もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

カテゴリ:戦史 > ナポレオン戦争

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Napoleon at Bay(以下、本作)は、ナポレオン戦争最中の1814年フランス国内におけるフランス軍と対仏連合軍の戦いを描いたシミュレーションゲームである。1Turn実際の2日間、1Hexは実際の2マイル(3.2km)に相当する。1ユニットは師団又は旅団で、その他に指揮官を示すカウンターが用意されている。

以前に本作の対戦を紹介したが、それ以来本作の序盤の展開について少し研究してみたくなった。早速VASSAL版を漁っていると、AH版ではなくOSG版のVASSALモジュールが見つかった。ヘクス番号の取り方がAH版とOSG版で少し異なっているが、大した違いではない。またOSG版では指揮官の能力がカウンターに記載されていて使い勝手が改善されている。
そんなこんなで早速プレイしてみた。

セットアップ

下図はセットアップ時における両軍の配置だ。青文字はフランス軍の戦力を示し、赤文字は連合軍の戦力を示す。図を見るとフランス軍は合計55戦力、連合軍は80戦力なので、連合軍が有利なように思える。だから対応さえ誤らなければ連合軍の優勢は動かないはずだ。

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図の中で連合軍にとって危機的な部分は、戦力6の部分。これがブリュッヒャーである。この場面、ナポレオン直属の部隊がブリュッヒャーを直接攻撃すると、2-1での戦闘を強いられることになる。その上背後には大河が流れていてブリュッヒャーは後退できない。結果、ブリュッヒャーは大損害を被ることになる。

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ところでセットアップルールを読み直すと、各部隊は必ずしも指定ヘクスに配置する必要はないようだ。隣接ヘクスに対する配置も可能となっている。ブリュッヒャーについても大河の南岸に配置すれば、ナポレオンの直撃を回避できる。
問題なのはブリュッヒャーの初期配置ヘクスにシレジア軍の策源が配置されているので、ブリュッヒャーが後退すると策源地が蹂躙される。しかし策源地が蹂躙されても再配置可能なので致命的ではない。それよりもブリュッヒャーを無事後方へ逃がす方が重要だと思う。
そんなこんなで再配置してみたのが以下の図だ。

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それではこの配置で早速試してみよう。

1814年1月28日

ゲーム開始前の予備移動でブリュッヒャー(Blucher *4-9-4)(能力は*の数がボーナス値、数値は統率値-司令能力-従属値、以下同じ)は南下してギュライ将軍(Gyulai 2-3-2)麾下の兵力と合流することに成功した。これでブリュッヒャーの兵力は2万以上となり、一応危機を脱した。
一方フランス軍はナポレオン(Napoleon **5-10-4)とジェラード将軍(Gerard 3-3-2)が合流し、ロシア軍サッキン将軍(Osten-Sacken 2*5-2)を攻撃。指揮能力に勝るナポレオン軍はこれを撃破した。
その東方ではフランス軍ヴィクトール将軍(Victor 2-4-2)麾下の約1万がロシア軍コサック騎兵を撃破。シレジア軍の策源地を遥か東方へ追い払った。

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連合軍はシレジア軍の兵站が機能停止。ボヘミア軍の兵站は管理ポイントの蓄積に失敗した(ダイス目悪い)。要のブリュッヒャー将軍も行動チェックに失敗。その場に留まる。

1814年1月30日

フランス軍は管理ポイントのダイス目が良く、4ポイント獲得した。ナポレオン麾下の主力約2万、モルティエ将軍(Mortier *3-5-2)麾下の若年親衛隊(YG)約6千が、ロシア軍サッキン将軍麾下の約1万3千を捕捉する。さらにヴィクトール将軍とグルーシー将軍(Grouchy 4-4-2)が東へ進撃し、連合軍の兵站線を遮断する。兵站線を切られたブリュッヒャー将軍は、サッキン将軍を救援に向かえない。ナポレオンとサッキンの戦いはナポレオンの勝利に終わったが、損害は共に2千ずつで、フランス軍にとっては不満足な結果に終わった。

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連合軍管理フェイズ。シレジア軍は4ポイント、ボヘミア軍は2ポイントの管理ポイントを獲得した。今回はダイス目が良い。また増援部隊でウィトゲンシュタイン将軍(Wittgenstein *2-4-3)麾下の1万8千、バルクライ将軍(Barclay de Tolly +3-5-2)麾下の約4万の軍勢が増援に駆け付けた。
バルクライ及びシュバッツァンベルグ将軍(Schwarzenberg *3-6-4)麾下の計4万がフランス軍ヴィクトール将軍麾下の9千を捕捉する。さらに背後からはブリュッヒャーやウィッテンベルク将軍(Wittemberg 2-4-3)麾下の約2万も戦場に到達する。明らかに突出し過ぎたヴィクトールは、連合軍の包囲の罠にはまった。

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戦闘結果はあまりに一方的であった。ヴィクトール将軍麾下の部隊は壊滅。ヴィクトール将軍も戦死した。連合軍の損害は約1千名。あまりに一方的な戦いであった。

考察

この時点で連合軍はほぼ危機を脱し、反攻に転じることができるだろう。ヴィクトールやグルーシーの突出は結果からみれば無謀だったが、それがなければブリュッヒャーは伝令範囲内に復帰できることになり、もっと確実に戦列に復帰できるはずだった。結局の所、鍵になるのは第2Turnに登場するバルクライ将軍麾下の約4万で、この兵力が登場した時点でフランス軍の攻勢継続は難しいだろう。だから第1、2Turnさえ凌げば、連合軍の危機は去ったということになる。

1814年2月1日

本来ならここで「状況終了」としても良いのだが、この先の展開を見たかったので、もう少し続けようと思う。
フランス軍は管理ポイント3ポイント獲得する。フランス軍は全面後退開始。敵中に突出したグルーシーは管理命令を使って特別行軍を実施。ナポレオンと合流する。その北方ではサン・ディジエ(St.Dizier E3136)を守っていたマルモン将軍(Marmont *3-6-3)麾下の1万名も後退を開始する。
連合軍は管理ポイントを節約するため、積極的な行動を控える。後退したマルモン将軍を追って、プロイセン軍のヨルク将軍(York 3-5-2)が1万の兵を率いて西へ向かい、孤立していたサッキン将軍がようやくブリュッヒャーの指揮下に復帰した。そのブリュッヒャーは補充兵力を受け取って兵力回復に努める。

1814年2月3日

フランス軍は管理ポイント4ポイント獲得する。ナポレオンはなおも西へ向けて後退し、モルティエ将軍麾下の軍と合流を果たした。場所はトロワ(Troyes E0848)。この時ナポレオン麾下の兵力は2万6千。
遥か北方ではマクドナルド将軍(Macdonald *4-7-3)麾下の1万5千が西へ向けて後退を開始していた。
連合軍の追撃は緩慢である。

1814年2月5日

フランス軍は管理ポイント5ポイント獲得する。伝令距離内に到達したマクドナルド軍は管理ポイントを受けて後退する。連合軍はプロイセンのクライスト将軍が登場する。

1814年2月7日

フランス軍は管理ポイント4ポイント獲得する。ナポレオンはトロワに停止して補充を実施。マクドナルド、マルモン両将は統制チェックに成功して西へ向けて移動する。連合軍もようやく活動を再開し、西へ向けてナポレオンを追う。

とまあ、こんな感じでゲームが続く。全部で31Turnのうち6Turnしかプレイしていないが、「こんなプレイスタイルで良いのかな?」と少し不安になってきたので、ここで一旦打ち切りとする。VASSALの記録は残しているので、気が向いたら、また続きをプレイしてみよう。

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Napoleon at Bay(以下、本作)は、ナポレオン戦争最中の1814年フランス国内におけるフランス軍と対仏連合軍の戦いを描いたシミュレーションゲームである。1Turnは実際の2日間、1Hexは実際の2マイル(3.2km)に相当する。1ユニットは師団又は旅団で、その他に指揮官を示すカウンターが用意されている。
コンポーネントに目を向けてみると、私が保有しているAvalon Hill版の場合、セミハードマップが2枚。広さはフルマップ2枚程度である。カウンターシートは1枚でカウンター数は約250個。「広い地図に少なめの駒」という感じになる。その他にルールブック、シナリオブックの他、B4版ぐらいの編成表が3枚(フランス軍1枚、連合軍2枚)用意されている。編成表で部隊の戦力を示し、地図上には両軍とも指揮官のみが配置される。

システムは比較的シンプルで、両軍とも移動・戦闘の繰り返しで、相手の移動直後に「強行軍」という名のリアクションがある。移動には、軍管理ポイント(Administrative Points 以下AP)による移動と統率力による移動の2種類がある。前者はダイスチェックは不要だがAPを消費し、後者はAP消費がないかわりに指揮官の統率力以下のダイス目を出さなければ移動自体が失敗する。指揮官の統率力は全般的にフランス軍有利で、最高がナポレオンの5(6の目を出さなければ統率移動が成功する)、グルーシー、マクドナルドが4、モリティエ、ジェラード、マルモン、ネイが3である。連合軍はブリュッヒャーの4が最高で、バルクライ、シュワッツエンベルグが3である。

戦闘はマストアタックの戦闘比方式である。指揮官の能力も少しは関係するが、それほど決定的ではない。最強のナポレオンでも自らの攻撃時にダイスを有利な方に±2修正できるだけ。どこかの上杉謙信みたいに「3倍の敵も一撃で粉砕」するほどではない。

とまあこんな感じのゲームである。

今回久しぶりに本作をプレイすることになり、まずはキャンペーンシナリオをできる所まで試してみることにした。下名は連合軍を担当する。

プレイの例

今回は序盤8Turnのみをプレイした。まず最初にセットアップに難儀する。まずカウンターの文字が読みにくい上、セットアップ情報がバラバラに記載されているので、「どこに」「何を」「どういう状態で」配置するのが読み取りにくい。四苦八苦してようやくセットアップを終えたのは、開始から2時間近くが経過した後だった。

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序盤、ブリエンヌ(E2044)付近に布陣する連合軍は、ブリュッヒャー率いる約6千のプロイセン軍と、サクソン率いる約2万のロシア軍である。対するフランス軍は、ナポレオン直率の5千を含む約5万人の大軍である。ブリュッヒャーとサクソンはそれぞれフランス軍の包囲攻撃を受け、壊滅的な打撃を受けつつも何とか後退に成功した。後から考えれば、ブリュッヒャーとサクソンは早めにスタックさせて、損害吸収を図るべきだった。

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その後しばらく両軍は大きな動きなし。フランス軍は大攻勢を仕掛けたかったが、ナポレオンが3回連続で統率力チェックに失敗するなどの不幸もあった。

第6Turn、兵力を回復した連合軍は、ブリュッヒャー、サクソンの両将にヴェルデ(Wrede)将軍を加えた5万以上の大兵力でナポレオン麾下の1万を包囲攻撃し、これに多大な損害を与えて撃破。ブリエンヌ付近を奪回した。

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その後も連合軍の追撃は続き、フランス軍に損害を与えて撤退を強要したところでお時間となった。第8Turnまで終了。

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感想

最初プレイした時にはやや戸惑ったが、慣れてくると進め方がわかってきて面白くなってきた。APを使って部隊を動かしたくなるが、AP残量が少なくなると機動時の消耗が激しくなるので、ここ一番の場面以外はAPを使わずに我慢する。だからある程度戦線が安定してくると、ゲームのテンポが早くなる。今回のプレイでも最初の2~3Turnは両軍とも激しく動いたが、その後は比較的安定した状況となった。盤上で動かす駒が少ないので、そういった点からも楽である。

難点を上げれば、古いゲームなので最近のゲームに比べるとコンポーネントが不親切である。例えば指揮官だが、指揮官駒には指揮官の名前が書かれているだけで、能力は一切書かれていない。指揮官の能力を確認する場合は編成表を見るしかない。覚えられない数ではないのだが、一々編成表を見直すのが面倒である。またミスを助長する。その他のカウンターにしても駒に記載されているのは移動力のみで、セットアップ上のようなものはない。従ってセットアップ時には読み辛いカウンターの文字(老眼には辛く、虫眼鏡が必要と思えるほど)を読みながら、マニュフェストを参照して配置していく必要がある。今ならもっとカラフルで分かりやすい駒、わかりやすいマップで再販できるだろう。

いずれにしてもナポレオン戦争を作戦級で再現した作品の中では古典的な傑作ゲームであり、その事は今回のプレイでも垣間見た。個人的にはルールを覚えている間に再戦したいと思う今日この頃である。


「アウステルリッツの太陽」(以下、本作)は1980年代後半にアドテクノスから発売されたシミュレーションゲームです。2009年(今から9年前・・・)にGame Journal誌が付録ゲームとして再版しました。
テーマは1805年にフランス軍とロシア・オーストリア連合軍が戦ったアウステルリッツ会戦。この戦いで勝利を収めたフランス軍は、オーストリアを屈服せしめ、対仏同盟を崩壊させました。とさ。

本作は所謂チットドリブンシステムを採用しており、引かれたヒットに相当する軍団が移動・戦闘を実施できるようになっています。1Turnに使用できるチット数はフランス軍が6個、連合軍が5個となっており、フランス軍が有利です。さらにフランス軍にはナポレオンチットという万能チットも用意されており、その有利性がさらに増しています。また自軍の損害と共に使用できるチット数が減少するようになっており、どちらか一方が一方的に損害を出すと挽回するのが難しくなっています。
1ユニットは1個旅団から1個師団。1Turnは実際の1時間。1Hexは約450mを表しています。

今回、本作をVASSALを使ってソロプレイしてみました。なお、プレイに際し、Game Journal版で提唱されている選択ルールを採用しました。それは勝利条件に関するものとダヴーの第3軍団投入に関するものです。前者は勝利判定の際に支配下の村落数を判定の際に考慮しようというもの。これにより両軍とも敵を攻撃して村落を支配しようとする動機付けが生まれてくる。逆に言えば、こうしないと両軍とも戦線をガッチリ守って動かない可能性がある、ということなのでしょう。

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1Turn

両軍とも拠点占領を求めて前進する。北部戦戦ではフランス軍第5軍団、第4軍団、第1軍団、親衛軍団が前進。BLASOWITZ(1612)を占領する。しかしPRATZEN(1318)はクトゥーゾフ将軍麾下のロシア軍が占領した。スルトの第4軍団、ランヌの第5軍団は連合軍と交戦に入る。
南部戦戦ではロシアのブクスホーデン麾下の3個軍団が前進。フランス軍第4軍団に圧力を加える。

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2Turn

戦線中央で突出してきたクトゥーゾフ麾下のロシア第4軍団を包囲殲滅すべくミュラーの騎兵部隊とベルナドットの第1軍団をPRATZEN方面に投入する。さらにナポレオン直率の親衛隊も前進する。しかしチット引きで一歩先んじたロシア軍が親衛隊を前進させてクトゥーゾフ軍の右翼を固める。そこにミュラーの騎兵部隊とベルナドットの第1軍団が突っ込んできた。狭い面積に多数の兵力がひしめき合い、両軍とも身動きが取れなくなってしまう。

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3Turn

戦線北部でフランス第5軍団と連合軍バグラチオン軍団が延翼運動を続けてお互いに相手の背後に回り込もうとしている。戦線中央ではクトゥーゾフとベルナドット、ミュラーらが激しく激突する。両軍ともこのTurnは大損害を出し、フランス軍は計7ユニット、連合軍は9ユニットを失った。

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4Turn

連合軍は損害過多で命令チットが1枚減少。4枚になる。フランス軍は6枚のまま。フランス軍は指揮の優位を生かして一気果敢に攻め込む。老親衛隊が前線に躍り出てロシア第5軍団の前線に食い込む。しかし連合軍も激しく抵抗し、フランス軍の猛攻を何とか食い止めている。

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5Turn

フランス軍も損害過多で命令チットが1枚減少した。これで命令チットの枚数は、フランス軍5枚、連合軍4枚である。しかしこのTurn、遂に老親衛隊が連合軍の戦線を食い破った。ロシア軍第5軍団とバグラチオン軍団の間隙を突破され、戦線に大穴があいた。フランス軍にとっては絶好のチャンスである。

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6Turn

フランス軍第5軍団と老親衛隊は連合軍の戦線を突破。ロシア第5軍団とバグラチオン軍団は後方に回り込まれて包囲されていく。連合軍はロシア親衛隊を投入して反撃を実施。フランス老親衛隊の側面を攻撃してこれに損害を与えた。しかし包囲されているロシア軍部隊は消耗していき、壊滅の危機が迫っている。

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7Turn

バグラチオン軍団が壊滅した。バグラチオン将軍も戦死。この段階で連合軍の勝利はないと判断し、ゲーム終了とした。

感想

チットドリブンシステムは思いのほか軽快だった。引いたチットの軍団しか動けないので、どれを動かそうか、と悩むことが少ない。またマストアタックシステムを採用しているので兵力をバラバラにすると自然に不利になっている所も良い。シンプルなシステムながら手堅く纏められている。

バランス的にはどうなんだろうか。まだソロプレイ1回だけなので断言するのは危険だが、システムや士気の違いなどを考慮するとフランス軍が有利なように思える。まあ史実ではフランス軍の大勝利だったので、フランス軍有利でも特に問題があるとは思えないが。ただ、連合軍側の勝機が少し見えにくいようにも思える。多分フランス軍が戦線中央を突破する前に連合軍左翼がフランス軍右翼を撃破する、というのが勝ちパターンなんだろう。まあ、よくわからないが・・・。


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イメージ 9「ワーテルローの落日」は、Game Journal#41の付録ゲームだ。タイトル通りワーテルロー会戦でのフランス軍と連合軍との戦いを描いている。1Turnは実際の1.5時間、1Hexのスケールは不明だが、数百メートルだろう。1ユニットは現在で言う所の連隊~旅団といった所だろう。ユニットは歩兵、騎兵、砲兵の3種類に分類されており、それぞれ特性が異なっている。

イメージ 10基本システムは、かつてアドテクノスから発売されていた「アウステルリッツの太陽」を踏襲している(らしい)。すなわち両軍とも命令チットをカップに入れて、引いてきた命令チットの内容に従って麾下の部隊が動くという、所謂「チットドリブン」システムだ。またチットの枚数は両軍とも士気によって変化するようになっており、戦いが激しくなって両軍とも損害が増えてくると、戦意の低下によって使用できる命令チットの枚数が減少してくる。このあたり、損害や疲労によって徐々に戦いが緩慢になってくるプレ20世紀の戦闘を良く捉えている。
今回、山科会で本作を初めてプレイすることになった。初プレイなので取りあえずフランス軍を担当してみた。目指すはモンサンジャンからの突破。VPで勝ちを狙っても兵力差で奪い返される可能性が高いので、サドンデスでの逃げ切りが狙いである。

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0Turn(11:30)

イメージ 13このゲームは第0Turnがあり、フランス軍は第2軍団、英軍は選択した1個師団が1回だけ動けるようになっている。戦線左翼を担当するフランス第2軍団は順当に左翼へ前進し、重要拠点ウーグモン前面を守る英第1近衛師団所属の第5旅団を撃破(DR)。ウーグモンへの足がかりを得た。

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1Turn(12:00)

イメージ 11英軍は先のTurnに第1近衛師団を前進させてウーグモン左翼を固める。しかしフランス軍はナポレオンチットと仏第2軍団チットが連続して出た。フランス軍の猛攻にウーグモンを守る英第1近衛師団の分遣隊は壊滅。フランス軍はウーグモンを占領した。
一方、前進を開始したフランス第1軍はラエイサント前面に肉薄。英第3師団、第5師団、オランダ第2師団等と激闘を交えるが、ラエイサントを陥落させるには至らなかった。

ここでルール間違い。ナポレオンチットを使うのはフランス軍の戦意が4以下になってからであることを失念していた。その事に気付いたのは第3Turnになった時だったので、もう後戻りできなかったのでそのまま継続した。

2Turn(13:30)

フランス第1軍団は遂に要域ラエイサントを陥落させた。そしてラエイサントとウーグモンの間隙をぬって新鋭のフランス第4軍団が北上する。北部突破はなるか・・・。

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3Turn(15:00)

イメージ 12しかし第4軍団の突破は英軍の苛烈な守りによって阻止された。そして戦場右翼からはプロイセン軍の不気味な影が・・・。予備に拘置していた皇帝近衛軍団を戦線右翼に回してプロイセン軍に対する手当とする。しかし親衛隊全軍を回したのは、少し過剰だったかと後悔した。

4Turn(16:30)

イメージ 15戦線右翼でプロイセン軍とフランス皇帝近衛軍団所属の騎兵部隊が接触。騎兵部隊は戦闘前退却により損害を回避しつつ、戦線を維持する。
一方フランス軍は皇帝近衛軍団の主力をプロイセン軍からやや北方に位置する要域パペロット方面に向かせた。パペロットを守る連合軍は第2オランダ師団である。英本国部隊に比べて士気において見劣りするオランダ軍が相手なら、パペロット奪取も容易ではなかろうか。と、色気を出したフランス軍であったが、果たして吉と出るか凶と出るか。

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5Turn(18:00)

イメージ 14万全を期してフランス皇帝近衛軍団がパペロットを攻撃する。しかし結果は痛恨のA1。攻撃側1ステップロスだ。
「まあユニットをひっくり返せば良かんべ」
と思ってユニットを裏がして見たら、愕然。なんとフランス軍最強の老親衛隊(8-10-4)は、裏面が何も書かれていないのだ。そう。老親衛隊は何と1ステップの損害でお陀仏なのである。しかも親衛隊の歩兵が死んだら戦意が2段階も低下するという有様。一見見える勇壮さの裏に、老親衛隊の思わぬ脆さを見た感じであった。

その後何やかんやでパペロットを遂に占領するも、一連の戦闘でフランス皇帝近衛軍団は2ユニットもの損害を出してしまい、攻撃衝力が大幅に失われてしまった。

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6Turn(19:30)

イメージ 16最終Turnである。フランス軍右翼からはプロイセンの大軍がプランスノアに向けて進撃を続けているが、フランス騎兵部隊の時間稼ぎ戦術に苦戦している。またウーグモン、ラエイサント、パペロットからも連合軍が反撃を企図しているものの、拠点による防御力3倍効果の前に戦闘比が立たずに攻撃を仕掛けられずにいる。結局最終Turn終了までこれらの拠点は持ちこたえた。

最終的にはモンサンジャンを除く4拠点(プランスノア、ウーグモン、ラエイサント、パペロット)をフランス軍が支配。また両軍共サドンデス勝利は得られなかったので、勝敗の行方はVP判定にもつれ込む。80%で勝てる筈だったが、なんと獲れなかったモンサンジャンが2VP。他のVPを全部合わせても2VPで、結局2:2。同点の場合は連合軍の勝利となっているので、連合軍の勝利に終わった。

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感想

イメージ 17結果的には負けてしまったが、これは運が悪かったと思って諦めるしかない。一応勝率80%まで持っていったのだから、心理的には勝利を宣言しても良かろうと思う。ただしプレイのやり方についてはまだまだ反省の余地がある。本文ではあまり触れなかったが、第2軍団と第4軍団の運用に甘い所があった。両軍団の機動余地を十分に考慮した上で、それぞれ全力発揮できるように布陣すべきであっただろう。
プロイセン軍対策は概ね上手く行った。しかしこれも連合軍がプロイセン側にチットをあまり入れて来なかったからだ。もしプロイセン軍がプロイセンチットを2枚カップに入れていたら、プロイセン軍のダブルムーブが出た可能性があり、騎兵による防御スクリーンが破られた可能性はある。結局の所、騎兵の防御スクリーンは、1つでもユニットが包囲されて消えてしまうと、酷く脆い存在なのだ。

今回のプレイ時間はセットアップを除けば3.5時間ぐらいだった。本当の意味で半日以内で終わるゲームというのは有難い。ルールについても慣れたプレイヤーがインストすれば、その場で理解できるレベルである。また戦闘結果表が2D6なので良い結果と悪い結果の差が結構大きいが、それはそれで結構盛り上がる。CRTは「激闘、関ヶ原」に似ているが、こちらはモラルチェックに失敗しても後退を強要される訳ではないので、包囲された部隊がポコポコ死んでいくようなことはあまりない。むしろ戦闘結果によるステップロスの方が多いと思う。

短時間で終わってなかなか面白く、戦略や戦術を考える余地が十分にあり、プレ20世紀の戦闘の雰囲気が良く出ているということで、機会を見つけて再戦したいアイテムとなった。


ゲーム合宿3日目。最終日で疲れていたこともあり、「戦争と平和」は比較的短いシナリオに挑戦することにした。選択したシナリオはNo.2の「イエナからフリードランドへ:1806-1807」。アウステルリッツに勝利して絶頂期にあったフランス大陸軍と、プロイセン、ロシア連合軍の戦いを描いたものである。
下名はフランス軍を担当した。

注:今回使用したユニットは、ゲーム所有者作成のオリジナルのものである。

1806年10月

フランス軍が一斉にプロイセン領内に侵攻する。先鋒はランヌ将軍(Lannes)とスールト将軍(Soult)。いずれも指揮値2を誇るフランス軍の名将だ。彼らはライプチヒ(Leipzig)付近でプロイセン軍ブランシュヴァイク将軍(Brunswick)、リュッヘル将軍(Ruchel)麾下のプロイセン軍と交戦し、兵力的劣勢を物ともせず、順当にこれを撃破した。

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1806年11月

フランス軍の快進撃は続く。サクソニア制圧を進めるフランス軍は、ダヴー将軍(Davout)とネイ将軍(Ney)麾下の兵力でドレスデン(Dresden)を占領。先のライプチヒ制圧と相まってサクソニア全域を支配下におさめた。サクソニアは降伏し、フランスの配下につく。
ハノーヴァー方面では、ランヌ将軍がカッセル(Cassel)に侵攻し、これを占領する。
戦線中央では、ベルリンを目指すスールト将軍はベルリン南方でプロイセン軍のホーエンロウ将軍(Honeloe)麾下の兵力と交戦し、これに大打撃を与えて撃破した。

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1806年12月

プロイセン軍はいくつかの小グループに分かれて後退する。明らかに決戦を回避し、ロシア軍の来援を待つ構えだ。フランス軍はいくつかの小グループに分かれて進撃。ダヴー将軍がブレスラウ(Breslau)を、ミュラー将軍(Murat)がベルリンを占領し、さらにランヌ将軍がブランスヴァイク(Brunswick)を占領した。ブランスヴァイクの占領によってハノーバー全域がフランス軍の支配する所となった。

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1807年1月

フランス軍の先鋒を進むスールト将軍麾下の騎兵部隊はワルシャワ付近のヴィスラ川(Vistula.R)に到達した。プロイセン軍救援のために前進してきたロシア軍の騎兵部隊と交戦し、圧倒的な兵力でこれを撃破していた。
ロシア軍が登場。ベニングセン将軍(Benningsen)及びブックスフォーデン将軍(Buxhowden)麾下のロシア・プロシア連合軍がヴィスラ川まで前進してきたスールト将軍麾下のフランス軍を襲う。その兵力は31戦力。実に15万人近くに達する兵力だ。たまらずスールト軍は後退。ヴィスラ川にロシア軍の大軍が布陣した。

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1807年2月

ナポレオンが最前線に登場。ワルシャワ攻略戦で陣頭指揮を取る。兵力及び指揮能力に勝るフランス軍はワルシャワを守るロシア軍を撃破し、ワルシャワを占領した。

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しかしその直後に再びロシア・プロイセン連合軍が大兵力を率いて反撃してきた。今回は34戦力。実に17万人近くの大軍である。さすがのナポレオンもこれにはたまらず後退。ワルシャワから退いた。

1807年3月

ロシア軍の到着。さらに度重なる冬季損耗(損耗チェックで6の目を連続して出した)によって大損害を被ったフランス軍は、現戦線を後退。オーデル川(Oder.R)付近のラインまで後退した。兵力を整備し、決戦態勢を整える。

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1807年4月

ロシアの大軍を前にしたフランス軍に再び損耗の嵐が襲う。出目は"5"。冬ではないので致命的な大損害は免れたが、それでも同盟諸国を中心に脱走兵が続出した。
ベルリンをプロイセン軍が奪回したので、ダヴー将軍がオランダ軍を率いてベルリンを奪回した。

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1807年5月

フランス軍が再びワルシャワに進撃する。ナポレオン、ランヌ、スールト、ネイら、歴戦の名将が率いる計30戦力約15万人の大軍だ。しかしロシア・プロシア軍はフランス軍を上回る約20万の大兵力である。連合軍を率いるのは、ロシア軍きっての名将バグラチオン将軍(Bagration)だ。兵力で勝る連合軍相手にフランス軍は苦戦を強いられるが、皇帝陛下自らの陣頭指揮、そして決定的な戦機での老親衛隊隊投入によってフランス軍は連合軍を撃破。この戦いで勝利をおさめた。

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1807年6月

ワルシャワを制圧したフランス軍は、バルト海に向けた「海への進撃」を開始する。二手に分かれたフランス軍は、右翼を進むランヌ将軍麾下の6戦力がケーニヒスベルグ(Konigsberg)を攻撃し、これを占領した。
また左翼を進むナポレオン本隊はバグラチオン麾下のロシア軍を捕捉。これを撃破し、戦闘能力を失わしめた。しかしロシア軍がケーニヒスベルグに反転攻勢を仕掛けて来て、一旦これを明け渡した。

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1807年7月

最終Turnである。ナポレオンがケーニヒスベルグを攻撃した。17戦力のフランス軍がケーニヒスベルグを守るブックスフォーデン将軍麾下のロシア軍5戦力を攻撃する。兵力、指揮値、そして士気に勝るフランス軍がロシア軍を圧倒。ケーニヒスベルグはフランス軍が占領した。

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これで勝利条件を満たしたので「勝った」と思ったフランス軍んであったが、甘かった。ロシアの猛将バグラチオン将軍が、僅か4戦力を率いてナルワ川(Narwa.R)を遡航。ワルシャワを強襲した。+2移動力の強行軍に成功したバグラチオン将軍(確率1/2)がワルシャワを強襲。4戦力対2戦力の戦闘であったが、防御側が籠城しているので防御力2倍。1対1の戦闘。しかし最終的には士気の違い(ポーランド兵は士気1、ロシア兵は士気2~3)と兵力の違いが物をいってロシア軍の勝利。ギリギリでワルシャワを奪われたフランス軍の敗北でゲームは終了した。
敵の逆撃に備えてネイ、スールト両将の兵をワルシャワ前面に展開させて防御スクリーンを張っていたが、川沿いのルートを完全に失念していたので盲点であった。ワルシャワの隣接ヘクスでスクリーンを展開していれば勝っていた所だが、残念。

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感想

ゲーム的には負けたが、戦略的にはプロイセン制圧という目的を達成したので満足である。ただし「勝ちに拘る」プレイであれば、デンマークに展開しているスウェーデン軍を放置したのは失敗であった。次からは確実にここを始末していくようにしたい。
戦術レベルでは増援部隊の投入とか、防御ラインの構築方法とか、テクニカルな面で未熟な面が目立った気がする。次回はもう少しマシなプレイをしてみたい。

今回のプレイ時間はセットアップを含めて計4時間ぐらい。午後のひと時に軽くプレイできる感じである。ルールもシンプルで分かりやすい。シナリオプレイでは、最後には勝利条件目当ての戦いになるので、詰将棋のような感じになるが、「こういう点はやっぱりキャンペーンシナリオの方が良いよね」という感想になり、キャンペーンシナリオをプレイする動機づけになるのは良いものだ。他のシナリオもプレイしてみたいものである。

おまけ

補給源の扱いについては対戦前に確認した方が良いと思われる。基本ルールによれば、補給源は「自国領内の大都市、あるいは衛星国領内の大都市」となっている。しかしシナリオルールによれば、補給源は「Milan、Munich及びフランス・オランダ領内の全ての大都市」となっている。この違いは例えばサクソニアやポーランドをフランス軍が支配したときに揉める可能性がある。基本ルールの記述に従えばサクソニアやポーランドはフランスの補給源になるが、シナリオルールに従えば補給源にならない。
今回はシナリオルールに従うことにし、それで間違っていないように思うが、いずれにしても事前確認しておいた方が良いことは間違いない。


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