もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

2019年08月

4
平ヶ岳登山を終えて帰りは桧枝岐から南会津経由で帰路につくことにしました。桧枝岐で日帰り温泉を見つけたので、登山の疲れを癒すべく立ち寄ってみました。「燧の湯」。国道352号線を外れて川を渡った所にあります。大きな看板が出ているのですぐにわかります。
入浴料は500円。内湯と露天風呂は大きな檜風呂になっていて、開放感のある入浴が楽しめます。泉質は単純硫黄泉で無色無臭。疲れた体に温泉の温かさが浸みていきます。
今回は日帰り入浴でしたが、機会があればノンビリ1泊してみたいです。

お奨め度★★★★

写真1


平ヶ岳。標高2141mの山塊で、日本百名山の1つである。日本百名山の中でも最も難易度の高い山と言われているが、その理由は登山口からのアプローチが長いこと(コースタイム約13時間)。しかも山小屋・避難小屋の類はなく、山中でのテント泊も禁止されていることである。そんな平ヶ岳に登ってみた。
新潟県魚沼市大湯温泉の温泉宿から出発したのは早朝の3:45。シルバーラインと呼ばれるトンネルコースを抜けて銀山平に出て、そこからは国道352号線を鷹ノ巣登山口に向かう。大湯温泉からの距離は50km弱、所要時間1時間強で鷹ノ巣の登山口に到着する。登山口で準備を整えて出発したのは0520頃。コースタイム13時間の長丁場の始まりである。
写真01

最初は緩やかな林道歩き。水場を過ぎて少し歩くと、いよいよ本格的な登山になる。少し歩いて痩せ尾根の稜線歩きになる。少し歩いて見晴らしの良い所で最初の休憩を取った。時計を見ると0550頃。約30分歩いて来たことになる。ここで重大なミスに気付いた。今回の山旅では約2リットルの水分を用意していたのだが、その半分を車に置き忘れてきたのだ。今回用意した水分は、冷えたお茶500ml、凍らせたアクエリアス500ml、予備の水が1000mlであるが、予備の水以外を車に置いてきてしまった。水が少ないのは今回のような長時間歩行では致命傷になりかねない。1リットルの水だけだと頂上まで行って戻ってくると足りない可能性がある。水場で補充する手もあるが、水場がないと辛いことになる。まあ雨が多かったので水場が枯れていることはないと思うが・・・。

写真02

少し迷ったが、車に戻ってお茶とアクエリアスを収容すると1時間ほどのロスタイム。今日のような長丁場では1時間のロスは痛い。また体力面でも辛い。水場での補給に期待してこのまま前進することにした。
最初から痩せ尾根のキツイ登りが続く。ロープを使わないと辛いような登りもある。途中で木々が茂っているコンモリした丘がある。そこで草叢からガサガサって音がすると「蛇か?」と思ってビビッてしまう。ガサガサの主を詳しく調べたら蛇が見つかったかもしれない。が、コワイからそちらはできるだけ見ないようにした。
「蛇の巣」と勝手に名付けた丘を越えると再びキツイ登りが始まる。振り返ると今まで登ってきた稜線が見えてくる。良くここまで登ってきたもんだ、満足感に浸る。

写真03写真04
写真05


キツイ稜線歩きを超えて西台倉山山頂に着いたのは0732であった。登り始めてから約2時間である。南の方角には尾瀬を代表する山である燧ケ岳が見えている。急坂はここまで。ここから先は緩やかなアップダウンが続いている。次のチェックポイントである台倉山には0829に到着。ここまでのコースタイム3:50に対し、私の所要時間は3:09であった。比較的良いペースだ。遥か彼方に平ヶ岳が見えているが、まだまだ遠い。

写真06写真07


ここから少し下って台倉清水の水場に出る。ここに道標が立ってあり、平ヶ岳までの距離が4.9kmとあった。ちなみに登山口までは5.6kmとあったので、距離的には半分は過ぎたことになる。ここから次のチェックポイントである白沢清水までは林の中を歩く。途中で何か所も木が倒れていて行く手を塞いでいる。単調な山歩きに飽きてきたので、歩数を数えながら歩くことにした。これによって少しペースアップできた。

写真08写真09
写真10


白沢清水からは池ノ岳に向けた登りになる。ここも結構距離がある上、標高差もあるのでキツイ登りが続く。途中で1回やや大きめの休憩して、それから池ノ岳山頂の姫池に着いたのは1049であった。登山口からの所要時間は5.5時間、コースタイムは6.5時間なので約1時間早い。小雨が降ってきたが、水に不安がある状況下では炎天下よりもむしろ有り難い。この日姫池からは木道が平ヶ岳まで続いている。コースタイムによれば所要時間40分だ。しかも嬉しいことに姫池近くに綺麗な水場があるらしい。丁度飲み水が切れかかっているので水を補充できる。

写真11写真12


木道を歩くこと30分。平ヶ岳山頂に着いたのが1118であった。登山口からの所要時間は丁度6時間。コースタイム7:10なので、1時間以上短い。平ヶ岳の山頂は三角点があるだけで、あっけない程アッサリしていた。
山頂付近の高層湿原を堪能する。ホテルでもらってきたおにぎり2個を取り出して食べる。が、食欲がないので1個だけ食べて残りはザックに戻す。

写真13写真14
写真15


名残惜しいが平ヶ岳山頂を後にしたのが1135。姫池に戻る途中、水場に立ち寄って飲料水を補給する。冷たい山の水が美味しい。これで飲料水の不安がなくなったことも大きかった。
姫池に戻ったのが1205。少し休憩して下山開始。急な斜面を降りて木々の間に入ると、そこからはアップダウンの少ない林道歩きになる。退屈しないように歩数を数えながら歩く。白沢清水で休憩している時にチクりと痛みを感じたので、どうやら蜂に刺されたらしい。

写真16

台倉山に戻ってきたのが1345頃。ここでほぼ中間点だ。
台倉山から下台倉山までは緩やかな下り。1時間弱で下台倉山に到着する。下台倉山を出発したのが1437。ここからが最後の下りになる。痩せ尾根を慎重に降りていくが、足が疲れているので踏ん張りが効かない。とにかく滑落だけはしないように慎重に降りていく。それにしても登山の最後の最後にこんな急な下りを用意するなんて、平ヶ岳はなんて嫌味な山なんだろう。

写真17写真18


1時間以上かけて下り道を降り、お茶を忘れたことに気づいた場所を通過すると急な下りも終わりである。林道に出てしばらく歩くと、朝見た水場があった。丁度飲料水が無くなっていたので、ここで補充。再び山の水の旨さを堪能する。駐車場に戻ってきたのは1618。往復の所要時間は約11時間。下りは4:45であった。ちなみに下りのコースタイムは5:45である。
写真19写真20


平ヶ岳登山の感想だが、予想通り厳しい山であった。単に所要時間が長いということもあるが、最初と最後に通過する痩せ尾根もかなり厳しい。注意して歩けば特に危険はないのだが、疲れた足で滑落の危険がある個所を通過するのは辛い所もある。百名山の1つだから足を踏み入れたが、そうでなければ登る機会のない山であったと思う。
これで私の百名山制覇は98箇所目。残り2ヵ所。いよいよゴールが見えてきた。

3

水沢うどん。日本三大うどんの1つと言われているが、実の所「三大うどん」がどこなのかは諸説あってハッキリしいない。とにかく「水沢うどんは美味しい」と覚えておけば、中らずと雖も遠からずだろう。

箕輪城へ出かけた際、近くまで来たので立ち寄ってみた。大きな駐車場のある店に車を停めて中に入る。広い店内。大きい海老天の入った水澤御膳\1700を注文。サクサクした天ぷらも美味しいが、ツルツルとしたうどんがやはり美味しい。2種類のつけ汁、ごまだれと醤油味が用意されており、2種類の味が楽しめる。250円で追加のうどんを注文することも出来るので、心行くまで水沢うどんを楽しめるのも良い。

お奨め度★★★

写真01
写真02
写真03
写真04

写真00


山科会でGJ#70「第三帝国の盛衰」をプレイした。筆者はドイツ軍を担当する。

1Turn(1939冬)


GE423序盤はほぼ定番通りにプレイした。ポーランドを電撃進攻で落とした後、ベルギーに侵攻。ベルギー軍を撃破して同地を占領する。またイタリアも参戦して南フランスに侵攻した。

写真01


2Turn(1940夏)

FR323ドイツ軍が電撃戦でパリに向かう。一撃陥落を狙ったが、殺さずに裏返しで留めたため、「補給」カードで戻されて元の木阿弥。「フランスが落ちなければ一大事」とばかり、航空兵力を投入してギリギリでフランスを陥落させ、ヴィシーフランス成立により何とか最小限のノルマを達成した。

ルーマニアが枢軸陣営に参加して参戦する。

写真02


3Turn(1940冬)

GE513FT西方諸国で残っていたオランダ、デンマークへ進攻してこれらを占領した。さらに新鋭戦艦「ビスマルク」の支援を受けてノルウェーにもドイツ軍が進攻。ノルウェーに橋頭保を築いた。
ドイツ装甲部隊はバルカン半島に侵攻する。電撃戦でユーゴスラビアを陥落させたまでは良かったが、ギリシアを陥落させるに至らず。バルカン方面での苦戦が後々響くことに・・・。
調子に乗っていた我がドイツ軍の図上に冷や水が浴びせかけられる。英本土を発進した航空部隊がフランス本土を空襲。パリを守っていた陸軍部隊が壊滅。一時的にパリが軍事的空白地帯に・・・。ここで外交カードを出されてフランスが自由フランスに戻ってしまうと由々しき事態になる所であったが、大事には至らなかったのは幸いであった。

{{{ 教訓:パリに対する連合軍の空爆には注意せよ。 }}}

フィンランドが枢軸陣営に参加して参戦する。

写真03


4Turn(1941夏)

GE313UB北大西洋に出撃していたUボート隊が大戦果を上げた。2発が命中して連合軍のカード2枚をお陀仏にしたのである。
しかしこちらが通商破壊戦に現を抜かしている間にソ連が参戦してしまった。粛々とキエフ方面の守りを固めるソ連軍。バルカン方面から反転してきたドイツ装甲部隊がルーマニア経由でキエフに攻め込むが、一歩遅れを取ることになったドイツ軍はキエフ攻略に苦戦を強いられる。それでも戦争資源を投入して最後は何とかキエフを占領した。もしここでキエフを取れなければ、策源数で2枚の差が着くことになり由々しき事態であった。

{{{ 教訓:キエフは第4Turnの一番最初にで取るべし。ソ連が参戦した後なら手遅れになる。 }}}

このTurn、ノルウェーも陥落。これによって枢軸側の策源地は、ドイツ国内の2個所に加えて、ポーランド、ローマ、パリ、ルーマニア、キエフ、そしてノルウェー、ユーゴスラビアの計8個所(ノルウェーとユーゴスラビアは0.5個所と数える)となった。

ハンガリーが枢軸陣営に参加して参戦する。

写真04


5Turn(1941冬)

SU430Mos初めてのロシアの冬である。ドイツ軍は本格的な攻勢は行わず、キエフに進入してきたソ連軍を撃破する一方、キエフに要塞を築きつつ、ミンスク及びポーランド南部ガルシアを占領した。
西部戦線では英独空軍の激しい戦いが続いている。Uボートを襲う英空軍とそれを英本土で撃破しようとするドイツ空軍。爆撃を受ける立場の英空軍は、ドイツ軍の航空攻撃を受けて相応の損害を被ることになる。

写真05


6Turn(1942夏)

US413FT遂に米国が参戦する。その恐るべき国力が民主主義諸国を守るために立ち上がった。レンドリース船団がノルウェー海を通って続々とロシアに送られる。ロシアの戦力は強化されていく。
このTurn、北大西洋でUボートが再び戦果を上げた。3発命中で連合軍のカード3枚を海の藻屑とした。
東部戦線のドイツ軍はミンスクからバルト三国に侵攻し、同地を占領。ここにキエフ、ミンスク、リガを結ぶ防衛ラインが構築された。ミンスクには要塞が築かれる。

7Turn(1942冬)

GE633東部戦線では新たに編成されたドイツ第6SS装甲軍がバルト3国に派遣された。この第6SS装甲軍団はティーガー重戦車やフェルディナント重駆逐戦車等を装備し、ドイツ最強、否、世界最強の戦車部隊である。キエフ、ミンスクに配備された要塞とバルト三国に展開する第6SS装甲軍により、東部戦線は盤石の構えである。
そこでドイツ軍は各戦線の動きを見極めつつ装甲部隊を再びバルカン半島に派遣した。ギリシアに侵攻したドイツ軍。今度はギリシア軍の撃破に成功し、バルカン半島一帯はようやく枢軸軍の支配する所となった。
写真06


8Turn(1943夏)

US012AFこのTurnより米英軍による戦略爆撃が開始された。パリとルールが目標となり、いずれも爆撃成功。戦略カード2枚が失われる。しかも両方が「電撃戦」カードであっため、ドイツ軍による反撃能力は著しく減殺させられた。


写真07


US013CVEレンドリース船団を妨害撃破するため、ドイツの新鋭戦艦「ビスマルク」がノルウェー海に向けて出撃していった。しかし今のノルウェー海は、2年前に彼女が就役した頃とは状況が一変していた。
北大西洋で対潜警戒を実施していた米護衛空母部隊が「ビスマルク」追撃戦に参加し、雷撃機による攻撃で「ビスマルク」に手傷を負わせる。そこに追い打ちをかけるべく英海軍の新鋭戦艦「デュークオブヨーク」が「ビスマルク」に対する砲撃戦を挑んでいく。集中攻撃を受けた「ビスマルク」はノルウェー海にその姿を没した。
写真13


連合軍の大規模な艦隊が英仏海峡に集結していた。明らかに北フランス上陸を狙ってきている。ドイツ軍は英仏海峡の艦隊に対して航空攻撃を加えるも、護衛空母を発進するCAP機の妨害により航空部隊は撃退されてしまう。
連合軍の上陸に備えてギリシア方面から転身してきた装甲打撃部隊が南ドイツに集結。連合軍による北フランス上陸に即応できる態勢を取る。
写真08
写真09


9Turn(1943冬)

SU323連合軍の大規模な反撃は、まず東部戦線で開始された。ミンスク、キエフ方面に猛攻を仕掛けてきたソ連軍に対し、ドイツ軍は「待ち伏せ」カード等を駆使して果敢に抵抗する。ドイツ軍の抵抗によってソ連軍はその前進を阻まれた。


写真10


GE523US423西部戦線では「彼らが来た!」。
予想はしていたが、米英軍の大規模な上陸部隊が北フランスに侵攻してきたのだ。南ドイツに待機していた装甲打撃集団が北フランスに殺到する。上陸直後でまだ体制の整わない米英軍に対し、ドイツ軍の「鋭い矛先」が襲いかかった。「電撃戦」カードによる恐るべき破壊に対して阻止する術を持たない連合軍。連合軍の橋頭保は粉砕され、米英軍は海に追い落とされた。この戦いで失った米英軍は戦車4個を含む計8個軍にも及んだ。さすがに物量を誇る米英軍であっても、再建は困難となる痛手であった。
写真11
写真12


UK013CV海ではかつての栄光を求めて出撃したUボートに対し、米英海軍が容赦ない攻撃を加えてきた。スコットランドを発進する対潜哨戒機、護衛空母の艦載機、そして水上部隊がUボート群を追い詰める。そこには既にUボートの活躍を許す「優しい海」は存在しなかった。

感想

この時点で時間その他の関係でお開きにした。未だ展開は予断を許さないが、連合軍にとってはかなり厳しい展開であったと思われる。連合軍としてはアフリカ戦線で活発に行動した方が良かっただろう。特にリビアからチュニスへ向かう進撃は必須であったと思われる。また航空部隊を北アフリカに展開することで、ローマやルーマニアを戦略爆撃圏内に収める意味も大きい。

ここまでのプレイ時間は約4時間。最終Turnまでプレイするにはさらに1~2時間程度必要だろう。(他のゲームもそうだが)このゲーム、いくつかコツがあるので、事前にソロプレイで確認しておくのが良いと思う。特にドイツ軍は序盤にミスるとかなり厳しくなるので、序盤の動きだけでも確実にトレースしておきたい。

ゲームとしては、比較的簡単なルールで第2次欧州大戦全域を再現できる好ゲームだと思う。ルール的な難度も低く、プレイするだけならインストだけでも十分に可能だ。プレイしていても楽しいゲームで、しかも概ね歴史通りの展開を辿る所も嬉しい。要塞の効果がやや大きく、一旦要塞を作られると突破が困難になるきらいがあるのが気になる所か?。
バランスについては十分に研究した訳ではないが、序盤は枢軸軍、中盤以降は連合軍が苦しいゲームだと思う。

3

こちらも群馬の山城です。群馬県高崎市箕郷町にある山城で、上杉、北条、武田の3者が接する戦略的な要域で、ゲーム「関東制圧」でも重要な位置を占めています。戦国時代の名将、長野業正が城主となり、武田氏の侵攻を再三に渡って撃退したそうな。
先に紹介した金山城に比べると、こちらは山城としてはやや規模が小さいです。駐車場から歩い分ほどで本丸に到着。先の金山城が麓から約200mの比高があったのに比べると、それほど目立った比高はありません。
駐車場から歩いて5分ほどで復元された箕輪城の城門(虎韜門)が見えてきます。城自体はそれほど大規模なものではありませんが、城門自体は山城としては最大規模だそうです。その他、当時の土塁や空堀、石垣等が残されており、山頂部には本丸趾、御前曲輪、二の丸跡、三の丸等も残っています。城に至るルートは本丸等からまる見えで、キルゾーンを形成できるようになっていました。そんなこんなでなかなか落ちなかったのでしょうかねぇ・・・?。

お奨め度★★★

写真01写真02
写真03
写真04
写真05
写真06
写真07
写真08
写真09
写真10

↑このページのトップヘ