もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

2008年07月

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以前に紹介したバリクパパン海戦に引き続き「ソロモン夜襲戦」の追加シナリオを紹介します。

 (注)「ソロモン夜襲戦」とは、自作の水上戦ボードゲームです。詳しくはこちら

第2次コロンバンガラ島沖夜戦(仮想戦)

18.1 シナリオの背景

 1943年7月、中部ソロモン地区に上陸を開始した連合軍に対し、日本軍は数次に渡って増援部隊を送り込んだ。日本軍の増援部隊とそれを阻止する連合軍水上部隊が中部ソロモン近海で激突する。クラ湾夜戦(シナリオ9)、コロンバンガラ島沖夜戦(シナリオ10)と2度に渡って繰り広げられた夜間戦闘で、日本軍は劣勢な兵力にも関らず我に倍する損害を敵に与え、その熟達した夜戦技量を見せつけたのである。しかし優勢な米艦隊の妨害に直面した日本艦隊は、局面を打開するために新たな策を打ち出す必要に迫られた。
 7月11日、トラック島より南下してきた西村祥司少将率いる3隻の重巡洋艦(「鈴谷」「熊野」「鳥海」)がラバウルに入港した。7月18日夜、ラバウルを出撃した西村部隊は、途中で第3水雷戦隊(軽巡1、駆逐艦4)と輸送隊(駆逐艦3)と合流。一路コロンバンガラ島を目指した。重巡部隊の強力な援護の元、コロンバンガラ島への輸送を強行する作戦である。
 日本艦隊を阻止すべき米艦隊は、クラ湾夜戦、コロンバンガラ島沖海戦で戦ったエインズウォース少将の部隊が大打撃を受けて後退。残るはメリル少将の新鋭軽巡部隊だけであった。このシナリオでは、輸送任務中の西村部隊が、コロンバンガラ北方海域でメリル部隊の迎撃を受けた状況を想定している。

18.2 シナリオ開始日時

1943年7月19日(夜間)

(中略)

18.4 両軍兵力

日本軍

主隊

イメージ 2「鈴谷」「熊野」「鳥海」の重巡3隻からなる戦隊である。本シナリオにおける日本海軍最強の戦闘単位で、その活躍がシナリオの勝敗に大きく関連してくる。レーダーを装備しない分夜戦能力では米新鋭軽巡には見劣りするが、砲力と雷撃力では彼を凌駕するため、接近戦に持ち込めば彼を圧倒できるだろう。

水雷戦隊

イメージ 3軽巡「川内」と4隻の駆逐艦(「清波」「雪風」「浜風」「夕暮」)からなる水雷部隊である。「川内」を除く諸艦は(実際の)コロンバンガラ沖海戦に参加し、連合軍巡洋艦3隻を撃破する戦果を上げた。ちなみにこの時の輸送任務で米軍機の夜間爆撃により「夕暮」が撃沈されている。

輸送隊

イメージ 43隻の旧式駆逐艦(「三日月」「水無月」「松風」)からなる駆逐隊である。このシナリオでは輸送任務を担当する。史実では予定された輸送任務を無事完了させた。


連合軍

第12巡洋艦戦隊

イメージ 54隻のクリーブランド級軽巡(「デンバー」「モンペリー」「コロンビア」「クリーブランド」)からなる巡洋艦戦隊で、本シナリオにおける連合軍の主戦力を構成する。ちなみにシナリオ12にも全く同じメンバーが登場している。例によって強力な電探装備を誇るが、対する日本艦隊もシナリオ12より強化されており、楽な戦いではない。

駆逐隊

イメージ 64隻の新鋭フレッチャー級駆逐艦よりなる駆逐隊である。個艦性能では日本駆逐艦に勝るとも劣らないが、魚雷性能とその命中率で日本艦に見劣りする。


18.8 結末

 メリル部隊による迎撃は実現しなかった。当時メリル部隊は戦場を遠く離れたエスピリッツサントに在泊しており、西村部隊を迎撃できる位置にはいなかったのである。
 米巡洋艦との交戦を期待した西村部隊は、クラ湾北方まで進出したが、敵影を見なかった。やむなく反転して引き上げる西村部隊。それをガダルカナルから飛び立った米軍機が追う。レーダーで日本艦隊の姿を捉えた6機のアベンジャー攻撃機は、薄暗い闇の中、超低空爆撃を敢行した。2000ポンド爆弾の直撃を受けた駆逐艦「夕暮」が轟沈。重巡「熊野」にも大型爆弾が命中する。
 この戦いで危険水域に重巡を投入することに懲りた日本艦隊は、その後しばらくは有力艦のソロモン投入を躊躇うこととなった。しかし3ヵ月後のブーゲンビル攻防戦。日本艦隊は再び重巡部隊による大規模な夜襲を企図した。しかし今度は米空母艦載機の奇襲攻撃を受けて攻撃は失敗。その後ソロモン方面で日本の大型艦が活躍する機会は訪れなかった。

おまけ

このシナリオを作った一番の動機は、
「熊野」「鈴谷」の2艦が活躍するシナリオを作ってみたい
ということです。
個人的な見解ですが、日本重巡群の中で最も戦歴に恵まれなかったのは「鈴谷」「熊野」の2艦ではないかと私は思っています。この両艦は太平洋戦争期間中で殆ど敵艦と直接交戦する機会がなく、ようやくサマール島沖海戦でその機会を得たかと思えば、戦闘開始直後に「熊野」は米駆逐艦の雷撃により大破。「鈴谷」は敵機の投じた至近弾により速力低下。両艦とも早々に戦闘能力を失ってしまいました。同じ日本重巡でも他艦、例えば「古鷹」「青葉」「羽黒」「那智」「愛宕」「鳥海」「最上」「利根」等は複数回に渡って敵水上艦と対戦し、少なくない戦果を残していることを思えば、両艦の不幸が際立ってきます。砲戦用重巡としては最も完成した艦といって良い「鈴谷」と「熊野」。せめてゲームの世界の中だけでも彼女らに活躍の機会を与えてあげたかった、と思って本シナリオを制作しました。

日本艦隊に戦いを挑む米艦隊の主力は4隻のクリーブランド級軽巡です。故意か偶然か、この4隻はシナリオ12に登場する艦と完全に同じです。このことからも明らかですが、本シナリオのモチーフはシナリオ12の再製です。その上でシナリオ12の欠点=バランスが悪いをなんとかしたかった、というのが本音です。シナリオ12の場合、史実(ブーゲンビル島沖海戦)で日本艦隊が脆くも敗れ去ったのがいけなかったのですが、それはそれで仕方がない。しかし本シナリオは仮想戦なのでもう少しバランスに配慮しても良いのではないか。そう思って本シナリオはシナリオ12でアンバランスだったと思われる個所に手を入れて、日本側にも十分勝機があるように調整しました。

最後に。このシナリオは仮想戦です。しかし両軍の編成に嘘はありません。例えば日本艦隊の場合、このシナリオに登場する艦船は、全て実際に行われたコロンバンガラ輸送作戦に参加した兵力です。また4隻のクリーブランド級軽巡とそれに随伴している駆逐艦4隻の顔ぶれは、史実における同時期の戦闘編成と同じです。

(つづく)

参考
「日本水雷戦史」 木俣次郎著
「戦史叢書-南東方面海軍作戦(3)」 防衛庁戦史室
「History of United State Naval Operation in World War 2 - Vol.6」 S.E.Morison
http://www.hazegray.org/navhist/denver/logjul43.htm

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大阪のサクラ会へ遊びに行き、久しぶりにゲーム三昧を楽しみました。
今回プレイしたゲームは以下の通りです。
 ・「シンガポール陥落」(CMJ77)
 ・「ヒトラー帝国の興亡」(CMJ別冊)
 ・「信長包囲戦」(GJ#14)
 ・「競争試作」(旧GJ#64)
 ・「ソロモン夜襲戦」(オリジナル)

そのうち「シンガポール陥落」「ヒトラー帝国の興亡」については前回紹介しました。今回は「信長包囲戦」以下を紹介します。

信長包囲戦(GJ#14)

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まだまだ時間はあるある。続いて出てきたゲームは、3年ほど前(もうそんな昔になるだなあ・・・・)のGame Journal誌についた「信長包囲戦」です。エリアマップとシンプルなルール。ゲームとしての面白さも優れているという傑作ゲームの呼び声高い一品です。

これも私の希望で反織田方を担当させて頂きました。

第1ターン

織田方がその機動力を生かしてまずは北摂津へ攻め込む。北摂津を守る三好三人衆は苦戦を強いられ、石山の本願寺に増援を求めた。

第2ターン

勢いに乗る織田軍は今度は湖北に攻め込む。小谷城を守る浅井長政に対し、織田の大軍が襲いかかった。圧倒的な火力で押しまくる織田軍に対し、なす術もなく浅井は壊滅した。その頃、遥か東方の甲斐の国では、足利義昭の使者を迎えた武田信玄が、いよいよ動きだそうとしていた。

第3ターン

武田の進撃は凄まじかった。浜松城を守る徳川家康勢を難なく撃破。さらに駿河から山中を抜けて美濃の信長本隊を襲った。主力が浅井攻めに参加している信長本隊は脆かった。圧倒的な武田勢の攻撃を受けて織田勢は文字通り壊滅。信長公も「是非もなし」ということで壮烈な最期を遂げられました、とさ。

感想

随分以前にプレイした時も「織田方が難しそうだな」と思いましたが、今回も概ね同じ感想を得ました。それしても信長包囲戦をテーマにしたゲームは、大概信長方が厳しいようですね。


競争試作(旧GJ64)

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「信長包囲戦」プレイ中に第3の男=ぐちーずさん現る。ということで、食事を終えた後3人で「競争試作」をプレイすることにしました。このゲームは、大昔のGame Journal誌の付録についたカードゲームです。一言で言えば「戦闘機開発ゲーム」。機体とエンジンと特殊カードを組み合わせて強力な戦闘機を作り、それを国家に売りつけましょうましょう、というのが本作のコンセプトです。このゲームをプレイするのは初めてです。

最初、我が「もりつち重工業」(このゲームではプレイヤーは軍に戦闘機を納入する航空機製造メーカーを担当する)は主力戦闘機開発競争に遅れを取る。その後三式戦闘機「飛燕」にロシア製空冷エンジンとスーパーチャージャーを搭載した高速戦闘機「飛燕改」で巻き返しを図るや、瞬く間に主力戦闘機に採用された。その後、この「飛燕改」は落下式増槽を装備して航続距離を延伸。太平洋戦線でもその高速性能に物を言わせて敵機たるF4U「コルセア」やF6F「ヘルキャット」、さらにはグロスター「ミーティア」等とも互角以上に戦い、終戦まで主力戦闘機として戦い続けた。

という訳で戦争のほぼ全期間を通じて「飛燕改」で主力戦闘機の座を守り続けた我が「もりつち重工業」は勝利を収めました。

このゲーム、機体とエンジンの組み合わせによって性能が決まるため、各戦闘機に対する世間一般の評価が、必ずしもゲーム上の評価と一致しません。例えば今回私が愛用した「飛燕」と大東亜決戦機「疾風」を比較すると、同じエンジンを搭載した時の速度は「飛燕」の方が上です。そういった意味では「疾風」よりも「飛燕」の方が使い勝手が良いといえます。また連合軍機は全般的に評価が低いですが、これはオリジナルの機材が大馬力エンジンを搭載していることが影響しているようです。

他にも細かい点では色々とありますが、ちょっと変わった空戦ゲームとしてみれば、まあ楽しめるゲームではないでしょうか。

ソロモン夜襲戦

最後にプレイしたのは「ソロモン夜襲戦」の新シナリオですが、これについてはまた別の機会に・・・・。

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大阪のサクラ会へ遊びに行き、久しぶりにゲーム三昧を楽しみました。
今回プレイしたゲームは以下の通りです。

 ・「シンガポール陥落」(CMJ77)
 ・「ヒトラー帝国の興亡」(CMJ別冊)
 ・「信長包囲戦」(GJ#14)
 ・「競争試作」(旧GJ#63)
 ・「ソロモン夜襲戦」(オリジナル)

シンガポール陥落(CMJ77)

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最初にプレイしたのは、このブログで何度か紹介しているシンガポール戦のゲームです。takobaさんが日本軍、私が英連邦軍を担当しました。

第1ターン。日本軍はジットラ、コタバルの2個所で攻勢を開始。コタバル上陸には成功したもの、ジットラ正面はインド兵1個大隊を撃破しただけだった。
第2ターン。英軍はジットラで抵抗する部隊を徐々に下げつつ、イポー、クアラルンプールの線で部隊を集結させる。日本軍はジットララインに総攻撃を敢行。これを撃破した。
第3ターン。英軍は各地で陣地構築(以下「穴掘り」と呼称)。日本軍はマレー街道を南下しつつ、ジョージタウンを陥落させた。
第4ターン。英軍はなおも穴掘り。日本軍はイポーの線を守る英軍部隊と接触した。
第5ターン。英軍穴掘り。日本軍はイポーの線に対して総攻撃を敢行する。第1ターンから続く英軍の穴掘りのおかげで、この一帯の陣地はその大半がレベル4(最高値)に達していた。それに対して日本軍は虎の子戦車部隊を投入。英軍陣地を戦車効果によって突破した。しかしこの戦いで日本軍戦車戦力は大損害を被り、以後、戦車による突破力が期待できない状況となりつつあった。
第6ターン。英軍はクアラルンプール周囲に大規模な陣地帯を構築する。日本軍はカンパル前面で遅退行動を取る英軍部隊を撃破した。
第7~8ターン。日本軍はクアラルンプール前面の英軍陣地に攻撃を開始。しかしそれを抜くには至らず。ゲーム終了時の勝利得点は147点で英軍の勝利。

以上のように結果は英連邦軍の勝利に終わりました。このゲーム、日本軍は圧倒的な戦力を有しているのですが、相応に勝利条件が厳しく、従ってかなり大胆な行動が求められます。その辺りの匙加減で経験の差が出た感じでした。

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ゲーム終了時の状況。英連邦軍の重厚な防御線がクアラルンプールラインを守りきりました。

ヒトラー帝国の興亡(CMJ別冊)

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第2弾はあの「ヒト帝」。コマンド誌別冊で「2時間以内で欧州大戦の全てが楽しめる」という触れ込みのゲームです。ただこのゲームが本当に2時間以内に終わるかどうかはかなり眉唾ものです。プレイヤーの慣れにもよりますが、最後までプレイする場合は4~6時間はかかるのではないでしょうか。
私の希望により、takobaさん枢軸軍、私が連合軍を担当しました。

第1ターン(1940年夏)

定石通り枢軸軍が低地諸国とノルウェーに向けて戦端を開く。連合軍はマジノ線を取り壊してパリに配置したり、オスロに来寇したドイツ軍歩兵に対してRAFを出撃させるなど、あの手この手で嫌がらせを試みるが、オスロの陥落を次ターンまで永らえたことと、パリをギリギリまで粘らせたこと(最終の作戦チットで陥落)が精一杯だった。

第2ターン(1940年冬)

フランスの陥落によって海軍力が大幅に減ぜられた我が海軍は、緊急建造した空母ヴィクトリアスを戦列に投入。北海と地中海方面へ艦隊を分散出撃させた。戦艦、空母の働きにより北海、地中海の制圧に成功した我が海軍部隊。しかしドイツは思いがけない行動に出る。なんと独ソ不可侵条約を破棄してソ連領内に進攻を開始した。独ソ戦の開幕である。
雪の降りしきる中、冬季装備に乏しい独軍はロシアの大地で苦戦を強いられたが、それでも独ソ国境から内陸部にかけて進攻することに成功した。

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雪の中、ロシア領内に殺到するドイツ軍。しかしすぐに冬将軍が待っていた。

第3ターン(1941年夏)

春の目覚めと共に独軍は東部戦線で行動を再開した。「電撃戦」チットが乱れ飛び、優秀な将軍たちに率いられた精鋭国防軍がロシアの大地を突き進む。しかし奇襲効果のない力押しでは決定的な戦果は望めない。キエフを落とし、ハリコフに迫る独軍だったが、その脇腹でルーマニアとブルガリアが早くも戦線から脱落していった。
そのころ地中海戦線ではモントゴメリー将軍率いる英軍がギリシアに上陸。次なる行動への準備を進めていた。

第4ターン(1941年冬)

このターンから米国が参戦する。その生産力は連合軍の巨大な兵器庫となり、その優位に大きく貢献するはずだ。そして地中海戦線ではトルコが連合軍側に立って参戦することを表明。バルカン諸国の脱落により窮地に立つドイツにとって新たな頭痛の種になった。
地中海戦線では前ターンギリシアに進攻した英軍がイタリア半島に進撃してきた。タラント港を奪取しローマを狙う英軍。それを阻止すべき独軍部隊は、ロシアの冬に足を取られて動けない。

第5ターン(1942年夏)

再び訪れた夏。独軍は不利な戦局を挽回すべくウクライナで大規模な攻勢を開始する。部分的には成功したその攻勢。しかし前進する独軍の側背から赤軍の反撃が始まった。後方に回り込んで補給を絶つ赤軍部隊。ドイツ軍も優勢な航空兵力を投入して必死の抵抗を試みる。しかし度重なる戦闘の結果、独軍は2個装甲集団を失うという大損害を被った。
その頃イタリア戦線では英軍は遂にローマを解放。イタリアは早くも枢軸陣営から脱落していった。

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ロシア領内奥深くに突き進むドイツ軍。しかしその直後に悲劇が起こった。その頃イタリア方面でもイタリア脱落の危機が迫っていた。


第6ターン(1942年冬)

もはや連合軍の優位は動かし難いが、takobaさんに頼み込んでもう1ターンだけプレイさせてもらう。
東部戦線では赤軍が総反撃に転じ、ドイツ軍部隊を旧ソ連領から一掃することに成功した。
イタリア戦線はモントゴメリー率いる英軍に加えて、パットン率いる米軍も戦闘に加入した。南側からドイツ本国領土内に進攻する米英軍。ドイツ軍の必死の抵抗により一度は米英軍を撃退したもの、最早ドイツの崩壊は時間の問題であった。

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第6ターン終了時の状況。ベルリンに危機が迫る。

恐らく1~2ターン後にはベルリン陥落を迎えることは必定なので、ここでゲームが終了としました。ゲームプレイ時間は2時間強です。今回はドイツ軍による1940年冬のロシア進攻が目玉でした。奇襲効果を狙ったこの作戦。確かにロシア側を狼狽させはしましたが、結局進攻が不十分だったことによりドイツの崩壊を早めた結果になったようです。

大阪まで出かける用事があり、「青春18切符」を使って大阪へ向かいました。
新幹線を使えば約3時間。しかし鈍行ならどんなに急いでも8時間以上はかかります。それでもかつての「特急列車」が6~8時間かけて東京-大阪間を走破していたことを思えば、鈍行で8時間というのも我慢できる・・・・かな?。

出発は1230頃。本来であれば早朝始発列車に乗って行きたい所ですが、生憎その前日が深夜残業だったので荷物類の準備ができていない。それに深夜残業明けの始発列車はかなりきつい。そんなこんなでかなり遅い時間帯の出発となりました。

1246発の下り列車に乗ります。車内の混み具合はまあそこそこ。土曜日の昼下がりはこんなものかな、といった感じです。
途中小田原で下車して昼食。そして次に熱海へ出ます。
熱海から先はJR東海の区間になります。そしてこの熱海-豊橋間が大阪までの行程の中で一番の見所であり、辛い所でもあります。
まず良い点ですが、景観的な魅力が大きいです。沿線には茶畑が広がり、時にはすぐ近くに海が見える。天気が良ければ富士山を見ることもできますし、富士川、大井川、天竜川といった大河川や浜名湖の景観を楽しむこともできます。
逆に辛い点は、この間はとにかく混みます。JR東海がケチってこの間に3両編成の電車ばかり走らせているからだと邪推してしまいます。今回乗った列車も全て3両編成で、まあ予想通り混んでいました。

豊橋に着いたのは1750頃。ここで少し早いですが夕食です。できれば名古屋あたりで飯にしたかったのですが、名古屋は快速/新快速の始発駅ではないので途中下車したくないという事情もあります。そんなこんなで結局は豊橋で降りて飯、というパターンになることが多いです。

食事を終えて駅に戻り、1835発の新快速米原行きに乗ります。ここから先は乗り心地の良い快速車両なので、座ってしまえばこちらのものです。しかも豊橋-米原間乗り換えなし。これは便利です。

米原に着いたのは2030頃。さすがに辺りはもう真っ暗です。ここからはJR西日本自慢の新快速に乗り、目的地までひとっ走り。長かった旅ですが、ようやく終わりが見えてきました。

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熱海発静岡行き列車1445M。熱海駅にて。3両編成のこの列車は、すぐに満員になります。

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興津発浜松行き列車823M。興津駅にて。こちらも最初は比較的空いていましたが、次の清水駅ですぐに満員になりました。

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豊橋発米原行き新快速5351F。豊橋駅にて。豊橋から乗り換えなしで米原まで乗って行けるこの列車は、米原以西に向かう場合に大きな武器になります。

久しぶりに対人戦を戦うことになり、主題のゲームの練習に着手しました。
このゲーム、全12ターンで欧州大戦を再現。1ターン半年ということで、類似他ゲームと比べて1ターンが長めに設定してあります。

とりあえず数ターンプレイしてみましたが、連合軍側が難しいように思いました。
フランスはどうあがいても陥落するので、できることといえば時間稼ぎと嫌がらせ(例えば作戦チットを購入してドイツに揺さぶりをかける等)ぐらい。
イギリスはロイヤルネイビーが健在な限り、独軍の英本土進攻「あしか作戦」を阻止することは大丈夫でしょう。

問題はソ連。
駒が少なく守る地域が広い。しかも進攻第1ターンは独軍の戦略的奇襲が自動的に成功するので打つ手なし。下手をすれば開戦後半年でモスクワが陥落してしまうかも知れない状況です。

ドイツ軍は楽しい。第1ターンのフランス制圧はまあ定石として、それ以降は色々楽しめそう。第3ターンに攻めて来ると予想しているソ連の裏をかいて第2ターンあたりにロシア進攻という手もある(雪のために多くは前進できないと思われますが・・・・)。ロシア軍が無警戒なら第1ターンにいきなりバルバロッサ作戦を仕掛けてソ連邦に攻め込む手もある。この場合、上手く行けば1940年にロシアを屈服させることは可能かも知れない。

何はともあれまずは連合軍である程度守れるようになっておかないと、ゲームにならずに終わってしまう可能性大です。

もう少し練習してみます。

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