GJ13


「ドイッチュラント・ウンターゲルト」(以下、本作)は、1983年に旧Tactics誌7号の付録ゲームとして発表された作品である。当時は確かカウンターはついておらず、自作仕様だったように覚えている。2005年にGame Journal第13号の付録ゲームとして再販された。オリジナルからは40年、再販されてからも18年の月日が経った。本当に時間が経つのは早いものだと最近つくづく感じる。
閑話休題。本作のテーマはWW2の欧州戦線である。1Turnは実際の3ヶ月に相当し、1hexは約300km、1ユニットは軍~軍集団に相当する。航空部隊は抽象的に登場するが、海軍部隊はユニット化されていない。
こう書くと「なーんだ、『第三帝国』の劣化版か」と思われるかもしれない。そういった面も無きにしも非ずだが、本作のテーマは戦争経済である。つまり「金」だ。部隊の生産、移動、戦闘、などなど、何をするにも「金」がかかるのが戦争である。1ユニット移動するだけで1ポイント、1ユニット攻撃に参加すると2ポイント、といった具合。他の一般的な作戦級ゲームみたく「動けるのなら動かなきゃ損損」みたいな感じで部隊をいじくりまわしていると、あっという間に破産の憂き目がまっている。
今回、本作をVASSALを使ってソロプレイしてみた。

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1Turn(39年秋)

ドイツ軍はワルシャワを守るポーランド軍を3:1で攻撃。結果はD2で順当にドイツ軍の勝利。ドイツ軍がポーランドを支配した。
英仏軍は地上部隊を動員し、ドイツの侵攻に備える。

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2Turn(39年冬)

ドイツ軍はオランダ、ベルギーに侵攻を仕掛けた。いずれも4:1の戦闘比なので、自動的勝利。オランダ・ベルギーはドイツの支配下となる。
フランス軍は南方を守備していた第2軍を北部戦線に移動させ、ベルギーとの国境を守る。イギリス軍は1個軍を動員し、本土の守りにつかせる。

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3Turn(40年春)

ドイツ軍は2個軍でリールを守るフランス軍を2:1で攻撃する。結果はドイツ軍にとっては最良のDEでフランス軍を撃破。戦闘後前進で一気にパリを占領し、フランス崩壊。まさに電撃戦である。
単独でドイツに立ち向かうことになったイギリスは生産ポイントを蓄積し、本土の守りを固める。

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4Turn(40年夏)

ドイツ軍は「あしか作戦」を発動。1個軍による英本土上陸を試みる。成功率33%でロンドン陥落する筈であった。しかし1:2の攻撃は最悪のAE。英本土に向かった1個軍は壊滅してしまう。
英軍は3個目の軍を編制し、英本土に配置。これでドイツ軍による「あしか作戦」はほぼ実施不可能となる。

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5Turn(40年秋)

ドイツ軍は「あしか作戦」失敗の損害を回復するのと、来るべき独ソ戦に備えて地上軍を再編成する。
イタリア軍はリビア国境を越えてエジプトに進入する。イギリスは1個軍をエジプトに派遣し、イタリア軍に相対する。

6Turn(40年冬)

このTURNからハンガリーとルーマニアが枢軸側に立って参戦する。ドイツ軍はユーゴスラビアに侵攻し、同地を征服した。イタリア軍もギリシアに侵攻するが、こちらは(史実通り)撃退されてしまう。

イギリス軍は、北アフリカ派遣軍でイタリア軍を攻撃。2:1攻撃でD1の結果を出して一歩前進する。

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7Turn(41年春)

ドイツ軍は来るべき独ソ戦に備えて独ソ国境へ移動する。しかしドイツ軍の生産ポイントはTurn終了時点で5p。このまま戦争を始めるのはやや不安を感じる数値である。

アフリカ戦線では英軍が再び攻撃を仕掛けるも、出目は最悪のA2。生産ポイントを追加で消費して何とか後退を1歩に留めた。

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8Turn(41年夏)

独ソ開戦。バルバロッサ作戦発動。ドイツ軍が全戦線に渡って攻勢を開始した。ソ連軍5個軍が瞬く間に壊滅。ドイツ軍はソ連領内奥深くに侵攻していく。

北アフリカ戦線では、イギリス軍がイタリア軍をリビア国内に追い込んだ。

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9Turn(41年秋)

ドイツ軍はさらにソ連領内奥深くに侵攻し、モスクワまであと一歩に迫ってきた。しかしロシアの冬はもうすぐそこに迫っている。

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10Turn(41年冬)

ドイツ軍はモスクワに侵攻。モスクワを占領した。しかしソ連軍の戦意はまだ衰えず。

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11Turn(42年春)

アメリカが参戦した。アメリカとイギリスはレンドリース船団をソ連に向けて送り込む。さらに英軍はドイツ本土に向けて戦略爆撃を実施する。ドイツの生産ポイントを1ポイント減少させる。

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12Turn(42年夏)

ドイツ軍はレニングラードを攻撃したが、A3の結果を出して失敗してしまう。
チャンスと見たソ連軍は、モスクワを守るドイツ軍を逆包囲し、1:1で攻撃を実施。しかしこちらもA3の結果を出して攻撃失敗。モスクワ奪回の夢は破れた。

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13Turn(42年秋)

ドイツ軍はレニングラードを包囲し、レニングラード攻撃態勢に入る。しかし生産ポイントが極端に減少してしまう。そこを狙って英軍が戦略爆撃を実施。ドイツ軍の生産ポイントはゼロになってしまった。その隙をついてソ連軍が大規模な反攻作戦を実施。ドイツ軍2個軍を撃破し、モスクワを奪回する。

一方の米英軍は、米軍がモロッコに上陸。英軍がシリアに侵攻し、フランス・ビシー政権の海外植民地を制圧した。

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14Turn(42年冬)

英軍による戦略爆撃が再び命中し、ドイツの生産力が2つ低減してしまう。モロッコに上陸した米軍はアルジェ国境まで前進し、アルジェ、チュニスを通ってリビアを伺う。

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15Turn(43年春)

ドイツ軍はソ連領内での攻撃を諦め、一旦防御態勢に入った。レニングラードを落とす可能性もなくはなかったが、そこはギャンブルをしないこととした。
一方アフリカでは、アルジェリアにイタリア軍を派遣し、米軍の侵攻に備える。

北アフリカではアメリカ軍がイタリア軍を撃破し、アルジェを占領した。

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16Turn(43年夏)

ドイツ軍はチュニジアにアフリカ軍団を派遣した。イタリア軍だけでは北アフリカの防衛に不安があるからである。その分、ソ連領内では積極的な攻勢は控えた。

連合軍は北アフリカの東西でイタリア軍を主目標として攻勢を仕掛けたが、イタリア軍が思わぬ善戦を見せて米英軍を撃退した。
またソ連領内では、ソ連軍がドイツ軍相手にウクライナ領内で1:1の戦闘比で攻撃を加えたが、これがまた最悪の戦闘結果A3となって攻撃失敗。攻撃を行ったソ連軍部隊は、這う這うの体で撤退していく。

17Turn(43年秋)

ドイツ軍はソ連が弱体化したとみて、レニングラードに対して1:1で攻撃に出た。成功率50%。もし成功すれば、1/6の確率でソ連が崩壊する。しかし結果はA2で攻撃失敗。逆に枢軸軍が後退を余儀なくされてしまう。

逆にソ連軍がフィンランド軍を攻撃。これを撃破してヘルシンキを占領。フィンランドはソ連に降伏した。

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18Turn(43年冬)

ドイツ軍は北フランス沿岸に2個軍を投入。北フランスから行われるであろう連合軍の上陸に備える。

米英連合軍はチュニジアのドイツ軍を攻撃。これを撃退してチュニジアを占領した。

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つづく