Across the Pacific(以下、AtP)は、元々米国Pacific Rim社から出版されたシミュレーションゲームだが、2014年に国際通信社から日本語版が発売されたことで本邦でも有名になった。
AtPの発売から5年近くが経過した2019年1月のある日。いわば「押し入れて眠っているゲームを復活させようキャンペーン」の一環としてAtPをプレイしてみることにした。参加者は筆者を含めて2名。いずれもAtPのプレイ経験は乏しいので(筆者は発売時期に一度プレイしたのみ、もう1名はプレイ経験なし)、今回は短期シナリオをプレイして感触を掴んでみることにした。筆者は連合軍を担当する。

前回まではこちら

6Turn(1944年1-5月)

イメージ 3パラオを手に入れた連合軍は、日本軍の占領地奥深くに拠点を得た。連合軍による次の侵攻は、マリアナ、フィリピン、台湾、沖縄等、様々な方向が考えられる。対する日本軍もようやく迎撃用艦隊を整備し、空母中心の第3艦隊(ゲーム上はC任務部隊))と戦艦中心の第2艦隊(同B任務部隊)の二本立てで米艦隊を迎えうつ「あ号作戦」を立案した。マジックの影響で先に動かざるを得ない日本軍は戦艦部隊をサイパン近海に出撃させ、空母部隊はサイパンとレイテの中間海域に配置した。この布陣は連合軍のサイパン侵攻阻止を第1に狙ったものだが、空母部隊は連合軍のフィリピン侵攻を念頭に置いた布陣になってもいる。
日本軍の布陣を察知した連合軍は、戦艦部隊の交戦を避けるためにサイパン上陸を中止。比較的防備の弱いフィリピン、マニラ侵攻を実施することとした。物量を誇る連合軍であったが、現段階では上陸部隊と空母部隊の2個任務部隊の編成が精一杯であり、戦艦中心の部隊を編制する余力はなかったからだ。
連合軍のマニラ侵攻に対して対応できたのは、日本の空母機動部隊だけであった。アウトレンジ戦法よろしく先制攻撃に成功した日本艦隊は、3波に渡る攻撃隊を発進させた。必勝を期して米艦隊を襲った日本攻撃隊であったが、結果は悲惨であった。米艦隊を守るCAPによって打撃を受けて、なおも進撃を続ける彗星艦爆、天山艦攻は、米空母を守る激しい対空砲火に晒された。まさに壁の如く立ち塞がる対空砲火は日本側攻撃隊を文字通り粉砕。米機動部隊上空にたどり着いたものは1機もなかった。文字通り全滅である。
イメージ 2頃合い良し。間合いを詰めた米機動部隊は、日本空母に対して反撃の刃を向けた。SBD艦爆からなる急降下爆撃隊に混じって、この戦争では初陣となるTBD、TBF艦攻隊が魚雷を抱えて発進していった。
数の上で優位に立つ米攻撃隊は、日本攻撃隊のように全滅の憂き目を見ることはなかったが、それでもCAPと何より対空砲火によって攻撃隊の約半数が失われた。それでも何とか防御砲火を抜けた艦爆、艦攻隊は日本空母に対して必殺の雷爆撃を見舞うが、何たることか。魚雷や爆弾は日本空母に傷一つつけることができなかったのである。そしてこの攻撃によって米空母機動部隊は、その対艦攻撃部隊に再建不能と思わせる程の大被害を被った。
今次大戦2度目の空母決戦=マリアナ沖海戦(米国名フィリピン海海戦)は両軍にとって失望感を感じる結果となったが、それと並行してマニラ侵攻作戦も実施されていた。上陸部隊として海兵隊を含む4個師団を投入した連合軍は、僅か1個師団しかない日本軍マニラ守備隊を軽く撃破。マニラを占領し、連合軍は南シナ海へ出るための優良な港湾を確保した。

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結果

時間の関係上、今回のプレイはここまでとした。プレイ時間はセットアップを含めて約9時間である。セットアップを工夫すればもっと短縮化できるし、ルールにも習熟すればもっとスピードアップが図れるだろう。朝から開始して1日プレイし、珊瑚海海戦からマリアナ沖海戦までの太平洋戦争における主要な流れを体験できることは素晴らしいことである。

感想

イメージ 4本質とはあまり関係ない話から入って恐縮なのだが、とにかく航空機の対艦攻撃が弱い。今回ダイス目に恵まれなかったせいもあるが、シナリオ全期間を通じて両軍の航空機が達成した唯一の対艦攻撃戦果は、ミッドウェー海戦における「赤城/加賀」撃沈のみであった(対潜戦除く)。その一方で1度攻撃を行うと、CAPや対空砲火によって攻撃兵力の半数以上を失うことも多い。「航空主兵何それ?」と言わんばかりである。さらに空母艦載機の場合は補充も少ない。これほど航空機(空母艦載機)による対艦攻撃力が遇されている作品も珍しいのではないだろうか。
ゲーム面で運用を考えるのであれば、空母部隊はCAPによる友軍防衛を主任務とし、チャンスがあれば機銃掃射や制空戦闘で敵航空兵力の減殺を図るのが正しい運用と思われる。また厳重に防御された敵艦隊に対する航空攻撃は効果が薄いので、貴重な空母機による対艦攻撃は、弱体な敵に対する限定的な実施に絞った方が良い。主要な目標に対する空母艦載機による攻撃は、何らかの事情で敵艦隊の防空網に隙が出来た場合に限って行った方が良い。間違っても「石壁に卵をぶつけるような」攻撃を行うべきではない。個人的には史実とはかなりイメージが異なっているのだが、デザインコンセプトがそうなっているので諦めるしかない。

ちなみに艦載機の補充に乏しい連合軍は、1944年になってもF4FやTBDを空母艦載機として運用を継続することになる。特にF4Fは戦闘機兵力の主力といっても良い程だ。

イメージ 6その一方で作戦面での自由度の高さは他の作品の追随を許さない。例えば1942年の段階でもその気になれば連合軍は東京に上陸を敢行することは可能だ。逆に真珠湾の防衛が弱体なら、日本軍はいつでも真珠湾攻略を狙える。先にも述べたが、AtPは補給の概念が緩いので、両軍とも史実を超越した柔軟な部隊運用が可能だ。だから今回のように連合軍が史実を上回るハイペースで進撃することも可能になってくる。
ならば連合軍が必勝か、といえばそうでもない。プレイ回数が少ないのでバランス云々するには経験不足だが、日本軍にも対抗手段は十分にある(と思う)。肝になるのは連合軍の後方地帯だ。例えば連合軍の備えが甘ければ、積極的にハワイを狙う手も良い。あるいはハワイとオーストラリア間の島々を狙う手もある。それに成功したところで戦争に勝てるわけではないが、連合軍のエアアンブレラネットワークを破壊することは可能だ。その結果、連合軍は貴重な1Turnをエアアンブレラ再構築に費やすことになる。1Turn5ヶ月のAtPにとって1Turnの時間稼ぎは重要である。
また前線地帯の防衛には積極的に水上部隊を使いたい。マジックルールの影響で米軍の動きを読むのは困難だが、任務部隊と任務群を上手く使い分けることで迎撃の可能性を高めることは可能だ。

イメージ 5太平洋戦争は我々にとって身近なテーマだけに各人の思い入れが強い。傑作ゲームと呼ばれる「Victory in the Pacific」(以下、VitP)(AH)にしても万人がこれを支持する訳ではない。逆に歴史的な忠実度を重視した「太平洋艦隊」(SSG/HJ)にしても、「日本軍が弱すぎる」という批判もある。ゲームとしてはVitPを超える傑作と思われる「Empire of the Sun」(GMT)にしても、私の周囲では「ゲーム的過ぎる」という評価が多い。そういった意味では太平洋戦争をテーマとしたゲームで所謂「決定版」は決して現れることはないだろう。
AtPが描き出す太平洋戦争の映像は、私の持つそれとはかなり異なるものである。そういった意味で私が本作に対して不満がないと言えば嘘になる。しかし太平洋戦争テーマ(には限らず全てのウォーゲームで言えることだが)で決定版というものが有り得ない以上、我々は「作品を受け入れるか拒否するか」の2者択一しかない(注1)。AtPが完全に拒否するには惜しい内容を持った作品である以上、私としてはデザイナーが提示する歴史観を受け入れ、その中で最善策を考えてみたい。

そういった意味ではAtPは再戦してみたい作品の1つである。

(注1)第3の選択肢として所謂「ハウスルール」がある。しかし明らかなバグなら兎に角、そうではない所謂「史観の違い」によるハウスルールについては、料理にいきなり醤油をかけるような感覚を覚える。「まずは何もつけないでお召し上がりください」。