もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

2012年06月

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WW2北アフリカ戦を扱った傑作キャンペーン・ゲーム「The Legend Begins」。これまでにも何度か紹介してきましたが、先日の那須塩原温泉旅行の際、ガザラ戦から始まるキャンペーンシナリオをプレイする機会を得ました。下名は枢軸軍を担当します。

前回までの展開 --> こちら

1942年7月Ⅱ

マルタ島の阻止値が前TURNの+1からこのTURNは遂に0にまで落ち込んだ。いよいよ地中海の制海権も怪しくなってくる。その間枢軸軍先鋒部隊はメルサ・マトルー(Mersa Matruh 2459)を占領し、さらに東進。フカ飛行場(Fuka 2264)を占領した。

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連合軍はエル・アラメイン(El Alamein 2170)付近に防衛線を敷く。陣地を構築して待ち構えている。
枢軸軍はドイツ軍4番目の師団である第164歩兵師団が地中海の波濤を乗り越えて北アフリカに到着してきた。今までのドイツ軍がいずれも大なり小なり自動車化されていたのに反し、この第164歩兵師団は純粋な意味での歩兵師団であった。その戦闘力は英軍の一般歩兵師団とほぼ同等。ただしイタリア軍歩兵師団に比べるとその戦闘力は確実に期待できた。

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1942年8月Ⅰ

エル・アラメインでは英軍が陣地線を強化していく。枢軸軍もそれに対抗して陣地線を築く。
弱体化しているかもしれない英軍を一気に撃破するチャンスかもしれない。チラッとそのような考えが頭をよぎった。ここで英軍を撃破できれば、決定的な勝利を得られる。エジプト制覇、スエズ運河占領・・・・。

翻って枢軸軍は・・・。
戦車兵力の約半数を失い、自動車化歩兵部隊も何割かが失われていた。しかしイタリア軍の機甲部隊と自動車化部隊はほぼ無傷。イタリア歩兵はトブルク戦でかなりの損害を被っていたが、想定されるエルアラメイン戦には当面必要ない。攻撃するチャンスはいくらでもあったはず・・・。

しかし枢軸軍が選んだ道は「持久戦」。攻勢を放棄し現時点で死守せよ。それが私の選んだ道だった。
私はロンメルにはなれなかった・・・、のかもしれない。

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1942年8月Ⅱ

戦線はしばしの小康状態を迎えた。エル・アラメインに陣を敷く英軍とフカ飛行場の線で防衛線を敷く枢軸軍。両軍とも戦力を蓄えつつ次期作戦に備える。
そんな中、地中海から悲報が届く。海輸中の88mm対戦車砲大隊2個が両方とも英海軍の攻撃を受けて海没してしまったのだ。あまりにショックにしばし言葉を失う私であった。

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1942年9月Ⅰ

1942年9月Ⅱ

この間、大きな動きはなかった。両軍とも前線を強化し、来るべき決戦に備える。

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1942年10月Ⅰ

英軍にモントゴメリーが着任した。これによって英軍は攻勢時にサイコロを振り直す必要性が消滅した。今までは最高のダイス目(6)が出た時、英軍はサイコロの振り直しを強いられていた。これは事実上6の目が出ないことを意味する。しかしこのTURNからモントゴメリー将軍が登場したことによって上記のハンデは消滅。ドイツ軍と互角に戦うことが可能となった。

この機に英軍は反攻作戦を開始した。スーパーチャージ作戦。米軍から送られてきた新鋭M4シャーマン戦車を先頭に、再編なった3個戦車師団を主力とする計10個師団近い部隊が枢軸軍防衛線に殺到してきたのだ。

英軍の攻勢は凄まじかった。有り余る補給ポイントを利用して計3コラムシフトの弾幕射撃は、各地で猛威を振るった。
海岸付近では独第15装甲師団の守る陣地に英第7機甲師団、オーストラリア第9歩兵師団を主力とする攻撃部隊が殺到する。さすがに精強なドイツ軍師団は英軍の物量攻勢を跳ね返し、我に優る損害を攻撃側に強いた。しかも戦線は一歩も動かしていない。
しかしイタリア軍が守る陣地線は計算通りには行かなかった。
砂漠地帯の南端、カッタラ低地と接する地点を守るイタリア軍リットリオ機甲師団は英第10機甲師団と第51歩兵師団の混成攻撃を受けて事実上壊滅。そのやや北側では、イタリア軍フォルゴーレ師団が英第1機甲師団、ニュージーランド第2歩兵師団その他の攻撃を受け、こちらは攻撃側、防御側共に大きな出血を強要した後、イタリア軍は後退を余議なくされた。

この時気づいたのだが、防御陣地構築時に砲兵を1ヘクス後方に配置したのは失敗だった。最前線に配置しておき、敵が接敵したらすかさず重弾幕射撃を浴びせかけて機先を制するべきであった。また最前線の部隊を全て陣地に入れたのも考慮の余地がある。ある程度強力な部隊を陣地外に展開し、強ZOCを展開して英軍に強制攻撃を強いる手もあった(こうすれば英軍は重弾幕射撃を使えない)。防御力2倍と装甲シフト+1を惜しんで陣地化したが、やや中途半端だった感は否めない。

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枢軸軍は直ちに反撃に転じた。陣地帯の防御はイタリア軍に任せ、ドイツ軍4個師団は集結して海岸付近に突出してきた英機甲部隊を叩く。攻撃目標は英第7機甲師団とオーストラリア第9歩兵師団。さすがにDAK4個師団集中投入の威力は凄まじく、英第7機甲師団はほぼ壊滅。オーストラリア第9歩兵師団も半数を失って後退した。その一方でドイツ軍の損害も決して小さくはなく、「双頭の龍」の片割れである第21装甲師団は、その打撃兵力の半数を失った。


1942年10月Ⅱ

両軍とも一旦兵力を整備した後、まず英軍が動いた。英軍は先ほどの戦闘で海岸地帯の守りが堅いと見たのだろう。内陸部に回り込み、イタリア軍の防衛線を突破しつつ、枢軸軍を包囲する動きに出た。
間の悪い事に、この時英軍の連続インパルスが発生。英軍機甲部隊は歩兵の支援を受けつつ枢軸軍陣地の後方に回り込んだ。各地で英軍とイタリア軍が激しく戦う。しかし新鋭M4シャーマン戦車を装備した英機甲部隊に対し、性能の劣る戦車しか持たないイタリア軍では抗すべくもなかった。2ヶ月前に地中海で失われた88mm対戦車砲2個大隊が惜しまれる。結局このTURNの途中で英軍は包囲の輪を完成させた。

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結果

ここで残念ながら時間切れ。枢軸軍による包囲網突破戦の顛末は見ることなく終わった。残された記録を見ると、枢軸軍の主力たるドイツ軍については、第21装甲師団は戦車兵力の全てを失い、その戦力は4割程度。第15装甲師団は戦車兵力の2/3が残存し、全戦力もフルパワー時の8割程度と判定された。第90軽師団はほぼ無傷。第164歩兵師団は6~7割程度の戦力を維持していた。イタリア軍はリットリオ装甲師団が戦力半減している以外は、アリエテ装甲師団、トリエステ自動車化師団はほぼ無傷で残っている。英軍の損害も小さくなく、包囲網の突破は十分に可能であると判断している。ただ一連の戦いで大きな損害を強いられることは間違いなく、足の遅いイタリア軍歩兵の中には敵中に取り残される危惧があった。

勝利条件で当てはめると、当然ながら両陣営ともサドンデスはなし。[@@ 前回]少し触れた日本版バリアントルールに当てはめると、勝利得点は概ね以下のようになる。

 1942年6月終了時点 0
 1942年7月終了時点 +2
 1942年8月終了時点 +4
 1942年9月終了時点 +6
 1942年10月終了時点 +7~+8

ちなみに勝利条件は+5以上達成なので、9月終了時点で枢軸軍陣営がほぼ勝利条件を達成していたことになる。この勝利条件が7月以降にみられた枢軸軍の退嬰的な動きに影響を与えていたことは否定できない。そう考えると、ヒストリカルを狙った勝利条件でも必ずしもヒストリカルな動きを誘導しないこともあるので、興味深い。

感想

ガザラ戦の段階では予想以上に上手く行きました。ダイス目に恵まれた(英機甲師団との決戦、ガザラライン突破時等)こともありますが、英機動部隊を優先的に叩くという戦略が期待通りの効果を発揮したと言えます。

後半は反省が多いです。7月の段階でエル・アラメインに突入しなかった件。後で連合軍プレイヤーに状況を確認すると、内情はボロボロだったとのこと。スタックの中身を見てはいけないシステムなので敵軍の状況が分からず攻撃を躊躇してしまいましたが、ここは強気に攻撃すべきでした。
「折角勝っているのに無理をすれば全てを失うのでは・・・」
このあたりのジレンマは、ウォーゲームをプレイすることによって得られる、そして戦史を読むだけでは実感し難い部分です。

今回は実質的には10Turn強のプレイでした。所要時間は約18時間。1Turnの平均時間は1.8時間です。これはTurn毎にバラつきがあり、長い時は1Turnの所要時間が2~3時間、短い時は1時間以下でした。キャンペーンの場合、動きの大きい場面と少ない場面がハッキリしており、何もしない時はサクサク進みます。その代わり一旦戦闘が始まれば、そのプレイ時間は半端ではありません。

本作は1991年に発表された比較的古い作品です。ルールの一部に冗長な個所があり、先に示したプレイ時間の問題も含めて必ずしもプレイアビリティは高くありません。しかし戦車戦や補給戦、機動戦から陣地戦まで北アフリカ戦の主要な要素を詰め込んだ本作はやはり傑作と呼ぶに相応しい作品であり、今後も機会があればプレイしたい1作です。

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WW2北アフリカ戦を扱った傑作キャンペーン・ゲーム「The Legend Begins」。これまでにも何度か紹介してきましたが、先日の那須塩原温泉旅行の際、ガザラ戦から始まるキャンペーンシナリオをプレイする機会を得ました。下名は枢軸軍を担当します。

初期配置

本シナリオは史実でのガザラ戦から始まる。連合軍はトブルク周辺に強固な要塞地帯を築いているが、それに加えてトブルク西方に万里の長城のような「ガザラライン」が築かれている。

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枢軸軍の作戦はこうだ。
まずドイツ軍を中心とする機動部隊はガザラライン南方を迂回し、ガザラライン東方に回り込んで英軍機甲部隊を攻撃する。この機動によってガザララインの孤立化を目指す一方、英軍機甲部隊を無力化することによって英軍の反撃兵力を封殺する。またイタリア軍は兵力の優越を最大限に生かしてガザラライン北部を攻撃。突破を図る。一連の機動によってガザラライン全体を包囲。補給切れによって生殺しを図る。

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兵力の減殺が成功した後にイタリア軍を中心とする部隊でトブルクを攻撃、同地を占領する。
懸念事項はイタリア軍の初期突破と補給量の消費、そして最終弾のトブルク攻略戦である。特に最終弾のトブルク攻略戦は英軍側の兵力集中状況如何によってはトブルク要塞線が難攻不落になる可能性が高い。その場合、長期的な包囲戦により補給切れを誘うようといったまるで「クルセーダー作戦」のような展開を覚悟しなければならないかもしれない。

枢軸軍主力のオーダーオブバトル

ドイツ軍

第15装甲師団:41-41-12(攻撃力-防御力-移動力、以下同じ)
第21装甲師団:32-32-12
第90軽師団:22-27-12
砲兵部隊:8-2-9

イタリア軍

Ariete装甲師団:21-21-9
Littorio装甲師団:21-21-9(戦略予備)
Trieste自動車化歩兵師団:18-16-12
Trento歩兵師団:16-16-4
Bologna歩兵師団:6-8-4
Sabratha歩兵師団:6-8-4
Pavia歩兵師団:10-10-4
Brescia歩兵師団:10-10-4
砲兵部隊:12-6-9

1942年5月Ⅱ

当初の予定通り行動を開始する。まずドイツ軍3個師団とイタリア軍Ariete装甲師団からなる機動部隊がガザラライン南方を迂回。英軍偵察大隊を蹴散らしつつインド第3自動車化歩兵連隊(7-12)を攻撃。これを撃破した。
さらに北上したDAKは英第7機甲師団と遭遇。激しい戦いの後にこれを撃破した。DAKも3ステップを失う損害を被ったが、英軍の損害は我の倍に達した。

ガザラライン正面ではTrieste自動車化歩兵師団を主力とするイタリア軍が、南アフリカ歩兵部隊が守るガザララインを攻撃した。Ju-87急降下爆撃機を主力とする強力な航空部隊が空から支援する。しかし英軍戦闘機隊の奮戦によってJu-87は悉く帰還を強いられ航空支援が激減。さらにイタリア軍チェックに失敗してイタ公の火力が半減するという危機。オッズは3-1しか立たず、攻撃成功率が2/3なのでかなりリスキーな攻撃であったが、なんとか出目に救われて攻撃成功。ガザララインの一角に穴を空けた。

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英軍は孤立したガザ(Gaza 3134)を救援すべく南ア第2歩兵師団、英第32機甲旅団等からなる反撃部隊を編成。包囲輪の一角に対して反撃を指向した。攻撃を受けたイタリア軍Trento歩兵師団はこの攻撃を良く耐え、英軍部隊を撃退した。

再び主導権を取った枢軸軍は攻勢を続行。DAKがトブルク北方の要域エル・アデム(El Adem 2183)を占領。ガザララインでもイタリア軍は突破口を広げた。イタリア軍とDAKはトブルク西方で手をつなぎ、ここにガザララインに対する包囲が成立した。

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1942年6月Ⅰ

先のTURN、英機甲旅団を中心とする部隊がDAKの後方で反撃を実施。Ariete師団を撃破して一度はガザララインに対する連絡線を回復した。これに対してDAKは、英反撃部隊に対して第15装甲、第90軽師団による共同を実施。マチルダ戦車中心で編成された戦車旅団をほぼ撃破した。ガザララインの内部に残る自由フランス軍と南アフリカ師団等、再び包囲の輪に閉じ込める。

解囲の可能性が失われたガザラライン内部の連合軍は絶望的な反撃を実施。歩兵中心の部隊がドイツ第15装甲師団に対して攻撃を仕掛けてきたが、戦車戦力を持たない歩兵部隊が装甲師団に敵う筈もなくほぼ一方的に損害を被って事実上壊滅した。

ガザララインの掃討をほぼ完了したDAKはさらなる攻勢を実施した。エル・アデム南方に集結した英機甲部隊を捕捉した。独軍の戦力は第15装甲、第21装甲、第90軽の3個師団。対する英軍は戦車だけでも20ステップ近くを保有する大部隊。戦車戦力だけなら英軍の方が2倍近い兵力を有していた。オッズも1.5-1しか立たず、かなりヤバイオッズだったが、独軍の練度優越が危機を救った(最初のダイスが1だった)。一連の戦闘で英軍に計15ステップの損害を与え、英第7機甲師団を完全に抹殺した。しかし独軍も戦車兵力の約半数を失う等、損害が漸増し、どこかで補充しなとやばいよ、的状態になってきた。

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1942年6月Ⅱ

先のTURN、英機甲部隊をほぼ撃破したDAKは、いよいよトブルク要塞そのものに対する攻撃に着手した。Trieste自動車化歩兵師団を主力とするイタリア軍がインド歩兵連隊の守るトブルク要塞外郭陣地を攻撃。相変わらずやる気のないイタリア兵(火力半減)であったが、空からは空軍支援、海からイタリア艦隊による艦砲射撃(資源ポイント1消費)、さらに弾幕射撃によるコラムシフト(補給ポイント1消費)でトブルク外郭陣地を強行突破。トブルク市街に肉薄したイタリア軍は、トブルクまであと一歩に迫った。

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トブルク及びその周辺に残った英軍部隊はトブルクからの撤退を開始した。しかし機動力に優るドイツ・イタリア軍装甲部隊が英軍の退路に立ちふさがった。自由フランス、南アフリカ、インド、そして英本土の歩兵達は戦車部隊相手に勇敢に戦ったが、砂漠の真ん中、歩兵の勇気が戦車に通用する筈もなかった。トブルクは陥落。さらにリビア国内に残存していた英軍部隊もバルディア要塞(Bardia 2845)を除けば、この月の終わりまではほぼ一掃された。英軍の損害は数個師団に達し、英第8軍は壊滅の危機に陥った。

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1942年7月Ⅰ

地中海で英海軍の活動が激しくなってきた。今まではイタリア本土から北アフリカまでの航路はほぼ無傷で航行できたが、今後はそうは行かなくなるだろう。

「レジェンド・ビギンズ」では「マルタ島阻止値」で地中海の制海権を表現している。「マルタ島阻止値」は-3~+3のいずれかの値を示し、+3が枢軸軍にとって一番好都合だ。ちなみにこの時点での「マルタ島阻止値」は+1だった。まだ枢軸軍が僅かに有利だが、地中海の波は高かった。

イタリア軍の3個機械化師団と2個歩兵師団がバルディア要塞を攻撃した。要塞を守るのは自由フランス軍の歩兵連隊。この時は珍しくイタリア軍がやる気十分だった。艦砲射撃による支援も相まってイタリア軍はバルディアを占領した。これにより英軍はリビア領内よ全て撤収し、エジプト領内のシディ・バラニ(Sidi Barrani 2648)付近にまで後退した。後退する英連邦軍をDAKの装甲部隊が追う。
英第1機甲師団。機甲師団とは名ばかりの自動車化歩兵と装甲車大隊の混成部隊であったが、ピカデリーサーカス(Picadilly Circus 2252)と名付けらた砂漠の交差点でDAKの追撃を受けた。勿論「名ばかり師団」がDAKに敵う筈もなく壊滅した。勢いに乗るDAKはメルサ・マトルー(Mersa Matruh 2459)を占領。さらに東に進んでフカ飛行場(Fuka 2264)を占領し、エル・アラメイン(El Alamein 2170)を指呼の元に捉えた。

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ここまでの総括

この段階でガザラシナリオは終了となる。勝利条件を当てはめると、目標ヘクス5個所は全て枢軸軍が占領し、このシナリオに限って言えば枢軸軍の勝利となる。以前に同シナリオのソロプレイ記録を書いた時に書いたが、枢軸軍が勝利する鍵は英軍戦車部隊を如何に撃破するかにかかっているが、今回はそれがほぼ予定通りに推移した。
キャンペーンシナリオの勝利条件はマップ東端への突破なので、まだまだ先は長い。しかしもう一つ。日本版バリアントルールに示されたキャンペーンシナリオの勝利条件に当てはめると、状況は少し異なってくる。このルールは、海戦ゲームである「War at Sea」「Victory in the Pacific」のように毎月の支配地域比較によって一定量の勝利得点を累積計算していくシステムである。このシステムによるVP計算を行うと、以下のようになる。
 1942年4月終了時点 -2
 1942年5月終了時点 -1
 1942年6月終了時点 0

ちなみに+5VPに達した時点で枢軸軍勝利が確定する。また現状を維持すれば毎月終了時点で+2VPを獲得できる。つまり現状を維持した状態で9月終了時点まで過ごせば、枢軸軍の勝利が確定する。

ちなみにこの勝利条件を史実に当てはめると、1942年10月終了時点で枢軸軍が勝利条件を満たしたことになっている。

何はともあれ、北アフリカを舞台とする「伝説」はまだまだ続くことになる。

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西武新宿線下井草駅から1~2分の場所にあるラーメン屋さんです。
油ラーメン(あぶららーめん)\600というちょっと変わったラーメンを注文しました。
ラーメンというよりはラーメン風焼きそばという感じです。
最近のコンビニで良く見かけるタイプのやつです。
麺は太麺。焦し葱の香りが香ばしくてGoodでした。
一風変わったラーメンを希望される方にはお奨めです。

お奨め度★★★★

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組込みシステムの設計手法

平鍋健児他 技術評論社

組込みシステムといえば、家電製品や携帯電話等で動作するソフトウェアのことである。エンタープライズ系と呼ばれているPC上で動作するソフトウェアに比べると、ハードウェアの制約や開発環境の問題等、制約条件が厳しいといえる分野である。本書は組込みシステムにおける設計手法について、基本知識、アーキテクチャーについて、プロダクトライン開発、UMLベースの設計、ユーザビリティ、アジャイルの適用という6つの観点から取り上げている。組込みシステムの特殊性や技術的な話題を知るには良い著作である。組込みシステムについての基本的な概念を網羅しているので、組込みシステムの開発者やテスト担当者であれば、読んでおきたい著作と言える。ただし個別の技術的な課題は掘り下げがやや浅いので、専門書で補う必要があろう。
個人的に興味をひいたのは、ユーザビリティの評価方法についてだ。ユーザビリティの重要性については幅広く理解されていると思われるが、ユーザビリティ評価のついての実践的な知識はあまり普及されていないように思う。そういった点で本書では様々な実例を用いてユーザビリティ評価の進め方について説明してあるので、ユーザビリティ評価を改善するための取っ掛かりとなった。
またユーザビリティ以外ではアーキテクチャーの作り方についても参考になった。組込みシステムの開発現場では、ドキュメンテーションが不十分であり、品質面での課題になっているが、その原因の多くは「設計書の書き方がわからない」ことにある。本書では具体的な事例を上げてアーキテクチャーの表現方法を紹介している。
繰り返しになるが、組込みシステムの基本的な知識はおさえてあるので、組込みシステム開発スタッフ及びテストスタッフには読んで頂きたい著作である。

お奨め度★★★★★

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盛岡と言えば、冷麺、じゃじゃ麺、わんこそばが有名ですが、個人的には冷麺が一番好きです。
そんな私が贔屓にしている店が「明明家」。駅ビルのB1Fにあるという立地条件の良さも相まって、盛岡を訪れる際には訪ねる可能性の高い店です。

今回も盛岡駅で晩飯を食べようと思い、「明明家」のスタミナセットを食べてみました。冷麺とカルビ丼のセットで\1,280。スタミナセットの名前通り、なるほどボリュームはありました。カルビ丼の味は可もなく不可もなく。一方の冷麺は旨い。ネット上ではあまり評価されてない店のようですが、私の個人的な評価では駅近くにある有名焼き肉店の冷麺と比較しても劣る所はないように思います。

今回訪れた際は、GWにも関わらず店内は閑散としていて、客は私の他1~2名。前回はこんなことなかったのに・・・。何かあったのかな、と、少し不安な思いで店を出ました。

お奨め度★★★★(駅ビルは不味いという定説を覆す店)

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