もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

カテゴリ:旅行・登山 > 城巡り

天気が良かったので、平日にも関わらず仕事を休んで出かけてしまいました。 行先は小田原城。桜の名所として知られている所です。 ネットの情報によれば「桜は満開」とのこと。行ってみると、満開からやや散り始めといった感じ。現時点ではまだまだ綺麗な状態ですが、これで一雨降ればアウトかな、という感じでした。 今回は天気が良くて桜も綺麗で気持ちの良い外出になりましたが、もっと良かったのは人が少ないこと。1週間前にやはり小田原城に来たのですが、その時は曇り空で桜は三分咲き程度だったにも関わらず人で溢れていました。やはり春休みが終わって平日になると人の数は激減するのですね。新しい発見です。

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岩櫃城は群馬県吾妻郡東吾妻町にある山城で、真田丸で有名な真田氏が同方面を支配する際の拠点とした城郭です。戦国時代の後期に織田・徳川連合軍の攻撃を受けて撤退する武田勝頼を真田昌幸が岩櫃城に迎え入れようとしました。しかし武田勝頼は岩櫃城ではなく岩殿山城への撤退を選び、小山田信茂の裏切りのために滅びることになります。

岩櫃城は山城で、登山口(登城口)は山の裏側にある平沢登山口になります。車を駐車場に停めて、しばらく歩くと観光案内所があり、そこで「続百名城」のスタンプを押します。

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岩櫃城の本丸は、登城口から約15分歩いた先にあります。本丸趾までの登山路は2つあり、1つは稜線を歩く尾根通り。もう1つは谷間を歩く沢通りです。今回、まず尾根通りを進みました。

緩やかな登山路を歩いていくと、途中でいくつも空堀や土塁趾が見えてきます。かなり規模が大きく、これらの施設を見ると岩櫃城が確かに堅固な城郭であったと思われます。

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岩櫃城本丸跡には本丸趾の碑と説明文があるだけで、もちろん天守閣等はありません。しかし山の中に残る大規模な堀や土塁は、この岩櫃城が戦国時代を代表する山城の1つであったことを物語ります。

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帰りは沢通りを歩いて駐車場に戻りました。所要時間は約30分。戦国時代の山城についてその一端を知ることができた山旅でした。





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臼杵城は戦国時代に大友氏によって建てられた城郭です。最盛期には天守の他、21個もの櫓があった壮大な城郭であったそうな。大友氏にとって重要な城郭であり、一時は大友氏の政庁ともなったとのことです。
大友氏が秀吉によって改易された後は、紆余曲折があったものの、関ヶ原の戦いの後には稲葉一鉄の嫡男である稲葉貞道が入部。以後は稲葉氏の本拠となり、江戸末期まで続いたそうです。

JR日豊本線の臼杵駅から徒歩10分ぐらい。路地に看板が出ているので、それに従って中に入ると鳥居が沢山並んでいる所があり、そこの階段を上ったところが城跡になっています。

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中津城みたいな復元天守がないので、一見するとガランとしています。天守趾があり、その先は展望台になっていて、臼杵港が見えています。このあたりは良港が多く、漁船等の他、大型船が何隻も停泊しています。

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天守趾の近くに空堀があって、そこで曲輪が2分割されていて、向こうが二の丸になっています。面積的には二の丸跡の方が広く、野球ができそうなぐらい大きなグランドがありました。そこに大友時代の大砲や日露戦争関係の物品が飾ってったのが面白かったです。

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二の丸の向こう側が大手門になっています。大手門側から臼杵城を見ると、臼杵城のイメージが一変します。大手門を中心に櫓や石垣、石壁や白壁などが見事に整備されていて、見ている方を圧倒します。しかも見る角度や距離のよって見え方が様変わりするので、色々なシーンで写真を撮りたくなります。

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城の外には臼杵市観光交流プラザがあり、臼杵市出身の偉人紹介や臼杵市の観光案内をしていました。ここは入場無料で冷房も効いているので、お勧めです。

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お奨め度★★★★



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「軍師官兵衛」こと、黒田孝高が完成させたとする城郭です。JR日豊本線で中津駅から北向きに出発すると、すぐ右手に天守閣が見えますが、これが中津城です。ただし中津城の天守閣自体は実態とは関係のない完全な模擬天守だそう。さらにいえば、黒田氏が築城した際の中津城に天守があったかどうかも不明とのことです。

駅から徒歩20分ぐらい。城の南側から回り込むと、中津大神宮があり、その向こうが復元天守です。400円を支払って中に入ると、黒田家の歴史や中津の歴史、さらには中津出身の偉人に関する紹介コーナーがありました。中津出身の偉人と言えば、福沢諭吉が有名ですが、福沢諭吉は他の施設で紹介しているので、ここではあまり触れていなかったよう。

天守閣の最上階からは中津市内が一望できます。

往時の雰囲気を残しているのは城の石垣。模擬天守を支える石垣群は、明らかに江戸時代以前から作られていたもの。その迫力は一見の価値ありです。

お奨め度★★★

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三原城は、戦国時代に小早川隆景によって整備が始められたとされている。
元々は水軍の拠点として整備されたとのことで、当時は瀬戸内海が城の近くまで来ていたとのことらしい。

今ではJR三原駅の北側に水堀と天守台だけが残っています。

JR三原駅を降りると、三原城の天守台へと続く階段があります。それを登り切った所で駅の郊外に出て、目の前に三原城の天守台があります。

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一旦駅に戻り、通常の出口から外に出ると、目の前に三原城の石垣が見えます。上からではわからなかったですが、外から見る三原城の石垣はなかなかの迫力です。

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天守閣がない分、近くにある福山城に比べるとやや寂しい感じがします。ただ駅から近くにある城なので、もし三原に行く機会があれば、立ち寄ってみるのも一興かと思います。


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