前回プレイした際に いくつかルール間違いと作戦ミスがあったので、再度トライしてみた。
今回のVASSALによるソロプレイである。

1~5Turn

西軍はまず丹後の田辺城に攻撃を開始。しかし田辺城を守る細川幽斎(1-4、戦闘力-移動力、以下同じ)が奮戦し、西軍の攻撃を撃退する。
さらに西軍は伊勢路に部隊を出撃させ、安濃津城を攻撃する。安濃津城を守る東軍市橋長勝(1-5)は奮戦するも、西軍毛利秀元(5-5)の猛攻を受けて遂に落城。市橋長勝は討死を遂げる。
一方の東軍は、伊勢方面で福島高晴(2-5)が西軍九鬼嘉隆(1-4)の守る鳥羽城を攻撃。これを落城せしめていた。

Turn05a


東軍が濃尾平野で攻勢を仕掛ける。西軍谷衛友(0-0)の守る竹ヶ鼻城を東軍藤堂高虎(2-7)が強襲。谷衛友は瞬時に敗走し、藤堂高虎が竹ヶ鼻城を占拠した。さらに東軍京極高知(2-6)、寺沢広高(2-6)が西軍織田秀信(1-4)が守る岐阜城を4-1で攻撃。東軍にとって出目に恵まれて一撃で岐阜城が陥落する。その東の守山城も織田有楽斎(1-5)、山内一豊の攻撃を一度は跳ね返したものの、その後黒田長政(4-7)の攻撃を受けて陥落寸前になる。
西軍は揖斐川の線に沿って防衛ラインを構築。石田三成(3-6)、島津義弘(4-5)。小西行長)3-5)らが布陣する。

Turn05b


6~10Turn

東軍の主将、徳川家康(7-6)が戦場に到着する。それと共に東軍は西軍の防衛ラインに攻勢を仕掛ける。福束、高須の両砦は殆ど無血で東軍が占領。大垣城に入った島津義弘も包囲される。西軍主力は関ヶ原付近まで後退。東軍は福島正則(3-8)、浅野幸長(3-6)らが本多忠勝(1-7)の督戦を受けて青軍を追撃する。彼らの猛攻を受けて退路を断たれた石田三成は、空しく関ヶ原の戦場に散った。

「三成死す」
の方を受けてもう一人の西軍主戦派宇喜多秀家(6-5)は、伊賀上野城の攻略を急ぐ。宇喜多隊の猛攻を受けて伊賀上野城が落城。西軍の命令値は4に戻った。

Turn10a


11~15Turn

西軍は増援に現れた立花宗茂(4-8)を田辺城攻略戦に投入する。勇猛を誇る立花宗茂の猛攻を受けてさしもの田辺城も遂に陥落した。
主戦線では東軍が関ヶ原の西軍防衛ラインを突破し、遂に琵琶湖沿岸まで到達した。その過程で小西行長、長束正家(2-5)、さらに大谷吉継(2-7)が相次いで討死する。

Turn15a


16~22Turn

その後、佐和山付近に布陣していた西軍最後の防衛ラインは崩壊し、毛利秀元、鈴木重朝(2-7)は相次いで討死を遂げた。西軍はその後城郭の守備に専念し、東軍は琵琶湖沿いに南下する。最終的には東軍は鳥羽伏見の線まで到達。丹波亀山城も落城寸前にまで追い込むも、そこで時間切れ。最終的に西軍は、田辺、福知山、須知、三田、岸和田、丹波亀山、安濃津の計7ヶ所を保持し、勝利条件的には西軍の圧勝となった。

Turn22a


感想

東軍は攻撃目標を分散させすぎたのが敗因だった。主戦線で勝った後の東軍は、脇目も振らずに大坂城へ突進すべきであった。大坂城を落せば東軍は勝利を手にできるのだから。

ちなみにこの後、大坂城へ向けて東軍は全力進撃させた所、第21Turn(終了Turnの1つ前)に宇喜多秀家が討死し、ゲーム的には東軍の勝利が決まった。そして最終Turnには東軍が大坂城に全力攻撃を行い、大坂城を落城させた。この展開を見ると、第16Turnから東軍が大坂城へ向けて全力進撃したら、ギリギリで間に合いそうだと思った。ただ、第19Turn付近で秀頼出陣の可能性があり、その結果如何では強行作戦から一転して逃げ切りに入る必要がある所に東軍の難しい所がある。

Turn22b




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