もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

カテゴリ:戦史 > 1946年以降

TwilightSttuggle


Twilight Struggle(以下、本作)は、米GMT社が2005年に発売したシミュレーションゲームだ。本作は、WW2終了直後から1989年冷戦終結までの約30年間にわたる約半世紀の冷戦時代を扱う。
本作のシステムについては、 以前の記事 で紹介しているので、そちらを参照されたい。

今回は、本作の中で特に後半3Turn(1975~89年)を扱うミニシナリオをプレイしてみた。この時代は個人的にも体験してきた時代(チェルノブイリ原発事故やスターウォーズ計画等)なので、一度プレイしてみたかった。通常プレイの場合、ここに辿り着く前にゲームオーバーになるケースが多いので、今回はあえてこのミニシナリオにチャレンジしてみた次第だ。
プレイスタイルはVASSALによるソロプレイである。

8Turn(1975-79年)

ヘッドラインは、アメリカが「パナマ運河返還」、ソ連が「欧州での得点」である。ソ連が「欧州での得点」を出した理由は、状況に差が着く前に高得点カードを流しておきたいと考えたからである。

ソ連はアフリカでクーデターを進める一方、中東でも「イラン人質事件」や「ジハード」を発動し、同方面の支配を強めようと画策する。
一方アメリカは、「ヨハネ・パウロ二世教皇」「連帯」等でポーランドにおけるソ連軍支配を崩し、ポーランドを西側陣営に彦戻した。中東では「キャンプデービッド合意」等でエジプトやヨルダンに働きかけを強める。さらにイランについては軍部によるクーデターで親米政権へ戻した。

宇宙ではアメリカがスペースシャトルの打ち上げに成功。宇宙競争でソ連に対してさらに一歩リードを広げた。

Turn終了時のVPは+2VPである。

Turn08


9Turn(1980-84年)

ヘッドラインは、ソ連が「チェ・ゲバラ」、アメリカは「ボイス・オブ・アメリカ」である。「ゲバラ」は南米のコロンビアとペルーで親米政権を打倒した。「ボイス・オブ・アメリカ」はアジアで効果を発揮し、インドと北朝鮮の親ソ政権に圧力を加えた。

アジアで攻勢を強めるアメリカに対し、ソ連は「チャイナ」カード迄つぎ込んで守りに走る。しかしアメリカの攻勢は強く、インドの支配はアメリカに移った。ソ連は北朝鮮を守るのが精一杯である。

ヨーロッパではゴルバチョフの改革路線がフランスで共感を呼び、フランスで親ソ政権が誕生した(オイオイ)。アメリカはポーランドで反ソ運動を活性化し、ポーランドが共産陣営から脱落した。

このTurn、最も激しい動きを示したのが南米である。政治的空白地帯であった南米に対し、まずソ連が影響力を行使してブラジルに親ソ政権を樹立した。しかしアメリカはすかさずクーデターで軍事政権を樹立した。最終的に南米はアメリカが支配するところとなり、アメリカ側の大きな得点源になった。

Turn終了時のVPは+18VPである。南米でアメリカが大きな勝利を収めたのが大きかった。

Turn09


10Turn(1985-89年)

最終Turnである。ヘッドラインは、ソ連が「パーシング2配備」、アメリカが「チェルノブイリ原発事故」である。後者の影響は大きい。ソ連はこのTurn、欧州で影響力を配置できない。

しかしアメリカは念願だったフランスからの共産勢力排除を実施できず、フランスには共産政権が残った。その代わりインドはアメリカが支配(チャイナカードを使用)。ソ連が最後のひと踏ん張りで「フンタ」でメキシコに親ソ政権を樹立し、アメリカを脅威した。

最終的には、欧州はアメリカ優勢(+7)、アジアはアメリカ優勢(+8)、中東は拮抗(+1)、アフリカはソ連優勢(-4)、中米は拮抗(-1)、南米はアメリカ支配(+8)。最終得点は+35でアメリカの圧勝となった。

Turn10


感想

予想通りアメリカ側が有利なシナリオである。ヨーロッパとアジアをアメリカが優勢を占めている上、後半のカードがアメリカに有利なものが多いからだ。ただ今回のプレイに関して言えば、ヨーロッパやアジアではなく南米の結果が勝敗を左右した。仮に南米の結果が拮抗状態のまま推移していれば、勝利条件上ではソ連側が勝っていたのだから。
いずれにしてもこのシナリオは、あくまでソロプレイ用であり、対戦用としてはやや不向きに思われる。

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Sticks and Stonesをプレイした 後、今回最後にプレイしたのは名作の誉れ高いTwilight Struggleです。
第2次世界大戦直後の1945年から冷戦構造崩壊の1989年までの東西両陣営の対決を描いた作品で、内容は陣取り合戦です。「日米安保条約」「ベルリン封鎖」「キューバ危機」「ケネディ暗殺」「チェルノブイリ事故」等、20世紀後半を揺るがした様々な事件がイベントカードで再現されており、時には合法的な方法で、時には非合法的な手段で、時には軍事力を使って、米ソ両陣営が自陣営の勢力拡大を図ることになります。私は米側を担当しました。

写真05


トルーマン体制の我々は、まずは欧州と東アジアを重視して西欧ではイギリス、西ドイツ、フランスを支配し、東アジアでは韓国、日本、オーストラリアを軸として支配を固める。序盤に欧州とアジアの地域得点カードを持っていたので、有利なタイミングでそれを開示し、VPを有利に持っていく。その一方で中東は共産陣営の浸食されるがままになり、シリアとイラクが共産陣営の支配下となっていく。我々はイスラエルにテコ入れして中東での地歩を固めようとするが、中東戦争等があって上手く行かない。

中盤戦に入ると、これまで焦点の外だった中南米やアフリカ大陸で米ソの勢力争いが本格化してくる。特にアメリカの裏庭とも言うべきキューバに共産政権が誕生したことは、米国にとっては由々しき問題となった。米側はパナマ、ベネゼエラ、コスタリカ等で親米政権を樹立し、アルゼンチン、ブラジルにも勢力を広げていくが、ブラジルでは共産勢力によるクーデターで現政権が打倒され、共産主義政権が樹立されてしまう。

アフリカでは両陣営によるクーデター合戦。ザイールとアンゴラでは、共産主義者と軍部が繰り返しクーデターを起こし、時には急進左派勢力、その翌年には軍部による極右政権と、状況はめまぐるしく動いている。

その頃ヨーロッパでは米英仏を主体として北大西洋条約機構(NATO)が樹立。先の3ヵ国とスペイン、イタリア、ギリシアも加わり、地歩を固める。共産陣営は東ドイツを軸としてルーマニア、ハンガリー、ブルガリアを支配下に置く。そしてフランスの共産勢力にもテコ入れを行い、一度は共産勢力を主体とした政権交代が起こりかけたが、その後西側陣営の巻き返しにより再び穏健な保守政権が安定化する。

アジアでは北朝鮮の独裁者金日成が密かに南進を企て、それを支援すべく日本国内では猛烈な反米運動が巻き起こる。折しも日本国内はサンフランシスコ講和条約調印を巡って国内が真っ二つに割れていたが、政府は講和条約締結と日米安全保障条約締結を強行する。反米勢力や共産勢力は大いに騒いだが、その主張は多くの日本国民の支持を得ることなく、やがて運動は沈静化した。
日本における工作に失敗した共産陣営は、一か八かの韓国侵攻を仕掛ける。しかし予想通り国連軍の反応は素早く、また日本に基地を持つ米軍の活躍などによって北朝鮮軍の進撃はすぐにストップしてしまう。その間、フィリピン、タイ、台湾で親米政権が樹立。インドネシアは共産政権が支配権を握ったが、インドネシアは「アジアにおける共産主義者のゴミ箱」と評された。

第6Turnまでプレイした時点で米側のVPが20点を超えたので米側のサドンデス勝利。ヨーロッパとアジア重視の戦略が功を奏した感じである。

写真06


感想

面白かったです。カードが日本語化されて読みやすいと格段にプレイし易いですね。このゲーム、慣れたプレイヤーはカードをほぼ全て覚えていてカウンティングするそうです。そういった意味では実力差の比較的出やすいゲームですね。私も最初にプレイした時は、2回ほど惨敗を喫し、それ以来「2度とこんなゲームやるか」と思っていました。

今回は運良く勝たせて頂きましたが、残念なのは後半までプレイできなかったこと。ルールブックにも書かれていましたが、後半のカードはあまり使われず、綺麗なまま、ということが多いそう。後半のイベントには、「イラン・イラク戦争」「リビア爆撃」「チェルノブイリ事故」「スターウォーズ計画」等、自身がリアルタイムで体験したものが多く含まれているので、何とかプレイしてみたいのですが・・・。

後半戦シナリオをプレイするか、またはVASSALでソロプレイでもしようかと思っている今日この頃です。

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Downtown(以下、本作)は、2004年(もう17年も前なのか・・・)に米国GMT Games社から発表されたシミュレーションゲームです。テーマはベトナム戦争の航空戦。ルートパッケージと呼ばれた北ベトナム上空を舞台とし、攻撃を行う米海空軍航空部隊と、北ベトナム防空部隊との戦いを、1Turn=1分、1Hex=2.5マイル、1ユニット=1~4機の航空機というスケールで再現します。

今回、本作を4人でプレイすることにしました。

4人プレイということでシナリオに悩みましたが、選択したのはD11"Superfly"です。これは1972年5月の所謂「ラインバッカー作戦」時期における北爆を描いたシナリオで、米軍は2~3個編隊という大編隊で北ベトナム中枢部の目標を攻撃し、北ベトナム軍は強化された防空組織で迎え撃ちます。シナリオの規模が大きいので4人プレイでも適切だと判断しました。私は米軍を担当します。

展開を簡単に紹介しましょう。

米軍は米空軍の攻撃編隊を選択し、米軍は計78機の大規模攻撃隊を編制しました。主力は爆装した32機のF-4Dファントム。そのうちの16機には最新鋭の誘導爆弾を搭載しています。その護衛は、制空戦闘機がスパロー、サイドワインダー両ミサイルを搭載したF-4D/Eファントム計20機、シュライク、スタンダードB両ARMを搭載したF-105Gワイルドウィーゼル計12機、さらに電子戦機やチャフ散布機、戦果確認機等を含んでいます。

攻撃目標はハノイ北西部にあるBac Giang(バクサン)にある橋梁と操車場です。

写真2


両プレイヤーの協議によりチャフコリドーは展開済ということでプレイを開始しました。序盤、チャフコリドーの中を密集隊形の米攻撃編隊が大名行列よろしく進撃していきます。その両サイドをEB-66電子戦機が援護しますが、そのEB-66が最初にSAMの目標となりました。

EB66


SAMレーダー波を感知したSEAD任務のF-105Gワイルドウィーゼルが翼を翻してSAMサイトへ肉薄。シュライク対レーダーミサイルやより強力なスタンダードARMを発射してSAMサイトを襲う。忽ち2ヶ所のSA-2対空ミサイル陣地が大損害を被って機能を停止し、さらにいくつかのSAMサイトがARMを恐れてレーダーをOFFにする。

F105G


その間、北ベトナム軍のMiG-21が米攻撃隊に接近。2個編隊(計4機)が米攻撃隊に近づくが、CAPのファントムに捕まって1機が失われた。残りはファントムから逃れるように離脱していく。

写真01


3個目のMiG編隊はCAP機を避けて米攻撃編隊に肉薄。1個編隊4機のファントムに奇襲攻撃を仕掛ける。米攻撃隊は緊急回避して損害を避けたが、戦闘機の攻撃に驚いて爆弾を投棄してしまう。さらに密集隊形を組んでいた他の12機のF-4Dについて「ミグパニック」チェックを実施。密集隊形なのでパニックを起こしやすい(通常10%、今回は20%)のですが、今回は米軍に幸いし、チェック対象のファントム12機は「ミグパニック」チェックを無事クリアした。北ベトナム軍にとっては切歯扼腕の思いであった。

米攻撃隊はミグを横目に見ながら侵攻を続ける。それを突け狙う4番目のミグ編隊が急上昇してファントムに襲いかかる。ところが、これが爆撃隊ではなくでCAP隊だったからさあ大変。ミグは慌てて逃げを撃つが、ファントムはこれを逃がさない。しかもこのCAP機はスラットを装備して機動性を向上させたファントムの新型F-4Eであった。ファントムはミグの正面に回り込み、距離5マイルからAIM-7Eスパローを発射。正面からマッハ3以上で突っ込んでくるスパローミサイルをミグは回避し得ずに1機のミグが爆発四散した。これでミグの損害は2機となる。
・・・・

この時点で時間的にキリが良いので終了にしました。航空機の損害はミグ2機撃墜、1機大破。米軍はファントム1機小破。SAMサイト3ヶ所重損害です。このまま続けた場合、どうなったかはまだ予断は許しませんが、北ベトナム軍はかなり苦しい立場になったと思われます。

北ベトナム軍側の弁によると、SAMの配置と戦闘機運用に失敗したとのこと。SAMは首都周辺に集中配備していたため、米軍編隊が首都上空に来なかったために各個撃破されてしまったとのことでした。まあ米軍の立場から言えば、ハチの巣に等しいハノイ地区に近づきたいと思う人はあまりいない筈で、可能ならば首都上空は避けて飛びたいと思う所でしょう。
戦闘機運用については、迎撃戦闘機を米軍編隊に接近させすぎたためにSAMを有効活用できなかったとのこと。ルール上、友軍戦闘機が3ヘクス以内にいる敵機をSAMで攻撃できないので、その点もう一工夫した方が良かったとの北ベトナム側の弁でした。

今回失敗したなぁ、と思った点。
4人プレイということで大型シナリオを選択しましたが、やはり重すぎました。4人プレイでも陣営の担当分けを明確にすることで中規模シナリオで十分プレイ可能であると思います。例えば米軍側は攻撃隊と護衛戦闘機、北ベトナム側はSAMとMiGに分ける等すれば、4人プレイは十分に可能だと思います。

という訳で、今度は中規模シナリオをプレイしてみたいです。

イメージ 1

写真04


某ゲーム会で「タンクコンバットシリーズ」をプレイする機会に恵まれました。そこで今回、その時の様子を紹介します。

前回までの展開 --> こちら

74式 vs T62

次にWW2以降の戦いがメインテーマである「パットン」をプレイしてみることにしました。今回選んだのは、日本陸上自衛隊が誇る74式戦車とソ連軍の主力戦車であるT-62です。性能差を加味して、日本側を3両、ソ連側を4両にしました。

ちなみにこのゲームでは、陸自74式戦車の評価が高いです。西側戦車の大半は、その高車高が災いして殆どプラスの寸法修正(つまり敵の射撃が当たりやすくなる)を持っているのですが、何故か74式は寸法修正がマイナスです。まさにソ連戦車並。そのため敵の射撃が命中し難くなっています。

また前回のプレイで試したティーガーvsT34/85では、両方の装甲値に対するゲーム上の評価が過大な感がありましが、今回の対決では両戦車ともかなり高い確率で敵を撃破できます。装甲が徹甲弾の直撃に耐えられないのです。
例えば距離500mで撃ち合って命中弾が出た場合、お互いに貫通・撃破される確率はそれぞれ60%以上になります。これはすなわち「パットン」が扱う1950年代後半から1980年代までの期間においては火砲の威力が装甲を上回っていた、という評価なのかもしれません。

写真05


序盤ソ連軍は自衛隊の弱点を突くべく戦線右翼の2両を前進させます。その前面で待ち構えるのは74式戦車1両。T-62が74式の視界内に飛び込んだ時、両軍とも同時に射撃実施。命中率は火器管制装置の性能に優れた74式の方が高かったですが、陸自の射撃は出目に恵まれず(最悪の6ゾロを出してしまった)外れ。対するT-62は命中率の低さにも関わらず見事に命中弾を与えて74式を撃破しました。

写真06


その後、T-62は盤端に向けて前進。陸自は戦車1両をその迎撃に向かわせます。マップの奧で交戦状態となった陸自とソ連軍。再び同時射撃。今度は両方とも狙いを外さず、各1両撃破。しかし自衛隊は戦車2両を失って残り1両。一方ソ連軍は戦車3両が残っているので、この時点で勝負あった。ダイス目に恵まれたソ連側の勝利です。

写真07


感想

まず褒めるべき点。精密なゲームにも拘らずプレイアビリティは驚くべきほど高いです。ルールを全く知らなくても、ルールを理解している人が1人いれば、すぐにプレイに参加できます。

次に気になった点。
このゲーム、私の主観では「ウォー・シミュレーション」ではありません。デザイナー氏の史観に基づく「火砲と装甲の紙上実験装置」というのが私の評価です。戦場の姿を描いた作品(ゲーム)ではなく、実験場で戦車の性能を検証するための装置です。「歩兵が出てこないから」という話ではなく、「戦場の姿を描いていない」(あるいは極めて偏った視点から描いている)から・・なのです。

あと気になった点として、これはTHQデザインの戦術級ゲームに共通する事項かもしれませんが、「システムがゲームの中で生かされていない」という問題があります。要するに「システムありき」でデザインされており、「システムが主、ゲームが従」なのです。今回のタンクコンバットシリーズで例を挙げれば、移動にかける手間が多すぎて戦術運動を行う気にならない移動システムが挙げられます。そのためにゲームの中で戦術に反映する手段が殆どない。結局は貫通力と装甲厚の勝負になり、圧倒的な差があれば劣勢側に勝機はなく、差が小さければラッキーヒットを出した側の勝利。つまりただの「サイコロゲーム」です。

「遊べるシナリオがない」というのも気になる所です。ツクダの戦術級(彼らの言葉を借りれば「戦闘級」)ゲームは「プレイヤー側で自由にシナリオを作ってください」というスタンスのものが多いです。もちろんプレイヤーが自由にシナリオを作れることはゲーム上の利点ですが、まともに遊べるシナリオがないというのはやはりゲームとしては問題だと言えます。

結論として「戦車が好きで好きでタマラナイ」という「戦車愛」に溢れた人なら、本作を楽しめるかもしれません。そういう方であれば、シナリオの自作も左程気にならないのかもしれません。

何はともあれ一つの時代を代表するゲームの1つには違いがなく、そういった意味でプレイする機会を得たことは幸運でした。

つづく

4

200324_熱砂の進軍


熱砂の進軍

トム・クランシー/フレッド・フランクスJr. 白幡憲之訳 原書房

1991年に始まる湾岸戦争(第1次湾岸戦争)は、20世紀最後の大戦争であった。冷戦終結後の1990年、イラクによるクウェート侵攻に端を発した湾岸危機は、1991年に多国籍軍による先制攻撃で「熱い戦争」に発展した。湾岸戦争、砂漠の嵐(Desert Storm)作戦である。
本書は、湾岸戦争で米第7軍団を率いてイラク軍最強の共和国防衛隊と激闘を交えたフレッド・フランクス元米陸軍中将が語る湾岸戦争地上戦史だ。本書は2巻構成になっていて、上巻ではフランクスがベトナム戦争に参戦して戦闘による負傷で片足を失う話。病院での苦しいリハビリ生活とそこから復活して陸軍に復帰するまでの過程。ベトナム戦争に敗北してガタガタになったアメリカ陸軍とそこからの復活。西ドイツ第11騎兵連隊でのフランクスの活動。湾岸危機の勃発と湾岸戦争開戦までが描かれている。
下巻では、地上戦の開始と第7軍団の進撃。共和国防衛隊の最初の接触と73イースティングの戦い。タワカルナ師団の撃破とメディナ師団との交戦(メディナ・リッジの戦い)。終戦そして戦後におけるフランクスの活動が描かれている。
本書の面白さは冷戦時代末期にドクトリンや装備を著しく発展させた米重機甲部隊とソ連型装備と編成のイラク軍精鋭部隊の対決を実際に体験できる点である。それは米軍が長年想定していた米ソ対決の縮小版であり、ヨーロッパでは遂に発生しなかった現代戦型機甲部隊による大機動戦であった。その戦いはハイテク戦争と呼ぶにふさわしいテクノロジー戦争的な側面がある反面、昔から変わらぬ戦争の血生臭い場面、つまり歩兵同士の近接戦闘や歩兵と装甲車両との食うか食われるかの対決といった場面が数多くみられる死闘であった。そして米軍にとって大勝利と言われるこれらの戦いが、「大勝利」ではあっても「楽な勝利」ではなかったことを知らしてくれる。
20世紀末期型軍隊の戦いを知るという意味では有益な著作である。

お奨め度★★★★

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