マッハの恐怖 柳田邦男
本書は1966年に発生した連続3件のジェット旅客機墜落事故を扱ったノンフィクションです。ノンフィクション作家の第一人者(あるいは「航空機事故評論家」?)として名高い柳田氏の処女作で、氏自身がまだ20代後半の時に経験した取材が元になっています。処女作らしく、細部の表現などにやや気負ったような箇所も見られますが、全体として読みやすく、また面白い話です。私が本書を最初に読んだのは、今からもう15年近くも前になりますが、その時は一晩で一気に読み通しました。それほど面白い本だったのです。発端は同年2月に発生した全日空ボーイング727型機の羽田沖墜落事故。引き続いて同年3月羽田で着陸に失敗して炎上したカナダ航空DC-8、さらにその翌日富士山上空で空中分解したBOACのボーイング707型と、わずか1ヶ月の間に3件ものジェット旅客機が相次いで大事故を起こしたということは、当時にあっても大問題でした。筆者は3件の事故について、その原因究明の過程を克明にリポートしています。
それぞれの事故は専門の事故調査委員会が設けられ、それぞれ事故の原因究明にあたりました。BOAC機及びカナダ航空の事故を担当したのは、守屋富次郎氏(東京大学教授)を団長とする計13名の調査団です。守屋調査団は、目撃者の証言、物的証拠、当日の天気図、交信記録等を丹念に調査し、やがてBOAC機とカナダ航空の事故原因を明確に特定することに成功します。
一方、全日空機を担当したのは木村秀政氏(日本大学教授)を団長とする計13名(後に3名追加)の調査団です。木村調査団は「パイロットミスの疑いが強い」という「仮定」に基づいて事故究明を進めていきます。しかし木村氏の進め方に疑問を感じていた山名教授らは、独自の方法で原因究明を進めていきます。様々な物的証拠や目撃証言、さらには模型を使った実験等から、山名氏は「グランドスポイラー」の異常動作が事故の主要原因であると主張するに至ります。しかしその主張は木村氏ら「主流派」からは取り上げられず、結局全日空機事故は「原因不明」のまま調査を終えることになったのです。
ここで注目したいのは、事故原因に対する探求方針の違いです。守屋調査団はまず「事実」に着目しました。「事実」とは残骸、証言、交信記録等です。残された「事実」は厖大な量であり(残骸1つ1つの散乱状況をすべて記録する、目撃者の証言内容をすべてチェックする等)、それを解析する作業もまた厖大になります。しかしその努力はやがて身を結びます。小さな1つ1つの事実を組み合わせることによって謎のベールに包まれていた事故機の飛行軌跡や飛行状況が明確になり、そして事故の原因が明らかになってきます。事実に基づく原因究明は明快であり、疑問の余地がありません。
一方の木村調査団は事実を探求しようとする姿勢がありません。木村団長の以下の発言は、その辺りの事情を端的に物語っています。
「人間のチエで少しぐらいの実験をしたからといって(事故状況を)とても表すことはできない」
「航空機事故が起こったら、大体の見当をつけて対策をつけなければならない」
木村調査団は最初から「パイロットミス」と決め付けて、それに基づく実験や調査を繰り返しています。しかし次々と明らかになる「事実」は「パイロットミス」よりも「機体欠陥」を裏付けるものばかり。しかしそれでも木村調査団はそれらの「事実」に悉く無視していきます。山名氏が提出した「グランドスポイラー異常説」についても、木村団長以下調査団主流派は論理的な反論を行うことができなかったにも関わらず、何故かその説を取り上げようとはしません。そして彼らは最終的に事故原因を特定することができませんでした。「航空機事故が起こったら、大体の見当をつけて対策をつけなければならない」
今回、本書を改めて読み返してみて、私は(技術者の一人として)守屋調査団の調査方法に感銘を受けると同時に、木村調査団の調査方針や調査の進め方に対して怒りに似た感情を覚えました。そして自らの戒めとして
「論より証拠」
という言葉の重要性を感じた次第です。技術者であれば、一度は読んでおきたい作品の1つです。
評価★★★★★
追記:この本で示された「証拠を詳しく吟味しながら事実を探求する」という手法は、戦時における情報処理にも相通ずる考え方だと思いました。例えば台湾沖航空戦等で見られる所謂「誇大な戦果報告」も、科学的なアプローチで解析すれば随分と軽減できたのではないでしょうか。
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