もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

2019年03月

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小田原駅南口から徒歩約5分にある海鮮料理の店です。和食の店ですが、店内は広く、内装も洒落ています。
ランチタイムに入店し、名物料理である「まかない丼」を注文しました。漁師風の丼飯で、各種の魚介類と卵焼き、ネギ、キュウリ等の野菜が載っています。味噌で味付けしてあるので、そのままで何もつけずに食べるのがよろしいかと。コスパも良好で、とても美味しい丼でした。

駅からも近いので、これからチョコチョコ行ってみたいです。

お奨め度★★★★

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自作空母戦ゲーム「海空戦、南太平洋1942」(以下、本作)。今回は、追加シナリオであるビスマルク海海戦シナリオについて紹介する。
このシナリオは、2019年5月26日のゲームマーケット春で発売予定の「雑誌、海空戦No.2」に収録予定である。

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「海空戦、南太平洋1942」の概要については-->こちらを参照して下さい。
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これまでの展開

イメージ 61943年3月。連合軍は東部ニューギニア方面で反攻作戦を進めていた。日本軍は同方面の防備を固めるため増援作戦を発動。8隻の駆逐艦に守られた8隻の輸送船がラバウルを出港して東部ニューギニア北岸のラエを目指した。
3月2日早朝。オーストラリア空軍の飛行艇が日本軍輸送船団を発進した。ポートモレスピーを始めとする連合軍航空基地からは続々と攻撃隊が発進していく。計75機が輸送船団を襲ったが、日本軍の防空戦闘が奏功し、輸送船団は無傷のままこの攻撃を切り抜けた。

前回までは --> こちら

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3月2日1000

イメージ 71攻撃を終えてポートモレスピー基地に帰投した連合軍攻撃隊は、再び発進準備を整えた。その兵力は、オーストラリア空軍(RAAF)のボーフォート雷撃機9機、米陸軍航空隊(USAAF)B25C-1ミッチェル18機、USAAFのB17 9機の計36機。それをRAAFのキティホーク16機が援護する。戦爆連合52機の攻撃隊だ。今回は攻撃に成功し、B25C-1による反跳爆撃によって輸送船1隻を撃沈した。
続いてブナを発進したA20ハボック(USAAF)18機が船団上空に姿を現した。今度は上空援護の零戦が迎撃のために飛来し、対空砲火の戦果と相まって6機のA20が撃墜された。残ったA20は輸送船に対して反跳爆撃を実施。1隻の輸送船が撃沈された。これで輸送船の残りは6隻となる。

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3月2日1400

2隻の輸送船から投げ出された生存者を救助するため、船団から駆逐艦2隻が分離した。残りはひたすらラエを目指す。しかし連合軍はさらなる攻撃を仕掛ける。

イメージ 8ポートモレスピーを発進したUSAAFのB25 18機、B26 9機、B24 9機の計36機は、16機のP38に護衛されて船団上空に姿を現した。しかしこの時は上空援護中の日本戦闘機が接近中の敵編隊をいち早く発見し、18機の零戦と18機の一式戦が米軍機の前に立ち塞がった。
護衛戦闘機を突破した零戦と「隼」は、低空進入してきたB25、B26を襲う。B25 6機が撃墜され、残り12機のB25が戦闘機の防空網を突破できずに撃退された。中高度から進入してきたB24は、陸軍一式戦の迎撃により3機を失う。それでも防空網を突破したB26の爆撃によって輸送船1隻が撃沈された。残る輸送船は5隻である。

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イメージ 9続いてギリギリから発進した爆装したボーファイター(RAAF)16機が8機のP38(USAAF)による援護を受けて船団を襲った。零戦9機が迎え撃ったが、ライトニングの奮戦で零戦隊はこれを突破できない。CAPと防御砲火を掻い潜ったボーファイターが輸送船1隻に爆弾を命中させた。輸送船は損傷する。

イメージ 10ポートモレスピーからは爆装したP39とP40計16機がP38 8機の護衛を受けて船団を襲う。ボーファイターのような双発戦闘機ならまだしも、P39やP40といった単発戦闘機は必ずしも対艦攻撃に向いた機種ではない。にもかかわらずこのような機体を攻撃に投入するあたり、連合軍もなりふり構わずだ。この攻撃でさらに輸送船1隻が損傷する。

3月2日1800

夕闇が戦場を覆いつつある。この日最後の攻撃隊が船団を襲った。戦闘機16機と双発爆撃機36機からなる攻撃隊だ。さらに2隻の輸送船が損傷する。

この日、日本軍輸送船団を襲った連合軍機は計297機。輸送船3隻が沈没して4隻が損傷した。残る輸送船は1隻である。連合軍側の損害は36機である。損失率12%は決して低い数値ではない。

3月2日2200~3月3日0200

フォン湾に入った日本船団はその日の未明にラエに到着した。直ちに荷揚げ作業が始まる。しかし夜が明けた。ポートモレスピーで出撃準備を整えた連合軍機は、大挙として押し寄せてきたのだ。

3月3日0600

イメージ 11その頃、日本軍は船団の入港を援護すべくポートモレスピー方面に対する航空攻撃を企図していた。数少ない戦闘機は船団の護衛に手一杯のため、陸攻隊が戦闘機の護衛なしでポートモレスピーへの昼間強襲攻撃を実施したのだ。

余りにも勇壮。余りにも無謀。

27機の陸攻隊はポートモレスピー上空で戦闘機の迎撃を受け、半数を失うという大被害を被った。それでもポートモレスピーに対して確かに打撃を与えることに成功した。が、しかし・・・、

焼け石に水・・・

その時既にポートモレスピーを発進した大編隊が、ラエに向けて飛行していたのである。

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ポートモレスピーからは計103機、ブナからは計48機、合計151機がラエの日本船団を叩いた。既に損傷していた輸送船3隻が撃沈された。残るは損傷船1隻を含む2隻の輸送船だけである。

3月3日 1000

このTurn攻撃に耐えれば、ラエに対する輸送は完了する。僅か2隻であっても成功すれば多大なVPが日本軍の元に転がり込むことになるのだ。このTurnを耐えれば・・・・。

イメージ 12最初に飛来してきたのは、USAAFのB17重爆撃機36機だ。この攻撃で損傷していた輸送船1隻が撃沈された。
続いて飛来してきたのは、戦闘機16機に援護された双発爆撃機36機からなる攻撃隊だ。日本戦闘機の奮戦でその半数を阻止したが、残りは最後の輸送船に低空水平爆撃を敢行し、これを撃沈した。

この段階で日本軍輸送船団は8隻全てが沈没し、ラエ輸送作戦は完全な失敗に終わった。

その後

イメージ 13その後の展開について簡単に記す。
護衛対象を失った駆逐艦部隊は、危険水域に長く留まる必要はないと判断し、直ちに北上離脱を図った。しかし連合軍機の攻撃はなおも執拗であった。夕日がビスマルク海に没するまで、延べ93機が攻撃を行い、その結果3隻の駆逐艦が撃沈されてしまう。

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2日間で日本船団を襲った連合軍機は計629機。そのうち60機以上が帰らなかったので、連合軍にとっても決して楽な戦いではなかった。

結果

日本軍の損害

・沈没:駆逐艦3隻、輸送船8隻
・航空機:1xA6M3,1.5xKi43,1xKi49,1.5xG4M
 (数値はユニット数、機数に換算すると45機)

連合軍の損害

・航空機:2xP38,1xP39,1.5xA20,2xB25,0.5xB24,0.5xPBY
 (数値はユニット数、機数に換算すると65機)

日本軍19VP、連合軍43VP
連合軍の勝利

感想

航空機で攻撃仕合う一見単純なシナリオだが、楽しめる内容になったと思う。
基地航空兵力は両軍とも数百機を要する大規模な内容で、その中でたった8隻の輸送船など鎧袖一触にも思えるが、なかなかどうして輸送船はしぶとい。日本軍も効率の悪い遠距離CAPを駆使して船団を守る苦しさが良く表現されていると思う。

実験的に例えば軽空母「瑞鳳」に零戦3ユニット(27機)を搭載し、船団の直接または間接護衛に任じさせれば結構抵抗できそうにも思えるが、果たしてどうだろうか?。「ペデスタル作戦」の太平洋版。試してみても面白い。
(「瑞鳳」が生還しない可能性も大だが・・・)

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機械化兵器読本

吉田豊彦 アーキテクト

元々は昭和15年(1940年)に東京日日新聞から発刊されていた著作の復刻版である。当時フランス戦でフランス軍がドイツの電撃戦に敗れた時期であり、当時日本陸軍における機械化推進の熱気が伝わってくる著作である。本書の内容は現在の視点から見ても特に変に思える個所は少なく、少なくとも本書の著者が陸軍の機械化について水準以上の知見を持っていたことを示している。精神主義的で近代的な思想に乏しいと思われがちな日本陸軍であるが、少なくとも軍の機械化について世界の潮流を正しく認識していたことは留意すべきだろう。
戦前、戦中における日本陸軍の機械化について考察する場合には必読の著作と思える。

お奨め度★★★★

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平日に通院のため休暇を取ったので、検査が終わった後に出かけてみた。
小田原駅から約10分。東側の正門から堀を渡って城内に入る。

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本丸の天守閣に上がるためには石段を登っていく。その途中に梅の花が咲いていた。

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本丸には小田原城のシンボル天守閣がどっしりと。ちなみにこの天守閣は復元天守閣で、外見だけはそれっぽいですが、内装は完全に現在風です。

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天守閣の内部は展示室になっていて、小田原城の紹介から北条氏の説明、武具等の紹介、秀吉の小田原征伐についてのミニドラマ等、結構見ごたえがあります。

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久しぶりの小田原城でしたが、結構楽しめました。

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小田原駅から徒歩1~2分の場所にある海鮮丼の店です。
地元の魚をリーズナブルな価格で食べさせてくれる店です。
地魚丼と小田原おでんを注文しました。他にもアジフライとかも美味しそうでした。
地魚丼は新鮮で美味しい魚と酢飯の組み合わせがグッドです。
小田原おでんは蒲鉾系の具材が嬉しいおでんです。

駅から近く、値段も手頃で美味しい店なので、お勧めできます。

お奨め度★★★

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