope 1-0-4★★)麾下の3SPがテキサス州南部のガルベストン(Galveston 5101)
に上陸。同地を占領しテキサス州へ拠点を構築する。その後北軍は河川移動でヒューストン(Houston 4900)
に移動し、同地を無血占領する。北軍の狙いがナコードチス(Nacogdoches 4302)の2BP工場にあることは明白なので、南軍はナコードチスに急遽要塞を構築する。

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ちなみに現在北軍の獲得VPは11VP


5Turn(1862年春)

イメージ 22南軍ノーザン・ヴァージニア軍の指揮官がジョンストン将軍からロバート.E.リー中将(R.E.Lee 2-2-5★★★)
に交代した。そのリー将軍。このままではじり貧になると判断し、バージニア州北部に拠点を築きつつある北軍部隊に対して反撃を決意した。フレデリックバーグを出撃したリー将軍麾下の17SPは率いてラッパハノック川(Rappahannock)を渡河。アキア・ステーション(Aquia Station 1846)のマクレラン軍15SPを攻撃する。激しい戦いであったが、僅差でマクレラン軍を撃破したリー軍。勢いに乗るリーはストラスバーグに侵攻し、バンクス(0-1-3)麾下の3SPと要塞を撃破し、ストラスバーグを奪回した。

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6Turn(1862年夏1)

イメージ 24北軍フッカー少将(Hooker 1-1-4★★)麾下3戦力がチェサピーク湾口を扼する要域フォートモンロー(Ft、Monroe)に上陸してきた。その部隊が南部連合の首都リッチモンドに侵攻してきた。この奇襲攻撃は南部連合首脳を一時的にパニック状態に陥れたが、リッチモンド要塞守備隊の奮戦によって辛くもこれを撃退。要塞を守りきった。
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トランスミシシッピでは、フォレスト将軍(Forrest (2-2)-7)率いる騎兵隊がアーカンソー州の敵背後に進出。リトルロック要塞に迫っていた北軍カーチス将軍麾下の後方を遮断した。さらにボストン山脈を越えてフェイエットビル(Fayetteville 2703)に逆侵攻したフォレスト騎兵隊は同地を奪回した。

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北軍の獲得VPは、現在10VP


7Turn(1862年夏2)

イメージ 23ミシシッピ河畔のメンフィスでは、いつの間にか南軍が巨大なレベル3の要塞を構築していた。そこにA.S.ジョンストンに代わって南軍ミシシッピー軍司令官に就任したブラッグ中将(Bragg 1-1-4★★★)は、麾下の17SPを率いてメンフィス要塞周辺に布陣する。
対する北軍。テネシー軍を率いるのは中将に昇進したグラント将軍(Grant 2-2-5★★★)。麾下の兵力は最大規模の18SPである。それがメンフィスに攻め込んだ。
メンフィス攻防戦。

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しかしメンフィスには+6の強力な要塞があったために北軍の攻撃は失敗に終わった(4/4)。北軍は作戦を変更し、メンフィスを包囲する作戦に出る。北軍の河川砲艦隊がメンフィス前面を突破し、メンフィスへの南軍の河川補給線を遮断する。また北軍シャーマン少将(Sherman 1-1-5★★)麾下の5SPがメンフィス前面から同地の南東部に布陣する。メンフィス北西部はグランドの主力部隊。背後は北軍河川砲艦隊。メンフィス守備隊の運命は極まったか・・・。

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北軍の包囲を破るべく、騎兵部隊を率いた南軍モーガン将軍(Morgan (2-1)-7)は、コリンス(Corinth 3118)を守る北軍包囲部隊を撃破すべく騎兵突撃を敢行したが、敵の防御射撃を浴びて負傷してしまう。

北軍の獲得VPは、現在10VP