もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

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3月最終日に桜を見るべく和歌山城に行きました。
今年は暖冬ということで綺麗な桜を期待したのですが、満開にはまだ少し早かったようです。5分~7分咲きといった所でしょうか。
天候には恵まれたので良かったです。

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JRおおさか東線は、新大阪駅から八尾市久宝寺駅まで約20kmを結ぶ路線である。2008年に久宝寺、放出間が開業し、2019年3月に放出、新大阪間が開業した。これによって新大阪から大阪東部を経由して奈良方面が直接接続された。またおおさか東線は大阪と京都、大阪と奈良の間を横切るように走っているので、大阪、京都間の鉄道線、大阪、奈良間の鉄道線と接続している。具体的には、淡路で阪急京都線、野江で京阪本線、放出でJR片町線、河内永和で近鉄奈良線、俊徳道で近鉄大阪線と接続している(他にも接続線多数あり)。

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新大阪駅を発車した列車は右にオーバーバンクして高架線に入る。元々は片町線の支線の貨物船。旅客列車に混ざって貨物列車も時折すれ違う。高架線が多いため周囲の景観は良好。「夜景の綺麗な路線になりそうだな」と思う。

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鴫野駅でJR片町線と合流。ここから放出までは片町線との共有路線になる。放出で再び片町線を離れ、右へオーバーバンクしながら南へ向かう。近鉄線や地下鉄線との接続駅を経て、久宝寺に到着したのは新大阪から約30分後のことであった。

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おおさか東線の新大阪延伸により、北大阪地区と奈良方面への直通路線が開けた。実際、新大阪と奈良を結ぶ直通快速の運行も始まっている。今後が楽しみな路線である。

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JR嵯峨嵐山駅に隣接するトロッコ嵐山駅。その駅施設に嵯峨嵐山ジオラマ館があります。入場料500円で中に入ると、テニスコートぐらいのスペースの中に京都市内を模したようなHOゲージのジオラマが設置されていました。ジオラマもそうですが、周囲の景観も綺麗に作られていて。特に清水寺が秀逸でした。

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ジオラマ館の隣にはSL車両が展示されていました。

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雨の嵐山、こんな過ごし方もまた良しです。

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安土城自体は以前に訪問したことがありましたが、その時はあまり百名城スタンプに興味がなかったので、スタンプの方はスルーしていました。昨年暮頃から「折角なので」ということでスタンプラリーを開始し、その一環として安土駅前にある安土城郭資料館を訪ねてみました。ここでは安土城の他に、観音寺城のスタンプもゲットできるという一石二鳥です。

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資料館自体は駅のすぐ近くにあって便利です。入館料は200円と良心的。展示物についてその殆ど全部が現在の複製品なので史料的価値は殆どありませんが、見ている分には楽しかったです。

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展示物の目玉は巨大な安土城の模型。単なる模型ではなく、内部も忠実に再現してあるとのこと。その模型を小型カメラで撮影したDVDが放映されており、精巧な内部構造を確認できます。
さらにDVDが終わると女性スタッフが実際に模型の内部を開けて内部構造を説明してくれます。その中には信長公らしき人物も配置されており、遊び心を感じます。

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その他、当時の安土の街並みや京都、長崎、さらには天正の少年使節団が訪れたマカオやバチカンの街並みが日本画のイメージで再現されており、さらに2階には織田信長公の若き日のエピソード(父の葬儀、斉藤道山との対面等)が人物模型を使って表現されています。

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じっくり見ても20分ぐらいで見終える内容ですが、駅から近くかつ廉価なので、安土旅行の際には立ち寄ってみても良いかと思います。

お奨め度★★★★

佐倉城といっても城マニアではない私にとってはさっぱり分からないのでしたが、百名城巡りの一環として訪れてみました。

JR佐倉駅で降りて駅前の観光案内所で地図をゲット。地図を見ると城跡までは約30分の行程なのですが、その間に武家屋敷等があって面白そう。取り敢えず歩き始めました。

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駅を出て真っすぐ北へ向かうと、上り坂になっていて竹林の中に入っていきます。そこから左に折れるとそこが武家屋敷一帯。明治の日露戦争で活躍した児玉源太郎大将の旧宅などもありましたが、実態はただの草むらでした。

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「ひよどり坂」と呼ばれる竹林の小道を降りていき、再び坂を上った所に体育館があり、そこから左に折れて高等学校と中学校の間を抜けた先が佐倉城です。

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城と言っても空堀が残っている程度で後は特に目立ったものはなく、天守趾も今はただの公園でした。3月下旬だったので、梅が散り始めており、桜の花もチラホラ見え始めていました。

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後で調べてみると、佐倉城は関ヶ原の後に徳川家康の命によって築城された城だそうです。なるほど、だからあまり堅固な城構えではなかったのか。

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