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(Photo by U.S. Naval War Collage)

ウォーゲームといっても競技用のゲームではないウォーゲームの場合、サイコロを使わないウォーゲームは珍しくはない。なお、ここでいう「サイコロ」とは、サイコロに代表される乱数発生器のことである。従ってサイコロを使わなくとも、カードによって結果を判定するゲームや相手の手札が不確定要素になるカードゲーム等は、ここでは「サイコロを使わないウォーゲーム」とはしていない。

一般にサイコロを使わないプロユースのウォーゲームを、日本ではウォーゲームとは呼ばずに「交戦理論」とか「オペレーションズ・リサーチ」等と呼ぶ。しかし英語では、日本でいうORもウォーゲームと呼ぶ場合がある。

例えば有名なランチェスターの二次法則がある。これは例えば艦対艦の戦闘モデルとして使われることが多いが、これもウォーゲームの一種と呼べる。例えば以下のような命題。

 命題:同等の能力を持つ戦艦10隻と戦艦6隻が互いに全滅するまで戦った場合、その戦闘結果を予測せよ。

ここにランチェスターの二次法則を当てはめると、劣勢側が全滅するまで戦うと優勢側は約3隻を失う。そこに乱数の介在する余地はない。

ところで戦艦対戦艦のようなモデルは比較的シンプルなのでゲームとしてルール化しやすい。しかし空母戦はそんなに簡単には行かない。例えば以下のような命題を考えよう。

 命題:1942年の空母戦である。零戦12機、艦爆36機、艦攻36機からなる攻撃隊が、空母3隻からなる米機動部隊を攻撃した場合の戦闘結果を予測せよ。なおCAP機はF4Fワイルドキャット36機とする。

この命題に対して、2種類のウォーゲーム理論を使って検証してみたい。

1.How Carrier Fought方式

How Carrier Foughtは、以前に紹介した空母戦に関する著作である。本書には簡単なウォーゲームルールが紹介されている。そこでHow Carrier Foughtのルールを使って上記の命題を解いてみよう。
How Carrier Foughtで紹介されている戦闘モデルは、"Salvo Combat Model"と呼ばれる戦闘モデルである。これは艦対艦のミサイル戦を再現したウォーゲーム理論であり、米海軍で実際に使用されている戦闘モデルである。なお言うまでもないが、ここでは艦爆や艦攻が対艦ミサイルの代わりを担うことになる。

a) CAP機による戦闘
個々のCAP機は艦爆に対して20%、艦攻に対して40%の撃墜可能性を有する。護衛戦闘機の存在は、同じ機数のCAP機に対して効果があり、CAP機の効果を半減させる(撃墜率はそれぞれ10%、20%)になる。またCAP機と護衛戦闘機の被撃墜機は考慮しない。
このルールを上記の命題に当てはめると、F4F 36機のうち12機が護衛の零戦によって効果半減になる。F4Fが半数ずつ艦爆と艦攻に向かったとすると、艦爆3機、艦攻6機がCAP機の犠牲になる。

b) 対空火器による戦闘
1942年の戦闘では、対空砲火の役割は限定的であった。従ってここではその効果を無視する。

c) 航空攻撃
艦爆の命中率は10%、艦攻の命中率は5%とする。
このルールを今回のモデルに適用すると、爆弾3.4発、魚雷1.5発が命中する。

d) ダメージコントロール
空母1隻を撃沈するのに要する弾量は爆弾5発又は魚雷2発とする。
今回の結果に適用すると、空母1.43隻を撃沈できる。実際には1隻撃沈、1隻発着艦不能ぐらいだろう。

2.Midway Inquest方式

Midway Inquestについても以前に紹介した。ミッドウェー海戦を扱った興味深い著作である。本書の中でもウォーゲーム理論が紹介されていた。これは、先に紹介したHow Carrier Fought方式とはかなり異なっているので紹介したい。

a) CAP機による戦闘
護衛の零戦は1対1の割合でF4Fを追い払う。追い払われたF4Fの半数が零戦によって撃墜され、零戦はF4Fと2:3の交換比で損失する。
護衛の零戦を掻い潜ったF4Fは、1機につき艦爆1機、又は艦攻1.5機を撃退する。撃退された艦爆・艦攻の3/4が撃墜される。F4Fは艦爆相手に1:8、艦攻相手に1:12の交換比で損失する。
このルールを上記の命題に当てはめると、零戦とF4Fの交戦で4機の零戦と6機のF4Fが失われ、6機のF4Fが撃退される。残った24機のF4Fは半数ずつに分かれて艦爆艦攻を攻撃。艦爆は12機撃退(内9機撃墜)、艦攻は18機撃退(内13.5機撃墜)。F4Fは約2.2機を失う。

b) 対空火器による戦闘
空母1隻につき艦爆又は艦攻1機が撃墜される。
これを命題に当てはめると、空母3隻なので3機が失われる。ここでは艦爆1機、艦攻2機が対空砲火の犠牲になったとしよう。

c) 航空攻撃
艦爆の命中率は1/3、艦攻の命中率は1/5とする(この命中率は史実の日本軍のそれよりも良好だが、ミッドウェー海戦に参加したパイロットは「Aクラス」だったことを考慮した、としている)。
これを命題に当てはめると、艦爆23機が投弾し7.67発命中、艦攻16機が投弾し3.2発が命中、となる。

d) ダメージコントロール
250kg爆弾の打撃力を1ポイント、魚雷の打撃力を3ポイントする。ヨークタウン級空母は5ポイントの損害で作戦能力を失い、9ポイントの損害で沈没する。また空母3隻の場合、損失は3:2:1の割合で各艦に割り振られる。
これを今回の命題に当てはめると、米空母が被る打撃は17.27。計算を単純化するために18ポイントとすると、1隻が9ポイント、もう1隻が6ポイント、もう1隻が3ポイントの損害を被る。
これを実際の戦場に当てはめると、「ヨークタウン」が沈没又は沈没寸前、「ホーネット」が飛行甲板が破壊されて航空機運用不能、そして「幸運な」「エンタープライズ」は爆弾3発が命中したものの緊急修理により作戦行動可能、となる。
日本軍は零戦2機、艦爆10機、艦攻15.5機の計27.5機を失った。これは出撃機の約1/3に対する損害であった。

3.結論

如何であろうか。どちらのモデルが現実に近いだろうか。個人的にはMidway Inquestのモデルがより実際に近いように思うのだが、爆弾・魚雷の命中率をもう少し下方修正した方が良いかもしれない。ただ、かなり異なったルールを採用している2つのモデルが、戦闘結果については類似の結果になったことは興味深いことである。

無論ここで一番興味深いのは、「戦闘をモデル化しよう」という考え方である。実際の戦闘には運の要素が大きな役割を果たす。従って「サイコロを使わないウォーゲーム」を「リアルではない」として切り捨てることは容易だ。しかしゲームは所詮ゲームだ。ゲームそのものに現実を変える力はない。ゲームで勝つことで実戦に勝てるのであれば、イカサマサイコロを使うとか、無理矢理裁定(所謂「只今の命中弾は1/3とする」)を使ってゲーム上での勝利を演出すれば良い。しかし、いくらゲームで勝っていても実戦で勝てなければ無意味である。繰り返すが、ゲームそのものに現実を変える力はないから。

プロユースのウォーゲームの役割は「予言」ではなく「見積もり」である。予言と見積もりは違う。予言には必ずしも根拠は必要ないが、見積もりには根拠が必要だ。また不正確な予言は無意味だが、不正確な見積もりは必要悪でもある。何故なら見積もりは現実の結果をフィードバックすることによって精度を高めていくものだからだ。この「戦闘をモデル化する」という考え方について、日本海軍は米海軍に及ばなかったことは今更言うまでもない。

最後に米海軍大学校におけるウォーゲームに対する取り組みを紹介したい。彼らがウォーゲームを研究や学生教育のための重要な要素に位置付けていることが理解できよう。