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GMT社のFor the Peopleは、南北戦争全域を扱ったキャンペーン級のゲームです。マップには南北戦争の主戦場となった南部連合諸州とその周辺地域がポイント・トウ・ポイント描かれ、1ユニットは軍、軍団、師団、騎兵旅団を示します。
南北戦争を特徴づけるのは南北両軍の指揮官たちですが、For the Peopleでは、リー、グラント、ジャクソン、シャーマン、ロングストリート、マクレランといった南北両軍の主要な指揮官が1人1ユニットで登場します。さすがにポーター、ファラガットといった海軍指揮官はユニット化されていませんが、彼らの活躍はイベントカードで再現されています。
For the Peopleの基本システムはいわゆるカード・ドリブン方式です。両軍は毎ターン一定枚数のカードを受け取り、それらをOC(作戦カード)又はEC(イベントカード)としてプレイすることのよってゲームを進めていきます。
今回、For the Peopleのキャンペーンシナリオをソロプレイしてみました。プレイにはVASSALを使用し、選択ルールはすべて有りでプレイしています。

For the Peopleについて詳しくは--> こちら

1Turn(1861年春)

イメージ 9戦争が始まった。北軍は3OCカードを使用。McDowell将軍(1-1 3)(攻撃値-防御値 活性化コスト、以下同じ)率いるポトマック軍(6SP)がManassas VAに侵攻した。Manassas VAにはBeauregard将軍(1-1 2)率いる3SPが守備に当たっていたが、ポトマック軍がそれを撃破。Manassas VAを占領し、早速要塞を築いた。
南軍は中立州に対して政治支配を広げていく。ケンタッキー州に7枚のPCマーカーを配置し、同州を支配した。慌てて北軍もMissouri州に3枚のPCマーカーを配置して対応する。

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2Turn(1861年夏)

イメージ 10南軍は北ヴァージニア軍を編成した。指揮官はJ.Johnston将軍(1-2 2)。能力は比較的平凡だが、相手の北軍に比べると優越を維持している。その北ヴァージニア軍が北軍ノーフォーク要塞(要塞指揮官Butler 0-0 3)を攻撃した。圧倒的兵力に物を言わせた南軍は鎧袖一触の元、ノーフォーク要塞を奪取した。
北軍はシンシナティ(Cincinnati OH)にテネシー軍を編成した。指揮官はBuell将軍(1-1 3)。テネシー軍はシンシナティよりケンタッキー州へ南下を開始した。

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3Turn(1861年秋)

イメージ 11北軍はPope将軍(1-0 2)率いる1個軍団がフロリダ上陸作戦を敢行するも、クェーカー砲に恐れをなして撤退する醜態を演じて見せた。
北軍Buell将軍(1-1 3)率いるテネシー軍はケンタッキー州を南下、Browling Green KYにまで到達していた。テネシー州の州都、ナッシュビル(Nashville TN)は目前である。南軍もJ.Johnston将軍(1-1 2)指揮の元、テネシー軍を編成し急遽対抗するが、兵力不足は如何ともし難い。

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4Turn(1862年春)

イメージ 12南軍の名将リー(R.E.Lee)将軍(3-3 1)が北ヴァージニア軍司令官に就任した。意気上がる南軍。しかし先手を取ったのは北軍だった。Buell将軍(1-1 3)率いるテネシー軍はケンタッキー州南部で行動開始。Somcrest KYに陣取る南軍師団(1SP)を攻撃した。兵力差に任せて南軍を撃破するテネシー軍。勝利の報を得た北部連合リンカーン大統領は、すかさず「奴隷解放令」を発表した。
イメージ 14先を越された南軍は、リー将軍率いる北ヴァージニア軍が北上する。マナサス(Manassas VA)に進軍した北バージニア軍は北軍師団を撃破。勢いに乗る南軍は、北軍ポトマック軍が守るフレデリック(Frederick MD)に進攻した。北軍ポトマック軍の指揮官は慎重派として知られているマクレラン(McClellan)将軍(0-2 3)。リーに比べると数段見劣りするが、それでも守りに入った時には意外な程力を発揮することがある。今回も要塞線を生かしたマクレランの守りは冴え渡り、全戦線に渡って南軍を押し返した。
北軍はバーンサイド(Burnside)将軍(0-1 2)が指揮官としてミズーリ方面軍を編成。Cairo南部の要域に進撃した。一連の攻撃でPaducah KY、Columbus KYを占領。その動きに呼応してテネシー軍も南下。ナッシュビル(Nashville TN)に進撃した。ナッシュビル守備隊は撃破され、ナッシュビルは北軍が占領。その夜、ナッシュビルの夜空は略奪の炎で赤く染まったという。
最後にPope将軍(1-0 2)の率いる1個軍団がフロリダ半島Jacksonville FLに上陸。橋頭保を築く。

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5Turn(1862年夏)

イメージ 13南軍がウェストヴァージニア州での支配を広げていく。北軍はポトマック軍からBanks将軍(0-0 3)の軍団をウェストヴァージニア州の要地に派遣し、兵の力で支配を戻そうとする。しかし南軍もVan Dorn将軍(1-0 1)の軍団をウェストバージニアに派遣し、分散配置されている北軍歩兵部隊を各個に撃破していく。結局Turn終了時にウェストバージニア州全域は南軍の支配する所となった。
イメージ 11先のTurn、フロリダに上陸したPope将軍の軍団だが、このTurnフロリダ半島で地歩を広げ得ていく。Jacksonville FLの他、St.Augustine FL、Baldwin FLも北軍が支配する所となった。
西部戦線も動いた。Burnside将軍(0-1 2)率いる北軍ミズーリ軍団がCairoを出撃して南下を開始した。目指すはPaducah KY付近で行動中の南軍J.Johnston将軍(1-2 2)率いるテネシー軍。兵力で勝る北軍であったが、指揮能力は低い。北軍側が勝つのは困難かとも思われたが、北軍は奮戦してテネシー軍を撃破。Paducah KYは北軍の占領する所となった。

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6Turn(1862年秋)

イメージ 15テネシー州では、北軍Burnside将軍(0-1 2)率いるミズーリ軍とBuell将軍(1-1 3)率いるテネシー軍が地歩を広げていく。慌てた南軍は周囲の反対を押し切って(SWを8点失って)無名のジャクソン(Jackson)将軍(3-3 1)をテネシー軍司令官に就任させた。ジャクソン軍は3度に渡って北軍と交戦、いずれも勝利を収めたが、数で勝る北軍の勢いは止まらなかった。
フロリダ半島では、北軍Pope将軍の軍団が無人の野を行くが如く勢力圏を拡大し、ついにFlorida州全域を支配下に置いた。
海上でも北軍海軍による南部圧迫は強化されていた。現時点での封鎖レベルは2。Turn終了時の南部SWは49まで落ち込んだ。

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ここまで

開戦から2年が経過しました。両軍ともまだ大きな動きはありませんが、西部戦線やフロリダ戦線では北軍が支配地域を広げています。次Turnには北軍の名将グラントが登場。いよいよ南軍は窮地に立たされることになるのでしょうか?・・・


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