もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

カテゴリ:旅行・登山 > 城巡り

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戦国期の武将前田利家が基礎を築いたとされる北陸の名城である。元々は一向一揆の拠点であったが、一揆勢を滅ぼした後、まず佐久間盛政が入城。次いで賤ヶ岳の合戦で佐久間盛政が滅びると、その後前田利家が入城したとされている。

まず驚いたのは、前回とは全く雰囲気が違っていた事。前回は2011年8月となっていたので、今から8年前である。あの時の印象と重なる部分もあったが、こんなに綺麗な城だという印象はなかった。おそらく2011年の頃はまだ復元工事中であり、今とは違った景観を作っていたのだろう。

石川門から入って階段を上ると、そこに三の丸跡が広がっている。緑の芝生が綺麗に敷き詰められ、その向こう側に白亜の建造物が見える。金沢城を代表する五十間長屋だ。

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長屋前の堀に沿って進み、橋爪門を通って反対側に出ると、そこが二の丸跡である。

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二の丸跡を進んで城の西側に抜けると、行く先に美しい日本庭園が見える。金沢城に隣接した玉泉院丸庭園だ。庭園の緑、金沢城の石垣、そして金沢城三十間長屋の白亜の建造物を合わせてみると、それはまた美しい。
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全般の感想としては、極めて美しい城郭だと思った。天守閣のような派手な建物はないが、五十間長屋、三十間長屋といった低層の建物が、二の丸や三の丸の緑の芝生と上手く組み合わさって上品に見える。兼六園や玉泉院丸庭園といった庭園類との組み合わせも絶妙で、やはり北陸を代表する城郭に相応しいと思った次第。

お奨め度★★★★

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福井市の北に隣接する丸岡町(現福井県坂井市、2006年に合併)。この丸岡町のシンボルが丸岡城です。天正4年、柴田勝家公の甥にあたる柴田勝豊が築城したのが始まりとされています。

石垣と天守閣が残っています。天守閣の外観はこじんまりとした三層型。決して豪華ではありませんが、雰囲気があって良い感じです。内部もかつての面影をとどめており、無粋な鉄筋コンクリートではありません。一瞬「オリジナルのままかな?」と思いましたが、残念ながら昭和23年の地震で元の天守閣は倒壊してしまったそうです。

お奨め度★★★★

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前回は--> こちら

福井市街から車で約1時間。山に囲まれた盆地にたどり着く。東側には日本100名山の一座である荒島岳が聳え、さらに能郷白山、経ヶ岳などの名峰が近くに控えている。盆地の中には黄色く実った稲穂が美しい景観を作っている。
福井県大野市。人口約3万人の地方都市である。
その大野市の市街地に「天空の城」と呼ばれる越前大野城がある。@前回は2016年10月@にこの越前大野城に訪れた。今回、3年ぶりに訪ねてみた。

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駐車場からいきなり階段があり、約400段の階段を上り切って、天守閣の下にたどり着く。天守閣自体は残念ながら復元天守なので、内部は今風。しかし天守閣の最上階からは越前大野の街並みと黄色く実った田畑の風景が見えてくる。美しい景観である。
因みに越前大野城を築いたのは金森長近だと言われている。戦国時代のゲームでは時々出てくる武将である。
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お奨め度★★★★


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一乗谷。言うまでもなく戦国時代に北陸地方に覇を唱えた朝倉氏の本拠地である。日本百名城と1つとされているが、「城」という感じはあまりしない。それよりは中世期の街並みそのもので、軍事的な色彩は弱い。
前回は2016年10月に一度訪れたが、その時は秋真っ盛りであった。今回は9月なので季節的には夏に近い初秋。1ヶ月違うだけでこうも雰囲気が違うのかと驚く。晴天ということもあり、一乗谷の美しさが感動的だった。

お奨め度★★★★

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福知山城は、かつて丹波平定に赴いた明智光秀が、この地方を治めるために築城したとされている。明智光秀が本能寺の変を起こし、山崎の合戦で敗れた後は、羽柴秀次、小野木重次、有馬豊氏らが城主をつとめ、1649年以降は朽木氏の居城として明治至るとのこと。
福知山駅から徒歩15分弱で福知山城正面につく。白い塀に沿って坂道を上がっていくと、天守閣の正面に出る。天守閣は三層四階の大天守と二層の小天守の組み合わせ。大天守の袖からひょっこり伸びた小天守が面白い系図を作っている。

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天守の中は展示スペースとなっている。天守自体は昭和時代に再建されたものなので、内部は当時の面影はあまりない。どちらかといえば博物館的な趣きがあり、例によって各種の歴史的遺産、明智光秀に関する絵画類、江戸期における福知山の街並みを再現したジオラマ等がある、残念ながら館内は撮影禁止であった。
天守閣の最上階は展望スペースになっていて、福知山の街並みを見下ろすことができた。

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お奨め度★★★

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