もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

2015年05月

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静岡に旨いおでんがあるという。名付けて「しぞーかおでん」。そこで春休みのある日、青春18切符の余りを使って「しぞーかおでん」を食べに行きました。
場所は静岡駅南口前にある「静岡駅南酒場」。駅から歩いて2~3分の近場にあります。
店は普通の酒場でしたが、おでんはセルフサービス。自分で好きな具材を選んで、皿に盛って食べるという方式です。しぞーかおでんの特徴は、汁の味が違うのと、具材にダシ粉と呼ばれる粉をふりかける所。このダシ粉は鰹節、青海苔等を混ぜた粉なのですが、これが良い味を出している。具材は、大根、半ぺん、玉子、厚揚げ、ソーセージ、牛スジ、豚足等等。個人的には厚揚げ、半ペン、玉子、大根が美味でした。

ビール1杯とお通し、それからおでんの具材を10品前後で占めて\1820。満足できました。

お奨め度★★★★

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御正体山は、山梨県西部にある標高1681mの山であり、道志山塊では最高峰の山です。
日本200名山の1つであり、家からも比較的近い場所にある山なので、機会を見つけて登っていたいと思っていました。

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5月下旬の週末の朝、富士急行の都留市駅を降りた私は、バスに乗って御正体山の登山口へ向かいました。登山口に着いたのは0840頃。道坂隧道のバス停からトンネル脇に登山道が伸びており、そこをあがっていきます。

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15分ほど歩いて今倉山と御正体山へ向かう分岐路に到着。御正体山方面に向かいます。

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御正体山へ向かう登山道は基本的には歩きやすい登山道の連続。木々が生い茂っているため視界はあまり効きませんが、眼下に見える道志集落が綺麗です。また登山道の途中にはツツジのような花が咲いていました。

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歩き始めて3時間弱で御正体山に到着。殆ど疲労感の感じない楽な山登りでした。山頂部でご飯を食べます。ただし眺望が効かないのが残念です。

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帰りは道坂隧道ではなく三輪神社方面に降りていくことにしました。急坂を1時間ほど降りていくと、車道に出ます。
「なんだ、もう終わりか。大したことないな」
と、その時は思ったのですが・・・。

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この車道歩きが長かった。結局1時間ほどかけて登山口である三輪神社に到達しました。

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帰りはここからバスに乗る予定でしたが、バスの待ち時間が長かったので、麓まで歩くことにしました。車道沿いの歩きは結構きつかったですが、1時間ほどで駅に到着しました。

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感想ですが、山そのものはそれほどでもありませんでした。コースとしては道坂隧道からのコースがお奨めです。累積標高差700m、歩行時間3時間ほどで御正体山の山頂に立つことができます。ただしコース全体で原生林が生い茂っているため、あまり眺望が効かない。また期待していた富士山も殆ど見られなかったのが残念でした。

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「Shifting Sands」は、MMP社が2006年に発表した北アフリカ戦ゲームである。本作は、1940年~43年における北アフリカ戦を1Turn=3ヵ月、1ユニット=戦闘グループ~師団規模で描いたキャンペーンゲームである。本作の特徴としてはカードドリブンとポイントトゥポイントシステムがあり、名作「Path of Glory」をそのまま北アフリカ戦に持ち込んだような感じのゲームといって良い。システム面以外での特徴は、主要戦場となったリビア・エジプト地域以外に西アフリカのアルジェリア・チュニジア方面は無論の事、シリアやイラクといった中近東方面、スーダン・エチオピア方面の東アフリカ方面も扱っていることであろう。枢軸・連合の双方とも、主戦場以外にも目を向ける必要がある。

本ゲームをプレイするのは5~6年ぶり。前回のプレイ記録は以下を参照して頂きたい。


今回も前回同様下名が枢軸軍を担当した。

1Turn(1940年夏)

イメージ 5英軍第4インド師団(3-3-5)、第7機甲師団(2-3-5)がSidi Azeiz攻撃。イタリア軍第4BS師団(1-2-3)が一撃の元に壊滅する。
英第7機甲師団がSouthern Flankを攻撃。リビア第2師団(1-2-3)が壊滅する。
英軍がトブルク背後に回り込み、トブルク包囲する。兵力では2~3倍のイタリア軍。情けないことに全く反撃できないまま、英軍の成すがままである。

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2Turn(1940年秋)

イメージ 6イタリア軍はハルファヤ峠の英軍部隊が弱いとみて反撃を実施した。バルディアから出撃してハルファヤ峠を攻撃。英軍BGを撃破して峠を占領した。
しかしこれは英軍の罠だった。トブルクとバルディアの守備兵力が弱いと見たイギリス軍が両要塞を同時攻撃する。トブルクには強力な要塞があったが、英軍はマチルダ戦車を投入して要塞防御を無効化。一気に両方の要塞を攻め落とした。トブルクではイタリア軍2個師団が壊滅。さらにハルファヤ峠を守るイタリア軍2個師団(第62、63歩兵師団)が後方連絡線を断たれて壊滅した。

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3Turn(1941年冬)

イメージ 7ロンメル登場。第21装甲師団(4-3-6)及びドイツ軍のバトルグループがキレナイカに進出し、リビア一帯を伺う。東アフリカでは、イタリア軍がエチオピアから攻勢に出て、英領ソマリアのベルベラ(Berbera)を占領した。さらにスーダンへ進入してカッサラ(kassala)を攻撃。これを占領していた。

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4Turn(1941年春)

イメージ 8英軍が中近東で攻勢に転じた。第2ニュージーランド師団(2-3-5)を主力とする部隊がエルサレムを出撃。「漁師」又は「漁場」を意味するサイダ(Sidon)を攻撃する。サイダを守るヴィシーフランス軍はたまらず後退。ベイルートとダマスカスに防衛ラインを敷く。

5Turn(1941年夏)

イメージ 9ドイツ軍第15装甲師団(4-3-6)が北アフリカに到着した。ドイツ軍2個師団を得たロンメルは、キレナイカで大規模な攻勢を仕掛けた。ガザラ(Gazzla)から出撃したドイツ軍は、エルアデム(El Adem)、ガンブート(Gambut)に進出。トブルクに籠る英軍3個師団を包囲した。3方向からトブルク攻略を目指す枢軸軍はトブルクに対する総攻撃を敢行したが、「砂漠の鼠」の異名を取る英軍は奮戦し、トブルクを守り切った。独軍第15装甲師団が戦闘力を失う。

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6Turn(1941年秋)

イメージ 10トブルクを包囲し続ける枢軸軍に対して英軍は「クルセイダー作戦」を発動して反撃を実施する。しかし独軍は88mm砲を使ってこれに反撃。さらに悪天候も手伝って英軍の攻撃を撃退した。ドイツ第21装甲師団は半数の兵力を失ったが、ガンブートを守り切った。
中東ではイラクが英連邦に反旗を翻した。イラク軍が枢軸陣営についたことでバクダット、モスルの2都市が枢軸側に加わった。これで枢軸軍のVPは10点になる。
東アフリカでは英連邦軍が反攻に転じてイタリア軍を山岳地帯に追い詰める。しかし枢軸軍が東アフリカに残ったので枢軸軍はVPを得た。現時点での枢軸軍VPは11点である。

結論

今回は時間の関係でここまでとした。現時点での枢軸軍VPは11点。この後、トブルクとバルディアを落せば13点。さらに東アフリカでもう1Turn粘れば14点になる。14点現時点の兵力でトブルク、バルディアが落せるかどうかは微妙。ただ苦しいながらもなんとか落せるのではないかと踏んでいる。
あと、ギリシア侵攻をやる暇がなかったので、バルカン進攻がなかったのが残念。英連邦の地上兵力を大幅削減が図れたのに・・・。

感想

慣れの関係もあり、ここまで4時間ぐらいかかった。今回は久しぶりのプレイであったことも手伝って細かい点でミスや詰めの甘さがあった点は否めない。ちゃんととしたプレイをするためには、数回の練習が必要だと思われる。ソロプレイでもう少し練習して再戦したいと思う。

本作についていえば、ゲームとしては十分に面白く、ルールも理解しやすいと思う。1日あれば北アフリカ戦のほぼ全局面をキャンペーンゲームとしてプレイできる手軽さも良い。最近はあまりプレイされたと聞かない作品だが、現時点でも十分に通用する作品であり、今後プレイ機会を増やしていきたい。

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以前に紹介した「楊」("やん"と読みます)の一号店が十条の駅近くにありました。
そこで前回食べた汁なし担々麺を今度は「辛さ普通」で味わってみたいと思い、この十条店を訪れました。
十条店は池袋店とは違って1200開店。池袋店のように行列が出来ることもなく、店内は至って平穏でした。
汁なし担々麺を注文。ランチメニューとしてサラダ、ご飯、スープもつけました。
出てきた汁なし担々麺は、前回食べたもののと見た目は同じ。しかし辛さを「控え目」から「普通」に変えた途端、辛さが違う。TV番組「孤独のグルメ」で店員役の人が「水が違う味するね」と言っていましたが、全くそんな感じです。だけど「辛いけど旨い」。麺を食べる手が止まらない。そして辛いから水を飲む、ご飯を食べる。そして再び辛い麺に挑戦する。そんな感じです。
正直な所、3日連続で食べたい味ではありませんが、1度は食べてみたいと感じる味でした。

お奨め度★★★★

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4月中旬に行われたYSGA厚木例会に参加しました。
プレイしたゲームは以下の通りです。

東部戦線(CMJ)

名作「装甲擲弾兵」シリーズの続編で、タイトル通りWW2東部戦線の戦術戦闘を小隊レベルで描いた作品です。
基本システムはシンプルで理解し易いのですが、ソ連軍の戦術能力(の低さ)を極端なまでに誇張表現した「ソ連軍特別ルール」が特徴。あまりにも酷いソ連軍ルール(イワンのバカ)を見ると、このデザイナーは反共主義者なのだろうか・・・・、と疑ってしまう。

イメージ 11最初にシナリオ2「バタイスク」を練習プレイした後、シナリオ6「バルイカ橋頭保」とシナリオ7「パンツァーカイル」を1回ずつプレイしました。下名はいずれもソ連軍を担当。
シナリオ6は今回で2回目です。前回プレイした時はやはりソ連軍を担当してボロ負け。今回はその雪辱を期したのですが、前回よりも酷く第2Turnに渡河点を火線で制せられて投了。うーん、このシナリオ、ソ連軍で勝ち目があるんだろうか・・・・。

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イメージ 10最後にプレイしたのがシナリオ7「パンツァーカイル」で、コルスン包囲戦を扱ったものです。ドイツ軍が攻撃側でソ連が防御側。ただでさえ「イワンのバカ」ルールで足枷が厳しいのに、その上防御側なんて・・・。唯一の救いはソ連軍の戦車兵力がそれなりに揃っている所でしょうか・・・・。
今回は初期配置の部隊で時間稼ぎを行いつつ、後続の機甲部隊でドイツ軍の戦車部隊と相殺を図る戦法にしました。遠距離戦闘では勝ち目に乏しいソ連軍戦車ですが、接近戦ならドイツ戦車と互角に戦うことは可能。あとは数に物言わせてドイツ軍の先鋒を削っていって攻撃力を失わせれば(弾切れ上等、DD上等)、なんとか勝機を見いだせるのではないか・・・。
序盤は手探り状態。2Turnか3Turnかにドイツ軍戦車スタックをT-34/76D 2ユニットのスタックがサプライズアタック。これが決まってドイツ軍偵察部隊2個小隊を撃破。ドイツ軍の反撃でT-34も2小隊失われましたが、序盤に独軍の「目」を潰したのはでかい。
その後、盤外砲兵の集中射撃をパンター戦車のフルスタックに見舞って2ユニット壊滅、2ユニットDDの戦果をあげ、その後もドイツ軍機甲兵力の撃破に成功したため、ゲーム半ばでドイツ軍が投了しました。

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感想:ソ連軍の縛りが大きいので難しいです。特に防御側に回った時は駒が少ない上、サプライズアタックもままならない。折角待ち伏せ攻撃を仕掛けても、逆奇襲を食らうこともあるので厳しいです。ソ連側が圧倒的な兵力で押しまくるタイプのシナリオは兎に角、それ以外のタイプのシナリオはかなりソ連軍にとって厳しいゲームではないかと思いました。

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Shifting Sands(MMP)

次にプレイしたゲームは、MMP社が2006年に発表した北アフリカ戦ゲーム「Shifting Sands」。1940年~43年における北アフリカ戦を1Turn=3ヵ月、1ユニット=戦闘グループ~師団規模で描いたキャンペーンゲームです。
このゲームの結果については、別途紹介します。

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World at War(LNL)

イメージ 9厚木例会2日目にプレイしたのは、Lock'n Load社の仮想戦ゲームシリーズWorld at Warです。このシリーズは1985年前後に想定される東西両陣営の対決を戦術レベルで描いた作品群です。
このプレイ結果については別途報告します。

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戦車戦(HJ)

例会2日目最後にプレイしたのは、かつてHobby Japanから発売されていた戦車戦です。我々自身の残り時間があまりなかったのでどれだけプレイできるか不安はありましたが、全15Turnの「コルベルグ防衛戦」をプレイしました。ソ連軍はT-34/85中戦車とSu-85突撃砲からなる機甲部隊。対するドイツ軍は対戦車砲と軽駆逐戦車、突撃砲からなる歩戦連合部隊です。下名はドイツ軍を担当しました。85mm砲装備のソ連軍重戦車(実際は中戦車ですが・・・)と重突撃砲に対し、こちらは明らかに威力不足の75mm砲装備のミニ戦車達。頼みは長射程を誇るPak88だけか・・・。

Pak88の遠距離射撃でソ連軍戦車2~3両を撃破。他にもヘッツアーや3号突撃砲、さらに歩兵部隊も奮戦してソ連軍戦車の2/3以上を撃破。一度は勝利が見えたドイツ軍。
しかし最後はソ連軍の装甲防御力と火力、そして圧倒的な数がモノをいってドイツ軍は一掃されてしまいました。驚くことに2時間弱のプレイ時間でほぼ最終Turnまでプレイできたそのプレイアビリティ。戦車1両単位の精密戦術級にも関わらず、この手軽さは侮れません。

最後に

という訳でゲーム三昧の2日間はあっという間に終わってしまいました。
2日間会場を提供頂いた主催者さん、どうもありがとうございました。

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