もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

カテゴリ:日本国内 > 03東海

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大垣駅前にあるうどん・そばの店「さらしな」。そこで食べた肉うどんを紹介します。
普通のうどんに牛肉とネギがたっぷりと入った典型的な肉うどん。ダシは普通のうどんのダシよりもやや甘辛い感じです(すき焼き風かな)。
麺は左程でもなく、讃岐風の腰の強い麺が好みの私としては、少し物足らない大阪風のうどんでした。
一方でだし汁は旨いの一言。先ほど述べた通り、少し甘辛い感じのダシ汁ですが、牛肉の旨味がダシににじみ出ていて、何杯でも食べたくなる味です。これで麺に腰があったら、もっと旨いうどんになりそうなのに・・・。

何はともあれ、「さらしな」の肉うどん。美味しいです。

お奨め度★★★

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12月のとある週末。浜松城へ行きました。
駅からバスで5分ほど。市役所南というバス停で降りると、目の前に浜松城があります。
市街地の中心地にあり、大きな堀などはなく、どちらかといえばこじんまりした感じ。
復元された天守閣も巨大というよりは端正といった良い感じです。
本丸の石垣がなかなか良かった。

私がいった日は、天守閣をリニューアル工事しており、中には入れませんでした。ちょっと残念です。

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以前に高天神城を紹介 しましたが、この諏訪原城は高天神城攻防戦の争点となった城郭です。JR金谷駅の裏手に広がる台地を利用した山城で、駿河・遠江の国境を制する要域です。高天神城と駿河・甲斐を結ぶ連絡線上に位置しており、武田・徳川の戦いでも重要な役割を演じました。

JR金谷駅から車で5分程度。登り坂を登った所に台地が広がり、そこに諏訪原城の駐車場があります。入口から入ると諏訪原城の跡地が広がっています。諏訪原城は、本丸を中心として二の丸が扇状に広がり、その間に深い空堀が掘られているという構造です。現在では当時の建造物は全く残っていませんが、深い空堀は残っており、諏訪原城の堅固な守りを今に伝えています。

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諏訪原城の入り口には諏訪原城ビジターセンターになっており、諏訪原城に関する説明や資料、諏訪原城のジオラマ等が展示されています。ジオラマは地元の高校生が作ったものだとのことですが、攻防戦の様子を描いたものになっており、非常に良く出来ていました。

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お城とは直接関係ないのですが、近くの金谷駅は鉄道ファン垂涎の大井川鐵道の拠点となっています。城を見た後、私は隣の新金谷駅に出向き、車庫に停まる旧式機関車や客車、入線してきた鈍行列車、さらに丁度入線してきたSL列車の写真を撮りました。

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新宮方面から 帰宅する途中、三重県松阪市内に立ち寄って松阪牛を食べることにしました。立ち寄ったのは松阪牛の精肉販売やレストランを行っている「おう児牛肉店」。松阪の中心部からは2~3kmほど南に下った所にあります。
注文したのはランチメニューの焼肉定食(1500円+税)です。牛焼肉とサラダ、スープ、ごはんといったシンプルな構成です。メインの焼肉は塩コショウで軽く味付けされているだけですが、肉が柔らかく、肉汁が口の中に広がります。肉の部位は「その時一番おいしい所を店側が選んで」出してくれるとのこと。今回は肩ロースの肉でした。いやー、お肉って幸せ・・・。

今回はランチメニューだったので安価でしたが、GOTOトラベルの地域共通クーポン券が使えたので、さらにお安く食べられました。

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お奨め度★★★★

高天神城 を訪れた後、同じ静岡県の城郭として訪れたのが、興国寺城である。とはいっても私自身「興国寺城って何ね?」と思ったぐらい。続百名城のスタンプラリーの一環として訪れた城だというのはここだけの話にしておきましょう。
一応ネットで調べてみると後北条氏の租とされる北条早雲が旗揚げをした城とのことで、その後も今川、北条、徳川、武田らの争奪戦の舞台となったそうな・・・。

沼津市の北西部、JR東海道本線の原駅から北へ約3km。新幹線の走るすぐ近くに興国寺城があります。駐車場から少し歩くと、すぐに天守台が見えてきます。少しだけ山道を歩くと、もうそこが天守台。背後には新幹線が轟音を上げて走り抜けています。

この城の魅力は大規模な空堀がみられること。確かに天守台を切り裂くような空堀が掘られており、これほどの規模の空堀は他ではなかなか見られません。とはいっても見どころはそれぐらいかも・・・。

もう少し私自身の目が肥えてきたら、もっといろいろなことが見えるかもしれないな、と思わせてくれた城郭でした。

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