もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

カテゴリ:戦史 > 日本戦国時代

戦国大名00


「戦国大名」(以下、本作)は、1980年代にエポック社から発売されたシミュレーション・ウォーゲームである。テーマは戦国時代における群雄割拠の時代で、プレイヤーは織田信長、武田信玄、上杉謙信等の戦国大名の立場となり、時には他国と共同で、時には同盟国を裏切ったりしながら、天下統一を目指して戦う。

今回、本作をお試しでプレイしてみた。以下はその記録である。

前回までの展開は --> こちらく

織田対朝倉

さて、次に選んだのはシナリオD「織田対朝倉」である。織田(+徳川)と朝倉(+浅井)が京へ向けてのレースを繰り広げるという対戦型のシナリオだ。「戦国大名」は多人数プレイが魅力のマルチプレイヤーズゲームだが、先にも上げたソロプレイシナリオや、今回紹介する対戦型シナリオのような小規模シナリオも結構充実している。

0Turn

このシナリオでは、現在の京都、福井、滋賀、三重、岐阜、愛知県を利用する。織田の本拠地尾張、朝倉の本拠地越前には中立勢力が発生しない。が、他の諸国にはワラワラと中立勢力がワラワラと発生した。

戦国大名14


1Turn

織田側は美濃を制圧すべく出陣。服従工作に努めたがこれが大失敗。中立勢力の大発生を招いてしまう。

戦国大名15


2Turn

織田は美濃、朝倉は北近江の平定を進める。なお、このTurn、南近江を支配した朝倉側の国力が29になり、国力25の織田を追い抜いた。

戦国大名16


3Turn

織田側で国内に不穏な動きが起こり、そのために徴税が困難になってしまう。それでも織田方は美濃の中立勢力を攻撃し、ようやくこれを一掃した。
一方、南北近江の平定を終えた朝倉は、無名将軍指揮下で伊勢に侵攻する。

戦国大名17


4Turn

事件が発生する。朝倉義景が死亡したのだ。朝倉義景は(少なくとも本作の中では)無能な大名であったが、それでも「扇の要」としての意味はある。逆に彼の死亡は朝倉家内で内乱を引き起こした。次の当主は前当主(=朝倉義景)よりも数倍有能であったが、それでも無名武将が反旗を翻して小谷に籠城。北近江は朝倉の支配から離れてしまう。

戦国大名18


5Turn

またもや事件である。織田側で無名武将が反乱を起こし、三河を奪取した。織田方は三河の奪還を諦め、全戦力で伊勢に侵攻する。早くも「吉凶札」がその猛威を振るった感がある。
一方の朝倉は、近江で反乱がおこり、中立勢力が林立した。そのため、この年は南近江の鎮圧に奔走することになる。

戦国大名19


6Turn

この年には大きな事件はなかった。一時は破産状態に近かった織田方の財政事情も、この年の重税成功や国力増大によってかなり潤ってきた。織田方は伊勢の中立勢力を攻め滅ぼした。一方の朝倉も南近江での反乱は鎮圧し、引き続いて北近江平定に進む。ちなみに現在の国力は、織田が42で朝倉が24。朝倉としてはできるだけ差を詰めておきたい所だ。

7Turn

またもや朝倉家で大名が死亡した。跡継ぎは前任者よりも能力に劣る。武将たちの離反が相次ぎ、折角支配を固めた南近江が独立勢力によって支配されてしまう(六角か?)。その南近江に攻め込んだのは織田勢。約4万の大兵力を率いて侵攻してきたが、南近江を平定するには至らず。

戦国大名20


8Turn

朝倉にまたもや不幸が襲う。織田方が刺客を放ち、朝倉型唯一の有名武将である浅井長政が刺客の手にかかって無念の死を遂げてしまう。さらに第3者が調略を行って無名武将が反旗を翻した。朝倉の本拠である越前が失われてしまう。朝倉の国力は遂に5まで低下。残った兵力を率いて北近江を引き払った朝倉勢は越前まで下がっていく。
織田方は4万の大兵力で一気に南近江制圧を図るが、服従工作に失敗し、思わぬ苦戦を強いられる。

戦国大名21


9Turn

最早朝倉はボロボロ。越前での服従工作に失敗し、越前すら支配が怪しい状況。麾下兵力2万を抱えているが、その維持すら困難な状況になっている。
一方の織田方は南近江の攻略を進めるが、中立勢力の抵抗は未だ激しく、これを完全制圧するには至らず。しかし信長公は南近江の制圧を徳川家康に任せ、自らは1万余の兵力を率いて京に入った。

戦国大名22


10Turn

勝利目前の織田方に激震が走った。本能寺に入っていた信長公が無名武将(仮に明智光秀、としておこう)によって討ち取られたのである。これで織田家家内は大混乱、となるはずだったが、意外と光秀がすんなりと天下人に収まり、徳川家康、柴田勝家と言った同盟者、宿将たちも特に反旗を翻すことなく光秀の配下に収まった。
一方の朝倉はまたもや服従工作に失敗。遂に越前支配も失い、国力もゼロになってしまう。破産だな、こりゃ。
最終的に織田が京を押さえたため、織田の勝利となった。

戦国大名23


感想

「吉凶札」の影響がすごくデカイ。1対1なら「吉凶札」だけで決まりそうな雰囲気もある。吉凶札の例でもわかるが、「戦国大名」は「真面目なシミュレーション」というよりは、「戦国のエッセンスを使ってワイワイガヤガヤ楽しむゲーム」といった雰囲気が強い。シミュレーション・ゲームの例に漏れずルールはやや多いが、それでもルールの概念はシンプルである。吉凶札の影響が大きいゲームなので、本作をプレイする際には、あまり勝敗に拘らず、戦国の雰囲気を味わいながら楽しむゲーム、という楽しみ方が良いと思う。

多人数シナリオねぇ。5人戦ぐらいまでなら機会を見つけてプレイしてみたい気もするが、それ以上の規模だと「血を見る」展開になりそうでコワイ。

戦国大名00


「戦国大名」(以下、本作)は、1980年代にエポック社から発売されたシミュレーション・ウォーゲームである。テーマは戦国時代における群雄割拠の時代で、プレイヤーは織田信長、武田信玄、上杉謙信等の戦国大名の立場となり、時には他国と共同で、時には同盟国を裏切ったりしながら、天下統一を目指して戦う。
本作はいわゆる「マルチプレイヤーズ・ゲーム」であり、最大16名(実質的には8名が上限か?)のプレイヤーが参加できる。マップはエリア方式で、旧国で区分されている。ユニットは、武将、兵力、城塞を表す駒がそれぞれ用意されており、プレイヤーが指揮するユニットの他、プレイヤーとは関係なく障害物となる中立勢力や一揆勢等を表すものがある。1Turnは実際の1年に相当する。

今回、本作をお試しでプレイしてみた。以下はその記録である。

四国統一

このシナリオは、長宗我部氏による四国統一を扱う1人用シナリオである。プレイヤーは長宗我部を担当し、10年以内の四国平定を目指す。

0Turn

ゲーム開始前に長宗我部氏が展開する土佐での中立勢力発生をチェックする。出目は"1"で中立勢力発生なし。土佐は労せずして長宗我部の手に落ちた。

戦国大名01


1Turn

労せずして土佐を手に入れた長宗我部氏は、次の目標である隣国阿波に攻め込んだ。阿波には5戦力の中立勢力が発生したが、長宗我部側は兵力不足なので攻撃は出られなかった。

戦国大名02


3Turn

長宗我部の戦力が10戦力に強化された。阿波の中立勢力を包囲し、これを鎮圧。阿波も長宗我部の支配下に落ちた。

戦国大名03


4Turn

長宗我部はさらに讃岐へ攻め込んだ。中立勢力は瞬時に制圧され、讃岐は長宗我部の支配する所となった。

戦国大名04


5Turn

長宗我部は四国最後の未開の地である伊予に攻め込んだ。しかし伊予は肥沃な土地であり、中立勢力も強かった。15戦力の城郭に対してはさすがの長宗我部勢も手も足も出ない。長宗我部勢は兵力を整備するしかなかった。

6Turn

長宗我部氏は中立勢力に対して服従工作を試みたが、これが大失敗。中立勢力の増加を招いてしまう。長宗我部は発生した中立勢力に対して各個撃破を狙う。

戦国大名05


8Turn

国力を超える大兵力を一時的に動員した長宗我部は、計3万の大兵力で伊予の中立兵力を攻めた。さすがに3万の兵力では中立豪族に抗すべくもなく壊滅。ここに長宗我部による四国統一が完成した。

中国統一

次に挑戦したのは、シナリオB「中国統一」である。このシナリオも1人用シナリオで、毛利家を率いて20年以内の中国全域支配を目指す。このシナリオは、「四国統一」シナリオでは使わなかった「吉凶札」を使用する。これはイベントカードのようなものだが、その効果は結構えげつない。それは実際のプレイで明らかになる。

0Turn

先ほどの四国統一とは異なり、安芸にいきなり強力な中立勢力が発生してしまう。

戦国大名06


3Turn

10戦力の中立勢力は強力であり、なかなか制圧できなかった。しかし3年目にようやく服従工作に成功。安芸の支配を確立した。

戦国大名07


4Turn

安芸を制圧した毛利家は、次に隣接する備後に攻め込んだ。備後には中立勢力が存在したため、簡単には制圧できない。

戦国大名08


5Turn

備後を制圧して国力が12に増大した。

6Turn

事件発生。当主の毛利元就が死亡した。跡継ぎの毛利輝元は予想外の逸材。しかし跡目争いの混乱で優秀な武将が離反してしまう。そのどさくさに紛れて安芸に中立勢力が発生した。
新たに毛利勢が備中に侵攻し、ここを制圧した。

戦国大名09


7Turn

毛利家は周防と備前に侵攻する。備前の抵抗は小さく、その制圧は時間の問題だった。しかし周防は抵抗が激しく、今の所制圧の目途は立っていない。

戦国大名10


8Turn

毛利家は備前を制圧した。周防の制圧も時間の問題である。

戦国大名11


9Turn

毛利家は山陰地方にも進出し、出雲を制圧した。

戦国大名12


11Turn

因幡、美作、長門を制圧し、ここに毛利家による中国地方制圧が完了した。

戦国大名13


感想

このシナリオが終わった後に気が付いたが、行軍費用の支払いを忘れていた。何だか「ユルいなぁ」と思っていたが、ちゃんと行軍費用を支払えば、もっと厳しい展開が予想される。

つづく

表紙


「孤高の信長:一五七〇」(以下、本作)は、2022年に発表されたGame Journal#82の付録ゲームである。テーマは織田信長による全国平定戦。プレイヤーは織田信長となり、信長包囲網と戦う。
基本システムはカードドリブンで、山札からランダムに1枚引いてきて、カードで示された陣営が活動する。カードには織田方・反織田方の武将が記されており、織田方武将を引いた場合にはプレイヤーが該当する武将を自由に活動させることができる。逆に反織田方武将を引いた場合には、ルールに従って自動的に活動する。

今回、本作をプレイしてみた。なお、以下でTurnと書かれているのは、山札を切り直したタイミングをTurnの区切りとしている。本作にTurnという概念はない。

Turn00


1Turn

まずは最大の脅威となる浅井・朝倉を叩くべく北近江へ進攻する。当初は浅井・朝倉に先手を取られて(姉川の合戦)苦戦したが、明智光秀、羽柴秀吉、さらに信長公直率の兵で反撃し、浅井、朝倉軍に大損害を与えた。

Turn01


2Turn

小谷が落城し、浅井が滅亡した。明智光秀、羽柴秀吉麾下の計12戦力(約3万)が越前に侵攻する。その頃、東の甲斐を出陣してきた武田信玄が遠江に進出。徳川領内を侵しつつあった。

Turn02


3Turn

越前北ノ庄が陥落し、朝倉も滅亡した。さらに柴田勝家、徳川家康の連合軍が長島一向宗を制圧した。石山本願寺を攻めている丹波長秀、松永久秀も本願寺勢を追い詰めつつある。

Turn03


4Turn

織田側4将が石山本願寺攻めに集結した。圧倒的な兵力で石山本願寺勢を一掃。同地を占領する。この4将集結の形ができれば、織田方の勝利は固い。

Turn04


5Turn

武田信玄が遠江を制圧した。織田方は主力部隊で紀伊を制圧して雑賀孫一を追い払った。その後主力部隊は一旦北近江に引き返し、武田の西進に備える。徳川家康は三河に戻り、防衛体制を固める。

Turn05


6Turn

三河に攻め込んだ武田勢を長篠の地で迎え撃った織田・徳川連合軍は、圧倒的な兵力で武田勢を撃破した。武田の脅威は一掃されたが、まだ武田家が滅んだわけではない。

Turn06


7Turn

武田が滅んだ。織田側の全力攻撃の前にはひとたまりもない。残るは上杉、毛利、宇喜多、三好である。織田軍主力は南近江に再集結し、次の攻勢に備えて兵力を補充する。

8Turn

織田軍主力は加賀に侵攻。一向一揆勢をなで斬りにした後、南へ転進する。目指すは四国三好の本拠である阿波国。これまで松永久秀が三好と鍔迫り合いを続けていたが、織田の大軍の前には三好もひとたまりもなかった。

9Turn

北陸で上杉謙信が動き始めた。先手を取った織田方は全兵力を北へ向かわせた越中の地で上杉軍の対峙した織田側。さすがに謙信は強く、織田勢も多大な損害を強いられたが、最終的には圧倒的な兵力に抗すべくもなく上杉勢は壊滅する。その頃、西の播磨では毛利・宇喜多勢が播磨を制圧し、京を目指して進みつつあった。

Turn09


10Turn

宇喜多勢が摂津に侵入してきた。織田側は全戦力を集結して摂津に出陣。宇喜多勢を殲滅する。しかし続いて毛利勢が摂津に侵入してきた。毛利と織田の決戦が始まる。

Turn10


11Turn

摂津表での毛利と織田の決戦は、兵力に勝る織田側の勝利に終わった。この機会を逃さじ。織田側の主力あ西に向けて進撃を開始する。

Turn11


感想

この後は掃討戦である。宇喜多、毛利主力を相次いで撃破し、山陽道を制圧。その後は織田軍主力が神速で山陰道に向かい、最後は鳥取城に吉川広家を囲んで殲滅した。

Turn12


以下感想。ただしルール解釈ミスが含まれている場合もあるので、その点はご容赦下さい。
まず序盤。何もしないでサドンデス負け食らう可能性があります。つまり織田方の武将を引く前に「浅井・朝倉」を引けば、そのまま浅井軍が西美濃に進入し、そのままアウトです。これを避けるためには、とにかく浅井の動きを封じるため北近江に攻め込む必要があります。
浅井、朝倉を制圧すれば、後は織田方の4将をスタックさせて機動戦力全部をそこに投入。あとは圧倒的兵力に物を言わせて畿内に近づいて来た敵を各個撃破すればOK。今回でいえば4Turnの状況になれば、あとは掃討戦。プレイヤー(織田方)が負ける余地は殆どないように思われます。そういった意味で本作は、ソロプレイ用ゲームとしてはかなり「緩い」ゲームと言えるのではないでしょうか。

1回のプレイも1~2時間で終わるため、軽くプレイしてみるのも良いのではないかと。

表紙

「長元記」(以下、本作)は、Game Journal#80の付録ゲームだ。テーマは日本の戦国時代で、四国での戦いを作戦レベルで描いている。
本作のシステムは所謂「戦国群雄伝シリーズ」で、1Turnは実際の1週間、1Hexは実際の約6kmに相当し、マップには四国全域と淡路島の南端、山陽地方の沿岸地帯の一部が描かれている。1ユニットは500~1000人程度の兵力を表している。

今回、本作に挑戦してみた。

前回までの展開 --> こちらく

シナリオ4.中冨川原

十河存保 前回のシナリオ3は仮想戦だったが、今度はヒストリカルシナリオである。本能寺で織田信長が討たれたことで小康を得た長宗我部勢は、この機会に一気に四国平定を図る。本シナリオは長宗我部元親の四国平定戦、その一部である讃岐・阿波方面での長宗我部元親と十河存保の戦いを描いたものである。私は劣勢の十河勢を担当した。

長元記06


長宗我部元親 兵力は、長宗我部元親率いる長宗我部勢は計46ユニット。対する十河存保勢は16~17ユニット。長宗我部勢が約3倍の優勢を得ている。まともに戦えば長宗我部勢の優位は動かない。が、今回は勝利条件にハンディキャップが付けられており、長宗我部勢は相手方よりも6点以上多いVPを獲得しなければ勝てない。

この状況で十河方の戦い方を考察すれば、自らの失点をできる限る押さえつつ、遅退戦術で時間稼ぎをする。まともに戦えば勝てないので、長宗我部勢の時間切れで勝機を見出す。

実際の展開を簡単に記す。
長宗我部勢は二手に分かれて阿波領内に攻め込んでくる。その主力は白地城から吉野川沿いに東へ向けて進んでくる。十河方の防衛ラインは吉野川中流域にある岩倉城。岩倉城前面に攻め込んできた長宗我部勢と十河勢が大規模な合戦を戦う。後の世に言う「岩倉の戦い」である。

この戦いでは兵力に勝る長宗我部勢が十河勢を圧倒。出目の悪さも手伝って十河勢は全軍崩壊して後退していく。不幸中の幸いは一方的な敗北にも拘らず十河勢の失ったユニット数は2ユニットのみ。何とか回復の可能性を残した敗走であった。

ここで十河側は馬鹿正直に合戦に応じたが、自城のヘクスに位置していた場合、合戦を拒否することができる。ただし通常の野戦は拒否できない。合戦ではなく野戦の場合、1部隊同士の戦いになるので、長宗我部勢の数的優勢をある程度緩和できる。また地形効果や指揮官の能力で十河側が勝っているので、今回のような惨めな大敗を喫することなく遅退戦術が可能であったと思われる。

新開実綱その後、十河勢は本城である勝端に後退。十河方の武将で牛尾城を守る新開実綱は、長宗我部勢の奸計により暗殺されてしまい、牛尾城は長宗我部の元へ。先に合戦が戦われた岩倉城も長宗我部勢が奪取した。さらに長宗我部勢は、主力の長宗我部元親と同信親の部隊が十河氏の本城である勝端城に迫る。勝端城危うし。

その時、十河氏は奇策を取った。勝端城をワザと解放状態にして長宗我部勢を誘い出す。そして折からの大雨で吉野川の水嵩が増したことを見計らって十河勢主力を長宗我部勢の背後に集結させる。先の「岩倉の戦い」で敗北した十河勢であったが、合戦から約1ヶ月経過した後ということもあり、十河方の兵力は決戦が可能なレベルまで回復していた。
士気-1大雨による増水で連絡線を断たれた長宗我部勢は浮足立つ(士気-1)。そこへ立ち直った十河勢が猛攻撃を加えた。後に言う「中富川の合戦」である。今回も兵力では長宗我部勢が優位にたっていたが、前回とは違って兵力の半数が城攻めに回っていた長宗我部勢に対し、十河勢は稼働兵力のほぼ全部をこの合戦につぎ込んだ。その結果兵力比は前回の「岩倉の戦い」よりも十河勢に有利になっていた。

指揮能力の違い(十河存保は長宗我部元親よりも野戦能力が1つ高い)と連絡線切れによる混乱により長宗我部勢は十河勢の猛攻を阻止できなかった。さらに戦場が敵地であり背後を押さえられていることから、長宗我部勢はこの戦いで大敗北を喫した。これにより継戦能力を失った長宗我部勢は阿波の国内から下がるしかなかった。

長元記07


感想だが、小粒ながらも色々と考える所の多いシナリオである。兵力的には長宗我部勢が圧倒的に優勢だが、吉野川沿いの急峻な地形、十河勢の指揮能力の高さなどを加味すると、十河勢にも付け入る隙はありそうだ。実際、今回のシナリオで十河勢が勝利を収めたように・・・。

全体の感想

小粒ながらも良くまとまった作品である。練習用のシナリオである1,2はとにかく、その他のシナリオはいずれも遊べそうな内容だと思う。兵力差が結構ハッキリしている上、質的な優劣が少ないため、兵力の大きい側が一方的に押す展開になりがちだ。しかし内線と外線の使い分け、シナリオでのハンディキャップの設定等もあって劣勢側でもある程度は戦えるようになっている点は評価したい。さらに言えば、各シナリオの長さが最大でも20Turnと短く、登場するユニット数も手頃なので、1日あれば十分にフルターンをプレイできる。
四国の戦役自体はややマイナーだが、登場する武将たちは、長宗我部元親、羽柴秀吉、丹波長秀といったメジャー所なので、そういった意味からでも楽しめる作品だ。

長元記00


「長元記」(以下、本作)は、Game Journal#80の付録ゲームだ。テーマは日本の戦国時代で、四国での戦いを作戦レベルで描いている。
長宗我部元親本作のシステムは所謂「戦国群雄伝シリーズ」で、1Turnは実際の1週間(当時1週間という単位はなかったと思うのだが・・・)、1Hexは実際の約6kmに相当し、マップには四国全域と淡路島の南端、山陽地方の沿岸地帯の一部が描かれている。1ユニットは500~1000人程度の兵力を表している。
本作には6本のシナリオが用意されており、それぞれ1569年から1585年までの特定の期間を扱っている。6本の内訳は、ショートシナリオが3本、大型シナリオが3本だが、一番大規模なシナリオ5にしても長さは20Turnが最大なので、1日あれば十分プレイし終えることができる。

今回、本作に挑戦してみた。


シナリオ3.天魔王襲来

神戸信孝このシナリオは、本能寺の変の時期を扱ったシナリオだが、「もし本能寺の変が起こらずに織田信長が当初の予定通り四国平定戦を行っていたならば」という仮想設定を描いたシナリオである。四国平定を目指す長宗我部と、長宗我部を撃破してやはり四国平定を目指す織田・反長宗我部連合軍の戦い。私は織田・反長宗我部陣営を担当した。

長宗我部信親 長宗我部陣営は、長宗我部、金子、香川、羽床の各氏からなる。ユニット数は長宗我部27、その他11の計38ユニット。対する織田・反長宗我部陣営は、神戸信孝率いる織田本隊と三好、十河、奈良、香西ら東部方面軍が30ユニット、河野、西園寺の西部方面隊が20ユニットで、合計50ユニット。兵力的には織田・反長宗我部陣営が約30%優位に立っている。
では指揮官の能力はどうか。長宗我部陣営は、総大将の長宗我部元親は3-2-3。また長宗我部家の武将は、長宗我部信親(3-3-2)、香宗我部親康(3-2-3)、久武親直(3-2-3)等、さらに中小大名は金子元宅(3-2-3)、羽床資戴(3-3-2)等、それなりに有力な顔ぶれである。

丹波長秀 対する織田・反長宗我部連合の方。総大将の神戸信孝は2-1-3と少し寂しいレーティングだが、副将格の丹波長秀が2-2-4で両軍通じて数少ない行動力4を誇り、さらに阿波を支配する十河存保は3-3-3と全ての面でバランスが取れた能力を有している。一方で伊予方面の地侍である河野道直が2-2-2、西園寺公広が3-1-2でちょっと寂しい一方、西園寺家の土居清良は3-4-3と突出した能力を誇っている。

長元記01


両軍の配置を見ると、織田・反長宗我部方は東四国の讃岐・阿波方面に神戸信孝、丹波長秀、十河存保ら計30ユニット。伊予方面には河野氏と西園寺氏の20ユニットである。対する長宗我部氏は、金子氏、香川氏、羽床氏といった小大名が西讃岐から東伊予にほぼ固定配備されているが、主力である長宗我部は自陣営領内でかなり自由配置が認められている。従って兵力的には劣る長宗我部が本シナリオでは主導権を握っていることが理解できよう。

今回の展開を簡単に触れておく。
西園寺公広長宗我部は主力を西伊予へ投入。西園寺、河野氏といった中小大名に対して攻勢を仕掛ける。一方、織田方主力が登場する讃岐・阿波方面には香宗我部親康、久武親直らが数ユニットを率いて出陣し、羽床、香川らと共に遅退戦術を行う。長宗我部の意図は、西伊予方面で攻勢を仕掛けて城を落してVPを稼ぎ、讃岐・阿波方面では遅退戦術で時間を稼ぐ、というものであったと推測する。

西伊予では、まず黒瀬城(現在の西予市付近)を本拠とする西園寺氏が長宗我部主力による攻撃を受ける。指揮能力や兵力に劣る西園寺氏は城郭を盾に抵抗する。しかし長宗我部も兵力をバラしたため、城攻めをするだけの兵力はない。

長元記02


十河存保 一方の讃岐・阿波方面は、淡路島を拠点とする織田方は、神戸信孝、丹波長秀らが率いる主力部隊が渡海してくる。そして阿波一帯と東讃岐に地盤を持つ十河存保と合流し、讃岐・阿波方面の長宗我部勢を追う。
讃岐に攻め込んだのは十河存保。同方面には長宗我部方についている香川信景(2-1-2)、羽床資戴らが布陣している。十河存保は反長宗我部方についた地侍の香西佳清(2-1-2)と共同で長宗我部勢を攻撃する。羽床資戴は能力に優れた武将であったが、それでも能力と兵力の両方で勝る十河存保に抗すべくもなく、野戦の末壊滅する。

長元記03


香宗我部親康一方、吉野川沿いには丹波長秀が主力を率いて長宗我部勢副将格の香宗我部親康率いる機動兵力を攻撃する。丹波長秀の後方からは神戸信孝、三好康長(3-1-3)らが続き、その兵力は香宗我部親康勢の2倍を超える。そのため香宗我部親康は前線を支えきれずにズルズルと後退を余儀なくされる。

長元記04


最終的には羽床資戴勢は十河存保らの攻撃を受けて壊滅。香川信景も城に囲まれて動きが取れなくなる。こうして十河存保は讃岐一帯を制圧した。
阿波方面は後退を続ける香宗我部親康が阿波方面における長宗我部勢策源地である白地城(現在の阿波池田付近)まで追い詰められ、さらに白地城から追い出される所まで追い詰められた。一方の西部戦線では長宗我部勢が攻勢側に立っているものの、西園寺、河野両氏の遅退戦術に阻まれて勢力拡大には至らない。
ここに至って長宗我部勢は防衛戦を放棄。織田信長との和平交渉に応じることとした。つまり長宗我部勢の投了である。

長元記05


感想だが、全般に兵力に劣る長宗我部勢の不利は否めない。しかもこのシナリオには一切のハンディキャップがなく、純粋に奪取した敵城と除去した敵武将のみがVP源となる。総兵力に劣る長宗我部勢としては、織田方主力が登場してくる讃岐・阿波方面で如何にして無駄な失点を防ぎつつ、西伊予方面で戦果を挙げて失ったもの以上の戦果を収める必要があろう。長期戦では万に一つも長宗我部勢に勝ち目はないが、幸いこのシナリオはたった10Turnの短期シナリオだ。上にも述べた通り主導権は長宗我部勢にあるのだから、長宗我部勢は苦しいながらも綱渡りで勝利を狙うことは十分可能だと思う。

つづく

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