もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

2012年04月

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The Guns of Augustは1981年に米Avalon Hill社が発表したシミュレーションゲームです。
テーマは第1次世界大戦で、1914年8月の開戦から1918年の終戦までを1Turn=1ヶ月、1ユニット=軍団規模(一部連隊~師団あり)で描きます。

デザイナーはRob Beyma氏。私の中では無名なデザイナーだったので(ファンの方、ゴメンナサイ)、boardgamegeekの方で調べてみると、The War for the Union(1992 AGEMA/CoA)やThe Mediterranean(2005 CoA)等の作品を発表されているようです。タイトルに"The"を付けるのは好きな方のようですね。

基本システムはシンプルです。基本的には移動、戦闘の繰り返し。メイアタック。弱ZOC。戦闘後前進は1ヘクスのみ。こう書けば普通の作戦級ゲームなのですが、特徴的なのはスタックしている敵ユニットをまとめて攻撃しなくても良い点です。例えば4-6-4のフランス軍ユニット3枚がスタックしている所にドイツ軍が攻撃を仕掛けた場合、ドイツ軍は4-6-4ユニットをまとめて18防御力として攻撃しても良いし、いくつかのグループに分割しても良い訳です。また砲兵ルールに特徴があり、砲兵火力を集中すると攻撃に有利なダイス修正が得られます。この辺り、戦略級ゲームでありながらも戦術的な雰囲気を出すことに成功しています。
補給ルールが厳しい事も特徴的で、敵ZOCは補給線を完全遮断し(味方ユニットの存在も敵ZOCを打ち消さない)、補給切れが1Turn継続すると部隊は死にます(例外あり)。補給が厳しいために電撃的な進攻が成立しにくく(下手に敵中に突出すると補給を切られて昇天してしまう)、WW1らしい大兵力のぶつかり合いが再現できています。補給ルールが厳しい点は、同じくWW1を扱った後発のPaths of Glory(GMT)にも相通ずる所があります。

この度、連休中にキャンペーンシナリオに挑戦することになり、急きょ練習戦を行うことになりました。下名は西部連合軍を担当しました。練習戦なので細かい展開は省略します。1914年の開戦から開始し、約1年分進みました。プレイ時間は8時間ほどです。1Turnの所要時間は約45分。4年分のキャンペーンをプレイするには、丸丸4日程度かかりそうです。

今回のプレイで基本的なルールは概ね掌握できたと思います。感じとしてはなかなか好感触でした。シンプルなシステムで戦線そのものの動きは少ないのですが、敵の弱点を狙って攻撃したり、こちらの弱点を突かれないように機動したり、と適度な刺激が心地良かったです。私自身、細かい戦術的な運用についてはまだまだ練度が足りませんが、その辺りは実戦の中で覚えて行きます。

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「South Seas Campagin 1942-1943」をソロプレイしました。この作品の概要については、以前に書いた記事を参照して下さい。
では早速プレイに入ります。

方針

対人戦の場合でもそうだが、特にソロプレイの場合、最初に何をして良いのか大いに迷う。取りあえず勝利条件を参照し、勝利条件を満足するように行動すべきだろう。
ゲーム序盤で主導権を握っているのは日本軍(のはず)だ。であれば日本軍の勝利条件を意識し、日本側は勝利条件を満足するように、連合軍は日本軍の勝利条件を阻むように行動すれば良い。

日本軍の勝利条件は以下の3つを全て満足することである。
(1) マップ上に米軍のCV,CVL,BB,CAが存在していない
(2) 日本軍地上ユニットがラバウル、ポートモレスピー、ガダルカナルを同時に支配している。

(3) 日本軍がオーストラリアの1地点、ニューヘブリデス諸島、ニューカレドニア、フィジーのいずれかを占領する

この中で最優先目標はポートモレスピーである。ガダルカナルは取りあえず「手をつけておいて」、その後でじっくり攻めるのが良かろう。その他の目標はモレスピーとガダルでケリを付けてから、となる。そういう訳で日本軍としてはまずポートモレスピー攻略を優先することとした。ただし中盤以降はガダルカナルが攻防の焦点になることは明白なので、簡単にガダルカナルを取られない程度の補強はしておく必要がある。

一方連合軍はサドンデスを避けるのが第一なので、兵力を補強しつつ部隊を集結させて反撃の機を伺う。

ルールの確認

このゲームはいくつかルールに曖昧な所がある。取りあえず以下の通りに解釈した。

8.6 G1-1増援要請

ルールブックには「ダイス2個を振ってその合計だけユニットを受け取る」とになっているが、その直後に「1~6個のユニットを受け取る」とある。ダイス2個なら2~12個のはずだが、どちらが正しいのだろうか?。ここは素直に2~12個と解釈した。

最大基地レベル

ルールにはないのだが、マップ上には基地レベルの最大値が記載されている。マップの記載に従えば、例えばガダルカナルに設置できる基地レベルの最大値は4、ラバウルは6となる。それは良いのだが、問題は最大基地レベルが記載されていない島嶼等をどうするか?。基地を配置できないが正しいのか、あるいは・・・。ここでは最大基地レベルが記載されていない場所の基地レベルは最大2として解釈した。

日本軍輸送船

日本軍輸送船の輸送能力は(1)となっている。これは重ユニットを輸送できないことを意味する。ところで日本軍にはいくつかの重ユニットがある。ということは日本軍の重ユニットは全く使い物にならない・・・?。というのも可笑しな話なので、APユニット2個で重ユニット1個を輸送できることとした。

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1~4Turn

両軍とも序盤は増援を優先して兵力を貯め込むことにする。日本軍は序盤の優位を利用してガダルカナルを占領。師団規模の部隊を送り込み、基地の設営を開始する。またポートモレスピーにも強襲揚陸を敢行。同地を占領した。

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5~7Turn

続々と強化されつつある敵艦隊の布陣を見た日本軍は、重巡と駆逐艦からなる快速部隊をニューヘブリデス諸島北東海域に展開中の米艦隊主力に突入させた。奇襲が成功したにも関わらず意外にも連合軍は強力であった。ニューヘブリデス沖海戦と呼ばれる海戦で数に劣る日本艦隊は善戦したが、その損害は連合軍よりも多かった。

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8~10Turn

山本五十六大将が戦死した。前線視察中に米戦闘機に襲われたのだ。山本長官の戦死によって日本軍の活動能力は大いに封殺されることになった。それでも山本長官の弔い合戦とばかり、フィジー近海の米艦隊に対して連合艦隊は全艦が突入する。戦いは壮烈なものとなり、日本艦隊は出撃した艦のほぼ全てが撃沈破されてしまう。米艦隊の損害も大で、生き残った戦力は海戦前の1/3程度に過ぎなかった。艦隊の大半を失った米艦隊は、その再建に努めることが喫緊の課題となった。

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11~14Turn

11Turnから1943年に突入する。連合軍は兵力の再建に努めつつ、失った地歩を取り戻すべくガダルカナルへの上陸進攻を行った。予め連合軍の進攻を予測していた日本軍はガダルカナルに地上兵力を結集して上陸進攻を迎え撃つ。連合軍はイベントチットを使って日本軍の機先を制しようとしたが、それが裏目に出て日本軍に先制攻撃を許してしまう結果となった。地上兵力5個師団で行われた「ウォッチタワー」作戦であったが、米海兵2個師団が日本軍の水際抵抗によって撃破されてしまう。しかしそれでも連合軍はその大兵力に物を言わせてガダルカナルを奪取。連合軍は中北部ソロモンに向けてのスプリングボードを確保した。

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15~18Turn

連合軍はポートモレスピーに進攻した。圧倒的な兵力で押しまくる連合軍の前に日本軍守備隊2個師団は瞬時に壊滅してしまう。連合軍はさらにミルン湾に進出。ラバウルへ向けての前線基地を確保した。

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19~22Turn

連合軍がラバウルに進攻する。ラバウルを守る日本軍は6個師団。対する連合軍は9個師団。日本側は塹壕を掘って待ち構える。連合軍側は海空の支援を受けて進攻する。結果は連合軍の勝利。ラバウルを守る日本軍は壊滅した。

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結果

VPを数えるまでもなく連合軍の圧勝

感想

ルールは比較簡単です。ただ行動パターンが多いので全て使いこなすのはやや骨が折れます。
全般的には連合軍有利だと思われます。ユニット数は多く、イベントチットも連合軍にとって有利なチットが多いからです。General MacArther, General Kenney, General Blamey, Admiral Halseyの4人が揃うと、毎TURN連合軍は最低5アクション実施できるようになります。一方の日本軍はAdmiral Yamamotoがいても2アクションが精一杯。IJN Operation, IJA Operationを首尾よく入手できればそれぞれ3アクションのボーナスがつきますが、これらのチットは使い捨てなので使いどころが難しいです。

ゲーム展開はやや大味になりがちではないかと思いました。Red Dragon Rising(S&T#250/CMJ#92)をプレイされた方にはご理解頂けると思いますが、このシステムは兵力を集中すればするほど有利になります。1スタックは制限なく、1アクションで行動できるのは1スタックだけなので、スタックすればするほど有利になるのです。連合軍は全艦隊を集中して運用させたくなるし、同じ事が日本側にも言えます。お互いが兵力集中に努めると、結局は兵力の多い連合軍が勝つことになります。他にもVengance作戦(山本大将暗殺作戦)の影響が大き過ぎるとか、史実よりも明らかに投入兵力が過大だとか、基地航空隊が使えないとか、色々と気になる点はあります。

そんなこんなで現時点では佳作とするにはやや苦しい作品ではないかと思っています。

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ミッドウェー海戦-その時艦隊はどう動いたか

左近丈尚敏 新人物往来社

ミッドウェー海戦の経過を追った著作。日米両機動部隊の動きだけではなく、基地航空部隊や攻略部隊、潜水艦、さらには後方司令部等の動きにも目を向けている。特に海戦に至る米軍の情報戦については一見の価値あり。日本軍の地点符号の意味(Aから始まるもの(AF、AK、AL等)は太平洋のアメリカ領、Bから始まるものは英領、Mはフィリピン、Rはソロモン、Pは委任統治領)や米軍がミッドウェー海戦前に「エンタープライズ」「ホーネット」の2隻をワザと日本軍に見つかるように行動させたことなど、興味深い記述がみられる。細かい点で校正不足や勘違い、あるいは「これってホント?」という首を傾げるような記述(例えば「瑞鳳」がミッドウェー戦に参加していないといった主張)もあるが、他の資料なり史料なりで補うことを前提にすれば、購入して損はない。

お奨め度★★★

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4/8ソフィア会参加から2週間ぶりの対外戦は、ソフィア会の時と同じく新作「マンシュタイン最後の戦い」をプレイしました。場所は東京ミドルアース例会。対戦相手は柴龍さんです。下名は前回同様ドイツ軍を担当しました。

1Turn(1943年8月)

イメージ 8ソ連軍は戦線北翼に展開するヴォロネシ方面軍に対して命令チット2枚を投入。ドイツ第4装甲軍を各所で包囲殲滅せんとしてきた。奇襲を受けたドイツ軍(このTURNは命令チットを3枚しか使えない)は、ソ連軍の猛攻に対して有効な対処ができず、装甲師団1個、歩兵師団3個を失い、装甲師団1個、歩兵師団3個がステップロスを食らった。

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2Turn(1943年9月)

イメージ 9危機的な状況に瀕していたドイツ第4装甲軍を守るため、出鼻でマンシュタイン割り込みを実施した。第4装甲軍は西へ後退してソ連軍との距離を確保しつつ、一列横隊からスタック防御の拠点防御方式に切り替えた。そのためか、第4装甲軍正面はやや安定を見せた。

ハリコフ正面に対してはソ連軍ステップ方面軍の猛攻が始まっていた。ハリコフ(Kharkov 2634)に対する死守命令はマンシュタイン命令によって陥落寸前で解除されたが、死守命令解除によって抵抗力を失ったハリコフはアッサリと陥落してしまう。

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3Turn(1943年10月)

イメージ 10北部戦線ではマンシュタインによる割り込み命令を行い、装甲兵力による反撃を実施した。ソ連ヴォロネシ方面軍に所属する戦車/機械化軍団計4個を撃破した。これで少しはヴォロネシ方面軍の脅威が下がってくれれば良いのだが・・・・。あとはとにかく後退する。ドニエプル川の線まで下がれば、まずは安心だ。後退する途上でSSヴィーキング装甲師団がソ連軍の包囲攻撃を受けて壊滅。他に装甲師団1個と歩兵師団1個が盤の北端付近で包囲されて退路を失ってしまう。しかし残った部隊はようやくソ連軍との距離をある程度を広げることに成功した。ソ連側司令部の前進速度が最前線に追従できないのが原因か・・・?。

南部戦線ではスタックによる防御線を徐々に後退させつつあるドイツ軍に対し、ソ連軍はサドンデス対象都市であるスターリノ(Stalino 1338))に迫る。しかし死守命令が効いている都市は後退をステップロスに切り替える機能があるのでそう簡単には陥落しない。ドイツ軍はスターリノを防御の軸としつつ、その両翼の部隊を徐々に後退させていった。

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4Turn(1943年11月)

イメージ 11スターリノでの抵抗はまだ続いているが、既に時間の問題である。包囲されたまま動きの取れない部隊を除いて、ドイツ軍主力はドニエプル川西岸への後退に成功した。ようやく前線が安定化してきたドイツ軍。しかしこれまでの損害は装甲師団2個、歩兵師団14個、保安師団2個の計18個師団に及んだ。師団数でいえば、全兵力の40%以上を損失したことになる。

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5Turn(1943年12月)

イメージ 12ソ連軍の空挺部隊がキエフ(Kiev 2918)北方に降下してきた。直ちにドイツ装甲兵力をそちらに差し向けて空挺堡を踏みつぶす。クレメンチューク(Kremencuk 1926))付近でソ連軍がドニエプル川を渡河してきた。ドイツ装甲兵力の反撃によってソ連機械化軍団1個が撃破されて後退。しかしクレメンチュークの渡河点を潰すには至っていない。
ドニエプル川に沿った戦線は概ね安定していたが、ドニエプロペトロフスク(Dnepropetrovsk 1631))を軸とする湾曲部では、ソ連軍がドニエプル川を渡河し、川の西岸地区になだれ込んできた。

このTURN、スターリノ陥落

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6Turn(1944年1月)

イメージ 13クレメンチューク、さらにはカーネフ(Kaniv 2421)付近で渡河点を確保したソ連軍はドニエプル川を越える。ドニエプロペトロフスクも包囲下にあり、陥落の危機が迫ってくる。
このTURN、ドイツ軍は2回に渡って反撃を実施した。最初の反撃でソ連軍最強の親衛戦車軍団(6-4-6)2個を完全に撃破。その次の反撃でソ連軍機械化軍団2個をも壊滅に追い込んだ。
反撃成功を見届けた後、ドイツ軍主力は後退。ドニエプル川湾曲部を放棄して戦線の短縮化を図りつつ、キロホグラード(Kirovograd 1623)からケルソン(Kherson 0424)の間に馬蹄形の防御線を敷いた。

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7Turn(1944年2月)

イメージ 14ソ連軍はドニエプロペトロフスクを完全包囲しつつ、主力はキロホグラードに接近。キロホグラード~チェルカッシー(Cherkassy 2323)間でドイツ軍戦線を食い破った。しかしそこの隙が生まれた。マンシュタインチットの連続使用によるドイツ軍の猛反撃が始まる・・・。

装甲師団8個、機械化歩兵師団1個、その他の支援を得て行われた独軍の反撃は、キロホグラード周辺のソ連軍機械化部隊を徹底的に叩いた。包囲され、殲滅されているソ連軍部隊。独軍による一連の反撃が終了した時、ドニエプル川西岸地区に進出したソ連軍のうち、戦闘能力を残しているソ連軍機械化部隊が、もう数える程しか残っていなかった。

感想

最終TURNまで行かなかったのですが、時間が来たのでここでお開きとしました。勝敗は明らかにならなかったのですが、個人的には勝ったと思っています。勿論身贔屓も含めてです。

今回は独軍を担当したので、主に以下の方針で戦いました。
 1.とにかくドニエプル川までは一目散に逃げる。
 2.敵機械化部隊を撃破できる可能性があれば、しつこく攻撃する。
結果的には概ね巧く行ったのではないかと思っています。

ゲームについては、技巧的な面が強過ぎるキライはあるものの(特にドイツ軍)、その点を割り切って考えれば良いゲームだと思います。一つ気になるのがソ連空挺部隊の運用についてです。ルール上降下できない地形がないので、独軍が手を出しにくいプリピャチ湿地の奥地が一番空挺降下するに好都合だったりします。これはいくらなんでも変なので、以下の新ルールを提唱します。

13.2 空挺降下
(追加)空挺堡マーカーは湿地に配置することはできません。

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奈良県南部の吉野地方は春の桜や秋の紅葉等、四季折々の自然が楽しめる観光名所です。この度、念願であった吉野の桜を見る機会を得ました。

私が出かけた4月半ばは、一番駅に近い下千本がほぼ満開、やや離れて中千本が5~7分咲き、その上にある上千本、奥千本が1~4割咲きという状態でした。時間の関係もあり私は下千本と中千本だけを回ってきましたが、まあ楽しめたです。天候がやや曇り気味だったのが残念と言えば残念でした・・・。

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