もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

カテゴリ:戦史 > 第1次世界大戦

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Paths of Glory(以下、パスグロ)は第1次世界大戦を戦略レベルで扱ったシミュレーションゲームだ。
今回、このパスグロをプレイしてみた。下名は中欧陣営(ドイツを中心とする同盟諸国)を担当する。

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10Turn(1916年夏)

中欧軍もようやく「総力戦」の段階へ移行した。

イメージ 11連合軍がなおもヴェニスに向けた第2次総攻撃を仕掛ける。しかし今回も攻撃は失敗に終わる。その隙を突いてドイツ軍はヴェニスで塹壕を構築し、連合軍のさらなる反攻に備える。
東部戦線ではロシア軍が反撃に転じ、東プロイセンのケーニクスベルグ(Konigsberg)を一時包囲していた。しかしドイツ軍が即座に反応したためロシア軍はケーニクスベルグ奪取を諦めて後退していった。

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11Turn(1916年秋)

イメージ 12イタリア戦線で中欧軍が再攻勢に出る。ドイツ・オーストリア連合軍(SUD軍)がイタリア半島を南下し、ボローニャ(Bologna)からフローレンス(Florence)に進出。ラヴェンナに位置するフランス軍の側面を脅威する。また別のオーストリア軍はアルプスの出口であるトリノ(Turin)に進出し、グルノーブルからイタリアを狙うフランス軍を押さえる。しかしこのTurnの攻撃は出目に恵まれず戦果小・損害大という結果に終わった。

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12Turn(1917年冬)

イメージ 13連合軍は戦局を打開すべく、攻勢の矛先を近東方面に向けてきた。シナイ半島に巨大な水道パイプラインを設置(シナイ・パイプライン)し、攻勢準備を整える。そこにアレンビー(Allenby)将軍率いる中東軍(4-3-3)を編制。シナイ半島からパレスチナに向けて前進する態勢を整える。対するトルコ軍は、ドイツ、ルーマニアからの増援を得てパレスチナ防衛を強化。ガザ(Gaza)要塞を中心に防御ラインを固める。

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イタリア戦線では、アルプス越えのフランス軍による圧力が強化されてきたので、防御力に優れたドイツ軍部隊がトレノに進出。そこに塹壕を掘ってフランス軍と対峙する。この防衛力強化によって一応アルプス側の戦線は安定する。一方イタリア半島方面にはオーストリア軍3個軍その他を派遣。フランス軍の残余とイタリア軍を追いつつ、ローマ(Roma)を目指す。

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13Turn(1917年春)

イメージ 14中欧軍は中東方面へ増援部隊を派遣する。そして一部の兵力でキプロス島に残る英MEF軍を攻撃。これを撃破してキプロス島戦線を安定化させる。英軍は坑道攻撃でガザ要塞攻略を目指すも、守備隊の奮戦によってこれを撃退した。
これまで触れてこなかったが、主戦線たる西部戦線でも英仏軍による攻撃が熾烈であった。ドイツ軍は補充によって何とか持ちこたえている状況である。

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14Turn(1917年夏)

イメージ 15このTurnは「人事の季節」だった。ファンケンハインに代わってルーデンドルフ&ヒンデンブルグのコンビが指揮を取る。Uボートが無制限潜水艦戦を展開し、ホフマン(Hoffmann)がその辣腕をふるった。ドイツ軍第17軍、第18軍が編制され、ドイツ軍は18個軍態勢を確立した。それにしても1国で18個軍かぁ・・・。すごいなぁ・・・。

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15Turn(1917年秋)

イメージ 16再びイタリア半島で中欧軍が攻勢に出る。西側の地中海沿岸地帯をドイツ軍が突進。首都ローマを占領した。アドリア海側からはオーストリア軍がヴェニスから南下する機会を伺っている。生き残ったイタリア軍とフランスの遠征軍はイタリア南部一帯に追い詰められた。イタリアの運命は極まったか・・・。
その時、フランス軍の部隊がギリシャのサロニカ(Salonika)に上陸する。サロニカ上陸作戦。それは連合軍にとって起死回生を狙った作戦だった。

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16Turn(1918年冬)

イメージ 17イタリア半島は決定的局面を迎えた。
ドイツ軍はナポリ(Naples)を占領。そしてアドリア海側に出てフォッジア(Foggia)を占領する。さらに北からはオーストリア軍がアドリア海沿岸に沿って南下し、ラヴェンナを抜けてアンコーナ(Ancona)まで進出してきた。イタリア半島における連合軍は、南北に分断され、北はイタリア軍の残余がペスカーラ(Pescara)に包囲され、南はフランスからの遠征軍がタラント(Taranto)に追い詰められていた。

イタリア戦線が概ね決着がついたので、中欧軍は東部戦線で攻勢を再開する。一旦ロシア軍によって奪回されたヴィルナをドイツ軍2個軍が攻撃して再奪取。さらにミンスク(Minsk)に向けて前進する。ドイツ軍破竹の進撃によってロシア国内では動揺が広がる。そしてニコライ皇帝が遂に退位した。ロシア革命の始まりである。

このTurn、ルーマニアが連合軍側に立って参戦した。

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17Turn(1918年春)

イメージ 18イタリアにおける連合軍は全滅した。2年以上に渡って繰り広げられてきたイタリア半島の戦いは、中欧軍の勝利に終わった。東部戦線ではドイツ軍計6個軍がロシア軍に対して猛攻を仕掛けている。ドイツ軍は少しづつだが、ロシア奥地へ向けて前進していった。革命の気運みなぎるロシア軍に反撃の機会はない。

ルーマニア軍が限定的な反撃を実施し、セルビアの首都ベオグラードを奪回した。そのため一度は壊滅したセルビア軍が、ベオグラードで再編成される。

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18Turn(1918年夏)

サロニカにフランスオリエント軍が編制された。セルビア軍と連結し、トルコ、ブルガリアを狙う勢いである。しかしドイツ軍は先に奪回されたベオグラードを再度奪回し、また東部戦線ではミンスクが陥落する。この段階で勝利の見通しを失ったと感じた連合軍は、中欧軍に降伏を申し入れた。

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感想

相変わらず面白い。交互に手番を進めていくスタイルのゲームなので、所謂「ダウンタイム」が少なく、緊張感を持続したままプレイできる。しかしその一方で毎回毎回相手と丁々発止の駆け引きを繰り広げるのは精神的には楽ではない。

イメージ 19今回はイタリア戦での勝敗が結果的に最終的な勝敗につながったが、イタリア戦がパスグロの肝になるケースは結構多い。私自身も以前にイタリアを抜かれて負けたこともあったし、あるいはイタリアに攻め込んできたドイツ軍を逆包囲して勝ったこともあった。コツを掴めばなんとかイタリアは守り切れるそうだが、果たしてどうだろう?。イタリアではそこそこ抵抗するものの、最終的に潰されたら諦める。その代わり西部戦線でキッチリ攻勢してドイツ軍を撃破し、ドイツ本土に雪崩れ込む。そういった展開もありだろう。

イメージ 20近東戦線についてはまだまだわかっていない。イベントに流されている感じだった。中欧側は守っているだけで良いのでなんとかなったが、連合側を持つ場合は積極的に仕掛けていく必要があろう。特にケマル将軍は要注意だ。

イメージ 18東部戦線については、ドイツ軍が攻勢を急ぐ必要はないと思う。ただしドイツ軍がいないとロシア軍がオーストリアを潰してしまうので、オーストリアを守る程度のドイツ軍が展開していれば良いと思う。ドイツ軍3個軍+SUD軍1~2個ぐらいだろうか。SUD軍はバルカンやイタリアでも欲しいので、あー、困った困った。

いずれにしてもパスグロは一度最後まで通してみたい作品である。難点はVP計算が途中でずれてくること。占領VPとイベントによるVPはカードを見ればわかるが、強制攻撃とかイタリア参戦しません的なVPは覚えておく必要がある。何か良い方法はないものか・・・。

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Paths of Glory(以下、パスグロ)は第1次世界大戦を戦略レベルで扱ったシミュレーションゲームだ。第1次世界大戦の陸上戦闘をP2P(ポイント・トゥ・ポイント)の地図とCDS(カード駆動システム)で描いた作品で、陸上戦闘以外(戦略爆撃、海上戦闘、Uボート戦等)はカードイベントによって抽象的に描かれている。1Turnは実際の3ヵ月、1ユニットは軍又は軍団だ。ユニットの規模が大きいため、駒数は比較的少なく、最強のドイツ軍にしても駒数は30前後である。
今回、このパスグロをプレイしてみた。下名は中欧陣営(ドイツを中心とする同盟諸国)を担当する。なお、今回のプレイでは、ルールは2010年度版(GMTサイトの現時点におけるLiving Rule)、セットアップは4.2.4のオプションを採用。またカードの手札制限は8枚とした。

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1Turn(1914年8月)

イメージ 16「8月の砲声」と共に第1次世界大戦の幕は切って落とされた。ドイツ軍の精鋭3個軍はベルギーのリエージュ(Liege)要塞を落し、一気にフランス領内へ雪崩れ込んだ。セダン(Sedan)を守るフランス第5軍(3-3-3)は瞬く間に撃破され、ドイツ軍2個軍がセダンに進出する。ドイツ軍の攻撃はさらに続き、ヴェルダン(Verdan)を守るフランス軍に猛攻を加える。大打撃を被ったフランス軍はヴェルダンと、さらにそれに隣接するナンシー(Nancy)要塞を放棄し、その後方のバル・ル・デュック(Bar le Due)まで後退していった。

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イメージ 15西部戦線では大成功を収めたドイツ軍であったが、バルカン戦線でのオーストリア軍はセルビアに侵攻。その首都ベオグラード(Belgrade)を攻撃したものの、出目に恵まれず攻撃は失敗に終わった。さらに連合軍は西部戦線におけるドイツ軍の攻撃を牽制するため、東部戦線で大規模な攻勢を仕掛けてきた。兵力に勝るロシア軍は国境ラインのオーストリア第3軍(3-2-3)を撃破しつつ、西に向けて進撃を開始した。プシェムィシル(Przemysl)のレベル3要塞がロシア軍に占領され、レンバーグ(Lemberg)、チェルニウツィー(Czernowitz)といったVP都市が相次いでロシア軍の手に落ちた。

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2Turn(1914年9月)

イメージ 17先のTurn、フランス軍が放棄したナンシー要塞をドイツ軍が占領した。一方連合軍は英軍を主力とする部隊が北部戦線で反撃に転じ、リエージュを奪回していた。
東部戦線では、先のTurn、たロシア軍がさらに西へ向けて前進する。オーストリア南東部のカルパティア山脈を突破したロシア軍はクルジュ(Cluj)を占領した。カルパティア盆地の入口を支配したロシア軍は、その西方にブダペスト(Budapest)、そしてウィーン(Vienna)を望む。

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3Turn(1914年秋)

イメージ 18ドイツ軍は先のTurnに失ったリエージュに対して反撃を行い、同地に進出していたベルギー第1軍(2-3-3)を撃破。リエージュを奪回していた。さらにドイツ国内ではライヒスタークの社会民主党が政治的「休戦」を宣言して戦争に協力することを表明。これにより中欧軍は、連合軍に先んじて「動員状態」から「限定戦争状態」に移行した。
東部戦線にはドイツ軍3個軍が進出し、ロシア軍と対峙する。さすがにドイツ軍3個軍の威力は無視できず、東部戦線はやや小康状態を迎えている。

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4Turn(1915年冬)

イメージ 19このTurnからトルコが中欧側に加わった。三国体制の確立である。オーストリアとドイツの合同軍(SUD軍)がセルビアに侵攻する。ベオグラード(Belgrade)を守るセルビア第1軍(2-2-3)は鎧袖一触で撃破され、ベオグラードは中欧軍の手に落ちた。
連合軍は、ベルギー領内におけるドイツ軍の残虐行為を喧伝し(レイプ・オブ・ベルギー)、さらに海上封鎖(Blocked)によってドイツの経済に締め付けを仕掛ける。

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5Turn(1915年春)

イメージ 20コーカサス山脈を挟んでトルコと国境を接するロシア。宿年の仇敵に対してロシアは軍事行動に打って出た。ユーデリッチ(Yudenitch)将軍指揮するコーカサス軍(3-2-3)が編制され、トルコ領内に雪崩れ込む。エルズルム(Erzerum)に対して総攻撃をかけたロシア軍であったが、そこはトルコ側も抜かりがなかった。トルコ軍の誇る名将ケマル(Kemal)将軍とドイツの軍事顧問リーマン・フォン・サンダース(Liman Von Sanders)のタッグでロシア軍の攻撃を迎え撃つ。この戦闘で虎の子コーカサス軍がステップロスしてしまい、ロシア軍がカスピ海側からトルコへ圧力をかけるのが難しくなった。

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イメージ 21しかし連合軍は諦めない。今度は英近東軍(MEF)(1-2-3)が編制され、キプロス島に上陸した。ここから対岸のアダナ(Adana)を伺う。中欧軍はSR(戦略再展開)を使って近東地区にドイツ軍団を送り込む。こうして東地中海を挟んで両陣営が対峙する。

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6Turn(1915年夏)

大西洋で悲劇が起こった。ドイツ軍Uボートの攻撃によって英国客船ルシタニア号が沈没したのである。乗船していた乗員乗客1000名以上が死亡し、かのタイタニック号の悲劇に匹敵する大惨事となった。犠牲者の中には128名のアメリカ人旅行者が含まれており、孤立主義を取っていたアメリカ合衆国は反独的な姿勢を強めていくことになる。

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バルカン半島では、遂にセルビアが陥落。時を同じくしてブルガリアが中欧側陣営に立って参戦する。ドイツ国内では、ヴァルター・ラーテナウ(Walter Rathenau)による帝国経済の再編成が行われ、ドイツは長期戦に備える態勢を整えた。さらにはファルケンハイン(Falkenhayn)がドイツ参謀総長に就任し、消耗戦という恐るべき戦略によって連合軍と相対しようとしていた。

7Turn(1915年秋)

イメージ 22東部戦線ではドイツ軍が攻勢に転じてポーランド領内のウィチ(Lodz)、ワルシャワ(Warsaw)を占領し、さらに東へ進んでロムザ(Lomza)、グロドノ(Grodno)、コヴォノ(Kovno)の各要塞地帯を占領。そしてロシアへの入口とも言うべきヴィルナ(Vilna)を奪取した。これでドイツ軍はロシア領内の3都市を占領したことになり、ロシア革命への次のステップである「皇帝出撃」を使用する権利を得た。

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8Turn(1916年冬)

イメージ 23戦争は早くも3年目に突入した。既に短期戦の望みは消え失せ、「戦争を終わらせるための戦争」は先の見えない長期戦へと向かっている。
このTurn、イタリアが連合軍側に立って参戦した。しかし予めイタリアの参戦を予期していた中欧軍は慌てない。アドリア海北岸のトリエステ(Trieste)とアルプス山中のトレント(Trent)からドイツ軍を伴ったオーストリア軍各1個軍が、イタリア領内に雪崩れ込む。慌ててイタリア第5軍(2-2-3)が編制されるが、オーストリア軍の進撃は止まらない。

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9Turn(1916年春)

イメージ 24連合軍が一足先に「限定戦争」段階から「総力戦」に移行する。このTurnの主戦場はイタリア半島だ。同方面に3個軍を投入したオーストリア軍はイタリア軍を圧迫し、このTurn、要域ヴェニス(Venice)を占領した。
連合軍は、イタリア領内における戦力不均衡を打開すべく、フランス領内から完全戦力3個軍からなるイタリア派遣軍が出撃する。グルノーブル(Grenoble)でアルプス山脈を越えたフランス軍は、イタリア領内に入りジェノア(Genoa)付近まで進出する。さらに半島の付け根を横切ってヴェニス奪回を目指すフランス軍に対し、ただちにドイツ軍2個軍がイタリア半島に送られ、ヴェニスにおける守備力強化を図る。
ラヴェンナ(Ravenna)でアドリア海沿岸に到達したフランス軍は、その北にあるヴェニスに襲いかかる。大兵力同士の激突だが、ここでは中欧軍が何とかヴェニスを守り切った。

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このTurnの最後に「ロシア皇帝、戦場で指揮する」のカードを出し、ロシア革命に向けてまた一歩前進した。

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話がいきなりワープしますが・・・・、
オンスロートが終わった後、時間があったので主題のゲームをプレイしました。
最初は下名が同盟軍を担当します。

序盤のムーブはGame Journal誌に記載されている通りでベルギー一帯を制圧。さらに第2Turnにはアントワープを占領し、VPをプラスにしました。その後も順調に攻勢を進め、最終的にはパリへ毒ガス戦を仕掛けるまで伸展。そこで登場してきた米軍に進撃を阻まれましたが、VP的には大差をつけて勝利しました。
序盤に無制限潜水艦戦が出たおかげで連合軍が苦しく、その点が大差をつけた原因ではないかと思います。

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第2戦は同じく同盟軍を担当。前回よりも連合軍の対応が早かったため進撃はストップさせられました。それでもアントワープを占領したおかげでVP差はプラスに転じ、その後徐々にVP差を広げていきます。
決定打となったのは「大海艦隊」カードで、これで毎Turn2VPを獲得した同盟軍が最終的に勝利しました。

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ゲームを終えて感想戦。
まず序盤の同盟軍ムーブですが、Game Journal誌に書かれてある通りで良いと思います。ただ効率だけを考えれば、もっと良い方法があるようにも思われ・・・。もしこれよりも効率よく地歩を拡大する手段があるとすれば、本作のバランスは同盟軍側に大きく傾くことが予想されます。

また中盤以降についてですが、「大海艦隊」カードについては「グランドフリート」で無効化できるので、そうすべきでしょう。またそれ以外にも「グランドフリート」は相手の作戦カードを永久に除去する効果があるので、デッキに組み入れておくと効果的と思われます。

あと連合軍としては、同盟軍の攻勢正面に反攻を仕掛けるのではなく、攻勢正面の側面から攻撃を仕掛けるのが良いかと思います。例えば同盟軍がリールからコンピエーニュに向かってきた場合は、コンピエーニュ方面ではなく、例えばカンブレーとかシャルルロアから北西に向けて反撃し、同盟軍の連絡線遮断を狙うのが効果的かと思いました。あとヴェルダンとかディナンといった主戦線から少し外れた場所から攻撃を仕掛けるのも効果的かと思います。

たった2回しかプレイしていないので今の所断言はできないのですが、同盟軍がやや有利かな、と思います。まあもう少しプレイしてみないとわかりませんが・・・・。

慣れれば1時間前後で終わる手軽なゲームなので、もう少しプレイする機会を増やしてみたいと思います。

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Empire of the Sunが終わって時間がまだあったので、比較的短時間で終わるゲームということで、主題のゲームをプレイしました。このゲームは、第1次世界大戦における東部戦線を、いわゆる「強襲システム」で再現しようとした作品です。ドイツから西部ロシアまで、北はバルト海から南はエーゲ海。トルコまで含んだマップがいくつかのエリアで区切られ、1Turnは約半年、1ユニットは1個軍団を表します。

今回は2回対戦し、2回とも連合軍を担当しました。結果から言えば2連敗。いずれも20点差以上の大差をつけられて完敗です。

対戦記、連合軍完敗す

最初の対戦の時はワルシャワとベオグラードが早々に陥落し、VP差が一気に-3点になってしまいました。その後はVP差を挽回できずに累積VPが溜まっていく一方。そのうちにミンスクも陥落。ブレスト条約の締結もあったりして、結局6Turn(1916年)ごろに投了となりました。

2回目の対戦時は先の教訓を反映。ワルシャワとミンスクを守りつつ、オーストリアに逆進攻を行ってVPを早めに取り返そうとした。またベオグラード陥落を防ぐため英仏軍をサロニカに上陸せしめました。その甲斐もあってしばらくはワルシャワ、ベオグラードは守り切っていましたので、VP差は連合軍有利の状況で推移していきます。
しかし重砲射撃と重点攻撃を駆使して襲い掛かる中欧軍の攻撃により、まずワルシャワが陥落。さらにベオグラードが陥落し、VP差は再び-3点となってしまいました。英仏軍はセルビア戦に毒ガスを使用し、ベオグラード奪回を試みますが、ドイツ軍もガス戦で対抗。すぐに戦線は膠着します。その後イタリアの参戦、ルーマニアの参戦等がありましたが、トルコ、ブルガリアが中欧軍に着くに及んで再びVP差は中欧軍側に傾き、それを挽回できないまま結局第8Turn(1917年)には投了を余儀なくされました。

感想

VP差がつくと挽回が難しいですね。VITPのように終盤の大逆転が約束されているゲームでは、ある程度VP差がついても逆転が可能ですが、本ゲームのテーマは第1次世界大戦。塹壕戦なので終盤の大逆転は期待できません。従って序盤でなんとか得点差を抑え込む必要があります。とはいえ、ロシア軍は色々と足枷があって、ドイツ、オーストリア軍とまともに対抗するのは困難です。その上序盤はカードの枚数でも連合軍は不利になっています。連合軍としてはドイツ・オーストリア軍と互角に戦える英仏軍を早めにバルカン方面に誘導し、ドイツ・オーストリア軍を牽制する必要があると思いました。

難しいのはやはりロシア軍。ワルシャワをどこまで守り切れるかが勝負だと思われます。どのようにそれを達成するかは難しいですが、やはり兵力集中と前進防御しかないように思います。あとは早くイタリアに参戦して頂く必要がありそうですね。

もう少し色々考えてみます。

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GMT社の傑作ゲーム、Paths of Glory(以下、PoG)をVASSALを使ってメールプレイしました。PoGのテーマは第1次世界大戦の欧州戦線で、1Turnが実際の3ヶ月に相当し、全20Turnで欧州の覇権を争います。PoGの概要については、こちらの記事その他を参照して下さい。

今回、PoGをプレイするにあたり、下名が連合軍(英仏露側)を担当しました。ちなみに連合軍と相対するドイツ・オーストリア陣営については、中欧軍と呼称することにします。ルールは2004年に発表された第2版を使用しました。以下の選択ルールは全て採用しました。
 4.2.4:ロシア及びオーストリアに関する初期配置のオプション
 9.1.4:カードを7枚ではなく8枚引くオプション
 11.2.10:塹壕構築に失敗した際に、次ラウンド以降-1DRMを適用するオプション

前回までのあらすじ
1-8Turn
9-14Turn
15-18Turn

18Turn(1918年夏)(承前)

ストラスブール(Strasburg)の塹壕が完成したことを見た中欧軍プレイヤーより停戦の申し入れ(ルール16.5項ではなくプレイヤー間で)があった。連合軍としてはこの先逆転勝利の可能性がない訳ではない。しかし、このまま続けても泥試合に可能性もある上、サドンデス負けを食らう可能性も若干ながら残っている。そこでここは中欧側のからの停戦の申し入れを受諾。ここに「戦争を終わらせるための戦争」は終了した。

VP的には19VP。「14ヶ条」と「海上封鎖」によって2VP得られるとしても17VP。引き分けラインは13VP以下なのでかなり苦しい。ゲーム的には「負け」であろう。ヴェルサイユ体制は史実と異なった形になり、ひょっとしたら第2次世界大戦も史実と異なった形で戦われる可能性が高い。

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感想

イメージ 3負けた。惨敗とは言いたくないが、負けた。敗因は2つ。イタリア戦線の崩壊と中東戦線だ。
まずイタリア。イタリアで失った7VP。これがなければ少なくとも引き分けには持ち込めたはず。イタリアはヴェニス(Venice)、トレント(Trent)の線で守るのが理想だが、なかなかそうはいかない。今回は攻勢を仕掛けようとして失敗した。前回のプレイでもそうだったが、イタリア戦線は一見地味だが、戦局を左右するポイントになりやすいことがわかった。両軍にとっても主戦線から遠く離れているため戦力のバランスが崩れやすい。一方が優位に立てば、状況は加速度的に変化していく。従ってイタリア戦線については、全般的な戦局を睨みつつ、兵力のバランスを保持するように努める必要があろう。
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イメージ 5中東については、アラビアのロレンス等を有効活用できなかった。挙句イラク南部を失ってVP2点を失ったことは痛恨の極みである。イタリアとイラクにおけるVP損失がなければ、連合軍は勝っていたのだ。中東戦線は主戦線から遠く離れているので注意が散漫になるが、同方面で攻勢を仕掛けて中欧軍を忙しくする必要があっただろう。ユーデニッチについてももっと積極的に行動させるべきだった。

イメージ 7総じて主戦線である西部戦線に注意を取られて他方面での戦略が疎かになった感が強い。西部戦線が潰されたら全てが終わり、という恐怖感があり、そのために過剰な兵力集中を招いたことは否定できない。ゲーム終盤におけるドイツ軍の攻勢能力を知らなかったために過剰な程に縦深を深くとってしまった。そのために他方面での攻勢が上手くいかなかった。

イメージ 9ゲームとしての感想であるが、一言で言えば「面白い」。カードを引いてくる時のドキドキ感、相手の手札を読む時のドキドキ感はCDS共通の楽しみだといえる。またカードに含まれる様々な歴史的イベントは、第1次世界大戦に対する興味を興味を喚起させる。
その一方でかなりテクニカルなゲームだと感じた。補給切れに対する制約や後退時の制約がかなり厳しく、ルールを知らないと大損害を食らってしまう。補給切れは兎に角、後退時のオーバースタック禁止等は「あそこまで厳しいルールにしなくても良いのでは?」と思ってしまう。シミュレーションとしても疑問を感じる部分だ。
そういった意味においては、ゲームシステムについて習熟したプレイヤーでないと、まともな勝負にならないゲームだと感じる。習熟したプレイヤー同士が戦うと白熱したゲーム展開が期待できるが、初心者が下手に手を出すと火傷するゲームだとも思った。

イメージ 8またカードの使い方も難しい。一般的なCDSゲームと同じく、本作ではカードを作戦カード、イベントカード、又は補充カードのいずれかとして使える。作戦カードで使えば盤面の状況を直接変更できる。だから作戦カードとして使いたくなる訳だが、ある程度補充に回しておかないといずれは兵員不足で壊滅するし、イベントについても長期的な視野に立てばイベントを回しておかないと戦略的には不利な状況を強いられる。そのあたりのバランス感覚を掴むためにはある程度「慣れ」が必要だと思った。

イメージ 6やや否定的なこと書いたが、本作がゲームとして傑出した面白さを持った作品であることには変わりがなく、またプレイ可能な時間で第1次世界大戦の全域をプレイできるという点も大きいだろう。プレイヤーを選ぶゲームではあるが、選ばれた人達にとっては傑作に相応しい作品に思える。

機会があれば再戦してみたい。

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