もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

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第一次世界大戦(以下、本作)は、2006年にコマンドマガジン日本語版72号の付録ゲームとして発表されたものである。テーマはタイトル通り第1次世界大戦で、1914年夏から1918年秋までの同大戦を全12Turnで再現する。
今回、本作を対人戦でプレイしてみた。私は協商側(英仏露)を担当する。

前回までの展開は --> こちら

第7Turn(1916年後半)

ドイツ軍に突撃兵(ストルスルッペン)が登場する。攻撃力-移動力が6-6と今までよりも1.5倍強化された突撃兵は、塹壕無視、戦闘後前進2ヘクス等、恐るべき破壊力を有している。
バルカン方面では、ルーマニアが協商側に立って参戦する。ブルガリアが同盟側、セルビアが協商側、モンテネグロが中立国と結構バルカン状勢はややこしい。そのブルガリア軍はセルビア方面へ攻勢を仕掛けてきた。これはチャンス。ブルガリアの首都ソフィアがわずか1個軍(1-2)で守っている。ガリポリに上陸した英軍がそれを狙う。2個軍を投入した4-1攻撃でソフィアが陥落。ブルガリアは同盟側から脱落した。

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第8Turn(1917年前半)

突撃兵が東部戦線で大攻勢をしかける。ワルシャワが遂に陥落。さらにロシア国境を突破した突撃兵がリガを占領した。これによってロシアで革命気分が盛り上がり、遂にロシア革命が勃発した。いわゆる「2月革命」というやつか。これによってロシアは戦争から脱落。ドイツ軍は西部戦線に全力集中できるようになる。
このTurnからアメリカとギリシアが参戦する。アメリカの巨大な工業力がいよいよヨーロッパの戦場を席捲し始めた。また英仏両国は戦車の生産を開始した。実は第7Turnから生産できたのだが、すっかり失念していた。両プレイヤーとも初プレイなので、お互い色々とミスがあるのは仕方がない。

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第9Turn(1917年後半)

このTurnから同盟側は国力低下により動員力が半減する。しかしドイツ軍はカイザーシュラハトを宣言することで第9~10Turnは全生産力を発揮できる。その場合、第11~12Turnのドイツ動員力はゼロになる。同盟軍はカイザーシュラハト実行を宣言した。
突撃兵を西部戦線に集中投入してベルギーから英軍を撃破せんと布陣する。協商側は突撃兵の突破を警戒して縦深に陣地を引く。

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トルコ方面ではコンスタンチノープル攻略戦に英軍が秘密兵器戦車を投入した。トルコ軍は見たことがない兵器の登場にパニックを起こして壊滅。コンスタンチノープルは英軍により占領されてしまう。これによりトルコは戦争から脱落した。

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第10Turn(1918年春)

ドイツ軍は突撃兵をベルギーに投入し、英大陸派遣軍を撃破すべく最後の攻勢を仕掛ける。しかし連合軍は攻勢に備えて戦線のほぼ全てを二重化しており、突撃兵を以てしても突破はほぼ不可能であった。独軍の攻撃は失敗に終わる。

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協商側は米軍を主体とした攻勢を仕掛ける。米軍は英仏軍よりも戦力が1大きく、4戦力である。それが2個スタックして戦車の支援を受けると16戦力。ドイツ軍が2個スタックしていても4-1の戦闘比が立つ。米軍の攻撃はベルギーに向けられ、ベルギ―領内のドイツ軍を2つ分断した。ベルギー西部に取り残されたドイツ軍突撃兵2個は、後方連絡線を切られて壊滅する。

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第11Turn(1918年夏)

国力が底を尽いたドイツ軍。最早協商側の反撃を止める力はなかった。米軍はベルギーからドイツ領内に雪崩れ込むタイセイで、ルクセンブルクからはフランス軍がやはり戦車の支援を受けて突破の姿勢である。ヴェルダン南方では米軍が戦車の支援を受けて南部ドイツへの進攻の機会を伺う。英軍は戦略予備としてフランス・ベルギー国境付近に展開する。
勝負を決したのはルクセンブルクから突破を図るフランス軍だった。ルクセンブルクを守るドイツ軍を鎧袖一触で撃破したフランス軍は 、戦車の支援を受けてそのままドイツ領内に殺到。守備隊のいないフランクフルトを無傷で占領したのである。これによりドイツでは水兵の反乱が起こってそれが全土に波及。ついに皇帝ヴィルヘルム2世は退位に追い込まれた。ドイツにとっての第1次世界大戦は終わったのである。

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感想

プレイ時間はセットアップを含めて約3.5時間であった。半日あれば終わる手軽さは良い。ルールのシンプルであり(今回はいくつかルールミスがあったが)、口頭説明で十分プレイ可能だ。さらにパスグロ(Paths of Glory)のような「ポカミスにより戦線大崩壊」という危険も少ないので、安心してプレイできる。

シンプルなゲームでありながら、序盤のドイツ軍の快進撃とその頓挫。西部戦線の塹壕戦。東部戦線の機動戦。地中海戦線等がそれなりに表現されているのも良い。変な裏技のようなものもなく(多分)、オーソドックスに大戦の流れを体験できるのも良い。

今回はルールミスなどがあってベストプレイには程遠い状態であったが、機会があれば再戦してみたい作品の1つである。

つづく

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第1次世界大戦というタイトルのゲームはいくつか発表されているが、今回プレイしたのはそのうちの1つ。2006年にコマンドマガジン日本語版72号の付録ゲームとして発表されたものである。

1Turnは3~6ヶ月、1ユニットは1個軍ぐらいかな。1Hexのスケールは不明だが、ヴェルダンとパリの間が5Hexである。マップには戦場となった欧州地域が描かれ、地中海方面も含まれている。しかし中近東や北アフリカは含まれていない。トルコはコンスタンチノープルまでマップに含まれている。
基本システムはシンプルで、動員フェイズ、移動フェイズ、戦闘フェイズ。それを両プレイヤーが繰り返す。特徴的なルールは動員ルールで、動員ポイントを使ってユニットの生産を行うのは普通の戦略級ゲームと同じだが、本作には活性化という概念があり、攻撃を行うためには動員ポイントを支払ってユニットを活性化しなければならない。活性化したユニットが攻撃を行うと非活性化状態になるので、攻勢を継続するためには毎Turn一定量の動員ポイントを消費し続ける必要がある。とはいえ、先にも書いたが、ユニットの生産にも動員ポイントを必要とするので、攻勢と生産のバランスを取る必要がある。

今回、この第一次世界大戦(以下、本作)を対人戦でプレイしてみた。私は協商側(英仏露)を担当する。

第1Turn(1914年夏)

序盤のドイツ軍による攻勢は予想通り強烈。ベルギーとルクセンブルクは一撃で陥落。最前線の英仏連合軍はボコボコにされてしまった。フランス軍は計4個軍を失い、前線はアラスの線まで後退を余儀なくされる。最前線に残されたヴェルダン要塞には、2ユニットを入れて死守の構えだ。ヴェルダンが落ちない限りドイツ軍は後方に部隊を控置せざるを得なくなる。

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第2Turn(1914年秋)

トルコが同盟側に立って参戦する。とはいえ、この時点ではまだ大きな影響はない。
ドイツ軍は西部戦線で攻勢を継続。海岸付近の英軍スタックに対して4-1攻撃を仕掛けたが、結果は"D"。英軍は損害を避けて後退していく。逆に突出したドイツ軍2個軍に対して英軍が反撃を行う。3-1の包囲攻撃は失敗のリスクを孕んでいたが、攻撃は成功。ドイツ軍2個軍を撃破した。序盤にこの戦果は結構でかい。

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第3Turn(1914年冬)

ドイツ軍は西部戦線で最後の攻勢を仕掛けるが、大きな戦果なし。英軍もベルギーで再び3-1攻撃を仕掛けるが、今度は"6"の目が出てしまって結果は"A"。攻撃失敗に終わってしまう。
東部戦線ではワルシャワ東方に突出してきたオーストリア軍に対し、ロシア軍が3-1で反撃を実施。しかしこれまた6の目を出してしまい攻撃は失敗に終わる。

記録を書きながら気づいたのだが、ワルシャワとイヴァンコロドのロシア軍守備隊は包囲されているので、放置しておけば補給切れで壊滅すべき所であった。「大要塞は補給切れで死なない」というルールを勘違いしていて、「要塞は補給切れで死なない」と適用してしまい、ポーランド領内の要塞守備隊が予想外の奮戦を見せることになってしまたった。ルール間違いが戦局に大きく影響した形となってしまう。申し訳なし。

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第4Turn(1915年前半)

年が明けて戦争2年目。イタリアが協商側に立って参戦する。このTurnから1Turn3ヶ月から6ヶ月になる。序盤の動きの早い状態と中盤以降の緩慢な動きを同じシステムで再現するための処置であろう。ちなみに最終年の1918年に再び1Turn=3ヶ月となる。
西部戦線は概ね安定化した。両陣営とも塹壕掘りに専念する。

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地中海方面では、兵力に余裕が出てきた英軍がダーダネルス海峡付近に上陸する。トルコのコンスタンチノープルを狙う構えだ。今回、コンスタンチノープルの近くに海岸堡を設定したが、これは失敗。史実通りガリポリ半島の先端に海岸堡を築くべきだった。お蔭で英軍に後退余地がなくなってしまい、リスクのある攻撃がし辛くなってしまった。

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東部戦線ではイヴァンコロドが陥落、残りはワルシャワだけとなる。そのワルシャワも包囲下にあり、陥落は時間の問題と思われた。
繰り返しになるが、この時点でワルシャワは陥落するのが正しいルールであった。ルール間違い、申し訳なし。

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第5Turn(1915年後半)

ブルガリアが同盟側で参加する。ブルガリアとルーマニア。我々日本人から見れば「どちらでも良いじゃん」と言いたくなるのだが(現地の皆様、すいません)、WW1ではブルガリアが同盟側、ルーマニアが協商側と真っ二つに分かれている。ちなみにルーマニアが参戦するのは第7Turnである。

東部戦線ではドイツ軍の介入が本格化してきた。ワルシャワとベオグラードに対してそれぞれ3-1攻撃を仕掛けるが、何と両方とも"6"の目を出して失敗。この攻撃失敗は同盟側にとっては痛かったようだ。しかしロシア軍もワルシャワを解囲すべく3-1攻撃を行ったが、やはり"6"の目を出して失敗に終わってしまう。

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第6Turn(1916年前半)

西部戦線で協商側が攻撃を仕掛ける。英軍をフランス軍6個軍を集中投入した4-1攻撃。結果は見事に成功してドイツ軍1個軍を撃破した。

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コンスタンチノープル方面でも攻撃準備を整えた英軍が3-1で攻撃を実施した。攻撃は成功したがトルコ軍がコンスタンチノープルを死守した。

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つづく

前回プレイした際に いくつかルール間違いと作戦ミスがあったので、再度トライしてみた。
今回のVASSALによるソロプレイである。

1~5Turn

西軍はまず丹後の田辺城に攻撃を開始。しかし田辺城を守る細川幽斎(1-4、戦闘力-移動力、以下同じ)が奮戦し、西軍の攻撃を撃退する。
さらに西軍は伊勢路に部隊を出撃させ、安濃津城を攻撃する。安濃津城を守る東軍市橋長勝(1-5)は奮戦するも、西軍毛利秀元(5-5)の猛攻を受けて遂に落城。市橋長勝は討死を遂げる。
一方の東軍は、伊勢方面で福島高晴(2-5)が西軍九鬼嘉隆(1-4)の守る鳥羽城を攻撃。これを落城せしめていた。

Turn05a


東軍が濃尾平野で攻勢を仕掛ける。西軍谷衛友(0-0)の守る竹ヶ鼻城を東軍藤堂高虎(2-7)が強襲。谷衛友は瞬時に敗走し、藤堂高虎が竹ヶ鼻城を占拠した。さらに東軍京極高知(2-6)、寺沢広高(2-6)が西軍織田秀信(1-4)が守る岐阜城を4-1で攻撃。東軍にとって出目に恵まれて一撃で岐阜城が陥落する。その東の守山城も織田有楽斎(1-5)、山内一豊の攻撃を一度は跳ね返したものの、その後黒田長政(4-7)の攻撃を受けて陥落寸前になる。
西軍は揖斐川の線に沿って防衛ラインを構築。石田三成(3-6)、島津義弘(4-5)。小西行長)3-5)らが布陣する。

Turn05b


6~10Turn

東軍の主将、徳川家康(7-6)が戦場に到着する。それと共に東軍は西軍の防衛ラインに攻勢を仕掛ける。福束、高須の両砦は殆ど無血で東軍が占領。大垣城に入った島津義弘も包囲される。西軍主力は関ヶ原付近まで後退。東軍は福島正則(3-8)、浅野幸長(3-6)らが本多忠勝(1-7)の督戦を受けて青軍を追撃する。彼らの猛攻を受けて退路を断たれた石田三成は、空しく関ヶ原の戦場に散った。

「三成死す」
の方を受けてもう一人の西軍主戦派宇喜多秀家(6-5)は、伊賀上野城の攻略を急ぐ。宇喜多隊の猛攻を受けて伊賀上野城が落城。西軍の命令値は4に戻った。

Turn10a


11~15Turn

西軍は増援に現れた立花宗茂(4-8)を田辺城攻略戦に投入する。勇猛を誇る立花宗茂の猛攻を受けてさしもの田辺城も遂に陥落した。
主戦線では東軍が関ヶ原の西軍防衛ラインを突破し、遂に琵琶湖沿岸まで到達した。その過程で小西行長、長束正家(2-5)、さらに大谷吉継(2-7)が相次いで討死する。

Turn15a


16~22Turn

その後、佐和山付近に布陣していた西軍最後の防衛ラインは崩壊し、毛利秀元、鈴木重朝(2-7)は相次いで討死を遂げた。西軍はその後城郭の守備に専念し、東軍は琵琶湖沿いに南下する。最終的には東軍は鳥羽伏見の線まで到達。丹波亀山城も落城寸前にまで追い込むも、そこで時間切れ。最終的に西軍は、田辺、福知山、須知、三田、岸和田、丹波亀山、安濃津の計7ヶ所を保持し、勝利条件的には西軍の圧勝となった。

Turn22a


感想

東軍は攻撃目標を分散させすぎたのが敗因だった。主戦線で勝った後の東軍は、脇目も振らずに大坂城へ突進すべきであった。大坂城を落せば東軍は勝利を手にできるのだから。

ちなみにこの後、大坂城へ向けて東軍は全力進撃させた所、第21Turn(終了Turnの1つ前)に宇喜多秀家が討死し、ゲーム的には東軍の勝利が決まった。そして最終Turnには東軍が大坂城に全力攻撃を行い、大坂城を落城させた。この展開を見ると、第16Turnから東軍が大坂城へ向けて全力進撃したら、ギリギリで間に合いそうだと思った。ただ、第19Turn付近で秀頼出陣の可能性があり、その結果如何では強行作戦から一転して逃げ切りに入る必要がある所に東軍の難しい所がある。

Turn22b


「天下強奪」(以下、本作)は、国際通信社が2008年(今から13年前!!)に発表したシミュレーションゲームだ。テーマは関ヶ原の戦いで。慶長5年(西暦1600年)に戦われた天下分け目の関ヶ原の戦いを作戦クラスで再現する。

今回、本作をVASSALでソロプレイしてみた。

前回までの展開 --> こちら

Turn09a


10Turn

加藤嘉明西軍小西行長が敵中に突破してきた東軍加藤嘉明に対して1:1の反撃を行う。成否は五分五分だったが、小西は見事に加藤を撃破し、戦線の安定化に成功した。加藤嘉明討死。
しかしこれは一時的な成功に過ぎなかった。東軍福島正則(3-8)がその猪突猛進ぶりを生かして敵中に突っ込んでくると、もはや戦線を支える術はない。西軍武将高木盛兼(1-4)、さらには猛将島津義弘までもが東軍の包囲攻撃を受けて討死してしまう。

Turn10a


11Turn

大垣城が東軍主力の猛攻を受けて落城してしまい、大谷吉継が討死してしまう。石田三成と小西行長は東軍の追撃を避けるべく、関ヶ原方面へ向けて退却していった。

12Turn

豊臣秀頼ここで勝利条件を見直しておこう。勝利条件は豊臣秀頼が出陣した場合としない場合とで異なるが、ここでは出陣しない場合を考えてみる(確率的には出陣しない方が確率が高い)。
勝利条件はサドンデス条件と判定条件の2つがあり、サドンデス条件は徳川家康討死や大坂城落城のような決定的な状況が発生した場合に適用される。一方判定条件は西軍が支配している目標ヘクス数の大小によって勝敗が決まる。西軍が支配する目標ヘクス数が4個以上なら西軍の勝利、それ未満なら東軍の勝利となる。ちなみに現時点で西軍が支配している目標ヘクスは、敦賀、朽木、福知山、須知、丹波亀山、佐和山、水口、伏見、三田、安濃津、岸和田の計10ヶ所。そのうち4ヶ所を守り切れば良い訳で、逆に言えば6ヶ所は東軍に呉れてやっても良いことになる。西軍としては、安濃津、岸和田、伏見、丹波亀山、福知山あたりが守るべき城郭になるだろう。逆に東軍としては関ヶ原付近でモタモタ戦っている余裕はなく、戦線を突破して大坂に向かわねばならない。


西軍が遂に丹後田辺城を占領した。これで西軍はかなり守りやすくなった。

Turn12a


13Turn

石田三成佐和山付近へ布陣する西軍部隊を東軍が攻撃を行う。東軍浅野幸長が西軍戦線最右翼を守る杉浦重勝(1-4)を攻撃する。戦闘比は1-1だったが、攻撃が成功し杉浦隊は後退を余儀なくされた。これにより浅野幸長は敵中を突破し、隣接する西軍主将石田三成隊を包囲した。そのチャンスに東軍福島正則と井伊直政(2-6)が総攻撃を加える。戦闘比1-1。成功率は五分五分だったが、福島・井伊隊が見事に攻撃成功。福島正則は遂に恨み重なる石田治部少を討ち取った。その一方で佐和山城を攻めた東軍細川忠興(2-8)は、佐和山を守る西軍長束正家(2-5)の反撃により討ち取られてしまう。

Turn13a


北陸方面では、金沢より出撃してきた前田行長(5-6)が敦賀城を攻撃するも、西軍田丸直昌(1-4)の逆襲を受けて撃退されてしまう。

Turn13b


14Turn

福島正則石田三成を失った西軍。もう1人の主戦派である宇喜多秀家(6-5)が討ち取られると西軍はサドンデスを食らってしまう。そこで長島付近まで前進していた宇喜多秀家は鈴鹿地方を後退していく。

東軍は佐和山付近で小西行長、長束正家、そして増援で現れた鈴木重朝(2-7)を包囲する。しかし東軍の攻撃は悉く失敗に終わり、逆に福島正則が敵中に孤立してしまう。

Turn14a


15Turn

西軍は福島正則を討ち取らんと包囲攻撃を行う。しかし出目に恵まれず失敗。対する東軍は小西行長に対して3-1の包囲攻撃を実施してそのせん滅を企図するが、またもや出目に恵まれず失敗する。
ちなみにこのTurnに大津城が陥落し、京極高次が降伏する。

16Turn

毛利秀元近江平野に西軍の精鋭毛利秀元と立花宗茂(4-8)が到着する。増援を得た西軍は長宗我部盛親と福島正則を包囲攻撃。これを完全に殲滅した。
東軍は体制を整えるべく、このTurnは積極的な行動を控える。

17Turn

東軍は佐和山城に総攻撃を加えるも、陥落させるには至らず。さらにこれまでも前田利長が再三に渡って敦賀城を攻撃するも、出目に恵まれずに全く損害を出していない。

Turn17a


18Turn

西軍はやや余裕が出てきたので、戦線整理に専念する。東軍はようやく佐和山防衛ラインに本格攻撃を仕掛ける。も、大きな戦果はなく、逆に池田輝政(2-6)が毛利秀元の反撃を受けて討死してしまう。

19Turn

このTurn、秀頼出陣チェックがある。しかし結果は「使者捕縛」。出陣を求める石田三成からの使者が逢坂山の関で捕縛されてしまい、秀頼の出陣は幻に終わった。
このTurn、佐和山城が落城した。

20-22Turn

黒田長政結局東軍は西軍の防衛ラインを突破できなかった。鶴賀城は落城、水口城も落城寸前。毛利秀元は討死。だがそれだけ。ゲーム終了時点での西軍の目標ヘクスは、福知山、須知、丹波亀山、水口、伏見、三田、安濃津、岸和田の計7ヶ所。事実上西軍の圧勝といって良かった。

Turn22a
Turn22b


感想

小早川秀秋面白い。アントライドが良いアクセントになっている。何がどこで出てくるか、自身でも予想できないので、アントライドユニットをオープンにする時、ワクワクした気分になれる。
プレイ感覚の軽さも良い。今回のプレイのうち、前半部分は旅行中にノートPCでプレイした。ノートPCでのプレイでも大きな負荷感を感じることなくプレイできる軽さが素敵である。

ゲーム展開についてだが、序盤から中盤までは東軍の圧勝かと思った。大兵力の東軍部隊に対して、石田三成と小西行長の2人ではどうみても支えきれないと思えた。また西軍宇喜多秀家が游兵化していたのが拙かったと反省したりもした。
東軍が押し切れなかったのは、後方に残っていた弱い部隊を前線へ送り出すのに拘ってチャンスを逸したことだろう。
「大兵力を前に出して西軍を押しつぶす」
というのは一見良いプランに思えるが、折角のチャンスを生かしけれなかったという点では失敗であった。チャンスと見れば全体の効率を無視してでも強引な突破を図るべきだったのだろう。今回の教訓・・・

「貧乏人根性が失敗のもと」

あとルールもいくつか間違いがあったようだ。機会をみつけて是非再戦してみたい。

天下強奪

「天下強奪」(以下、本作)は、国際通信社が2008年(今から13年前!!)に発表したシミュレーションゲームだ。テーマは関ヶ原の戦いで。慶長5年(西暦1600年)に戦われた天下分け目の関ヶ原の戦いを作戦クラスで再現する。
マップは関ヶ原地域だけではなく、その周辺のかなり広い地域を含んでおり、マップ東端は岡崎城、マップ西端は丹後田辺城で、関ヶ原はもちろん、伊勢鳥羽城、佐和山城、敦賀城、伏見城、大坂城、岸和田城などを含んでいる。1Turnは実際の6~8時間、1ユニットは500~30,000規模の部隊を表す(30,000人は徳川家康本隊か・・・)。

Turn00a


基本システムはシンプルで、所謂"NAW"システムと呼ばれるもの。余談だが、Googleで"NAW システム"と入力すると、ウォーゲーム関係のサイトにヒットする。が、"NAW System"と入力しても、ウォーゲーム関係のサイトにはヒットしなかった。

閑話休題。NAWシステムは、移動と戦闘の繰り返しで、戦闘は所謂Must Attack。敵のZOCに入るとその場で移動終了となり、戦闘結果以外ではZOCから離脱できない。従って敵ZOCに入る際には慎重を有する。また本作では移動終了時点でのスタック禁止なので、スタックを調べる手間が省けてプレイアビリティは高い。ただし、実際の部隊密度から考えると、スタック禁止はやや厳しすぎるよう。本作で史実で起こったような「関ヶ原盆地での大兵力同士の激突」を再現するのはやや困難である。
立花宗茂なお本作ではNAWシステムに捻りを加えてあり、例えば福島正則や立花宗茂のような猛将タイプは、移動力が赤文字で表示されており、敵ZOCに進入してもさらに1Hexだけ余分に移動できる(勿論移動力が残っていなければならない)。また移動力や戦闘力が白文字のユニットは、移動や戦闘後前進に制約が加わる。
さらに本作を特徴づけているのが指揮統制ルールで両軍はユニットを移動させるためには一定量の指揮ポイントを消費しなければならない。指揮ポイントの総量は東軍は3~4、西軍は2~6である。また消費する指揮ポイントの量は、1ユニット1ポイントが基本だが、指揮官の指揮範囲内にいるユニットは0.5ポイントで済む。ちなみに指揮官は東軍の本多忠勝と徳川家康、そして西軍は豊臣秀頼である。豊臣秀頼が登場しない間は西軍は指揮官なしでなる。

西軍A関ヶ原といえば裏切りだが、本作の裏切りルールは独特で、一部を除いて基本的に両軍のユニットは裏向き(アントライド)状態で配置されている。そして敵に接敵したら表向きになるのだが、その時小早川秀秋や長宗我部盛親、鍋島勝茂だったら、即座に裏切る。従って本作には所謂「調略」ルールはない。


小早川秀秋は確実に裏切る。ただしその裏切りがどこで発生するかはわからない。

これが本作の裏切りに関するコンセプトだ。またこのルールにより本作はソロプレイを無理なくプレイできる作品となった。そしてソロプレイがまた面白い。

Z出陣要請豊臣秀頼については、原則「秀頼出陣」が発生するかどうかは運次第だ。7枚ある「出陣要請」チットのうち、1枚だけが本物の「秀頼出陣」マーカーである。ゲーム開始時点で「出陣要請」マーカーのうち1枚がターントラック第19Turnの欄に置かれる。さらに西軍が有利な盤面を作ることができると、最大で3枚の「出陣要請」マーカーを追加でターントラックに配置できる。従って「出陣要請」マーカーは1~4枚がターントラックに配置することになる。
該当するTurnになると、「出陣要請」マーカーを表に向ける。本物の「秀頼出陣」の場合は、豊臣秀頼出陣が発生する。従って「秀頼出陣」が発生する確率は1/7~4/7の間である。さらに徳川家康が戦闘の結果「後退」を余儀なくされた場合、西軍は「秀頼出陣」を選択できる。
「秀頼出陣」が発生した場合、西軍の指揮ポイントが+2される他、指揮官として豊臣秀頼が使えるようになる。さらに日和見武将(小早川秀秋、福島正則等)が一斉に西軍に寝返る。ただし勝利条件は西軍にとって厳しいものになる。従って単にゲームの勝敗だけを考えれば、「秀頼出陣」は必ずしも西軍に有利とは限らない。

今回、本作をVASSALでソロプレイしてみた。

1Turn

西軍はまず田辺城を攻撃する。しかし、その時早くも裏切り者が。西軍竹中重門(1-4,戦闘力-移動力、以下同じ)が反旗を翻したのである。西軍宗義智(1-4)が竹中重門を攻撃したものの、険しい地形に阻まれて撃退される(AR)。また田辺城を攻撃した小出秀政(1-4)も細川幽斎(1-4)の反撃に阻まれた(AR)。

Turn01a


2Turn

西軍はなおも田辺城を激しく攻める。主将の小野木重勝(1-5)を初め、小出秀政、丸毛兼利(1-5)、氏家行広(1-4)らが攻撃する。一連の攻撃で田辺城の耐久力は4から3に低下した。

伊勢方面では東軍福島高晴(2-5)が九鬼嘉隆(1-4)が守る鳥羽城を攻める。も、出目に恵まれずARの結果で撃退されてしまう。

Turn02a


3Turn

西軍の田辺城攻撃部隊が三度田辺城を攻撃するも、出目が悪く失敗に終わってしまう。
東軍福島高晴は再び鳥羽城を攻撃。今度は2-1攻撃が奏功し、城郭に1打撃を与えた。

4Turn

織田秀信西軍の田辺城攻撃。今回は成功し、田辺城の耐久力が2に低下した。
濃尾平野で東軍が動いた。福島正則(3-8)が織田秀信(1-4)の守る岐阜城を攻撃。1-1の戦闘比であったが、見事にDRを出して耐久力を低下した。しかし稲葉典通(1-4)が守る犬山城を藤堂高虎(2-7)が攻めたが、出目悪くARで攻撃が失敗に終わってしまう。

Turn04a


伊勢方面では福島高晴が鳥羽城を攻撃し、遂に耐久力を0にした。陥落は時間の問題となる。

5Turn

細川幽斎西軍の田辺城攻撃はまたもや失敗。田辺城は耐久力2のまま耐えている。
伊勢方面では安濃津に到着した毛利秀元(5-5)と毛利勝信(1-4)が安濃津城を守る得永寿昌(1-5)を攻撃。耐久力を1まで減らした。
鳥羽城ではなおも戦いが続いている。東軍福島高晴の攻撃で一度は鳥羽城を退いた九鬼嘉隆であったが、2-1攻撃に対して起死回生のARを出させて(ダイスを振るのは東軍なので・・・)、鳥羽城を奪回した。

濃尾平野では東軍の猛攻が続いている。
木曽川を渡河した浅野幸長(3-6)が福島正則の共同で岐阜城を攻撃。耐久力を残り1とした。先に攻撃に失敗した犬山城に対して、今度は松平忠吉(2-5)と生駒一正(2-5)が攻撃。今度は攻撃に成功し、耐久力を残り1まで下げた。

Turn05a


6Turn

徳川家康徳川家康登場。このTurnから東軍の動きがいきなり活発になる。濃尾平野各地で東軍が猛攻。岐阜城が陥落し織田秀信は討死(あるいは高野山で蟄居??)。犬山城、竹ヶ鼻城も耐久力が0になり、落城は時間の問題となる。
ただし鳥羽城ではなおも九鬼嘉隆が頑張っている。

7Turn

このTurn、西軍は大きな損害を被った。犬山、竹ヶ鼻が相次いで陥落し、それらを守っていた稲葉典通、滝川雄利(2-5)が相次いで討死してしまう。高須城を守っていた山崎家盛(0-0)は戦わずして降伏。これまで奮戦していた伊勢方面の九鬼嘉隆も遂に討死してしまう。

Turn07a


8Turn

大谷吉継西軍の命令値は3まで低下してしまう。取り敢えず濃尾平野の戦線を整理するため、敵中に突出していた島津義弘(4-5)、小西行長(3-5)を後退させる。大垣城を軸に揖斐川の線を防衛ラインとする構えだ。
東軍は揖斐川防衛ラインに猛然と襲い掛かる。大垣城を守る西軍毛利高政(0-0)は戦わずして退散。しかしその両翼を守る大谷吉継(2-7)と石田三成(3-6)が奮戦し、東軍を撃退した。

Turn08a


そしてこのTurn、安濃津城が陥落した。

Turn08b


9Turn

大津城このTurn、大津城と京極高次(1-6)が東軍側の増援として登場する。いきなり背後に敵が表れて狼狽する西軍。大津城近くに布陣していた西軍長宗我部盛親(2-5)は、この状況を見て反旗を翻して東軍側に寝返った。西軍は背後に新たな敵を作ってしまう。

関ヶ原主戦線では加藤嘉明(3-6)が得意の突破力を使って西軍戦線を突破し、背後に回り込む。小西行長に対して3-1の包囲攻撃。必勝の構えだったはずが、出目が最悪の6.結果はARで加藤嘉明は戦線背後に取り残されてしまう。

Turn09b


つづく

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