
特集は「ゲームデザイナーへの道」だそうです。
付録ゲーム「スモレンスク攻防戦」「マーケット・ガーデン作戦」を題材とし、シミュレーションゲームができるまでのデザイナーの試行錯誤を描いています。ゲームデザインという作業が「OBを調べて、マップを作って、ユニットを作って、システムを決めたら、それでオシマイ」というような単純なものではないことを示唆しています。
また「占領地は儲かる?」という論文では、史実における占領地の実態とゲームにおける表現を比較し、史実の再現とゲームデザインについて考察します。
「シミュレーションゲームには物語性が必要」
というのが私の持論ですが、そんな私にとっては「我が意を得たり」という感じでした。
付録ゲーム「スモレンスク攻防戦」「マーケット・ガーデン作戦」を題材とし、シミュレーションゲームができるまでのデザイナーの試行錯誤を描いています。ゲームデザインという作業が「OBを調べて、マップを作って、ユニットを作って、システムを決めたら、それでオシマイ」というような単純なものではないことを示唆しています。
また「占領地は儲かる?」という論文では、史実における占領地の実態とゲームにおける表現を比較し、史実の再現とゲームデザインについて考察します。
「シミュレーションゲームには物語性が必要」
というのが私の持論ですが、そんな私にとっては「我が意を得たり」という感じでした。
ただ・・・・、
所々に見え隠れする「説教臭い」言い回しには正直嫌になりました。
例えば、ある提言によれば、
所々に見え隠れする「説教臭い」言い回しには正直嫌になりました。
例えば、ある提言によれば、
「あなたは義務を背負っている。だから行動しなければならない」
とのことですが、「たかが趣味」の雑誌としては随分と大げさな言い方ですね。私的には、「趣味に強制はそぐわない」と思っているのですが、如何でしょうか?。
あと座談会。
座談会という形式上仕方がないのかもしれないですけど、話がやや発散してる感があります。
鹿内さんの「現状認識」によれば、
座談会という形式上仕方がないのかもしれないですけど、話がやや発散してる感があります。
鹿内さんの「現状認識」によれば、
「1980年代の無自覚・無軌道」が現在の「敗北」を招いた原因である
ということになのですが、では「1980年代の無自覚・無軌道」とは何なのか?。そのあたりが座談会を読んでも今ひとつ伝わってこない。発言者それぞれが考える「1980年代の無自覚・無軌道」があるのかもしれないが、それがバラバラに語られていて読む方に伝わってこない。そう思えました。まあ発言者それぞれの立場の違いというのが、この手の座談会の「面白味」なのかもしれませんが。
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