Ukraine'43(GMT)(新版)は2015年に発売されたシミュレーションゲームである。テーマは1943年夏~秋にかけての独ソ戦。ウクライナにおけるドイツ南方軍集団とソ連機械化部隊の死闘を描いた作品である。

今回、シナリオS3「ドニエプル川の危機」をプレイしてみた。ドニエプル川前面に迫った赤軍とそれを迎え撃つドイツ軍の戦いを描いたシナリオである。第15Turnから21Turnまで、計7Turnをプレイする。

43年10月11-15日

イメージ 13このシナリオは既にドニエプル川の防衛ラインが浸食されつつある状況からゲームが開始される。
北方キエフ周辺では、赤軍第3親衛戦車軍に属する2個親衛戦車軍団と1個親衛機械化軍団がリュテシ(Lyutexh 1209)付近で攻勢を仕掛ける。5-1の高比率攻撃と機動強襲で消耗していた歩兵2個師団を撃破。キエフ北西部に進出した。
その南、カニェフ(Kanev 1715)付近では、橋頭堡から出撃する赤軍がジューコフ将軍の指揮で突破を図る。しかしドイツ軍第19装甲師団が我が身を犠牲とする死守に成功。カニェフの防御ラインをドイツ軍が死守している。

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それよりも南方、チェルカッシー(Cherkassy 2118)からドニエプルペトロフスク(Dnepropetrovsk 3724)にかけてのラインでは、3箇所に渡って赤軍が渡河に成功。橋頭堡を確立した。

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ドニエプル川の湾曲部の南、ザポロジェ(Zaporozh'ye 3928)からさらに南のメリトポリ(Melitopol 3935)にかけてパンターラインと呼ばれる陣地線が構築されている。この陣地帯に対して赤軍は1-2~1-1の低比率攻撃を3箇所に渡って仕掛けてきた。赤軍は出目に恵まれ、いずれも独軍後退の結果を得た。独軍は必死で死守に成功し、何とか現戦線を維持したが、そのために計3ステップを失ったのは痛かった。

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ドイツ軍はキエフ北方及びパンターラインでは守りを固める一方、カニェフからドニエプルペトロフスクにかけてドニエプル川が東南東に流れていく所では、SS装甲擲弾兵3個、装甲師団3個を投入して反撃を実施。カニェフでは赤軍の橋頭堡を排除したほか、チェルカッシーからクレメンチューク(Kremenchug 2820)にかけての防衛ラインでも赤軍を撃退する事に成功している。

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43年10月16-20日

イメージ 14天候は曇り。キエフ戦線では、赤軍第3親衛戦車軍がキエフ西方を南下しドイツ軍第10装甲擲弾兵師団(4-5-7)を撃破した。キエフはその背後を遮断される。

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ドニエプルペトロフスク西方では、赤軍第5戦車軍が橋頭堡を拡大。ドイツ軍GD装甲擲弾兵師団を撃破した。
またザボロジェからパンターラインでは、ザボロジェダムが陥落。さらにパンターラインもその一角が破られた。

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苦境に立つドイツ軍は2箇所で反撃を実施した。キエフ方面ではSS装甲擲弾兵師団2個を投入して反撃を実施。マンシュタイン効果もあって赤軍第10戦車軍団(5-3-6)その他を撃破してキエフへの連絡線を解囲した。

イメージ 15またドニエプルペトロフスク西方では、最強の第3SS装甲擲弾兵師団「トーテンコープ」(12-10-7)を主力とする3個装甲師団を以て反撃を実施。前線でスクリーンを張る狙撃兵師団を軽く撃破した後、主力である赤軍第5親衛戦車軍に対して2-1攻撃を実施した。出目は"2"で結果はA1/DR。ドイツ軍は貴重な装甲1ステップを失ったが、赤軍も死守に失敗してさらにステップロス。第5親衛戦車軍は次のTurnは使い物にならなくなった。

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その南、ザボロジェ南方ではドイツ軍は、パンターラインを放棄。西へ向けて後退を開始していた。

43年10月21-25日

天候は曇り。
イメージ 16キエフ西方で攻勢を仕掛けた赤軍第3親衛戦車軍は、2-1攻撃で1の目を出し、見事に失敗した。
そのやや南東、カニェフ方面では、赤軍歩兵師団が渡河作戦を敢行し、対岸に橋頭堡を確立した。しかし歩兵部隊のみの弱体な橋頭堡にて、果たして持ちこたえられるか・・・。
大成功を収めたのは、旧パンターライン付近。ドニエプル川に向けて後退中のドイツ軍部隊を赤軍第4親衛機械化軍団(8-9-6)その他が捕捉した。独第17装甲師団残余等を撃破した赤軍部隊は、機動強襲でドニエプル川対岸の要域ニコポリ(Nikopol 3431)を強襲した。地形効果などで1-2の戦闘比しか立たなかったが、見事に6の目を出してA1/D1の結果を得た。ニコポリを守る独軍守備隊は壊滅。赤軍はニコポリの橋頭堡を得た。

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イメージ 17相変わらず綱渡りのドイツ軍はカニェフの橋頭堡撃破に全力を傾注。SS装甲擲弾兵師団2個を含む装甲3個師団の攻撃によってカニェフ橋頭堡を排除した。
南方ではニコポリの橋頭堡前面に俄作りの防御ラインを構築。赤軍の突破を阻止せんとする。しかしドニエプルペトロフスクからザボロジェに至るドニエプル川湾曲部は、今や独軍の巨大な突出部と化しつつあった。この突出部には消耗した装甲師団7個、歩兵師団その他が約10個師団が布陣している。彼らを無事戦線後方に収容できるかどうかが焦点となっていた。

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43年10月26-31日

イメージ 18天候は雨。戦場に雨が降った。攻撃1コラムダウン。2級道路の移動コスト=1。いずれも攻撃側の赤軍にとって重くのしかかるプレッシャーである。
このTurn、赤軍の攻撃は散々だった。キエフ西方ではキエフ包囲を完成させるべくジューコフの支援付きで2-1攻撃を敢行したが、DRを結果を得たものの、マンシュタイン効果による死守の振り直しのよって突破には失敗した。
ザボロジェ方面では1-2~1-1の低比率攻撃を3箇所で仕掛けたが、いずれも攻撃失敗。ニコポリ付近で橋頭堡拡大のために6-1の高比率攻撃を実施し、ドイツ軍歩兵師団を撃破したもの、それ以上橋頭堡を広げることには失敗した。
ドイツ軍は雨の中無理な攻撃を実施せず、現状維持に努める。そしてキエフに対する連絡線を回復した。ザボロジェ突出部は現状のまま維持し続ける。

43年11月01-05日

イメージ 19天候は晴れ。赤軍はキエフに対して60戦力を集中。額面3-1で攻撃を仕掛ける。砲兵2個、ジューコフ、航空支援で4シフト。ドイツ軍はエリート効果、陣地、航空支援で3シフト。最終戦闘比4-1で攻撃を仕掛ける。ダイスは4で結果はA1/D1。しかし赤軍はジューコフ効果で振り直し。2回目の出目はなんと6。結果はD1*。キエフのドイツ軍は強制退却となってしまう。ドイツ軍は死守も機会もないままキエフをたたき出される。キエフ陥落。これで北方戦線のドイツ軍は一気に不利になった。

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南方戦線ではザボロジェに対する攻撃は2-1で結果はA1/DR。装甲部隊がステップロスして何とか支える。ニコポリ橋頭堡からは赤軍が突破に成功。ザボロジェ突出部の独軍を分断せんとする。

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イメージ 20キエフ陥落はドイツ軍をして軍事的な合理性を放棄させる衝撃を与えた。すなわちキエフをドイツ軍が保持していれば、仮にドニエプルペトロフスクとザボロジェを失ってもドイツ軍はゲーム上勝利者の位置に立てる。この場合、ドイツ軍は両市に犠牲部隊を残して主力をザボロジェ湾曲部から撤退させ、より戦線を短縮した形にして、ドニエプル川西岸地域で機動防御戦を展開すれば良かった。
しかしキエフ失陥によってVPが一気に赤軍有利になった。今や赤軍はドニエプルペトロフスク又はザボロジェのいずれかを奪取するだけで勝利者になれる。逆にドイツ軍の立場から言えば、何が何でも両市を守り切らなければならない。従ってザボロジェ突出部の放棄もあり得ず、ザボロジェ突出部を死守しなければならなくなった。その結果、たとえ全てを失うことになろうとも・・・。
上記の状況に鑑みてドイツ軍はSS装甲2個師団とマンシュタイン将軍を急遽同方面に送り込んだ。そしてザボロジェ突出部で反撃を実施した。まずザボロジェに装甲増援を送り込むため、ザボロジェ北部に消耗しきった装甲3個師団、装甲擲弾兵1個師団を含む反撃を実施した。戦闘比4-1という頼りない戦闘比で実施された攻撃は、D1*というドイツ軍にとっては最高の結果となった。
さらにドニプロゼルジーンシク西方で実施された反撃は、第3SS装甲擲弾兵師団「トーテンコープ」にティーガー重戦車装備の第501重戦車大隊支援つきで実施された。この攻撃で重戦車大隊は戦闘結果DRXで失われたものの、赤軍第5親衛戦車軍の撃破に成功。同方面の脅威を一時的にせよ取り除いた。

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