もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

タグ:WW1

写真07


第一次世界大戦(以下、本作)は、2006年にコマンドマガジン日本語版72号の付録ゲームとして発表されたものである。テーマはタイトル通り第1次世界大戦で、1914年夏から1918年秋までの同大戦を全12Turnで再現する。
今回、本作を対人戦でプレイしてみた。私は協商側(英仏露)を担当する。

前回までの展開は --> こちら

第7Turn(1916年後半)

ドイツ軍に突撃兵(ストルスルッペン)が登場する。攻撃力-移動力が6-6と今までよりも1.5倍強化された突撃兵は、塹壕無視、戦闘後前進2ヘクス等、恐るべき破壊力を有している。
バルカン方面では、ルーマニアが協商側に立って参戦する。ブルガリアが同盟側、セルビアが協商側、モンテネグロが中立国と結構バルカン状勢はややこしい。そのブルガリア軍はセルビア方面へ攻勢を仕掛けてきた。これはチャンス。ブルガリアの首都ソフィアがわずか1個軍(1-2)で守っている。ガリポリに上陸した英軍がそれを狙う。2個軍を投入した4-1攻撃でソフィアが陥落。ブルガリアは同盟側から脱落した。

写真17


第8Turn(1917年前半)

突撃兵が東部戦線で大攻勢をしかける。ワルシャワが遂に陥落。さらにロシア国境を突破した突撃兵がリガを占領した。これによってロシアで革命気分が盛り上がり、遂にロシア革命が勃発した。いわゆる「2月革命」というやつか。これによってロシアは戦争から脱落。ドイツ軍は西部戦線に全力集中できるようになる。
このTurnからアメリカとギリシアが参戦する。アメリカの巨大な工業力がいよいよヨーロッパの戦場を席捲し始めた。また英仏両国は戦車の生産を開始した。実は第7Turnから生産できたのだが、すっかり失念していた。両プレイヤーとも初プレイなので、お互い色々とミスがあるのは仕方がない。

写真18


第9Turn(1917年後半)

このTurnから同盟側は国力低下により動員力が半減する。しかしドイツ軍はカイザーシュラハトを宣言することで第9~10Turnは全生産力を発揮できる。その場合、第11~12Turnのドイツ動員力はゼロになる。同盟軍はカイザーシュラハト実行を宣言した。
突撃兵を西部戦線に集中投入してベルギーから英軍を撃破せんと布陣する。協商側は突撃兵の突破を警戒して縦深に陣地を引く。

写真19


トルコ方面ではコンスタンチノープル攻略戦に英軍が秘密兵器戦車を投入した。トルコ軍は見たことがない兵器の登場にパニックを起こして壊滅。コンスタンチノープルは英軍により占領されてしまう。これによりトルコは戦争から脱落した。

写真20


第10Turn(1918年春)

ドイツ軍は突撃兵をベルギーに投入し、英大陸派遣軍を撃破すべく最後の攻勢を仕掛ける。しかし連合軍は攻勢に備えて戦線のほぼ全てを二重化しており、突撃兵を以てしても突破はほぼ不可能であった。独軍の攻撃は失敗に終わる。

写真21


協商側は米軍を主体とした攻勢を仕掛ける。米軍は英仏軍よりも戦力が1大きく、4戦力である。それが2個スタックして戦車の支援を受けると16戦力。ドイツ軍が2個スタックしていても4-1の戦闘比が立つ。米軍の攻撃はベルギーに向けられ、ベルギ―領内のドイツ軍を2つ分断した。ベルギー西部に取り残されたドイツ軍突撃兵2個は、後方連絡線を切られて壊滅する。

写真22


第11Turn(1918年夏)

国力が底を尽いたドイツ軍。最早協商側の反撃を止める力はなかった。米軍はベルギーからドイツ領内に雪崩れ込むタイセイで、ルクセンブルクからはフランス軍がやはり戦車の支援を受けて突破の姿勢である。ヴェルダン南方では米軍が戦車の支援を受けて南部ドイツへの進攻の機会を伺う。英軍は戦略予備としてフランス・ベルギー国境付近に展開する。
勝負を決したのはルクセンブルクから突破を図るフランス軍だった。ルクセンブルクを守るドイツ軍を鎧袖一触で撃破したフランス軍は 、戦車の支援を受けてそのままドイツ領内に殺到。守備隊のいないフランクフルトを無傷で占領したのである。これによりドイツでは水兵の反乱が起こってそれが全土に波及。ついに皇帝ヴィルヘルム2世は退位に追い込まれた。ドイツにとっての第1次世界大戦は終わったのである。

写真23


感想

プレイ時間はセットアップを含めて約3.5時間であった。半日あれば終わる手軽さは良い。ルールのシンプルであり(今回はいくつかルールミスがあったが)、口頭説明で十分プレイ可能だ。さらにパスグロ(Paths of Glory)のような「ポカミスにより戦線大崩壊」という危険も少ないので、安心してプレイできる。

シンプルなゲームでありながら、序盤のドイツ軍の快進撃とその頓挫。西部戦線の塹壕戦。東部戦線の機動戦。地中海戦線等がそれなりに表現されているのも良い。変な裏技のようなものもなく(多分)、オーソドックスに大戦の流れを体験できるのも良い。

今回はルールミスなどがあってベストプレイには程遠い状態であったが、機会があれば再戦してみたい作品の1つである。

つづく

写真07

第1次世界大戦というタイトルのゲームはいくつか発表されているが、今回プレイしたのはそのうちの1つ。2006年にコマンドマガジン日本語版72号の付録ゲームとして発表されたものである。

1Turnは3~6ヶ月、1ユニットは1個軍ぐらいかな。1Hexのスケールは不明だが、ヴェルダンとパリの間が5Hexである。マップには戦場となった欧州地域が描かれ、地中海方面も含まれている。しかし中近東や北アフリカは含まれていない。トルコはコンスタンチノープルまでマップに含まれている。
基本システムはシンプルで、動員フェイズ、移動フェイズ、戦闘フェイズ。それを両プレイヤーが繰り返す。特徴的なルールは動員ルールで、動員ポイントを使ってユニットの生産を行うのは普通の戦略級ゲームと同じだが、本作には活性化という概念があり、攻撃を行うためには動員ポイントを支払ってユニットを活性化しなければならない。活性化したユニットが攻撃を行うと非活性化状態になるので、攻勢を継続するためには毎Turn一定量の動員ポイントを消費し続ける必要がある。とはいえ、先にも書いたが、ユニットの生産にも動員ポイントを必要とするので、攻勢と生産のバランスを取る必要がある。

今回、この第一次世界大戦(以下、本作)を対人戦でプレイしてみた。私は協商側(英仏露)を担当する。

第1Turn(1914年夏)

序盤のドイツ軍による攻勢は予想通り強烈。ベルギーとルクセンブルクは一撃で陥落。最前線の英仏連合軍はボコボコにされてしまった。フランス軍は計4個軍を失い、前線はアラスの線まで後退を余儀なくされる。最前線に残されたヴェルダン要塞には、2ユニットを入れて死守の構えだ。ヴェルダンが落ちない限りドイツ軍は後方に部隊を控置せざるを得なくなる。

写真08


第2Turn(1914年秋)

トルコが同盟側に立って参戦する。とはいえ、この時点ではまだ大きな影響はない。
ドイツ軍は西部戦線で攻勢を継続。海岸付近の英軍スタックに対して4-1攻撃を仕掛けたが、結果は"D"。英軍は損害を避けて後退していく。逆に突出したドイツ軍2個軍に対して英軍が反撃を行う。3-1の包囲攻撃は失敗のリスクを孕んでいたが、攻撃は成功。ドイツ軍2個軍を撃破した。序盤にこの戦果は結構でかい。

写真09


第3Turn(1914年冬)

ドイツ軍は西部戦線で最後の攻勢を仕掛けるが、大きな戦果なし。英軍もベルギーで再び3-1攻撃を仕掛けるが、今度は"6"の目が出てしまって結果は"A"。攻撃失敗に終わってしまう。
東部戦線ではワルシャワ東方に突出してきたオーストリア軍に対し、ロシア軍が3-1で反撃を実施。しかしこれまた6の目を出してしまい攻撃は失敗に終わる。

記録を書きながら気づいたのだが、ワルシャワとイヴァンコロドのロシア軍守備隊は包囲されているので、放置しておけば補給切れで壊滅すべき所であった。「大要塞は補給切れで死なない」というルールを勘違いしていて、「要塞は補給切れで死なない」と適用してしまい、ポーランド領内の要塞守備隊が予想外の奮戦を見せることになってしまたった。ルール間違いが戦局に大きく影響した形となってしまう。申し訳なし。

写真10


第4Turn(1915年前半)

年が明けて戦争2年目。イタリアが協商側に立って参戦する。このTurnから1Turn3ヶ月から6ヶ月になる。序盤の動きの早い状態と中盤以降の緩慢な動きを同じシステムで再現するための処置であろう。ちなみに最終年の1918年に再び1Turn=3ヶ月となる。
西部戦線は概ね安定化した。両陣営とも塹壕掘りに専念する。

写真11


地中海方面では、兵力に余裕が出てきた英軍がダーダネルス海峡付近に上陸する。トルコのコンスタンチノープルを狙う構えだ。今回、コンスタンチノープルの近くに海岸堡を設定したが、これは失敗。史実通りガリポリ半島の先端に海岸堡を築くべきだった。お蔭で英軍に後退余地がなくなってしまい、リスクのある攻撃がし辛くなってしまった。

写真12


東部戦線ではイヴァンコロドが陥落、残りはワルシャワだけとなる。そのワルシャワも包囲下にあり、陥落は時間の問題と思われた。
繰り返しになるが、この時点でワルシャワは陥落するのが正しいルールであった。ルール間違い、申し訳なし。

写真13


第5Turn(1915年後半)

ブルガリアが同盟側で参加する。ブルガリアとルーマニア。我々日本人から見れば「どちらでも良いじゃん」と言いたくなるのだが(現地の皆様、すいません)、WW1ではブルガリアが同盟側、ルーマニアが協商側と真っ二つに分かれている。ちなみにルーマニアが参戦するのは第7Turnである。

東部戦線ではドイツ軍の介入が本格化してきた。ワルシャワとベオグラードに対してそれぞれ3-1攻撃を仕掛けるが、何と両方とも"6"の目を出して失敗。この攻撃失敗は同盟側にとっては痛かったようだ。しかしロシア軍もワルシャワを解囲すべく3-1攻撃を行ったが、やはり"6"の目を出して失敗に終わってしまう。

写真14


第6Turn(1916年前半)

西部戦線で協商側が攻撃を仕掛ける。英軍をフランス軍6個軍を集中投入した4-1攻撃。結果は見事に成功してドイツ軍1個軍を撃破した。

写真15


コンスタンチノープル方面でも攻撃準備を整えた英軍が3-1で攻撃を実施した。攻撃は成功したがトルコ軍がコンスタンチノープルを死守した。

写真16


つづく

↑このページのトップヘ