もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

2009年08月

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かつて富士宮のやきそばを紹介したことがありました。
その時はあまり芳しい評価ではなかったのですが、リベンジを期して再び富士宮の焼きそばにチャレンジしてみることにしました。
今回のターゲットは「うるおいてい」。
富士宮の焼きそば店の中でも一二を争う有名店です。

「うるおいてい」に着いたのは1130。開店時間とほぼ同時刻です。開店直後にも関わらず店の前には10人ほどの客が待っていました。さすがは有名店。

待つこと約30分。ようやく中に入ったのが1200過ぎです。
肉焼きそばの大盛を注文。しばらく待っていると焼きそばのそばと具材が目の前に運び込まれてきました。
「ひょっとしてこれを自分で焼くんじゃないのか・・・・」
と不安がよぎりましたが、さすがにそんな筈はなく、後から店員さんが目の前の鉄板を使って焼いてくれました。目の前で焼きそばが出来上がっていくのを見ると、否が応にも期待は高まってきました。

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さて肝心の焼きそばですが、演出効果は抜群ながらも味のほうは・・・・。
別にマズイ訳ではないのですが、期待したほど旨いわけではない。
演出効果が大きかったために期待が大きかったこともあるかもしれませんが、味の方が演出効果に追いついていない感じです。前回食べた富士宮焼きそばも「不味くはないが旨いという程でも・・・・」という感じだったのですが、今回の店も同じような感じでした。

店を出たのは1230頃。待ち時間を含めると1時間ほどを費やしたことになります。
話のタネに食べてみるのも悪くないとは思いますが、積極的にお奨めするのはやや心苦しいかな、と思える味でした。

お奨め度★★★

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こちらでLPS社のAgainst the Oddsシリーズのゲーム群が話題になった際、コメンターの方からご紹介頂いた作品です。メーカーのHPを見ると

「2005 Charles S. Roberts Award for Best Magazine Wargame」

と記載されいたので、「まあ賞を取った作品だからハズレはないだろう」と思って購入しました。

イメージ 2箱を開くとビルマ、インド、中国、タイといったいわゆるCBI戦区一帯が描かれています。マップの上半分は戦術マップとなっていて、空中戦や空対地攻撃は戦術マップを使って解決するようです。1ヘクスはかなり大きめで100陸マイル、1ターンは1週間で、1941年暮れから1942年3月までのCBI戦区における航空戦を描きます。

カウンターシートは1枚。カウンターは半数近くが航空機で、1ユニットが9~12機の航空機を現します。登場する機体は、零戦、九七戦、一式戦、二式戦、二式複戦、百式司偵、九七式重爆、九七式軽爆、九九式軽爆、ハリケーン、バッファロー、P-36、P-40、ブレニム、そして珍しい所でヴィシーフランスのモランソルニエMS406が登場します。

他に地上部隊も数ユニットが登場し、師団規模でレーティングされています。

ルールブックは20ページ。ルールの項目数は計20項目です。航空基地や航空作戦といった航空機にまつわるルールが目に付きます。

イメージ 3珍しいテーマの作品ですが、例えば「ビルマ航空戦」(梅本弘著)等最近は良質の資料も比較的容易に入手できるようになってきているので、それらの著作を読み返してみながら本作をプレイする、というのも面白そうです。

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ちなみにOperation CartWheelを購入するまで見向きもしなかった"Against the Odds"シリーズですが、ラインナップを見るとなかなか食指をそそるような作品が並んでいますね。プレイする/しないは兎に角として、「ネタ」的に持っていたいような品々が並んでおります。

 ・02 KHE SANH, 1968
 ・08 Fortress Berlin
 ・10 Into a Bear Trap
 ・14 War in the Aegean
 ・22 Paukenschlag


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米陸軍戦闘機-学研「歴史群像」太平洋戦史シリーズ第68巻

本シリーズも第68巻まできましたが、前回の前回紹介した「米海軍戦闘機」に続くいて再び米戦闘機編で、今度は米陸軍戦闘機です。この調子で米軍シリーズも強化して行って欲しいものですね。さしずめ期待は「米巡洋艦」あたりでしょうか。
さてさて、米陸軍戦闘機は米海軍戦闘機と比べるとやや地味です。米海軍機が零戦相手に激しい戦いを演じたのに比べ、米陸軍戦闘機は零戦とも戦いましたがどちらかといえば脇役。しかも1942年までの主力機であったP-40やP-39が日本では不人気なため、あまり取り上げられる機会がありません。また本場米国でも欧州戦線こそ有名ですが、太平洋戦線やCBI戦線における米陸軍戦闘機の活躍はマイナーテーマらしく、英語の資料を探そうとしてもなかなか見つからずに苦労します。
本著は、WW2の米陸軍主力戦闘機であったP-40,P-39,P-38,P-47,P-51を中心に、その特徴や機体構造、性能に関する評価や考察を記載しています。面白いのはそれぞれ機体別に記載されている「性能と評価」「結論」の部分で、P-39やP-40については比較的好意的な評価がなされている一方、P-38については「やや過大ともいえる高い評価」と少し冷たい表現になっています。特にP-40について「恐るべき敵として日本軍の前に立ちはだかった」といった評価は、本邦におけるP-40の低評価に疑問を抱いていた私」にとっては「我が意を得たり」の感がありました。
決して万人にお奨めできる著作ではありませんが、太平洋における日米航空戦に興味を持たれた方であれば、入手しておいて損はないと思います。

お奨め度★★★

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「Shifting Sands」は米MMP社が出版した作戦級シミュレーションゲームです。

今回「Shifting Sands」を対戦する機会を得たのでレポート致します。今回は後半戦です。これまでの展開についてはこちらを参照して下さい。ちなみに私は枢軸軍を担当しています。

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第7ターン(1942年冬)

イメージ 3第10航空軍団が地中海に進出。マルタ島に対する包囲を固めた。これにより前年より滞っていた北アフリカへの補充部隊輸送が再開されることとなった。続々と海を渡る枢軸軍将兵。その中にドイツ第90軽師団の姿もあった。
都合3個師団を手にしたロンメルは、再びキレナイカで攻勢に転じた。しかし戦雲に恵まれず今ひとつキレのないドイツ軍に対し、英連邦軍は物量に物を言わせた攻撃を行ってきた。バルディア港に篭るイタリア軍を英連邦軍が急襲。バルディア港は英軍が奪取した。

第8ターン(1942年春)

中近東でも激戦は続いていた。イラク方面では英軍がイラク軍を次々と撃破し、バクダット、モスルといったイラクの要域をほぼ制圧した。シリア、ベイルート方面でも英軍の攻撃は続き、ヴィシーフランス軍は次々と撃破されていった。
結局このターン終了時までに中近東のほぼ全域が英軍の支配することとなった。こうして東アフリカ、中近東の制圧を終えた英軍は、いよいよ北アフリカで本格的な攻勢に着手することになる。

イメージ 4英軍は「スーパーチャージ作戦」を発動。キレナイカ一帯に対して猛烈な攻撃を仕掛けてきた。トブルクに迫る英軍。必死に抵抗する枢軸軍。ロンメル指揮下のドイツ軍も機動反撃を試みるが、ダイスが冴えずに攻撃失敗。英軍は要域トブルクを奪回した。
トブルクを失った枢軸軍は戦線を大きく後退させた。キレナイカ一帯を放棄してベンガジ、エルアゲイラまで後退。戦線を縮小して英軍の突破に備える。

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第9ターン(1942年夏)

イメージ 6スピットファイア戦闘機がマルタ島に進出してきた。これによりマルタ島の包囲は解かれてしまう。再び補給を絶たれた枢軸軍であったが、嬉しいニュースもあった。新型の長砲身4号戦車がアフリカ戦線に登場してきたのだ。

イメージ 7このままではジリ貧になってしまうと判断したロンメル将軍。キレナイカ一帯で果敢な起動反撃を試みた。DAK(ドイツアフリカ軍団)の主力を成す2個機甲師団に加えて、第90軽師団とこのターンに登場してきた第164師団を加えた計4個師団が攻撃に参加する。最初の攻撃で英軍2個機甲師団を撃破したDAK。引き続いてDAKはトブルク攻撃を敢行する。

イメージ 8スツーカの大群が空を覆う。DAK4個師団と英軍3個師団がトブルクの町を巡って死闘を繰り広げた。DAKの攻撃は熾烈を極めたが、「砂漠の鼠」と言わしめた英軍の粘りもまた驚嘆すべきものがあった。結局このターントブルクは持ちこたえた。

第10ターン(1942年秋)

イメージ 9マルタ攻防戦が終わった。英軍がマルタ島を完全に確保し、海空からの枢軸軍による脅威は完全に排除された。最早「ヘラクレス作戦=マルタ侵攻作戦」が発動されることはない。枢軸軍に対する補給は完全に遮断された。これによりこれ以降枢軸軍プレイヤーが手にする戦術カードは1ターン6枚限定になってしまう。ちなみに通常は1ターン9~10枚。
ドイツ軍にもささやかな朗報があった。太平洋戦線で日本軍の攻勢が進展し、そのために英軍は2個師団を太平洋戦線に供出する必要が出てきたのだ。
戦場を去っていくオーストラリア兵を待っていたかのようにロンメル攻勢が再開された。攻撃の矢面に立たされたのはトブルク要塞である。先ほどは「砂漠の鼠」カードによって難を逃れたトブルクだったが、2度目の奇跡はなかった。ドイツ軍の猛攻により英軍は敗走。枢軸軍は再びトブルクを手中に収めた。

この頃になってようやくロンメルの「正しい使い方」がわかってきたような気がした。時既に遅しの感は否めないが・・・・

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第11ターン(1943年冬)

イメージ 11ロンメルにとって恐れていた事態が遂に訪れた。連合軍が北西アフリカに上陸し、地歩を築いたのである。今までエジプト方面の英軍とだけ戦っていたDAKは、突然背後に強力な敵軍の脅威を受けることとなる。
直ちにヘルマンゲーリング師団、第334師団等が増援としてチュニジアに派遣され、キレナイカで戦っていたロンメル軍団も急遽トリポリ方面へ取って返した。

イメージ 12チュニジア方面の枢軸軍はST作戦を発動した。上陸してきた連合軍に対する反撃作戦である。ロンメル自らが陣頭指揮をとったこの作戦は部分的ながらも成功を収め、ドイツ軍未だ侮り難しの印象を連合軍に与えた。

第12ターン(1943年春)

イメージ 13最終ターンである。パットン将軍指揮下の米英連合軍はチュニジア一帯で猛烈な攻撃を開始してきた。懸命に反撃する枢軸軍。しかし連合軍は強かった。圧倒的な制空圏と兵力を背景にひたすら攻撃してきたのである。チュニジア一帯の枢軸軍要域は次々と陥落。枢軸軍の運命は最早風前の灯であった。

イメージ 14この時点でVP値は4点。この点数はギリギリで連合軍の勝利を意味する。そして枢軸軍に最早土地を取り返す力はない。この時点で連合軍の勝利はほぼ確定か、と思われていたのだが・・・・。
枢軸軍プレイヤーが最後に出したカードが「イタリア艦隊出撃」。これは連合軍が「地中海艦隊」カードを出さない限り枢軸軍が1VPを獲得する。そして当然ながらこの時期の連合軍に「地中海艦隊」などという気の利いたカードがあるはずもない。最後の最後でVPが動き、枢軸軍の勝利が確定した。

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感想

プレイ時間は約9時間。途中で休憩や食事で中座した分もあったのですが、それにしても時間がかかりました。私がやや不慣れであり、その分時間がかかってしまったのかもしれません。

今回のプレイでいくつかルールの解釈ミスに気づきました。
まず1つは移動と戦闘の順番。今までは移動と戦闘の順番を任意に行っていたのですが、正しくは「移動終了後に戦闘を行う」が正しいようです。
他には戦闘カードの使い方にもミスがあり、一度使った戦闘カードを再使用できることは知りませんでした。迂闊だったです。

今回のプレイについてはミスが多かったです。本文中に触れた「グラツァーニ攻勢」と「バルボ」の件もそうですが、他にも意外と使い道の広い「電波傍受」を使い損なったとか、「エジプトの反乱」を温存して使う機会を失したとか・・・・。

それから今回学んだことは、東アフリカと中近東の重要性です。特に英軍が東アフリカ方面で手を抜くと、とんでもないことになってしまうようです。英軍としては1941年中に東アフリカを平定し、1942年前半までには中近東を平定しておきたい所でしょう。
逆にいえば英軍が東アフリカや中近東にかまけている間がドイツ軍にとってはチャンスといえます。ロンメル効果との兼ね合いですが、独軍としては2個機甲師団+若干の歩兵部隊が揃った時点で攻勢に転じたい所。補充能力との兼ね合いから独軍の攻勢は一発勝負になり勝ちなので、可能な限り兵力を揃えてかつ可能な限り速やかに、攻勢に着手するという事が枢軸軍プレイヤーには求められてきそうです。

最後になりましたが、今回お相手いただいたRさん、どうもありがとうございました。

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最後にマカロニ艦隊に助けられたとは・・・・


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「Shifting Sands」は米MMP社が出版した作戦級シミュレーションゲームです。テーマは第2次世界大戦期における北アフリカ戦役。この世界では比較的メジャーなテーマです。
このゲームの特徴的な点は3つ。
第1にCDS(カードドリブンシステム)であること。カードを使って部隊機動、増援、補充、再展開等の行動を行います。また盤外の戦局(ギリシア戦線、バルバロッサ作戦、マルタ島攻防戦)等もカードで解決します。
第2にマップの収めている範囲が広いこと。北アフリカ戦の中心となったリビア、エジプト国境付近の砂漠地帯だけではなく、チュニジア、アルジェリア等の西アフリカ地域、エチオピアを中心とした東アフリカ地域、シリア、イラク、パレスチナといった中近東地域もマップに含まれています。そのためプレイヤーは北アフリカ戦線だけではなく、その他の地域にも目を向ける必要が出てきます。
第3にゲームの扱っている期間が長いこと。1ターン3ヶ月で計12ターン。都合3年間に及ぶ砂漠の戦いを描きます。イタリア軍のグラツァーニ攻勢から英軍によるコンパス作戦、ロンメル登場、キレナイカの死闘、エルアラメイン戦、トーチ作戦、アフリカ戦線の終焉までが描かれます。大河ドラマ的に北アフリカ戦線の戦況を俯瞰するには好適な作品です。

「Shifting Sands」について詳しくは-->こちら

今回お相手頂いたのはYSGAのRさん。陣営については下名が枢軸軍、Rさんが連合軍を担当することになりました。

第1ターン(1940年夏)

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盤面を見渡すと兵力だけは多いイタリア軍と、数は少ないが練度に勝る英軍が散らばっている。我々(=枢軸軍)は東アフリカ方面で攻勢を行うことにした。エチオピアの首都アジスアベバに待機しているイタリア軍GDS師団が出撃。戦闘グループと共同でエチオピア北部を守る英軍戦闘グループを攻撃した。
多勢に無勢。英軍戦闘グループは鎧袖一触の下に撃破され、イタリア軍はエジプト南部スーダンに進攻。要域ハルツームを占領した。

余談ですが、ハルツーム(Khartoum)は青ナイルと白ナイルが合流する地点に築かれた都市で、現在のスーダン共和国の首都。かつてアルカイーダに関係していたとして巡航ミサイル攻撃を受けたこともあるそうです。

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一方の英軍はエジプト、リビア国境で攻勢を実施。ハルファヤ峠を基点としてバルディア港を守るイタリア軍に猛攻を加えてきた。英軍はこの戦いに新鋭重戦車「マチルダ」を投入。その甲斐もあってか、バルディアは陥落してしまった。

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その他には英軍がタラント港にあるイタリア艦隊を奇襲。イタリア艦隊に甚大な被害を与えていた。


第2ターン(1940年秋)

イメージ 5この時期、イタリア軍はリビア、エジプト国境付近に計10個師団の兵力を展開していた。師団数だけでいえば英軍の2倍以上に相当する。この大兵力を背景にイタリア軍グラツァーニ将軍は大規模な攻勢を実施した。「グラツァーニ攻勢」の始まりである。兵力に勝るイタリア軍であったが、しかし「グラツァーニ攻勢」は惨めな失敗に終わった。イタリア軍は数こそ多いものの戦闘力が小さく、実質的な打撃力は殆どなかったのである。

イメージ 6左が一般的なイタリア軍歩兵師団である。数値の意味は、左から攻撃力-耐久力-移動力とお考え頂きたい。ちなみに英連邦軍の一般的な歩兵師団は4-3-6、ドイツ軍も数値面では同じである。数値面から見てもイタリア軍歩兵師団の質的な劣位が明らかであろう。

イメージ 7一方の英軍はコンパス作戦を発動。リビアに向けて一大攻勢を開始した。戦闘力に劣るイタリア軍は各地で敗北を繰り返し、イタリア軍は戦線をトブルク周辺まで後退せざるを得なかった。

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第3ターン(1941年冬)

イメージ 9北アフリカに一人の男が降り立った。エルヴィン・ロンメル。後に「砂漠の狐」として知られる男である。彼の手元には僅かな数の戦闘グループしかなかった。しかし危機に陥ったイタリア軍を助けるべく彼は果敢に出撃していった。トリポリを出撃して東へ向う。リビア中部の砂漠地帯。通称キレナイカと呼ばれる地域にまで進出してきた英連邦軍歩兵師団と交戦。これを一方的に撃破した。「ロンメル伝説」が始まったのである。

イメージ 10一方の英軍は東アフリカ方面に対する攻撃を開始した。エジプト南部を出撃した英連邦軍2個師団がハルツームを守るイタリア軍を攻撃。これを撃破してハルツームを奪回した。

先のターンに「グラツァーニ攻勢」を行ったのは失敗だった。このカードを使わなければ、このターン手にした「バルボ」カードを使うことによりイタリア軍に適用される不利なdrmが免除となる。しかし「バルボ」カードを使うためには『「グラツァーニ攻勢」を使用していないこと』という条件を満たす必要がある。逆にいえば「グラツァーニ攻勢」を一度プレイしてしまうと、二度と「バルボ」カードは使えないということだ。もう少し早くこの事実に気づいていれば他の選択肢もあったのに・・・・、と悔やんでも所詮は後の祭りである。

第4ターン(1941年春)

イメージ 11ドイツ軍第15機甲師団が北アフリカに到着した。北アフリカで手にする最初のドイツ軍師団である。

イメージ 12しかしこのターン動きがあったのは、北アフリカではなく、中近東であった。イラクで反乱が勃発し、新独政権が樹立されたのである。それにあわせてシリアに展開していたヴィシーフランス軍も不穏な動きを見せていた。中近東の風雲が急を告げる。
イラク情勢を英連邦軍が黙ってみているはずはなかった。早速増援部隊をイラクに送り込む。師団を中心とした戦闘部隊がイラク南部バスラに上陸。バクダット方面へ進撃する体制を固める。さらにシリア・パレスチナ方面でも要域エルサレムに師団を中心とした戦闘部隊が展開し、ベイルートに向けて進撃体制に入った。

第5ターン(1941年夏)

イメージ 13北アフリカに2個目に機甲師団が登場する。第21機甲師団。2つの機甲師団を手にしたロンメルは、早速リビア方面で攻勢に転じた。キレナイカ方面に進撃してきたロンメル軍は英軍2個師団を捕捉した。戦術指揮に宜しきを得たロンメル軍は英軍部隊を撃破。「ロンメル伝説」第2幕である。

イメージ 14英軍も黙ってはいなかった。「大西洋憲章」によって後方補給を得た英軍は、引き続いて「クルセーダー作戦」を発動。トブルク周辺に展開する主にイタリア軍部隊に対して攻撃を行ってきた。イタリア軍に大きな被害が出る。

イメージ 15英軍はさらにとっておきの切り札=LRDG(長距離砂漠グループ)を投入してきた。砂漠における特殊部隊である。LRDGを使って英軍は大胆な襲撃作戦を企図、実施してきた。しかしこの襲撃作戦は事前に枢軸軍の知る所となっていた。待ち伏せを受けたLRDGは壊滅的な打撃を受けた。

イメージ 16なお、このターン「バルバロッサ作戦」が発動された。「全世界が息を呑んだ」かどうかは定かではないが、少なくともロンメル将軍は息を呑んだかも知れない。なぜなら今度ロンメルの手元には一切の補充ポイントが届かなくなったからだ。ほんの少し「戦場で修理」により手にするポイントを除いて・・・・。

第6ターン(1941年秋)

イメージ 17独軍にとって待ちに待ったカードを手にした。「ギリシア進攻」。独軍によるギリシア作戦が開始されたのだ。間髪入れず「バルカンキャンペーン」を発動するドイツ軍。これにより英軍は手持ちの兵力から3個師団以上の兵力を戦域外に失うことになった。

イメージ 18英軍は「エチオピア・キャンペーン」を発動。東アフリカ地区で大規模な攻勢を行った。東アフリカ地区にはイタリア軍2個師団を中心とする部隊が展開していたが、質量共に勝る英連邦軍相手に勝ち目はなった。一部の部隊はエチオピアの山岳に篭って抵抗を続けていたが、英軍の攻撃は圧倒的であった。
結局このターン終了時には東アフリカは完全に平定されてしまう。

アフリカ戦線の死闘はなおも続く。



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