もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

タグ:高野山

奥の院

高野山でカレーを食べた 後、奥の院に行きました。戦国時代の武将たち、前大戦で亡くなった方々、その他各界の著名人達のお墓がある場所です。そのいくつかを紹介します。

まずは武田信玄・勝頼親子

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こちらは伊達政宗。武田家親子よりも豪華な感じがします。

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明智光秀。今をときめく「麒麟」様です。謀反人にしてはそこそこ立派なお墓です。

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石田三成。こちらもそこそこ豪華です。

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結城秀康

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豊美秀吉。場所的にはやや離れた場所にあり、場所も広くとってありました。さすがは天下人。

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織田信長。こちらも希代の英雄ですが、お墓はかなり小さい。秀吉に遠く及ばず、明智光秀よりも小さいような・・・。

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上杉謙信。何だか豪華。

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徳川家霊台

徳川家康公のお墓は確か日光の東照宮にあったような。こちらの徳川家霊台について詳しいことは知りませんが、徳川家康公と二代目将軍徳川秀忠公が祀られていました。

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高野山上で昼食を取ろうと思い、立ち寄ったのが「光海珈琲」です。メニューを見て美味しそうだったことと、Gotoトラベルのクーポン券が利用できること。この2点で決めました。
注文したのは「黒ごまブラックカレー」。普通のカレーにしてはやや値段が高め(\1380円)です。しかし独特の味付けは値段相応又はそれ以上に美味しかったです。普通のカレーにしてはやや甘い感じの味付けですが、スパイスが効いていて御飯ともよくあいます。食べていくうちにどんどん食べたくなるような味。量がやや少なめなのが残念ですが、余韻を残すぐらいで丁度よいのかもしれません。

ちなみに感染対策はしっかりしていて、各ブロックは透明のアクリル板で仕切られていました。

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お奨め度★★★★

高野山に登った時 に、当然ながらその後高野山観光をしました。
今回は11月の初頭だったことや、今年はやや紅葉が遅いという情報もあって、あまり紅葉は期待していませんでした。が、期待に反して高野山の紅葉は美しかったです。そのいくつかを紹介しましょう。

最初に紹介するのは、女人堂から400~500m程の場所にある、西室院、多聞院、南院といったあたりの紅葉です。青空の元、色々な色の紅葉が見事です。

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次が高野山交番と中央案内所にある本王院前。ここの紅葉も規模は小さいものの、見事です。序にその近くの紅葉も紹介します。

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最後に紹介するのは、英霊殿の紅葉です。英霊殿というのは、その名前から恐らく戦争で亡くなった方を祀った場所と思われます。ここの紅葉を見るのは今回が初めてですが、なかなか見事でした。

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和歌山県北部にある高野山。関東在住の私にとっては山といっても登山の対象として考える事はあまりなく、ケーブルや車で上がって山上を観光する山上都市の趣きが強いです。首都圏で言えば高尾山に似ている所もありますが、車で行けるのでどちらかと言えば栂池高原という方が近いかも・・・。

最近、高野山への登山道がいくつかあることを知り、俄然興味が湧いてきました。調べてみると、高野山への登山道は主要なものが3本。町石道、京大坂道、黒河道というらしい。いずれも昔から使われていた道で、単なる登山道ではなく、街道と登山道を足したような道みたいです。

今回挑戦したのは、高野山への登山道のうち一番楽そうな京大坂道です。この道は、南海電鉄学文路駅を起点とし、高野山へ向けて街道を南下。途中で徐々に高度を上げつつ南海電鉄の極楽橋駅へ向かいます。極楽橋駅からは高野山への最後の登り道になり、登り切った所が高野山の玄関口である女人堂というコースです。コースタイムは約4時間。はてさて・・・・?。

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河内長野発の始発列車に乗って学文路駅に着いたのは06:15でした。この駅で降りたのは私1人。高野山の登山道といってもそれほど人気はないのかな?。取り敢えず駅でトイレを済ませて歩き始めました。

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駅の裏側で線路を渡り、徐々に高度を上げていくと最初の目的地というべき西光寺に到着。ここまでは駅から10分程度で到着します。

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そこから徐々に高度を上げていきます。右手には紀ノ川の雄大な流れが見え、左右は和歌山らしいミカン畑。登り切った所に第4番目の地蔵堂があり、そこが河根峠。そこから急な下り坂となって河根の集落です。

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集落の南にある千石橋で深谷川?を渡り、再び道は急な上り坂です。舗装路なので歩きやすのですが、それでも登り坂が続くのは結構キツイ。ようやく登り切った所が「日本最後の仇討ち場所」。明治時代の事でした。

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ここから道はやや下り坂になり、神谷辻を経て旧白藤小学校跡に到着。ここにはベンチやトイレがあり、休憩にはうってつけの場所です。

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そこから進むと、右手から列車の走行音が聞こえてきて、眼下に南海電車の線路が見えて来たと思うと、やがて極楽橋の駅に到着します。ここまでの所要時間は3時間弱。

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極楽橋駅から先はいよいよ本学的な登山路か?。と思われましたが、実際にはこれまでと同じような石畳の道です。不動坂と呼ばれる坂道の途中で清不動堂と呼ばれる小さなお堂があり、そこからは少し山道っぽい道になっていきます。しかし10分程で元の石畳に合流。そこから少し歩いて車道に出て、程なくゴールの女人堂に到着しました。所要時間は4時間弱でした。

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登山と言うよりは里山歩きといった感じのトレッキングでした。ノンビリ気持ちの良い山歩きでした。また極楽橋から女人堂まで徒歩で歩くのが意外と簡単なことが分かったことも収穫でした。高野山の楽しみ方がまた1つ増えた感じがします。

余談ですが、今回の帰路、バスとケーブルカーの混雑を避けるため、女人堂から極楽橋まで歩いて降りました。と、それは良かったのですが、帰りに少し道を間違えて危うく遭難する所でした。GPSつきの地図(しかも予備)があったことで事なきを得ましたが、まさか高野山で遭難しそうになるとは・・・。つくづく「山は怖いなぁ」と思わずにはいらません。


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