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War and Peaceは、1980年にアヴァロンヒル社が発表したシミュレーションゲームです。テーマは1805年~1815年まで繰り広げられたナポレオン戦争。1Turn=1ヶ月、1Hex=40マイル、1戦力=約5000人のスケールでナポレオン戦争の様々な局面を再現します。デザイナーはMark McLaughlin。ナポレオン戦争の他、南北戦争などのゲームもデザインしているそうです。
今回、ゲーム合宿でWar and Peaceのキャンペーンシナリオをプレイすることになったので、その手始めにシナリオ1をソロプレイしてみました。テーマはアウステルリッツ会戦。いわゆる「三帝会戦」で、ナポレオンがロシアとオーストリアの連合軍を撃破した戦いでもあります。

1Turn(1805年8月)

先攻はフランス軍。よくわからないのでとにかく目の前の敵を叩くことにする。ウルム(Ulm)にオーストリア軍マック将軍(Mack)麾下の14戦力(約7万人)が待機している。そこでフランス軍は、ランヌ将軍(Lannes)麾下の騎兵4戦力(約2万騎)をダニューブ川沿いに東へ進ませ、ミュンヘン(Munich)を占領。そして主力はナポレオン麾下の10戦力(約5万人)の他、フランス本国からはダヴー将軍(Davout)麾下の14戦力(約7万人)、マーモント将軍(Marmont)麾下の10戦力(約5万人)もウルムにはせ参じた。総兵力は34戦力(約17万人)。ウルムに籠もるオーストリア軍の2倍以上の大兵力である。
しかし戦闘の結果はナポレオンにとって失望的なものであった。マック将軍の部隊は軽戦後に撤退。ウルムをフランス軍が占領した。

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反フランス軍は勝利条件としであるウィーン(Vienna)を守るため、イタリア方面で戦っていたカール将軍(Charles)をウィーン目指して後退させた。

2Turn(1805年9月)

ウィーンへ向けて撤退を続けるマック将軍麾下のオーストリア軍をナポレオン直率のフランス軍が追う。レーゲンスブルグ(Ratisbon)付近で両者は交戦。大損害を被ったオーストリア軍は後退。オーストリア軍のフェルディナンド将軍(Ferdinand)は重傷を負って戦線を離脱した。
オーストリア軍はウィーンに向けてダニューブ川沿いを東へ後退。また東方からはロシア軍20戦力(約10万人)がウィーンに近づいてきた。

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3Turn(1805年10月)

強行軍を続けた大陸軍の13戦力(6.5万人)がウィーンに隣接。総攻撃を加える。しかし既にウィーン郊外に達していたロシア軍クトゥーゾフ将軍(Kutusov)麾下の10戦力(約5万人)が増援のためにウィーンにはせ参じてきた。それを見たウィーン城内のオーストリア軍も激しくナポレオンに反撃する。ナポレオンvsクトゥーゾフ。決戦の軍配はフランス軍に上がった。大損害を被ったロシア軍は後退。ウィーンはフランス軍の占領するところとなった。

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しかし連合軍は黙っていない。北からはロシア軍、南からはカール大公率いるオーストリア軍がウィーンに近づく。総兵力は34戦力以上(約17万人以上)。ウィーンを守るフランス軍は10戦力(約5万人)なので、その3倍以上だ。連合軍の圧倒的な兵力を見てフランス軍も抵抗を断念。ナポレオンはウィーンを捨てて後退。オーストリア軍がウィーンを再度占領した。

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4Turn(1805年11月)

ウィーンに集結しつつあるフランス軍とオーストリア・ロシア軍。その兵力は、フランス軍25戦力(12.5万人)、オーストリア軍22戦力(11万人)、ロシア軍15戦力(7.5万人)だ。連合軍とフランス軍の兵力比は3:2。質で勝るフランス軍が勝利するか、あるいは兵力で圧倒する連合軍が勝利するのか・・・。
フランス軍はウィーン直接攻撃を避けてその前面を掃討。次のTurnにおける総攻撃に全てを賭ける。

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冬に入ったウィーンの大地が連合軍を苦しめた。冬営中に10戦力近い兵力を失った連合軍であったが、残った兵力でウィーン西方に布陣するフランス軍を攻撃する。この攻撃では初めてロシア軍が前面に立った。バグラチオン将軍(Bagration)率いる10戦力がナポレオン直率の9戦力相手に一歩も引かない攻撃を仕掛ける。またクトゥーゾフ将軍麾下の10戦力は、フランス軍マッセナ将軍(Massena)麾下の3戦力に猛攻を加える。両方の戦いは連合軍の勝利に終わり、フランス軍は後退していった。

5Turn(1805年12月)

最終Turnである。フランス軍は最後の勝利を求めてウィーンに対する総攻撃を仕掛ける。幸い冬のウィーンにフランス軍は耐えた。1戦力も失わずに総攻撃に移る。この時点での両軍の兵力は、フランス軍27戦力(13.5万人)、オーストリア軍19戦力(9.5万人)、ロシア軍13戦力(6.5万人)。連合軍対フランス軍の兵力比は6:5以下で、明らかにフランス軍にとって有利な比率に変わってきた。そこでフランス軍は麾下の兵力を3つに分けてウィーンを狙う。
まずナポレオン麾下の12戦力がダニューブ川北岸を迂回してウィーンを直接攻撃。対峙するのは、オーストリア軍カール大公率いる10戦力と、その後方から迫るジョン将軍率いる5戦力だ。ナポレオンの狙いは、援軍が到着する前にオーストリア軍を撃破することだ。
西正面からはマッセナ将軍麾下の5戦力がロシア軍クトゥーゾフ将軍の5戦力を拘束。さらに南からはランヌ将軍麾下の10戦力がバグラチオン将軍麾下のロシア・オーストリア連合軍10戦力を拘束する。

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戦闘はすさまじいものとなった。ウィーン周辺で繰り広げられた大会戦は、ナポレオンが布陣した町の名前を取って後年「アウステルリッツ会戦」と呼ばれることになったが、その戦いでフランス軍は兵力の半数以上にあたる15戦力を失ったが、連合軍はオーストリア軍が15戦力、ロシア軍が5戦力を失い、特にオーストリア軍はその戦力の過半を失った。連合軍はウィーンを奪回する能力を失い、この戦いはフランス軍の勝利に終わった。

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感想

システムはシンプルである。損耗チェックの後、移動と戦闘を繰り返すだけ。ただし戦闘はラウンドを繰り返すタイプなので、ナポレオン時代の戦争らしく小規模会戦が大規模会戦に発展する様が再現できている。簡単なシステムながらナポレオン時代の戦争を巧く再現した傑作と言えよう。
難点を上げれば、古いゲームなのでユニットに裏表がない(裏面があれば、戦力カウンターを引っかき回す手間が少し減るはず)。システム的にはZOCがないので敵ユニットの側面を平気で迂回して敵の背後に回り込むことができる点について少し違和感を覚えた。ZOCの進入/離脱で移動力1消費ぐらいのルールがあっても良かったように思うのだが、如何だろうか。