もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

カテゴリ:旅行・登山 > 城巡り

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五島列島最大の島、福江島。その玄関口である福江港のすぐ近くにある城郭です。幕末期に海上防衛を主な目的として築城され、その後は実戦を経験することなく明治になって廃城になったそうです。

築城当時は三方を海に囲まれた海城だったそうですが、今では港からやや奥まった所に本丸跡となる石垣が残っているのみです。内部には五島氏の庭園趾が残っていますが、800円をケチって今回はパス。大手門と石垣趾だけを見てきました。ちなみに城の外堀の内側には、五島高等学校の校舎が建っています。

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城跡に関連し、五島観光歴史資料館があります。入場料300円ですが、予想以上に面白かった。25分のDVDがメインなのですが、ドラマ仕立てになっていて、四季を通じた五島や福江島の魅力を巧みに表現しています。これを見るだけで福江島を色々回ってみたくなること請け合い。できることなら島内観光する前に訪れてみたい場所です。

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お奨め度★★★

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藤沢市にある城跡です。後北条氏時代には小田原の北東部を守る重要な城郭だったそうです。
今では完全に公園化されて、駐車場から坂道を歩いていくと、そこが大庭城跡。公園として綺麗に整備され、小学校の運動場ぐらいの広さがあります。

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丁度紫陽花が咲いており、数はそれほど多くはなかったものの、綺麗に咲いていました。

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ここには何度か来ていますが、桜の季節がメインで、それ以外の時期に訪れたことはあまりなかったような・・・。
今回行った時には、石垣修復工事のため天守閣が城の中央付近に仮置きされた状態でした。本来ならば天守が石垣のすぐ上にあるのですが・・・。

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天守自体は江戸時代から続いている状態のままで、内部の構造も往時のままです。天守内部は三層構造になっており、最上部からは周囲の景観が見渡すことができます。

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城自体は相変わらず大きな城で、本丸から見える岩木山が雄大でした。
石垣の修理については、当初「令和3年完了」となっていたところが、今では「令和7年完了」と後ろ倒しになっているとのこと。例によって石垣を修理してみると、色々と歴史的に重要な史料が出てきたので、そのたびに工事がストップするからだとか・・。

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ともあれ、弘前城の修理。早く終わってまたかつての美しい姿を見たいものです。

お奨め度★★★

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江戸時代初期に有馬氏が日向に転封となり、代わりに 日野江城 に入ったのが松倉重政。その重政が新たな居城として築城したのが島原城の始まりとされている。明治時代に一度廃城となって天守等が廃却されたが、戦後に天守閣が再現され、今に至っている。

島原鉄道の島原駅から徒歩約10分。復元天守の端正な姿が目の前にある。入場料を払って中に入ると、内部は資料館になっている。キリシタンや島原の乱に関する史料。当時の武具等が飾られており、見応えがある。

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最上階からは島原の街並みを一望できる。

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続いて天守周辺を写真を撮ってみた。

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城内の一角にある丑寅の櫓は民具資料館になっていて、明治、大正、昭和、平成の庶民の生活を伝える様々な製品が並べられている。それにしてもワープロが資料館の一角に飾られるとは・・・。そのうちノートパソコンも民具の1つとして飾られるのかなぁ・・・。そういえばファミコンがなかったのは少し驚き。

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天守閣の入口には愛想の良い案内嬢がいたので、少し話をしてみると、 「島原城武将隊」 というチームらしい。それぞれが島原に由緒ある武将の姿になり、観光案内をしているそうな。その日いたのは、天草四郎さんと高力忠房さん。ご本人の許可を得て写真を撮らせて頂いた。

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そんなこんなで島原城。色々と面白い城であった。

お奨め度★★★★

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原城趾 を見学した際、近くに日野江城というのがあるという情報を得て、立ち寄ってみた。
国道251号線から少し内陸に入り、案内板に導かれて山の中に入っていくと、やがて道は狭くなり、車1台がやっと通れる広さぐらいに。
「前から車が来たら離合できないな」
とビクビクしながら走っていくと、やがて城跡に到着した。

駐車場といっても草むらのような所に車を停めて、中に入っていく。
こんな山城にこんな立派な石垣が、と思うような石垣を見ながら山道を登っていくと、やがて日野江城の本丸跡につく。本丸跡は少しばかり広くなっており、往時には天守のような施設が立っていたのかもしれない。本丸跡からは南島原一帯が一望でき、原城よりも戦略的な価値は高そうだ。

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日野江城はキリシタン大名として名高い有馬晴信が島原一帯の主城とすべく整備したという。歴史的経緯から知名度では原城に劣るが、城自体の戦略的価値は日野江城の方が上だというのも頷ける。

お奨め度★★★

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