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8月の山科会、3番目の対戦アイテムはGJの傑作「信長最大の危機」である。
先の「フリードリヒ最大の危機」の元になったゲームで、両者を比較すると様々な意味でデザインスタイルが変化しているのが理解できる。

下名が信長を担当した。

前回までの展開 --> こちら

16Turn(天正5年)

イメージ 12織田方は河内灘の水軍に対して猛烈な調略攻勢を実施。河内灘を守る村上水軍を見事に調略することに成功した。労せずして河内灘の制海権を握った織田方は四国阿波に侵攻。三好の本城である勝端を占領し、三好を滅亡に追い込んだ。

追い詰められた毛利勢は調略攻勢を実施。播摩を支配する別所・波多野勢を寝返らせて毛利方につけることに成功する。

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19Turn(天正7年)

イメージ 13織田軍は柴田勝家を方面軍大将とし、摂津の有岡城に籠る本願寺勢を囲んだ。一撃陥落を狙った織田勢であったが、本願寺勢は強く、織田軍は苦戦を強いられる。
これをチャンスと見た毛利勢は、別所・波多野勢を主力とする1個軍団8戦力で有岡城を攻めた。有岡城外で迎え撃つ織田勢。兵力的にはほぼ互角の両者であったが、柴田勝家を総大将とする織田軍の統率が別所・波多野勢を上回った。別所・波多野軍は散々に撃破され、やっとのことで丹波八上城へ後退していった。

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イメージ 14「有岡の戦い」に勝利した織田勢は、いよいよ長年の宿願である石山本願寺攻略に取り掛かる。信長公自らが率いる3個軍団24戦力が石山本願寺を強襲した。石山本願寺を守るのは一向宗徒6戦力の大軍である。4倍の兵力で遮二無二攻める織田軍に対し、地形を生かした本願寺勢の防御は熾烈を極めた。織田軍は一挙に5戦力を失う。細川藤孝、筒井順慶の客将2人も壮烈な討死を遂げてしまう。しかし織田軍の攻撃も猛烈を極め、第1次総攻撃で本願寺勢も実に5戦力を失う。石山に残る本願寺の戦力は残り1戦力。最早落城は時間の問題である。
そして始まった第2次攻勢。兵力をやや減じた織田軍は、それでも2個軍団16戦力の大軍で石山本願寺を囲んだ。圧倒的兵力で攻める織田軍の前に石山本願寺は遂に陥落。信長公は最大の強敵を倒したのである。

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イメージ 15一方北陸路では、加賀一向宗と同盟を組んだ上杉謙信が越前平野に乱入。北ノ庄さらには府中城を占領していた。上杉の脅威はすぐそこまで迫ってきている。

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21Turn(天正8年)

イメージ 16徳川家康公が浜松を出陣。京に入った。そのまま家康軍は1個軍団8戦力の兵力で山陰道に出撃。黒井城を調略で攻略した後、黒井城に進出した。

一方北陸路では、遂に上杉謙信が金ヶ崎を攻略し、木ノ本を超えて北近江に進出してきた。かつて浅井長政が本城を構えた小谷城を一撃の元に陥落せしめた。上杉謙信の脅威がいよいよ京に近づいてきたのである。

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22Turn(天正8年)

イメージ 17上杉謙信は小谷を出撃。その南にある横山城を占領した。しかしそこから織田方の猛反撃が始まった。
まず京都から比叡山を経由して琵琶湖西岸地区を前進したのは荒木村重率いる半個軍団4戦力である。荒木軍団は街道を守る上杉軍を撃破。そのまま琵琶湖北岸を回り込んで無防備の小谷城を奪回した。

小谷奪回の意味は重要である。上杉軍の連絡線は越後を発し、北陸道を通って最前線の上杉謙信につながっている。しかしその後方を切られるという事は、取りも直さず上杉軍主力が連絡線を断たれて孤立しているということである。
好機到来。
イメージ 18この機を逸せず上杉軍を撃破すべく、信長公自らが率いる2個軍団16戦力が京より出撃。琵琶湖東岸を回って横山に陣取る上杉軍主力に向けて突撃を開始した。
一方の上杉軍。連絡線が切られても未だ織田方武将に対する戦術的が優位が残っている。織田方の兵力は上杉方の2倍以上、連絡線切れの効果を加味すると実質5倍以上になる。それでも謙信公の魔人的強さはここでもさく裂。織田方の大軍は上杉側の防御戦闘によって多大な損害を被った。
一時は勝利自体が危ぶまれた織田方であったが、最後は兵力差と連絡線切れの効果がモノを言った。横山に陣取る上杉軍は悉く撃破され、謙信公自らも辛くも織田方の囲みを破って春日山に引き上げていった。
後に「姉川の合戦」と呼ばれる織田/上杉対決は、結果から言えば織田方の大勝に終わった。

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23Turn(天正9年)

イメージ 19北陸戦線で当面の脅威を取り除いた織田軍は、今度は丹波・摂津戦線で反撃に転じた。狙いは丹波八上城に集結する吉川、波多野、別所の連合軍である。戦力は合計14戦力。
丹波の黒井城からは徳川家康率いる1個軍団8戦力が八上に向けて南下。摂津有岡からも柴田勝家率いる1個軍団8戦力が八上に向けて北上する。16戦力vs14戦力。いざ合戦、と思いきや、思わぬ横やりが入った。織田家重鎮である丹波長秀が、毛利軍の調略を受けて敵側に寝返ったのである。これで戦力比は完全1-1である。
兵力的には互角であったが、指揮能力では「海道一の弓取り」徳川家康を有する織田方の方が上。そこでさらに織田方は「奇襲」カードを使用して先制権を得た。最初の一撃で戦力の半数を失った毛利側に最早勝機はなかった。散々に叩かれた毛利側は完敗。吉川元春が僅かな供回りを伴って播摩三木城に落ちていくのが精一杯だった。

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この時点で時間切れでゲーム終了。ここまでのプレイ時間はセットアップ込みで5時間弱だった。

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感想

イメージ 20時間切れだったが、概ね織田方有利な状況で終えることができた。戦闘結果に恵まれたことは幸運だった。概ね有利な条件で戦端を開くように努めていたが、それでも主導権ダイス目によっては有利な側が負けることがあるのが本作の怖い所。そういった点では順当に勝てたのは良かった。城攻めでも伊勢長島や石山本願寺の攻撃で6の目を連発したため比較的早期に攻略できたこと。序盤に六角氏の調略カードが丁度良い感じで出てくれたので六角氏を攻略する手間が省けたこと。「近江で一向一揆」カードを入手できたために途中で近江地方を空に出来たことは幸運であった。その一方で織田方武将の裏切りカードがなかなか手元に来なかったため誰が信頼できるかわからず。「方面軍大将」カードをどこで使うかをなかなか決められなかったこと。武田信玄や上杉謙信が病死しなかったこと。鉄工船や本願寺との和睦がなかったことはちょっと辛かった。

ゲームとしては面白い。「フリードリヒ最大の危機」と比べるとルールが多いのが難点といえる。またカードが多いので慣れないと難しい。しかしそれを上回る魅力がある。なんといってもキャラの色付けが面白い。
 ・動員能力と調略能力で他を圧する織田信長とその家臣団
 ・野戦能力で信長に勝り調略戦にも長けた武田信玄
 ・無敵の野戦能力を誇るものの寝技の効かない上杉謙信
 ・信長の同盟国でありながら野戦能力の高さで唯一無二の存在である徳川家康
 ・実は信長最大のライバルである本願寺勢・・・
こういったキャラの特徴が簡単なルールとイベントカードで見事に再現されている。傑作と呼ぶに相応しい作品だと思う。

機会を見つけて再戦したいゲームである。

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