はじめに
PFB(プロフェッショナルベースボール)とは、かつてHJ社から出版されていた"熱闘12球団ペナントレース(APBA)"シリーズと同等のコンセプトを持つシミュレーションゲームです。"熱闘"が持っていた手軽さ(ルールの容易さ、プレイ時間の短さ)はそのまま継承し、"熱闘"よりも遥かに現実再現性の高いゲームになっています。PFBの入手はこちらを参照して下さい。
ミニキャンペーン
久しぶりにPFBをプレイすることになりました。特定年度の対決ではなく、リーグ優勝チームを集めた「オールスター」的な対決です。今回はオリジナルのデータカードではなく、データ補正をした特別なカードを用意して対戦することにしました。参加したチームは以下の6チームです。
1990年Lions
1998年Baystars
2003年Hawks
2005年Tigers
2006年Fighters
2013年Giants
1990年Lions
1998年Baystars
2003年Hawks
2005年Tigers
2006年Fighters
2013年Giants
下名は2005年Tigersを指揮します。打線は赤星憲広、金本知憲、今岡誠といった所が中心。救援陣が極めて強力で、後のリリーフエース藤川球児を始め、ジェフ・ウィリアムス、久保田智之といった所謂JFKが活躍していた時期です。決して打線は強力ではありませんが、攻め口鋭い攻撃で先制し、強力な救援投手陣にて逃げ切るのが勝ちパーターンです。
前回までのあらすじ-->こちら
対1990Lions戦
第1戦
次の相手は1990年ライオンズ。清原和博、秋山幸二、デストラーデという強力クリンナップと安定した先発投手陣を持つこのリーグ優勝候補の最右翼である。先発は阪神がベテラン左腕下柳剛、西武はこれも左腕工藤公康である。工藤公康といえば「ベテラン」というイメージが強いが、この時期の工藤は27歳なので、まさに「脂がのった」時期といえようか。
お互いに3回表裏に点を取りあって2-1で阪神が1点のリード。先発の下柳が6回1失点で凌いだので、7回から藤川球児投入。その藤川が7、8回をピタリと押さえて「これは貰った」と思ったが、9回に魔物が待っていた。9回裏先頭の田辺徳雄が2塁打を放ってで無死2塁のピンチ。阪神ベンチは三番手江草仁貴をマウンドに送る。送りバントで1死3塁から辻発彦の犠牲フライで同点。10回裏に1死から江草が清原和博のソロを浴びてサヨナラ負け。勝ち投手は10回を一人で投げ切った工藤公康。阪神としては勝ちパターンを落としただけに悔しい。
第1回戦:西武:1勝0敗
T 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 - 2
L 0 0 1 0 0 0 0 0 1 1x - 3
勝:工藤、負:江草1敗L 0 0 1 0 0 0 0 0 1 1x - 3
本:清原x号、今岡1号
第2戦
先発は阪神が安藤優也、西武が渡辺智男が先発。序盤に阪神打線が連打で1点を先制し、幸先良し。しかしその裏、またもや清原にしてやられた。1死1,2塁から4番清原和博の3ランが飛び出して1-3のビハインド。その後安藤、渡辺両先発が力投。6回に阪神今岡誠の1号ソロで1点差まで追い上げたが、追い上げもそこまで。渡辺智に完投を許し、阪神は痛恨の連敗を喫した。
第2回戦:西武:2勝0敗
T 1 0 0 0 0 0 1 0 0 - 2
L 3 0 0 0 0 0 0 0 x - 3
勝:渡辺智、負:安藤1勝1敗L 3 0 0 0 0 0 0 0 x - 3
本:清原x号、今岡1号
第3戦
連敗して負けられない阪神。負傷していた藤本敦士選手が戻ってきた。西武戦は二塁手が穴で苦戦を強いられた。まだまだレギュラー級ではないが、兎に角少しは穴が埋まる。藤本を8番2塁でスタメン出場させる。それにしても2005阪神。セカンドが弱点になるとは予想していなかった・・・。この試合阪神は杉山直久、西武が郭泰源が先発する。序盤は両チーム共ゼロ行進。5回表に赤星憲広の三塁打で1点を先制するも、なおも1死3塁のチャンスから後が続かず。今回は無死又は一死3塁といった場面で点が取れないケースが目に付くが、一体どうしたものか。もっと積極的に攻めるべきだろうか・・・。
迷いがピンチを招いたのか、その裏に連打と四球で2点を失い、またもやベンチは負けムード。7回には石毛宏典の2ランが飛び出して1-4と3点差まで広げられると、今の阪神に追い上げの意気はない。それでも最終回に郭を攻めてノックアウトした後、代わった鹿取義隆から阪神4番金本知憲が適時2塁打で2点を奪って3-4まで追い上げたが、追撃もそこまで。結局3-4で敗退し、痛恨の3連敗を喫した。
第3回戦:西武:3勝0敗
T 0 0 0 0 1 0 0 0 2 - 3
L 0 0 0 0 2 0 2 0 x - 4
勝:渡辺智、S:鹿取、負:杉山1敗L 0 0 0 0 2 0 2 0 x - 4
本:石毛x号
戦訓
下名としては惨敗である。3勝6敗なら言い訳もできない。まあ短期戦なので運に左右される面が多いのも事実だが、「運も実力のうち」と言ってしまえばそれまで。
投手起用については、そんなに間違いはなかったと思う。救援投手陣を活発に使えたのは良かっただろう。結果に繋がらなかったのは残念だが、9試合の平均失点が3点未満(2.89点)なのだから、投手陣を攻める訳には行かない。ただし9試合中先取点を取った試合が7試合もあったのに、その星取りが3勝4敗というのは頂けない。「先行逃げ切り」のパターンを確立する必要がある。
もっと問題なのは打線。9試合の平均得点が2.55点では話にもならない。とはいえ、得失点差は-3点なので、借金3はちと酷すぎる。もう少し戦い様があったかもしれない。以下は開幕時の打線である。(上段1~4番打者、下段5~8番打者)
最初、この打線に問題があるのかとも考えて途中で打線をいじってみた。だが、後から考えてみると、上の打線であまり問題はないように思える。まず1番、4番については事実上選択肢がないと言える。問題は2番打者だが、実は安打率でも出塁率でも関本健太郎がベストである。バント力が3あるのでバントさせたくなるが、赤星憲広のコンビで、もっと足を使うべきだったかもしれない。3番打者が悩ましい。私は足を買って鳥谷敬を抜擢したが、金本知憲の前を打つ走者が中途半端にウロチョロするも逆効果なので、全般的に長打力と出塁率に勝る桧山進次郎か、左が続くのを嫌うならば今岡誠あたりが良いかもしれない。今岡は鈍足が弱点だが・・・。そう考えると、打線の繋がりなども加味すると、以下の打線が良いかもしれない。
それよりも痛かったのは関本健太郎の負傷離脱である。タフネスがBしかないのである程度の離脱は覚悟していたが、いざとなると痛かった。控えが藤本敦士と秀太しかいない上、2人とも打力・守備力が2流以下である。藤本のタフネスはAなのでまだマシだが、今回みたく関本と藤本が揃って抜けてしまうと守る選手がいない。急遽「無人野手」を補充したが、打力のなさは如何ともし難い。幸い鳥谷がセカンドも守れるので、ショートに久慈照嘉を入れる手もあるが、大同小異。選手層の薄さを呪ったものだ。
DH制も不利に働いた。元々選手層が薄いので、DHに出すような選手がそもそもいない。中村豊、林威助、スペンサーあたりを使ってみたが、力不足は明らかだった。逆に西武のように打力に優れたチームは、DHを使わせないことで打力を大幅にダウンさせることが期待できる。今回は西武戦がビジターゲームであったため、DHありだったのが痛かった。
感想
思いの外時間がかかった。「15試合ぐらいなら1日かければ余裕だろう」と思っていたが、予想に反して9試合。1試合平均すると1時間ぐらい。かつて1日20~30試合をノルマにしていた時代に比べると隔世の感がある。時間がかかった理由を列挙してみる。
(1) プレイヤーがゲームに不慣れであったこと。
(2) 個人記録の記入に時間がかかったこと。
(1)については仕方がない。元々PFBは「慣れたプレイヤーが短時間でプレイできる」をコンセプトにデザインされている。極端な話、チャートを覚えるぐらいのプレイヤーでなければ、真の意味でのパフォーマンスは発揮できない。これは時間が解決してくれる問題だと思っている。
(2)については、記録方式に問題があったのだろう。というか、最初からプレイ時間の短縮を意図した記録方式ではなかった。これについては、別の方法(私がかつてペナントレース大会等で愛用していた方法)を提唱してみたいと思っている。
(2)については、記録方式に問題があったのだろう。というか、最初からプレイ時間の短縮を意図した記録方式ではなかった。これについては、別の方法(私がかつてペナントレース大会等で愛用していた方法)を提唱してみたいと思っている。
いずれにしても、当初期待した内容と実際の結果は必ずしも一致しなかったが、久しぶりにPFBをプレイできたことは良かった。参加していただいた皆さんがどのような感想を持たれたのだろうか。気に入って頂ければ良いのだが・・・。
私個人としては、攻撃側監督をしている時の「どないなっとんねん」感と守備側監督をしている時のあの「どーにもならない感」を久しぶりに味わえて満足している。
最後に皆さん、一緒にPFB、やりませんか。参加者募集中です。