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「マリアナの七面鳥撃ち」

マリアナ沖海戦を語る時に必ずと言って良いほど出てくる有名な言葉です。米パイロットから見た場合マリアナ沖海戦の様相はまさにその通りなのですが、少し視点を変えてみたらどうでしょうか?。例えばマリアナ沖海戦における零戦とヘルキャットの対戦に絞ってみたらどうでしょうか?。実際にヘルキャットによって撃墜されたのは大半が艦爆や艦攻であり、零戦の損害は全体から見れば比較的少なかったかもしれません。仮に零戦とヘルキャットの対決に絞った場合、彼我の戦果・損害はどうだったのでしょうか?。
今回はそういった視点でマリアナ沖海戦を振り返ってみました。

単純な比較

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まずは比較の規準となる両軍の戦果と損害について考察します。日本軍の損害については上表の通りです。すなわち零戦58機、爆装零戦44機が未帰還機となりました。
対するF6Fの損失は、戦闘損失が16機、その他の原因による損失が5機となっています。仮にF6Fの損失を16機とした場合、そして日本側の損害を全てF6Fによる損害と仮定した場合のキルレシオは以下の通りとなります。

 零戦:ヘルキャット = 3.6(6.4):1   (カッコ内は爆装零戦をカウントした場合)

零戦側損失についての考察

上記の数値を皆様はどのように感じられるでしょうか?。私は「(零戦が)意外と善戦しているな」と感じました。
さて、上記の仮定では全ての零戦がヘルキャットに撃墜されたものと仮定して考察しました。しかし実際には他の要因で失われた零戦もあったはず。そこで零戦側の損失要因として考えられるものをいくつかピックアップしてみました。

対空砲火によるもの

マリアナ沖海戦といえば「VT信管」といわれる程に対空砲火の威力が強調されています。しかし対空砲火による戦果(あるいは損害)が巷では事実以上に誇大に語られている感があります。マリアナ沖海戦について言えば、防空の主役はヘルキャットであり、対空砲火は脇役に過ぎなかったのです。以下の数値は米軍が報じた6月19日の撃墜戦果内訳です。以下の数値から明らかなように、マリアナ沖海戦における対空砲火の果たした役割は、比較的小さいものであったと言えるでしょう。

 ヘルキャットによるもの:計365機
 対空砲火によるもの:計19機

零戦が被った損害の中で、対空砲火による損失の可能性があると考えられるのは、以下の3ケースです。

 (1) 第3航空戦隊第1次攻撃隊(TG58.7を攻撃)
 (2) 第1航空戦隊第1次攻撃隊(TG58.7,TG58.2を攻撃)
 (3) 第2航空戦隊第2次攻撃隊a(TG58.2を攻撃)

まず(1)についてですが、この隊の爆装零戦隊の何機かがTG58.7の戦艦群を攻撃。戦艦「サウスダコタ」に直撃弾を与える等、戦果を記録しています。その中で対空砲火の犠牲になったものは米側の記録によれば以下の通りです。
 爆装零戦2機:戦艦「サウスダコタ」に直撃弾1
 爆装零戦1機:重巡「ウィチタ」に至近弾1
 爆装零戦1機:重巡「ミネアポリス」に至近弾1
 爆装零戦1機:戦艦「インディアナ」の付近に墜落
合計5機。すなわち爆装零戦5機が対空砲火による犠牲であったと判断することができます(あくまでも米側の記録に誤認や重複がなければ、の話ですが)。

続いて(2)についてです。この隊は日本側がその日繰り出した攻撃隊の中では最大規模のものであり、従ってヘルキャットの防衛線を突破した数が一番多かったグループです。しかしこの隊は爆装零戦が含まれておらず、対空砲火による犠牲はほとんど全て彗星艦爆や天山艦攻であったことが推察されます。実際、米側の戦記を読んでみても、米艦隊を攻撃した機種はほとんど全て彗星や天山であり、零戦の姿は認められていません。従ってこの隊の中で対空砲火に落とされた零戦は0機であると推測できます。

最後に(3)です。この隊は合計15機(零戦6、彗星9)という小グループなのですが、米側防空戦闘指揮の混乱をついた形で旨く米艦隊に接近することができたため、半ば奇襲攻撃に成功した幸運なグループです。米空母の緊急回避運動によって命中弾を得ることはできませんでしたが、日本側にとっては惜しいチャンスでした。
この攻撃隊は、攻撃位置に達する前に既にアクシデントによって零戦2、彗星6の小編隊になっていました。「ワスプ」のヘルキャット隊がこれを迎撃。零戦2、天山1の撃墜を報じた後、艦隊の対空砲火が5機乃至6機の撃墜を報じました。日本側の記録によれば彗星5、零戦1が撃墜されたとなっています。戦闘状況から判断し、零戦の損害は「ワスプ」のヘルキャット隊によるもの、と判断して良さそうです。従ってこの隊も対空砲火によって落とされた零戦は0機であると判断できます。

(1)~(3)を集計し、対空砲火によって落とされた零戦は5機(全て爆装)という判断に落ち着きます。

航法ミス、燃料不足によるもの

この日の日本側攻撃隊はかなりの大遠距離攻撃を強いられました。しかも当時の搭乗員達が十分な技量を有していなかったことは周知の事実です。従って日本側未帰還機の何割かが航法ミスや燃料不足によるものであると容易に推察することができます。
残念ながら上記の理由による正確な未帰還機数を判定することは容易ではありません。当時の日本側の状況については「詳細ハ不明」というのが実情であり、我々は未帰還機の何割かに航法ミスや燃料不足によって失われた機体があったと推測する他はありません。
しかし当時の記録から航法ミスの疑いが濃いと思われるのは以下のケースです。

(1) 第1航空戦隊第2次攻撃隊
(2) 第2航空戦隊第2次攻撃隊a
(3) その他

(1)については、発進した18機のうち、爆装零戦10機と天山1機が編隊からはぐれて行方不明になっています。このうち爆装零戦2機が辛うじて帰還したようですが、他はいずれも未帰還となっています。未帰還となった爆戦隊については途中空母「レキシントン」を発進した索敵機チーム(ヘルキャット1機、アヴェンジャー2機)と遭遇。米側の記録によれば零戦6機を撃墜、他に2機を不確実撃墜したことになっています。仮に日本機の損害が8機だとすると丁度米側の戦果報告に一致します。米側の戦果報告が必ずしも正確でないのは明らかなのですが、この場合米軍側の参加機数が少なかったために重複が小さかったということも考えられます。今回は他に否定する材料のないことから、戦爆8機は全て米軍機に食われたものとしました。ちなみに米軍側の戦果報告を100%信じるならば、8機中5機はヘルキャットによる戦果で、残り3機はアヴェンジャーによる戦果ということになります。

(2)については、未帰還になった零戦4機のうち、1機は先ほど述べたように米機動部隊上空で「ワスプ」のヘルキャットに食われたと想像できます。残り3機については進撃途中に本隊からはぐれてそのまま行方不明になったので、恐らく航法ミスによる損失であろうと推測します。

(3)その他についても未帰還機の何割かが航法ミスを犯したことが予想されます。しかしこの数値は推測に頼らざるを得ません。今回は「根拠のない数値はカウントしない」という方針を堅持したいので、航法ミスによる未帰還機はカウントしないこととしました。

(1)~(3)を集計し、航法ミスで失われた零戦は3機、他にアヴェンジャーに食われた零戦(爆装)が3機ということになります。

基地航空隊

マリアナ沖海戦の主役は母艦航空部隊でしたが、一部基地航空隊も参加しています。特に戦場に近いグアム島は米艦載機の連続攻撃の目標となり、所在の零戦隊も果敢な迎撃戦を展開しました。その日グアム島上空で失われたヘルキャットは計9機。それが日本側の奮戦を物語っています。
この日のグアム島上空の空戦で何機の零戦が失われたかは判然としません。米軍側の報告によれば、午前中に零戦30機と爆撃機5機、午後に計72機を打ち落としたとしています。午後の空戦は母艦機が主役である可能性が高いために除外するとして、午前中の戦いは純粋に基地航空部隊の戦いになります。この時実際に落された零戦の数が問題になりますが、ここでも「根拠のない数値はカウントしない」という方針を堅持すると、数値として根拠のあるものは米軍機による撃墜報告だけとなります。従ってここでは基地機の零戦30機がヘルキャットに食われた、としました。

再び集計

上記の結果を加味した上でヘルキャットによって落とされた零戦の機数を再計算すると、以下のようになります。

 零戦85機+爆装零戦36機


米軍側の損害

ヘルキャットの損害は明白です。戦闘損失16機。しかし実の所、全てが零戦に食われた訳ではありません。16機のうち3機はグアム島からの対空砲火の犠牲になったことが明らかになっています。残り13機。そのうち何機かが彗星や天山の防御砲火に食われた可能性はあります。ただ彗星にしても天山にしても7.7~7.9mmクラスの旋回銃しか持たないのでヘルキャットに致命傷を与えるのは難しいと思われ、戦果の大半は20mm機関砲を装備した零戦によるものと考えるのが妥当です。ここでは零戦によってヘルキャット13機が失われたとしました。

最終結果


 零戦:ヘルキャット = 6.5(9.3):1   (カッコ内は爆装零戦をカウントした場合)

おまけ

如何でしょうか?。日本人にとっては残念な結果と言えるかもしれません。
ちなみに上記の計算では無視しましたが、もし零戦の何割かを航法ミスによる損害と仮定し、さらに確実性に欠けると思われる米軍側の戦果記録を割り引いてカウントすれば、上記の数値は少し変わってきます。例えば航法ミスによる損害率を50%、米軍側の戦果報告を実際の2倍に水増ししたと仮定すると、キルレシオは3.3(5.1):1になります。このあたりは数字の遊びに過ぎませんが、結局の所、「マリアナの七面鳥撃ち」における零戦対ヘルキャットのキルレシオは、大体5~9の間に落ち着くのではないでしょうか。

ちなみに6月20日の分を追加すると、撃墜数は91(138)対19となり、キルレシオは4.8(7.3)(カッコ内は爆戦隊含む)になります。