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ラプラタ沖海戦 酒井三千夫 出版共同社

「ラプラタ沖海戦」については、既に多くの人がご存知のことと思います。第2次世界大戦初頭の1939年12月、南米のラプラタ河口沖でドイツ海軍の重巡洋艦(ポケット戦艦)「アドミラル・グラーフ・シュペー」と英海軍ハーウッド代将率いる巡洋艦3隻(「エイジャックス」「アキリーズ」「エクセター」)とが交戦した海戦です。この戦いでハーウッド部隊は大きな損害を被りましたが、最終的には「グラーフ・シュペー」を自沈に追い込み、勝利を収めました。
本書ではラプラタ沖海戦の経過を追うと共に、ドイツ・ポケット戦艦の建造思想、大西洋でドイツ海軍が行った通商破壊戦の実態、「シュペー」の通商破壊戦とそれを追う英海軍の追跡体勢、そして海戦終了後の動きについて記載しています。字が大きく、またページ数が少ないので、その気になれば1~2時間程度で読み終えることができます。ボリューム面からはやや不満の残る内容です。ただ内容的には興味深い記述がいくつか見受けられます。例えば・・・・、

英海軍の「エイジャックス」「アキリーズ」は2艦集中射撃の設備を備えており、現にラプラタ沖海戦では2艦集中射撃を実施したとのこと。2艦集中射撃はよく仮想戦記等では「日本海軍の十八番」的な書かれていますが、史実において日本海軍が2艦集中射撃を行った事例は殆ど伝わっていません。

そのわりには英海軍の同海戦における火砲命中率は低く、軽巡2隻が0.75パーセント、「エクセター」が1.5パーセント程度だったとのこと。それに対して「シュペー」は戦闘開始後数分にして「エクセター」に命中弾を与え、さらに合計7発の命中弾を与えて同艦の戦闘力を奪った射撃術の腕前は高く評価してよいでしょう

「エクセター」が「シュペー」に対して放った魚雷は酸素濃度を濃くした特殊空気を使用したタイプであったとのこと。純正酸素ではないので「酸素魚雷」というのはやや異なるかも知れませんが、英海軍でこの種の魚雷を使っていることはあまり知られていません。魚雷の具体的な型式はわかりませんが、機会があれば調べてみたく思います。

ラプラタ沖海戦を振り返ってみて思うのは、ドイツ海軍とイギリス海軍の戦い方の違いが如実に感じることです。戦闘技術そのものでは英海軍は必ずしも独海軍に優るものではなく、砲戦技術等ではむしろ独海軍の方が優れていると見ることもできます。しかし敵の動きを読み、ラプラタ河口で「シュペー」を捕捉した戦術眼。劣勢な兵力でも戦い続け、最後は自沈に追い込んだ敢闘精神。これらは大海軍国としての英国の伝統を感じることができます。

技術的な側面から見た場合、ポケット戦艦という艦種の有効性は評価しても良いでしょう。隻数で3対1、総トン数でも2対1の劣勢にありながら、相手に対して有利な砲戦を行い、これを概ね撃破することができたその戦闘実績は、同種の艦艇が設計思想に相応しい戦闘力を具現していたことを示しています。「シュペー」の自沈は「シュペー」艦長ラングスドルフ大佐の判断力による所が大きいと思いますが、もしラングスドルフ大佐が史実とは異なる決断を下していた場合は「シュペー」が本国に生還できた可能性はかなり高かったのではないかと思います。

「まあ、もしそうなれば、ラプラタ沖海戦が今日のように劇的なドラマを提供することもなかったかもしれませんが・・・・」

お奨め度★★★


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ドイツ海軍重巡洋艦(ポケット戦艦)「アドミラル・グラーフ・シュペー」。ラプラタ沖海戦で英巡洋艦に大きな損害を与えたが、最後は自沈を余儀なくされた。

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英海軍重巡洋艦「エクセター」。排水量8000t級の比較的小型の重巡洋艦。主砲は20cm砲6門で、これは日独の重巡洋艦に比べて25~40パーセント少なく、火力不足は否めなかった。ラプラタ沖海戦では英ハーウッド隊の最有力艦であったが、「シュペー」の先制攻撃により甚大な被害を被った。

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英海軍軽巡洋艦「エイジャックス」(「アキリーズ」も同型)。15cm連装砲4基を中心線上に配置した近代的なスタイルの艦であったが、日米海軍が15cm砲多数装備の大型軽巡に建造の中心を移行していったため、本級はやや時代に取り残された感になってしまった。ラプラタ沖海戦では奮戦したものの、その15cm主砲はポケット戦艦相手に明らかに威力不足であった。


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英海軍重巡洋艦「カンバーランド」。ラプラタ沖海戦には参加できなかったが、当時南米海域にいた最有力の英艦であり、20cm砲8門装備の本艦と「グラーフ・シュペー」の対決は興味深いものがある。