写真00


「ガダルカナルギャンビット」(以下、本作)は、ガダルカナル攻防戦を陸戦と周辺海域での海上戦闘の両面から描いた作品である。

これまで 海戦ゲーム単体 についてと、 陸戦ゲーム単体 については紹介してきた。
そこで今回は連結ゲームに挑戦してみた。これは陸戦ゲームである「ガダルカナルギャンビット」と海戦ゲームである「ガ島沖砲雷戦」を連結してプレイするスタイルである。基本は陸戦ゲームだが、陸上部隊が受ける補給ポイントがダイスではなく海戦の結果によって変わってくる。日本海軍が海戦に勝利すればガ島陸上で日本陸軍が受け取る補給ポイントの総量が増加し、逆に敗れれば補給ポイントの総量が減少する仕組みである。

今回、私は日本軍を担当することになった。

1Turn(1942年9月前半)

このTurn一旦後退すると、米軍が攻撃してきた。東側では戦車を仕立ててイル川を渡って前進。西側ではマタニカウ川まで前進してきた。

写真01


2Turn(1942年9月後半)

増援を得た日本軍が反撃に転じる。イル川戦線では突出してきた米海兵隊を攻撃し、虎の子海兵戦車中隊を撃破した。

写真02


3Turn(1942年10月前半)

ここまで夜間におけるガダルカナル近海の制海権は日本海軍が握っていた。そのため日本軍は(ヘンダーソン基地を発進する米海兵隊機を除けば)比較的自由に補給物資を揚陸できた。しかし第1次ソロモン海戦での大敗から漸く立ち直りつつあった米艦隊が、ここにきて日本艦隊へ挑戦してきたのは10月前半のとある夜の日であった。
その日、日本艦隊は、重巡7隻、駆逐艦6隻でガダルカナル島に接近。同地に艦砲射撃を加えようとしていた。しかしサボ島の南部には重巡2隻、防空軽巡1隻、駆逐艦7隻の計10隻からなる米艦隊が待ち構えていたのである。隻数や重巡戦力で劣る米海軍であったが、その戦意は高かった。

写真03


サボ島南西海域で両軍は激突した。重巡兵力に勝る日本艦隊は距離約6kmから砲火を開いた。先頭を走る重巡「ペンサコラ」は集中砲火を浴びて撃沈される。続いて続行する重巡「ノーザンプトン」も砲撃を受けて火炎を吹き上げた後、駆逐艦の放った酸素魚雷を食らって洋上に停止する。防空軽巡「アトランタ」は反転して離脱を図るが、そこにも日本重巡の砲火が降り注ぎ「アトランタ」轟沈。

写真05


主力の巡洋艦が失われた米艦隊にとって、日本艦隊への抵抗の術は最早なかった。米駆逐艦が必至の反撃を行い、日本駆逐艦「早潮」が沈没、同「磯風」も大破し、他の駆逐艦3隻が小破したが、そこまでだった。

後にサボ島沖夜戦(又はエスペランス岬沖海戦)と呼ばれる夜間水上戦闘は、第1次ソロモン海戦に続いて米艦隊の大敗となった。米海軍は出撃艦隊の全部、すなわち重巡2隻、軽巡1隻、駆逐艦7隻が失われ、文字通り艦隊全滅した。日本艦隊の損害は、先にも書いた通り駆逐艦1隻沈没、同1隻大破、同3隻小破に過ぎない。海戦の勝敗は誰の目にも明らかであった。

写真06

海戦での勝利に勢いを得た日本軍は、陸上でも攻勢を強める。ヘンダーソン基地西方、ルンガ川とマタニカウ川に挟まれた地域では、新たに増援として到着した第2師団が、アウステン山の北側から迂回して米海兵隊1個大隊を包囲した。またテナル川方面でもジャングルへの迂回戦法で米海兵隊を翻弄する。ヘンダーソン飛行場まであと3ヘクス(3km)。

写真07


4Turn(1942年10月後半)

戦艦「比叡」「霧島」の2隻がガダルカナル近海に接近し、激しい砲撃を浴びせた。先の海戦で大損害を被った米艦隊に日本艦隊を迎え撃つ力はなかった。ヘンダーソン飛行場は穴だらけとなり、海兵隊のキャンプにも砲弾は落下した。
艦砲射撃に勢いを得た日本軍はヘンダーソン飛行場に向けて前進する。日本軍はヘンダーソン飛行場に少しずつ近づいていた。しかし度重なる海戦における勝利にも拘らずヘンダーソン飛行場はまだ遠い。そしてガダルカナル島の補給物資は徐々に不足してくる。このTurn、遂に飢える部隊が出てきた。

写真08


5Turn(1942年11月前半)

米海軍が新鋭戦艦2隻を含む増援部隊を得た。「ワシントン」「サウスダコタ」を含む有力な有力な水上打撃部隊(戦艦2、重巡3、軽巡1、駆逐艦6)がガダルカナル近海に出撃してきた。対する日本艦隊は、重巡8隻、駆逐艦7隻からなる水上部隊をガ島近海に出撃させてこれを迎え撃つ。
二手に分かれた米艦隊に対し、日本艦隊は新鋭戦艦との対決を避けて巡洋艦部隊を各個撃破せんとする。ラインハルト・ローエングラムを彷彿とさせる各個撃破戦法だ。巡洋艦戦力で優越している日本艦隊は、瞬く間に3隻の重巡と1隻の大型軽巡を葬った。日本軍の損害は重巡「鈴谷」を失ったのみ。この時点では日本艦隊の圧勝である。

写真09


その後反転してきた米新鋭戦艦に対し、日本艦隊は交戦を避けつつ後退していた。しかし最終Turn間近に米艦隊の追撃を受けて駆逐艦「雪風」が轟沈。さらに駆逐艦3隻が撃沈され、重巡2隻が中小破した。
後に「第3次ソロモン海戦」(又はガダルカナル沖海戦)と呼ばれる夜間戦闘で、日本艦隊は重巡3隻、軽巡1隻、駆逐艦2隻撃沈の戦果を挙げたが、重巡1隻、駆逐艦4隻を失い、戦いそのものは痛み分けか、日本軍の辛勝に終わった。

海軍の奮戦によって輸送船団は無事ガダルカナル近海に到着。補給物資を得た在ガ島の日本軍はヘンダーソン飛行場まであと1ヘクスまで肉薄する。

6Turn(1942年11月後半)

日本海軍は戦艦「金剛」「榛名」を投入してガダルカナルへの艦砲射撃を試みる。対する米艦隊は度重なる海戦で水上兵力を摩耗していたが、それでも日本軍の艦砲射撃を阻止すべく生き残った水上部隊を結集して日本軍を迎え撃つ。後に「第2次サボ島沖海戦」と呼ばれる戦いは、日本軍の戦艦2隻、重巡7隻、軽巡1隻、駆逐艦2隻の計12隻と、米軍の重巡1隻、防空軽巡2隻、駆逐艦8隻の計11隻の対決である。戦力では圧倒的に日本軍が優勢だが、米艦隊は艦砲射撃を試みる日本側高速戦艦に一矢を報いるのが狙いだ。それが達成できれば、水上艦艇全てを失っても惜しくはない。
単縦陣で突進してくる米艦隊に対して日本艦隊は教科書通りのT字戦法で迎える。戦列艦よろしく舷側を向けた日本重巡7隻が全力一斉射撃。ブロードキャストファイヤーというやつだ。十字砲火の目標となったのは旗艦である米重巡「ポートランド」と2隻の防空軽巡「サンファン」と「ジュノー」。まずは 「ポートランド」が日本重巡の集中砲火を浴びて轟沈し、さらに2隻の防空軽巡もその後を追う。日本艦隊は重巡「摩耶」が沈没し、「鳥海」が小破した。

写真10


米駆逐艦は日本艦隊を躱してサボ島東側を北上。日本側高速戦艦を狙う。慌てた日本側高速戦艦は一旦反転して離隔。日本側重巡部隊は反転して米駆逐艦群を追う。米駆逐艦と日本重巡の戦い。火力の勝る日本重巡は米駆逐艦を圧倒。ナルヴィク沖海戦よろしく、8隻の米駆逐艦全てを始末した。もちろん日本側も無傷という訳にはいかず、重巡「衣笠」が雷撃と砲撃によって沈没、重巡「古鷹」は雷撃を受けて大破した。

写真11


ガダルカナル島の陸上では、第2師団の1個大隊がルンガ川西岸沿いに北上。ヘンダーソン飛行場西部に布陣する。ヘンダーソン飛行場はまさに目前。ルンガ川を渡ったその向こうにヘンダーソン飛行場がある。

写真12


7Turn(1942年12月前半)

日本軍は最後の力を振り絞ってヘンダーソン飛行場に攻撃を加える。しかし飛行場で守りを固めた海兵隊を撃退することはできず。ガダルカナル攻防戦は米軍の勝利に終わった。

写真13


感想

海戦の結果は日本側の圧勝であった。3回の海戦はいずれも日本側の勝利。日本側の撃沈戦果合計は重巡6隻、軽巡2隻、駆逐艦17隻にも及んだ(日本側の損失は重巡3隻、駆逐艦5隻)。しかし海をほぼ完全に制した日本軍であったが、海戦での勝利を陸上での勝利に結びつけることができなかった。実はこの後、陸戦ゲームだけで再戦してみたが、やはり日本軍が攻めきれなった。日本側が難しいゲームだと思う。

統合作戦の感想だが、予想通り海戦がやや面倒に感じる。普通の海戦ゲームなら大勢が決まった段階で「このあたりにしておきましょうか」とお開きにできるが、キャンペーンゲームだとそうはいかない。さらに言えば、キャンペーンゲームの場合は「おぼれた犬を叩く」という残酷なプレイが必要になる。勝てるうちに勝っておかないと後が辛いからだ。ただ、このようなスタイルのプレイは、双方のプレイヤーにとって余り気持ちの良い体験ではない。
海戦ゲームについていえば、海戦ゲーム単体としてみればシンプル過ぎるし、統合ゲームとしてみた場合にはやや手間に感じるものということ。陸海統合ゲームというアイデアは面白いが、実際にプレイしてみるとやや中途半端に感じる。

なお陸戦ゲーム単体としてみた場合、 以前に紹介した記事に感想を掲載した ので、そちらを参照頂きたい。

写真99