もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

カテゴリ:ゲーム > 作戦級ゲーム

WGJ013_表紙


「最後のサムライ-西南戦争」(以下、本作)は、ウォーゲーム日本史13号の付録ゲームで、2012年に国際通信社から発売された。テーマは西南戦争で、九州全域を舞台に薩摩軍と政府軍との戦いを描く。1ユニットは1,000~5,000人程度と思われる。1Turnのスケールは不明だが、1~2週間程度と推測できる。
基本システムはPaths of Gloryに似たカードドリブンシステム(CDS)。カードに記載されたイベントを発動するか、またはカードに記載された作戦値を使用して移動、攻撃を実施できる。さらに本作では「カードの購入によるデッキ構築」という概念を導入し、プレイヤーの選択によって強力なカードを組み入れることができるようにしている。これはPaths of Gloryにおける「デッキへのカード追加」を一歩進めた考え方とも言えよう。

今回、本作をVASSALを使ってソロプレイしてみた。一般に本作のようなCDSゲームはソロプレイが困難と思われているが、カードの引きが適度なランダマイザ―となっており、ソロでも十分に楽しめた。

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1Turn

[薩_二番大隊433]薩軍が遂に出陣した。先鋒の一番大隊、二番大隊(各4-3-3、攻撃力-耐久力-移動力、以下同じ)が鹿児島から川内、阿久根、八代を経て宇土に布陣する。そして熊本を攻撃。政府軍の守備隊(1-1-1)を鎧袖一触で撃破し、熊本城外に布陣した。
薩軍の出陣に呼応し、豊後竹田の報国隊(2-2-2)が蜂起した。報告隊は大分を守る政府軍の守備隊(1-1-1)を攻撃し、これを撃破。報国隊が大分を占領した。

このTurn終了時点、薩摩軍は重要地点を6ヶ所占領し、政府軍は5ヶ所となった。政府軍が負けているので、政府軍の士気値は1段階低下して5になる。

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2Turn

[政_第1旅団422]野津鎮雄少将指揮下の政府軍第1旅団(4-2-2)が大分を攻撃。激戦の末、薩摩側の報国隊を撃破して大分奪回した。
一方、熊本方面の薩摩軍は、一番大隊、二番大隊が北上を開始。南関の政府軍第13連隊、第14連隊を攻撃。さすがは精鋭薩摩軍。政府軍2個連隊を撃破し、久留米を奪取した。

このTurn終了時点で政府軍の士気値は4にまで低下する。

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3Turn

[薩_上陸部隊221]薩摩軍は左敷に布陣していた五番大隊(4-3-3)から強襲上陸部隊(2-2-1)を派出し、長駆長崎に対して強襲上陸作戦を実施する。成功率56%。決して悪い確率ではなかったが、上陸作戦は失敗に終わる。この作戦が成功していれば、薩摩軍はそのまま政府軍を押し切ってサドンデス勝利できたかもしれない。薩摩軍にとっては惜しい場面であった。
政府軍は2個旅団を佐賀に集結して久留米に対する反転攻勢を仕掛ける。薩摩軍も2個大隊を南関に進出。佐賀の政府軍2個旅団を攻撃したが、政府軍はその攻撃に耐えて久留米を攻撃。これを奪回した。

このTurn終了時点で薩摩軍は重要地点を5ヶ所占領し、政府軍は6ヶ所となった。薩摩軍が負けているので、薩摩軍の士気値は1段階低下して5になる。

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4Turn

[政_別働第1旅団322]久留米攻防戦。政府軍は別働第1旅団(3-2-2)と消耗した2個旅団を投入して久留米を守る。薩摩軍は2個大隊を投入するも、久留米を奪取できず。しかし政府軍も南関を守る薩摩軍の野戦築城を突破できない。

一方大分を奪回した政府軍第1旅団は、大分から豊後竹田を抜けて阿蘇山の麓にある肥後高森に進出。側面から熊本方面を伺う。

このTurn終了時点で薩摩軍の士気値は4にまで低下し、政府軍と並んだ。

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5Turn

[政_警視隊122]薩摩軍は熊本城外に攻城砲を配置。城に対する砲撃を行う。しかし城兵の士気は高く、砲撃により動揺を誘うことはできなかった(砲撃失敗)。

政府軍は警視隊(1-2-2)を編制し、中津の守備と治安維持に回す。中津や佐賀でも旧士族による不穏な動きがあり、これを放置すると薩摩方の諸隊(党薩隊)が活動を開始して面倒なことになるからだ。

薩摩軍は人吉に待機していた桐野利秋率いる四番大隊(4-3-3)を鹿児島に移動させた。これは鹿児島を守備するという意味もあるが、強襲上陸による奇襲を狙った策でもある。このままではジリ貧必至の薩摩軍にとっては、どこかで一発逆転を狙う必要があった。

このTurn終了時点で薩摩軍の士気値は3にまで低下し、遂に政府軍を下回ってしまう。

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6Turn

[薩_延岡隊222]党薩隊の1つである延岡隊(2-2-2)が延岡より重岡に進出してきた。この配置は豊後高森に布陣する政府軍第1旅団の背後を狙う動きである。それに対して政府軍は、中津に待機していた第3旅団(3-2-2)と、さらに本国で動員された第4旅団(3-2-2)、そして高森の第1旅団(3-2-2)の3個旅団を結集した。
圧倒的な政府軍による攻撃を受けて延岡隊は文字通り瞬殺されてしまう。抵抗を排除した政府軍は、日向灘に向けて進撃を続けている。

このTurn、「西郷隆盛」イベントによって一時的に士気値を1レベル回復した薩摩軍であったが、そのTurn終了時点で薩摩軍の士気値はまたもや3にまで低下する。

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7Turn

[薩_四番大隊433]熊本北部で薩摩軍が最後の攻撃を仕掛けてきた。二番大隊と七番大隊(2-2-3)が久留米を守る政府軍2個旅団を攻撃したのである。さすがに薩摩軍の精鋭部隊は強く、政府軍2個旅団は敗走。薩摩軍は再び久留米を奪取した。

「このままいけば勝てる」

薩摩軍が一瞬希望を持った瞬間である。しかし政府軍も抜け目ない。先に延岡隊を撃破した政府軍2個旅団が延岡から海岸線に進出。海沿いを南下して宮崎に迫ってきたのである。
宮崎を守るのは薩摩軍の六番大隊(2-2-3)。薩摩軍の中ではやや戦力劣る部隊であった。桐野の四番大隊も急遽鹿児島を進発して宮崎に向かったが、タッチの差で間に合わず。政府軍の攻撃を受けて宮崎は陥落。薩摩軍の六番大隊も壊滅してしまう。

このTurn終了時点で薩摩軍の士気値は2にまで低下する。そろそろ後がなくなってきた薩摩軍なのであった。

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8Turn

[Z_Maker薩軍士気]薩摩軍は桐野の四番大隊で宮崎方面への反撃を行う。政府軍2個旅団に対し精鋭薩摩軍はまさに獅子奮迅の働きを見せた。政府軍2個旅団を完全撃破して宮崎、さらには高鍋を奪回する。

「このままいけば、ひょっとしたら勝てるかも・・・」

薩摩軍が微かな希望を持った瞬間である。しかし政府軍の対応は冷ややかだった。薩摩軍四番大隊が鹿児島の町を後にした頃を見計らって黒田清隆率いる歩兵旅団が鹿児島の町に急速侵攻する。その時の鹿児島は軍事的空白地帯だったため、政府軍は易々と鹿児島を占領する。鹿児島重要スペース2個所分の価値があったので、この時点で政府軍の支配する重要スペースは7個所、薩摩軍は4個所となった。

このTurn終了時点で薩摩軍の士気値は0にまで低下し、薩摩軍の敗北が決定した。

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感想

ゲームとしては非常に面白い。薩摩軍がやや不利に思えるが、史実を考えれば仕方がない所だ。とはいえ、薩摩軍も強襲上陸や党薩隊を上手く使えば勝ち逃げのチャンスは十分にあると思う。特に政府軍プレイヤーが不慣れなら、長崎を奇襲上陸で占領し、さらに大分か久留米を支配することで、一気にサドンデスへ持っていくことも不可能ではないだろう。

それにしてもコンパクトなシステムで西南戦争を綺麗にまとめたデザイナーの手腕には脱帽するばかりだ。どちらに転ぶかわかない絶妙さや戦略的なオプションの広さなどゲームとしての面白さは勿論、西南戦争の戦略的状況を見事に再現したシミュレーションとしての出来も唸らせられる。それがたったの2時間で再現できるという点も素晴らしい。ウォーゲーム日本史の中でも個人的にはベストに押したい作品であり、入手困難なのが惜しまれる。




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Storm Over Normandy(以下、本作)は、2022年にGame Journal誌83号の付録ゲームとして発売されたシミュレーション・ウォーゲームである。元々は米国MMP社が2015年に発売した作品だ。テーマは1944年6月のノルマンディ上陸作戦で、同作戦の最初の8日間を、1Turn=1日、1ユニット=大隊~連隊・旅団規模で描く。

今回、本作を対面でプレイしてみた。私は今回連合軍を担当した。

前回までの展開 --> こちら

6Turn(1944年6月11日)

GE_21PzDiv_192カーン方面ではドイツ軍がクリーンヒットを浴びせた。まずカーンの西半分では、第21装甲師団を主力とする打撃部隊が、英第3歩兵師団に対して反撃を実施。出目10で合計12ヒットを与え、あと一歩で英軍守備隊を追い払う所までいった。英軍は直ちに増援を送って守備を固める。

カーン東半分では、戦車教導師団が反撃を実施。英第6空挺師団の1ユニットが壊滅したものの、英軍は何とか現陣地に踏みとどまった。

米軍線区では、先ほどに引き続いて米第2機甲師団がブリックヴィルを攻撃。ここを電撃占領した。さらにマップ西端部を抜けて米軍部隊の一部がサン・ジャン・ド・ダイユに進出してきた。ここはマップ南端に接したエリアで、ここから米軍はいつでも盤外突破できるわけである。

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7Turn(1944年6月12日)

US_82ADiv_505米軍戦線では、米第2機甲師団がマップ南端にある要域サン・タンドレ・ド・レピンヌを攻撃した。サン・タンドレ・ド・レピンヌは、VPエリアのみならず、マップ南端へ向かう突破口にもなっている。米軍はここからユニットを盤外突破させると、莫大なVPが入手できる。
戦いは米軍の勝利に終わり、米軍はサン・タンドレ・ド・レピンヌを占領した。
さらに米軍は要域カランタンに対して第2歩兵師団と第82空挺師団を投入して総攻撃を実施。艦砲射撃と工兵支援も加えた圧倒的な戦力でカランタンを占領した。これにより、米軍戦線におけるVPエリアは全て連合軍の支配する所となった・

英軍戦線では、カーン正面でドイツ第21装甲師団を主力とする部隊が、英軍部隊を攻撃。8ヒットを与えて遂に英軍をカーンから全面撤退させることに成功した。一方の英軍は、マップ南端につながるヴィレル・ボカージュを攻撃する。しかしドイツ軍を排除することには失敗した。

このTurnに連合軍は9VPを獲得し、ドイツ軍の獲得VPが3VPだったので、その差は6VP。累積VPはようやくプラス5VPになったが、勝利条件プラス30VPに達するのは絶望的な状況になってきた。

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8Turn(1944年6月13日)

UK_7ArmDiv_22最終Turnである。英軍はヴィレル・ボカージュへ集中攻撃を行う。最初の通常攻撃の後、砲兵射撃、航空支援、さらに2つ目の砲兵支援を投入するに至り、ついにヴィレル・ボカージュを連合軍が占領する。
しかしヴィレル・ボカージュは連合軍にとってはドイツ軍の目を引き付けるだけの囮にすぎなかった。連合軍の真の狙いは、米軍戦線からの突破にあったのである。先のTurnに占領したサン・タンドレ・ド・レピンヌを抜けて米軍部隊が次々と盤端へ突破していく。このTurn、サン・タンドレ・ド・レピンヌからサンロー方面へ突破した米軍ユニットは計16個。マップ西端よりクータンス方面へ突破した米軍ユニットが6個。さらにヴィレル・ボカージュからアルジャンタン方面へ突破した英軍ユニットが計4個に達した。これらのユニットで獲得したVPは 23VPに及んだ。さらにエリアVPが連合軍10VP、ドイツ軍2VPで+8VP。このTurnに英軍1個旅団が壊滅したので-2VPを加えても、最終的なVPは34VPに達する。従って最終段階で連合軍が逆転勝利を得た。


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感想

Z_SprtPoints2プレイ時間は休憩時間を除いて約5時間だった。慣れればもう少し早くなると思うが、初プレイだとこんなものだろう。VP計算で少し勘違いしていたのが突破ユニットの扱い。突破したユニットは毎TurnVPを加算するのが正しいいのだが、突破した瞬間だけVPを貰えるものと勘違いしていた。お蔭でシェルブール方面への突破を早い段階で実施できたものを、それをやらなかったので、3~4VPぐらい損した。まあ、突破のメリットをドイツ軍プレイヤーに教えてしまうと、突破阻止の行動を取られたので、最終Turnの逆転勝利はなかったかもしれないが…。

ゲームとしては結構面白かった。オーソドックスなシステムだが、ノルマンディにおける激しい陣地戦が良い感じで再現されている。ルールはシンプルだが、歴史ゲームとしてみても突拍子のない展開にはならないので、納得できる。カードの扱いも過度にぶっ飛んだものはなく、あくまでも「おまけ」的な位置づけに留まっている点も好感を持った。

同テーマのゲーマは多数あるが、タイムスケールと扱っている期間が良く似ているのがGMTのNormandy'44である。Normandy'44と比較すると、Normandy'44はHexマップを採用しており、より「ウォーゲーマー受け」するイメージがある。Normandy'44にはカードやエリアといった「ゲームっぽい」アイテムがない分、よりシミュレーション性が高いように感じる。ただ、Normandy'44は天候の影響が大きく、天候ダイスの良否によってゲームバランスが影響を受けやすい。その点、本作ではそのようなバランスに影響を与える要素が小さいため、競技用ゲームとしてはより優れているように思える。

結論として本作は良いゲームで、再戦したいアイテムである。

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Storm Over Normandy(以下、本作)は、2022年にGame Journal誌83号の付録ゲームとして発売されたシミュレーション・ウォーゲームである。元々は米国MMP社が2015年に発売した作品だ。テーマは1944年6月のノルマンディ上陸作戦で、同作戦の最初の8日間を、1Turn=1日、1ユニット=大隊~連隊・旅団規模で描く。

本作は、基本システムとして1981年に米国Avalon Hill社から出版されたStorm Over Arnhem(邦題「アルンヘム強襲」)を元にしている。各ユニットは原則として1Turnに1度だけ活性化でき、1度の活性化で移動又は射撃を選択できる。活性化したユニットは裏返しになり、防御力が1段階低下する。だからできれば敵を先に活性化させて、そこに自軍の射撃を見舞うのが得策といえる。

マップはエリア方式で、射撃は同一エリアの敵に対して実施可能である。またエリアの支配という概念があり、エリアを支配している側は敵の射撃を受けた時に地形効果を得られる他、戦闘結果で後退を行う際には自軍支配下のエリアにのみ後退できる。エリアの支配を奪うためには、敵側ユニットを当該エリアから一掃する必要があり、まさにエリアの支配を巡って「血で血を洗う」激戦が繰り広げられる。

オリジナルの「アルンヘム強襲」と異なり、本作ではイベントカードを併用する。いわゆる「強襲システム」にカードを併用するのは和製「強襲システム」(Game Journal版強襲シリーズ)では定番になっているが、本作におけるカードの扱いは比較的「大人しい」ものになっている。和製「強襲システム」では、カードがゲームのメインエンジンとなっていて、「カードがなければ何もできない」ゲームが多い。しかし本作のカードはあくまでも「補助」の扱いで、砲兵支援や機甲部隊の支援、ボカージュの理由、空襲による移動妨害という役割を果たす。またカード引きもランダムで、自らの意思でデッキを構築する「和製強襲システム」とはやや異なったアプローチを採用している。

今回、本作を対面でプレイしてみた。私は今回連合軍を担当した。

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1Turn(1944年6月6日)

GE_SP29第1Turnは上陸当日ということで、通常のゲームとは異なる手順で解決する。まず最初に空挺降下を判定する。その後、艦砲射撃で防御拠点を攻撃する。そして6つの海岸エリア、東からスウォード、ジュノー、ゴールド、オマハ1、オマハ2、そしてユタの各海岸に連合軍が殺到する。海岸エリアを巡って両軍の激闘。そしてドイツ軍を排除した海岸に連合軍が橋頭保を確保する。その後に通常のTurnプレイが行われ、海岸堡を巡る戦いが続く。

今回連合軍はTurn終了までに英軍側の海岸堡は全て制圧できたものの、米軍戦線ではユタ、オマハ1でドイツ軍の抵抗を排除できず。確保した海岸堡は合計4ヶ所に留まった。Turn終了時にVP判定があるが、マップ上に存在するVPエリアは計12ヶ所。そのうちドイツ軍が8ヶ所、連合軍は4ヶ所を支配した。その結果、ドイツ軍が4VPを獲得したので、VPの合計はマイナス4点となった。ちなみに勝利条件はプラス30VP。つまり連合軍はゲーム終了時点まで30VPを獲得する必要がある。

2Turn(1944年6月7日)

UK_6ADiv_3P連合軍はまず海岸堡の掃討を行う。オマハビーチでは米第1歩兵師団、ユタビーチでは同第4歩兵師団がそれぞれ支援部隊を伴ってドイツ軍残存部隊を攻撃。一部でピンゾロが出る等の「事故」があったものの、カードの支援を借りて何とかドイツ軍の残存部隊を掃討することに成功した。

英軍戦線では、カーン正面からドイツ軍の精鋭第12SS装甲師団、第21装甲師団が反撃を仕掛けてきた。強力なドイツ軍の攻撃に対してイギリス軍は苦戦を強いられたが、砲兵支援、航空支援等を駆使してドイツ軍を撃退。逆に戦車の支援を受けた英第3歩兵師団がカーン市街地北部郊外に布陣した。
カーン東半分では、ペガサス橋から進撃してきた英第6空挺師団が工兵支援を受けてカーン市に電撃奇襲を実施。上手く行けばカーン市街地の半分を英軍が支配できるチャンスであった。2d6で6以上を出せばカーン市街の半分を占領できるはずだったが(確率72%)、何と出目は4。絶好のチャンスを逃した連合軍なのであった。

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3Turn(1944年6月8日)

GE_12SSPzDiv_12SSカーン東半分には、ドイツ軍の精鋭部隊戦車教導師団が登場。英第6空挺師団と対峙する。このため英軍空挺部隊がカーン東半分を電撃占領できるチャンスは潰えた。

米軍戦線では、ユタビーチを制覇した米軍が、モンテブールに進出。シェルブール方面へ向けた前進を開始する。

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4Turn(1944年6月9日)

GE_21PzDiv_192カーン前面で両軍の激しい戦いは続く。カーン北西部の田園地帯カミリーでは、ドイツ軍第12SS装甲師団と英戦車旅団とが激戦を繰り広げていた。カミリーから撤退しようとした第12SS装甲師団がヤーボの攻撃を受けて1個装甲連隊が撤退に失敗。敵中に取り残されたドイツ装甲連隊を英戦車旅団が猛攻を加えて撃破した。
一方で、大西洋に近いバイユーでは、英軍側面援護に為に進出していた歩兵旅団をドイツ第352歩兵師団所属の2個歩兵大隊が攻撃。出目は11と冴えわたり、英軍歩兵旅団が撃破されてしまう。

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US_4Div_8米軍戦線では、コタンタン半島の入口モンテブールで米第4歩兵師団がドイツ軍を攻撃。これを撃破してモンテブールを奪取した。モンテブールはVPエリアなので、この時点でようやく連合軍のエリアVPがドイツ軍のそれを上回った。

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ちなみにこのTurnは英軍1個旅団が撃破されたので、ドイツ軍に2VPのボーナスが入る。その結果、獲得VPは両軍とも7VP。累積VPはマイナス4VPで動かない。

5Turn(1944年6月10日)

US_2ArmDiv_CCAまず米軍戦線では、増援として登場してきた米第2機甲師団がオマハ海岸から内陸部に進出。トレヴィエールを抜けてヌイイ=ラ=フォレに進出。同地を奪取した。これにより、海岸近くのイシニーを守っていたドイツ軍は背後を脅かされることとなる。
コタンタン半島では、米軍がシェルブールへの入口にあたるヴァローニュを占領した。これで米軍はいつでもシェルブール方面へ突破できるようになる。

英軍戦線では、ドイツ軍が装甲3個師団(第21、第12SS、戦車教導)を投入してカーンから英軍を排除しにかかった。しかしドイツ軍プレイヤー曰く「平均以下のダイス目しか出ない」という状況で、今一つ攻撃が冴えない。

このTurn終了時点でVPは2点獲得したが、累積VPはマイナス2VP。勝利条件はプラス30VPなので、半ば絶望的な状況になっている。

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つづく

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CompassGames社のシミュレーション・ウォーゲーム「The Battle for the Balkans」を紹介します。このゲームは、1985年夏を想定したNATOとワルシャワ条約機構軍との戦いを描いた仮想戦ゲームです。このゲームは、DoomsDay Projectと呼ばれる作品群の1つで、第1作 「The Battle for Germany」 に続く第2作目にあたる作品です。
今回の戦場は、オーストリア、イタリア、ユーゴスラビア、アルバニア、ルーマニア、ブルガリア、ギリシア、トルコといったいわゆる南欧地区で、これらの諸国と米ソの部隊が登場します。




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Turning The Tablesは、1998年にMoments in History社から発売されたシミュレーションゲームです。日本では2004年にコマンドマガジン56号の付録ゲームとして発売されました。テーマは1942年5月の第2次ハリコフ攻防戦。前年冬季におけるモスクワ前面での勝利で勢いに乗るソ連軍が、南方のハリコフ戦線で大規模な攻撃作戦を実行。しかし卓越した戦闘技量を誇るドイツ軍の反撃によって大損害を被った戦いです。
今回、Turning The Tablesを紹介する動画を作成しました。この動画では、Turning The Tablesの概要と対面形式でプレイした状況を紹介しています。





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