事情があって、「あ号作戦」について調べています。
「あ号作戦」とは、ご存知の通り1944年5月に発令された米機動部隊撃滅作戦です。その骨子は海上決戦兵力たる第一機動艦隊と、基地航空決戦兵力である第一航空艦隊が共同で米機動部隊と決戦、これを撃破するというものです。

その結果はご存知の通りマリアナ沖海戦を引き起こし、そして日本海軍は敗れ去りました。

この戦いについては、既に多くの書籍で語られていますが、その内容は機動部隊同士の戦いに偏り、本来最も期待されていた基地航空部隊に対する扱いがやや冷淡です。

今回、私が本作戦を再び調べてみるにあたり、基地航空隊の戦いに焦点を当ててみました。定数1,600機。完全に整備された暁には米機動部隊を遥かに凌駕する兵力を有するはずだった第一航空艦隊。猛将角田覚治中将に率いられたこの部隊は、決戦兵力の中核として大いに期待されていました。

実際の戦いでは、一航艦は米機動部隊に殆ど打撃を与えることなく壊滅してしまいますが、その原因は何故か?。「質量共に劣る」といえばその通りなのですが、少なくともある時期までは敵機動部隊に対して数的優位を保持して決戦するという方針を堅持していたはず。それがどうしてあのような一方的な敗北を喫してしまったのか。機材の不備なのか、運用の不備なのか、あるいは作戦指導に問題があったのか。その辺りに焦点を当てて調べてみたいと思っています。