もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

カテゴリ:戦史 > 1946年以降

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Downtown(以下、本作)は、2004年(もう17年も前なのか・・・)に米国GMT Games社から発表されたシミュレーションゲームです。テーマはベトナム戦争の航空戦。ルートパッケージと呼ばれた北ベトナム上空を舞台とし、攻撃を行う米海空軍航空部隊と、北ベトナム防空部隊との戦いを、1Turn=1分、1Hex=2.5マイル、1ユニット=1~4機の航空機というスケールで再現します。

今回、本作を4人でプレイすることにしました。

4人プレイということでシナリオに悩みましたが、選択したのはD11"Superfly"です。これは1972年5月の所謂「ラインバッカー作戦」時期における北爆を描いたシナリオで、米軍は2~3個編隊という大編隊で北ベトナム中枢部の目標を攻撃し、北ベトナム軍は強化された防空組織で迎え撃ちます。シナリオの規模が大きいので4人プレイでも適切だと判断しました。私は米軍を担当します。

展開を簡単に紹介しましょう。

米軍は米空軍の攻撃編隊を選択し、米軍は計78機の大規模攻撃隊を編制しました。主力は爆装した32機のF-4Dファントム。そのうちの16機には最新鋭の誘導爆弾を搭載しています。その護衛は、制空戦闘機がスパロー、サイドワインダー両ミサイルを搭載したF-4D/Eファントム計20機、シュライク、スタンダードB両ARMを搭載したF-105Gワイルドウィーゼル計12機、さらに電子戦機やチャフ散布機、戦果確認機等を含んでいます。

攻撃目標はハノイ北西部にあるBac Giang(バクサン)にある橋梁と操車場です。

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両プレイヤーの協議によりチャフコリドーは展開済ということでプレイを開始しました。序盤、チャフコリドーの中を密集隊形の米攻撃編隊が大名行列よろしく進撃していきます。その両サイドをEB-66電子戦機が援護しますが、そのEB-66が最初にSAMの目標となりました。

EB66


SAMレーダー波を感知したSEAD任務のF-105Gワイルドウィーゼルが翼を翻してSAMサイトへ肉薄。シュライク対レーダーミサイルやより強力なスタンダードARMを発射してSAMサイトを襲う。忽ち2ヶ所のSA-2対空ミサイル陣地が大損害を被って機能を停止し、さらにいくつかのSAMサイトがARMを恐れてレーダーをOFFにする。

F105G


その間、北ベトナム軍のMiG-21が米攻撃隊に接近。2個編隊(計4機)が米攻撃隊に近づくが、CAPのファントムに捕まって1機が失われた。残りはファントムから逃れるように離脱していく。

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3個目のMiG編隊はCAP機を避けて米攻撃編隊に肉薄。1個編隊4機のファントムに奇襲攻撃を仕掛ける。米攻撃隊は緊急回避して損害を避けたが、戦闘機の攻撃に驚いて爆弾を投棄してしまう。さらに密集隊形を組んでいた他の12機のF-4Dについて「ミグパニック」チェックを実施。密集隊形なのでパニックを起こしやすい(通常10%、今回は20%)のですが、今回は米軍に幸いし、チェック対象のファントム12機は「ミグパニック」チェックを無事クリアした。北ベトナム軍にとっては切歯扼腕の思いであった。

米攻撃隊はミグを横目に見ながら侵攻を続ける。それを突け狙う4番目のミグ編隊が急上昇してファントムに襲いかかる。ところが、これが爆撃隊ではなくでCAP隊だったからさあ大変。ミグは慌てて逃げを撃つが、ファントムはこれを逃がさない。しかもこのCAP機はスラットを装備して機動性を向上させたファントムの新型F-4Eであった。ファントムはミグの正面に回り込み、距離5マイルからAIM-7Eスパローを発射。正面からマッハ3以上で突っ込んでくるスパローミサイルをミグは回避し得ずに1機のミグが爆発四散した。これでミグの損害は2機となる。
・・・・

この時点で時間的にキリが良いので終了にしました。航空機の損害はミグ2機撃墜、1機大破。米軍はファントム1機小破。SAMサイト3ヶ所重損害です。このまま続けた場合、どうなったかはまだ予断は許しませんが、北ベトナム軍はかなり苦しい立場になったと思われます。

北ベトナム軍側の弁によると、SAMの配置と戦闘機運用に失敗したとのこと。SAMは首都周辺に集中配備していたため、米軍編隊が首都上空に来なかったために各個撃破されてしまったとのことでした。まあ米軍の立場から言えば、ハチの巣に等しいハノイ地区に近づきたいと思う人はあまりいない筈で、可能ならば首都上空は避けて飛びたいと思う所でしょう。
戦闘機運用については、迎撃戦闘機を米軍編隊に接近させすぎたためにSAMを有効活用できなかったとのこと。ルール上、友軍戦闘機が3ヘクス以内にいる敵機をSAMで攻撃できないので、その点もう一工夫した方が良かったとの北ベトナム側の弁でした。

今回失敗したなぁ、と思った点。
4人プレイということで大型シナリオを選択しましたが、やはり重すぎました。4人プレイでも陣営の担当分けを明確にすることで中規模シナリオで十分プレイ可能であると思います。例えば米軍側は攻撃隊と護衛戦闘機、北ベトナム側はSAMとMiGに分ける等すれば、4人プレイは十分に可能だと思います。

という訳で、今度は中規模シナリオをプレイしてみたいです。

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某ゲーム会で「タンクコンバットシリーズ」をプレイする機会に恵まれました。そこで今回、その時の様子を紹介します。

前回までの展開 --> こちら

74式 vs T62

次にWW2以降の戦いがメインテーマである「パットン」をプレイしてみることにしました。今回選んだのは、日本陸上自衛隊が誇る74式戦車とソ連軍の主力戦車であるT-62です。性能差を加味して、日本側を3両、ソ連側を4両にしました。

ちなみにこのゲームでは、陸自74式戦車の評価が高いです。西側戦車の大半は、その高車高が災いして殆どプラスの寸法修正(つまり敵の射撃が当たりやすくなる)を持っているのですが、何故か74式は寸法修正がマイナスです。まさにソ連戦車並。そのため敵の射撃が命中し難くなっています。

また前回のプレイで試したティーガーvsT34/85では、両方の装甲値に対するゲーム上の評価が過大な感がありましが、今回の対決では両戦車ともかなり高い確率で敵を撃破できます。装甲が徹甲弾の直撃に耐えられないのです。
例えば距離500mで撃ち合って命中弾が出た場合、お互いに貫通・撃破される確率はそれぞれ60%以上になります。これはすなわち「パットン」が扱う1950年代後半から1980年代までの期間においては火砲の威力が装甲を上回っていた、という評価なのかもしれません。

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序盤ソ連軍は自衛隊の弱点を突くべく戦線右翼の2両を前進させます。その前面で待ち構えるのは74式戦車1両。T-62が74式の視界内に飛び込んだ時、両軍とも同時に射撃実施。命中率は火器管制装置の性能に優れた74式の方が高かったですが、陸自の射撃は出目に恵まれず(最悪の6ゾロを出してしまった)外れ。対するT-62は命中率の低さにも関わらず見事に命中弾を与えて74式を撃破しました。

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その後、T-62は盤端に向けて前進。陸自は戦車1両をその迎撃に向かわせます。マップの奧で交戦状態となった陸自とソ連軍。再び同時射撃。今度は両方とも狙いを外さず、各1両撃破。しかし自衛隊は戦車2両を失って残り1両。一方ソ連軍は戦車3両が残っているので、この時点で勝負あった。ダイス目に恵まれたソ連側の勝利です。

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感想

まず褒めるべき点。精密なゲームにも拘らずプレイアビリティは驚くべきほど高いです。ルールを全く知らなくても、ルールを理解している人が1人いれば、すぐにプレイに参加できます。

次に気になった点。
このゲーム、私の主観では「ウォー・シミュレーション」ではありません。デザイナー氏の史観に基づく「火砲と装甲の紙上実験装置」というのが私の評価です。戦場の姿を描いた作品(ゲーム)ではなく、実験場で戦車の性能を検証するための装置です。「歩兵が出てこないから」という話ではなく、「戦場の姿を描いていない」(あるいは極めて偏った視点から描いている)から・・なのです。

あと気になった点として、これはTHQデザインの戦術級ゲームに共通する事項かもしれませんが、「システムがゲームの中で生かされていない」という問題があります。要するに「システムありき」でデザインされており、「システムが主、ゲームが従」なのです。今回のタンクコンバットシリーズで例を挙げれば、移動にかける手間が多すぎて戦術運動を行う気にならない移動システムが挙げられます。そのためにゲームの中で戦術に反映する手段が殆どない。結局は貫通力と装甲厚の勝負になり、圧倒的な差があれば劣勢側に勝機はなく、差が小さければラッキーヒットを出した側の勝利。つまりただの「サイコロゲーム」です。

「遊べるシナリオがない」というのも気になる所です。ツクダの戦術級(彼らの言葉を借りれば「戦闘級」)ゲームは「プレイヤー側で自由にシナリオを作ってください」というスタンスのものが多いです。もちろんプレイヤーが自由にシナリオを作れることはゲーム上の利点ですが、まともに遊べるシナリオがないというのはやはりゲームとしては問題だと言えます。

結論として「戦車が好きで好きでタマラナイ」という「戦車愛」に溢れた人なら、本作を楽しめるかもしれません。そういう方であれば、シナリオの自作も左程気にならないのかもしれません。

何はともあれ一つの時代を代表するゲームの1つには違いがなく、そういった意味でプレイする機会を得たことは幸運でした。

つづく

4

200324_熱砂の進軍


熱砂の進軍

トム・クランシー/フレッド・フランクスJr. 白幡憲之訳 原書房

1991年に始まる湾岸戦争(第1次湾岸戦争)は、20世紀最後の大戦争であった。冷戦終結後の1990年、イラクによるクウェート侵攻に端を発した湾岸危機は、1991年に多国籍軍による先制攻撃で「熱い戦争」に発展した。湾岸戦争、砂漠の嵐(Desert Storm)作戦である。
本書は、湾岸戦争で米第7軍団を率いてイラク軍最強の共和国防衛隊と激闘を交えたフレッド・フランクス元米陸軍中将が語る湾岸戦争地上戦史だ。本書は2巻構成になっていて、上巻ではフランクスがベトナム戦争に参戦して戦闘による負傷で片足を失う話。病院での苦しいリハビリ生活とそこから復活して陸軍に復帰するまでの過程。ベトナム戦争に敗北してガタガタになったアメリカ陸軍とそこからの復活。西ドイツ第11騎兵連隊でのフランクスの活動。湾岸危機の勃発と湾岸戦争開戦までが描かれている。
下巻では、地上戦の開始と第7軍団の進撃。共和国防衛隊の最初の接触と73イースティングの戦い。タワカルナ師団の撃破とメディナ師団との交戦(メディナ・リッジの戦い)。終戦そして戦後におけるフランクスの活動が描かれている。
本書の面白さは冷戦時代末期にドクトリンや装備を著しく発展させた米重機甲部隊とソ連型装備と編成のイラク軍精鋭部隊の対決を実際に体験できる点である。それは米軍が長年想定していた米ソ対決の縮小版であり、ヨーロッパでは遂に発生しなかった現代戦型機甲部隊による大機動戦であった。その戦いはハイテク戦争と呼ぶにふさわしいテクノロジー戦争的な側面がある反面、昔から変わらぬ戦争の血生臭い場面、つまり歩兵同士の近接戦闘や歩兵と装甲車両との食うか食われるかの対決といった場面が数多くみられる死闘であった。そして米軍にとって大勝利と言われるこれらの戦いが、「大勝利」ではあっても「楽な勝利」ではなかったことを知らしてくれる。
20世紀末期型軍隊の戦いを知るという意味では有益な著作である。

お奨め度★★★★

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「台湾海峡危機」(以下、本作)は、台湾のゲーム雑誌「戦旗」の付録ゲームを日本語化したものであり、Bonsai Gamesから発売されている。1950年代における台湾海峡を巡る国府軍(台湾)と共産軍(中共)との対決を戦略レベルで描いた作品だ。システムは、"Red Dragon Rising"(以下、RDR)のものを踏襲しており、両軍とも決められたアクション数の中で任意のアクションを実行する。

今回、本作をソロプレイしてみることにした。なお、選択ルールは採用していない。

前回までの展開 --> こちら

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7Turn(1957年)

ROC_DE後半戦である。共産軍は南麑(島)に対して上陸を敢行。既に守備隊は全滅していたので共産軍は同島を無血占領した。これにより共産軍のVPは8VPに達し、あと2VPで勝利である。
国府軍は「轟雷計画」で配備された重砲部隊を披山(島)に配置し、守りを固める。さらに共産軍を牽制するため、馬租付近の水上部隊を金門付近まで南下させた。そして駆逐艦による艦砲射撃を共産軍が占領する南日(島)に対して実施する。慌てて共産軍は南日(島)に陣地を構築し、艦砲射撃から身を守る形をとる。

ちなみにカウンターには何故か国府軍の重砲部隊が含まれていない(恐らくカウンター作成時のミスと思われる)。仕方がないので米軍の重砲を国府軍の重砲として代用することにした。

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8Turn(1958年)

PRC_MiG17八二三砲戦が行われ、馬租(島)の国府軍防御施設が破壊されてしまう。慌てて国府軍は防御施設を再建する。その間両軍に軍事顧問団(国府軍はアメリカ、共産軍はソ連)が派遣され、空軍力が一新された。その新鋭機MiG-17を駆って共産軍は馬租(島)近海の国府軍艦隊に対して航空攻撃を仕掛ける。先の南日(島)攻防戦では出撃を見合わせた国府軍航空部隊も今回は迎撃のために発進。馬租(島)付近で両軍新鋭機同士が激突する。両軍とも4ユニットずつを失う激しい戦いであった。生き残った共産軍は国府軍艦隊を強襲。国府軍の機動砲艇(MTB)3ユニットを撃沈するという大戦果を挙げた。

結果から言えば、国府軍は新鋭機配備前に共産軍の航空戦力と決戦を戦った方が良かった。何故なら新鋭機配備前と配備後では共産軍と国府軍の航空機間の性能差が配備後の方が縮まっているからだ。

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9Turn(1959年)

PRC_DE最終Turnである。アクション数の出目は"2"と最小に近い数値であったが、それでは面白くないので、アクション数"6"としてプレイする。共産軍は主力艦隊を馬租(島)付近に突進させて国府軍の水上部隊と水上決戦を行う。当初は兵力の各個投入となる共産軍が苦戦を強いられたが、全兵力で勝る共産軍は兵力が揃ってくるにつれて優勢に転じる。最後は国府軍の駆逐艦3ユニットを殲滅して、台湾海峡の制海権を共産軍が確保した。

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ROC_Para引き続いて共産軍は朝鮮半島から転戦してきた機械化部隊を使って馬租(島)に対する強襲上陸作戦を敢行する。米軍の介入が懸念されたが、米アイゼンハワー政権は優柔不断であり、共産軍に対して積極的な行動は見せない。絶望的な状況下にあって、しかし馬租(島)の国府軍将兵は奮戦した。堅固に築かれた防御陣地も手伝って共産軍機械化部隊の攻撃は効を奏さない。そのうちに台中地区から出撃してきた国府軍空挺部隊が馬租(島)各地に降下するに至り、戦況は完全に逆転した。最後は島の一角に追い詰められた共産軍が国府軍に降伏し、馬租(島)の戦いは国府軍の完全な勝利に終わった。
国府軍の反撃は馬租(島)だけに留まらない。先に共産軍が占領した南麑(島)に対しても空挺部隊による逆侵攻を実施した。兵力と練度に勝る国府軍の空挺部隊は共産軍守備隊を撃破。南麑(島)は再び国府軍の支配する所となった。

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結果と感想

ZMarker_VP最終結果は共産軍の7VPとなった。共産軍が勝利を収めるためには10VP以上獲得する必要があるので、今回は国府軍の勝利となる。なお史実通りの結果だと、共産軍は7~9VP確保になるので、共産軍は事実を超える結果を残す必要がある。
共産軍は手数(アクション数)が足らないと苦しい。今回は比較的アクション数が少なかったため、共産軍が苦戦を強いられた。兵力で勝るのは共産軍だが、それを上手く使いこなさないと勝利は難しいようである。
今回、共産軍としては制海権の確保が遅れたのが失敗であった。共産軍としては大陳(島)を早期に占領しないと勝機を失うが、大陳(島)を占領した後は残敵掃討になるので制海権の確保に注力すべきであった。特に国府軍の駆逐艦が厄介なので、早めに水上決戦に持ち込んで国府軍水上部隊を殲滅すべきであった。集結した国府軍の水上部隊は手強いが、兵力の優位を生かすことができれば、海での勝利は共産軍のものだろう。国府軍の駆逐艦を殲滅できれば、今回行われたような国府軍水上部隊による艦砲射撃も実施できなくなるので、共産軍はより攻撃的なアクションを起こす余裕が生まれる。

ZMarker_Flag_ROCゲーム全般の感想としては、システムは非常にシンプルだが、多彩な状況を上手く再現している。詳細なシステムではないので個々の戦闘の細かいディテールを再現できるものではないが、戦争全体の流れを上手く再現している。プレイ時間も慣れれば1~2時間程度で終わるもので、1日何度でもプレイできる。
台湾海峡の戦いといえば、日本では(例えばF-86とMiG-17の空中戦や金門島での根本中将の活躍等といった)個々のエピソードとして紹介されることが多いが、紛争全体の経緯は日本では余り知られていない。余り知られていない戦いをゲームという手段で知ることができるのは、ウォーゲーマーの特権といえる。

一つ苦言を言わせて頂くと、国府軍の重砲兵ユニットが欠落しているのは困ったものだ。エラッタの形でも良いからフォローしてほしい。

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「台湾海峡危機」(以下、本作)は、台湾のゲーム雑誌「戦旗」の付録ゲームを日本語化したものであり、Bonsai Gamesから発売されている。1950年代における台湾海峡を巡る国府軍(台湾)と共産軍(中共)との対決を戦略レベルで描いた作品だ。システムは、"Red Dragon Rising"(以下、RDR)のものを踏襲しており、両軍とも決められたアクション数の中で任意のアクションを実行する。

今回、本作をソロプレイしてみることにした。なお、選択ルールは採用していない。

前回までの展開 --> こちら

全体の1/3をプレイした段階でルールミスが発覚したため一旦取りやめとした。今回はその仕切り直しである。

1Turn(1951年)

PRC_MBT仕切り直しである。共産軍は海軍部隊を舟山列島から出撃させ、大陳(島)付近に展開する。同方面に展開中の国府軍掃海艇を交戦状態になるが、圧倒的に優勢な共産軍の攻撃を受けて国府軍掃海艇はあえない最期を遂げる。共産軍の水上部隊は大陳(島)に対して激しい艦砲射撃を加えるが、これを壊滅するには至らず。
国府軍は水上部隊の主力を馬租島付近に展開させる一方、海軍戦力の増強を図り、機動砲艇(MTB)を次々と建造していった。

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2Turn(1952年)

ROC_Gari共産軍は大陳(島)に対して上陸作戦を敢行する。兵力で優る共産軍であったが、生き残っていた国府軍の守備隊は善戦した。自らは1ステップを失いながらも共産軍の1ユニットを撃破し、島を守り切ったのである。
国府軍は強化した水上部隊を馬租(島)近海に集結させる一方、馬租(島)と金門(島)で陣地構築を行い、防備を固める。
その間、東アジアではインドシナ戦争が休戦となり、朝鮮半島でも休戦協定が結ばれた。これによって兵力に余裕を得た共産軍はいよいよその余剰兵力を台湾海峡方面に向けてくることになる。

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3Turn(1953年)

PRC_Inf共産軍が再び大陳(島)に対して強襲上陸を仕掛けた。昨年の戦いでは一度共産軍を撃退していた大陳(島)守備隊であったが、さすがに長期にわたる戦いで疲れ切った彼らに、これ以上の奮戦を期待するのは無理であった。大陳(島)は共産軍の手に落ちた。
勢いに乗る共産軍は大陳(島)に隣接する漁山(島)、一江山(島)に対しても艦砲射撃を行う。猛烈な艦砲射撃を受けて一江山(島)の国府軍守備隊は壊滅。漁山(島)守備隊もステップロスを強いられてしまう。
対する国府軍は大陳(島)付近での苦戦を横目により南方の島々について防備を強化する。馬租、金門の両島に続き、南麑(島)にも防御陣地を築く。

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4Turn(1954年)

Card11大陳(島)付近で共産軍は掃討戦を継続する。一江山(島)は無血占領。最後に残っていた漁山(島)の国府軍守備隊も艦砲射撃によって壊滅した。
国府軍は空挺部隊を増強。共産軍の占領地に対する降下作戦が実施可能な状態となった。
国際的には、アメリカ議会で台湾決議案が可決され、米軍による台湾海峡紛争への介入が現実味を帯びてきた。






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5Turn(1955年)

Card07共産軍は、水上艦隊を大陳(島)近海から、南の南麑(島)付近へ前進させた。国府軍は周辺の島々に陣地を構築して待ち構える。披山(島)に対して共産軍による艦砲射撃が開始されたが、国府軍の守備隊は良くこれに耐えた。
国際情勢は、東南アジア条約機構(SEATO)が設立され、米華相互防衛条約が締結された。SEATOなんて今では「そんなのあったの?」と思われがちな組織だが、当時は東南アジア地域における反共勢力の結束という意味で期待されていたのだろう。




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6Turn(1956年)

Card10共産軍は南麑(島)に対して艦砲射撃と共に空爆も実施した。新竹に展開する国府軍F-86F戦闘機隊は迎撃可能であったが、兵力の損耗を恐れて出撃を控える。この退嬰的な行為に台湾国内では批判が上がったとか上がらなかったとか・・・。激しい砲爆撃を受けて南麑(島)の国府軍守備隊は壊滅してしまう。
国際情勢の方は、バンドン会議が開催されたが、これは台湾ではあまり好意的な評価ないよう。先のSEATO設立は台湾にとって有利なイベントであったが、バンドン会議はそれを打ち消すだけの意味しかない。このあたり、教科書では学べない国際社会の機微を感じることができるのがウォーゲームの魅力の1つだろう。


写真13


つづく

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