もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

2008年03月

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コマンドマガジン日本語版第78号付録「天下強奪」のリプレイです。


第9ターン

孤立した東軍浅野幸長隊に対し、西軍は必殺の3:1包囲攻撃を敢行する。浅野隊の運命もこれまでか・・・。
しかし何たることか。ダイス目はまたしても期待を裏切りAR(確率1/6)。浅野隊は危機を乗り切った。
悪いことは重なるもので、西軍期待の田辺城攻撃隊が、3:1の高オッズにも関わらずダイス目6で攻撃失敗(AR)。あと1歩だったのに。

このゲームでは、移動には命令ポイントが必要で、戦闘するだけなら命令ポイントが不要です。城攻めの場合、ARさえ出さなければ命令ポイントなしで戦闘を継続できるのですが、一度ARを出してしまうと、各部隊を攻撃位置まで移動させるために命令ポイントの出費が必要になってきます。限られた命令ポイントで戦う両軍、特に戦線の広い西軍にとって、攻城戦でのARはかなりキツイです。

さらには畿内戦線からも悲報が届いた。大津城で京極高次が挙兵。その制圧に向かっていた小早川秀秋、鍋島勝茂が相次いで東軍に寝返ったのだ。関ヶ原戦線で苦戦を続ける西軍にとって、この裏切りは痛い。

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戦線背後に出現した小早川秀秋、鍋島勝茂の両隊

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西軍の中から裏切り者達を並べてみました。

この機を逃さず、関ヶ原戦線では東軍が再び大攻勢に出ていた。加藤嘉明隊が得意の突破能力で西軍戦線背後に躍り出た。小西行長隊を包囲する。また一部兵力を伊勢方面に向かわせ、鳥羽城攻略に向かわせると共に、鈴鹿越えによる西軍戦線突破を画した。
小西隊に対する2:1攻撃。
3度目の正直か、と思われたが、またもや戦運は東軍を裏切った。結果はAR。小西隊撃破には失敗し、加藤嘉明隊は敵中に取り残された。

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敵中に孤立する加藤嘉明隊

第10ターン

西軍に立花宗茂登場。立花隊は直ちに淀川沿いに北上。大津城へと向かった。
丹後戦線では、前回の攻撃失敗にも関わらず西軍が再び賭けに出た。この方面最強の西軍滝川雄利に1命令ポイントを与え、田辺城攻撃を命じたのだ。成功率50%の賭けだったが、滝川雄利は見事に期待に応えた。DRを出して田辺城の耐久力を残1まで減らした。田辺城陥落目前である。
関ヶ原戦線では敵中に孤立した東軍加藤嘉明隊を西軍諸隊が包囲攻撃。今回は順当にDRを出し、加藤隊を葬った。

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立花宗茂。戦闘力4、移動力8、突破能力あり、命令ポイント不要の立花は、西軍最強のユニットである。

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関ヶ原で対峙する東西両軍

第11ターン

大津城正面に立花宗茂が到着。早速大津城攻撃に着手した。3:1の攻撃で順当にDRを出し、大津城の耐久力を残1まで減らした。
田辺城正面では西軍がさらに2命令ポイントを注ぎ込み、オッズを2:1として田辺城に対する最後の攻撃を行った。しかしなんたることか。万全を期したこの攻撃でまさかのAR(なんか今回はARが多いなあ)。田辺城は耐久力残1でなおも持ちこたえた。

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大津城を攻める西軍部隊

東軍は関ヶ原に対する限定的な攻勢を続ける一方、一部兵力を割いて鳥羽攻略に着手した。鳥羽城が陥落すれば、西軍による「秀頼出陣」チットを引くことは不可能になる。そして鳥羽城は防御力に乏しい。西軍の田辺城攻略が早いか、あるいは東軍の鳥羽城攻略が早いか、戦いは城攻め競争の様相を呈してきた。
徳川麾下の松平忠吉隊は伊賀上野に進出。水口方面から西軍主力の退路を遮断せんと機を伺う。

第12ターン

先ほど攻略に失敗した田辺城に対し、西軍はなおも諦めない。3命令ポイントを注ぎ込んで2:1のオッズを立てたが、攻撃はまたもや失敗(何でやねん)。攻撃参加部隊は粛々と後退するしかなかった。
大津城攻略部隊は3:1で順当にDRを出し、大津城の耐久力を0とした。これで京極高次の自滅が期待できる。

関ヶ原戦線では、石田、大谷の各隊が佐和山方面へ向けて転進を開始していた。これは東軍松平忠吉の策動に対応するためである。残った宇喜多、小西、島津の各隊は、なおも関ヶ原を挟んで東軍主力と対峙する。

東軍は遅れていた徳川秀忠隊がようやく戦場に姿を見せ始めた。秀忠隊が関ヶ原戦線突破の鍵となるのか・・・?。
伊勢戦線では東軍による鳥羽城総攻撃が開始された。オッズ3:1で必勝を期したが、またもやAR。今回両軍ともAR多発である。

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徳川秀忠隊。戦闘力5の秀忠本隊を初め、命令ポイント不要の5ユニットを有する秀忠隊は、関ヶ原戦線を突破するための東軍の切り札的存在といえる。

第13ターン

西軍はなおも田辺城を攻めた。オッズ2:1。何度目かの正直でようやくDRを出した。これで田辺城の耐久力は0になり、続く東軍プレイヤーターンに田辺城開城の目処が立った。しかしもう1ターン早ければ、このターンに「秀頼出陣」チットが1枚引けたものを・・・。友軍部隊の不甲斐なさに切歯扼腕する三成であった。(次の東軍プレイヤーターンに細川幽斎玉砕)

東軍プレイヤーターンに北陸戦線で前田利長登場。大兵力で敦賀城に総攻撃を加える。敦賀城を守るは西軍杉浦重勝(1-4)。オッズ3:1で攻めかかる東軍。結果DRで敦賀城の耐久力は1に減じた。
伊勢戦線では東軍が2:1で鳥羽城攻撃。今度は順当にDRを出し、鳥羽城の耐久力を1にした。
近江戦線では鈴鹿越えを果たした松平忠吉と筒井定次が水口城を攻撃。オッズ1:1であったがARを出して攻撃は失敗に終わった。

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前田利長。元々兵力の少ない北陸戦線にあって、戦闘力5の前田隊は貴重である。

第14ターン

徳川秀忠隊の前線到着や水口城に迫る脅威等を考慮し、西軍は関ヶ原方面の放棄を決定。主力を南近江に後退させることとした。大谷、小西、宇喜多の各隊が佐和山方面へ後退。それを島津、毛利の各隊が後退援護を行う。しかし後退に伴う戦線の綻びを家康は見逃さなかった。東軍全軍に突撃命令が下る。福島正則隊がその突進力を生かして戦線背後に躍り出ると、藤堂高虎、黒田長政、浅野幸長、京極高知といった東軍の将たちが解き放たれた野獣のように西軍部隊を攻める、攻める、攻める。
この攻撃によって島津義弘、毛利元康といった西軍歴戦の将士が相次いで討ち死にしていった。

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西軍前線に襲いかかる東軍諸将達

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先日、2年ぶりに冬の白馬を撮影に行きました。
その時の写真をいくつか紹介します。

白馬の他の写真は-->こちら

前回

青木湖

白馬から少し南下した所に、「木崎湖、中綱湖、青木湖」からなる仁科3湖があります。
最初に向かったのが青木湖。仁科3湖の最北部に位置する湖です。仁科3湖の中では最大の面積を持ち、周囲を山々に囲まれたその景観も仁科3湖では随一のものです。湖面に映る山々の姿が美しい・・・。
その後に中綱湖、木崎湖にも行きましたが、これらは被写体としては今ひとつでした。

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PFB2007チーム別戦力紹介--北海道日本ハムファイターズ

このコーナーもモタモタしている間に2008年のシーズンが始まってしまいました。先を急ぎましょう。

PFB2007戦力分析。今回は北海道日本ハムファイターズついて取り上げてみたいと思います。なお以下はあくまでも「ゲームの中のお話」です。現実の世界と類似する個人名や組織名が登場することがありますが、あくまでも「偶然の一致」であることを申し添えておきます。また本文中で「今年」とか「今シーズン」といった言葉が出てきますが、「2007年」あるいは「2007年度シーズン」のことであるとお考え下さい。

 (注)PFBとは、サイコロとカードを使ってプレイするタイプの野球ゲームです。選手1人が1枚のカードになっていて、カードの数値とダイスの結果を照合しながら試合を進めていきます。1試合のプレイ時間が20~30分なので、その気になれば年間140試合前後をプレイすることも(一応は)可能です。
 PFBについて詳しくはこちら
 PFBの入手方法はこちら

他のチームについては-->こちら

北海道日本ハムファイターズ

小笠原道大と新庄剛志が抜け、小粒になったファイターズ打線。昨年に比べると迫力不足は否めません。稲葉篤紀、セギノールの3,4番が打線の中核を担いますが、両名とも昨年に比べるとグレードダウンしています。チャンスメーキングすべき森本稀哲、田中賢介の2人は健在で、その他金子誠、坪井智哉といった俊足選手も揃っています。足を絡めた巧妙な攻めがファイターズには必要になってくるかもしれません。

投手陣はなんといってもダルビッシュ有の能力が光ります。マリーンズの成瀬義久と並びPFB2007最強の先発型投手となりました。欠点を上げるとすれば制球力にやや難があること。四球連発による自滅、というのが怖いパターンかもしれません。その他、昨年活躍した金村暁、八木智哉、武田勝の3人については、金村、八木が共に不調。唯一使えるのが武田です。金村らに代わる先発陣の柱として、グリン、スィーニーの両外国人投手がいます。また若い木下達生もいます。いずれも並以上の能力を持った好投手で、これらの優秀投手を先発陣にずらりと並べたファイターズ先発投手陣は、間違いなく12球団最強です。

申し分ない先発陣を誇るファイターズですが、救援陣になるとかなり怪しくなります。クローザーMICHEALは球威こそあるものの制球力に難があります。昨年抜群の安定感を誇った武田久も、今年は今ひとつパッとしません。岡島秀樹も抜け、江尻慎太郎がなんとか使える程度。むしろ先発陣が潤沢すぎるぐらいなので、必要に応じて先発投手陣から人を回すのが良いのかもしれません。

< スタメン例 >
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< 注目の選手たち >
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小笠原、新庄なき後、チームを引っ張るのがこの森本稀哲です。xxx
グリンについては「こんなすごい投手がいたのか・・・」というのが正直な感想。勝ち数9はデータから見ればやや物足りない感はありますが、継投能力を除いた能力ならばグライシンガー級です。

投手A、打線B、総合A

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コマンドマガジン日本語版第78号付録「天下強奪」のリプレイです。

1ターン

このゲームでポイントになるのが「豊臣秀頼出陣」です。秀頼出陣を実現するためには、できるだけ多くの「出陣要請」チットを獲得する必要があります。出陣要請チットは計7枚用意されていますが、そのうち本物の秀頼出陣は1枚のみ。つまりチット1枚引くにつき、確率1/7で秀頼出陣が達成されることになります。
出陣要請チットを引くためには、西軍プレイヤーは6個所の目標ヘクスを確保している必要があります。ゲーム開始時に西軍プレイヤーが確保している目標ヘクスは、岐阜、佐和山、敦賀、丹波亀山、鳥羽の計5個所。そして他に奪取可能な目標は、丹後田辺又は伊賀上野です。従って西軍プレイヤーが出陣要請チットを獲得したい場合は、岐阜を可能な限り長期間保持し、速やかに丹後田辺又は伊賀上野の攻略を達成する必要があります。

西軍はまず伊賀上野攻略のために宇喜多秀家とA大名を伊賀上野に向けて進発させた。さらに岐阜方面への増援のため、石田三成、島津義弘、小西行長、そしてA大名1名を関ヶ原方面へ進撃させた。
対する東軍は最前線に位置する福島正則を岐阜に向けて突進させた。岐阜をZOCに収めて西軍の増援を阻止する作戦である。福島正則は岐阜を守る織田秀信に対し1:1攻撃を敢行。DRを出して城の耐久力を減らすことに成功した。

西軍大名の多くは移動力が「白」文字。これは自主的に敵ZOCに侵入できないことを意味している。

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島津義弘。戦闘力「4」は両軍通じても有数のものだが、移動力が「白」なので「やる気なし」。

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こちらは福島正則。移動力「赤」は敵ZOC内への浸透可能を意味する。東軍には他にも黒田長政、加藤嘉明らが移動力「赤」であり、使い方さえ誤らなければ驚異的な威力を発揮する。

第2ターン

西軍宇喜多秀家は伊賀上野攻略作戦に着手した。しかし連れて来たA大名の正体が中立の長曾我部盛親であることが判明。それでも秀家は奮戦し、2:1攻撃でDRを出した。

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伊賀上野攻防戦。長曾我部盛親の裏切りが発覚したものの、宇喜多秀家の奮戦で上野城は次第に追い込まれていった。

東軍は犬山城を加藤嘉明と寺沢広高が攻撃。5:1攻撃でDEを出て犬山城主石川貞清が討ち死にした。
岐阜城では、福島正則と山内一豊が4:1攻撃。EXを出して山内一豊と織田秀信が相討ちになった。岐阜城陥落。
その南竹ヶ鼻砦では、城主脇坂安治が突如西軍に反旗を翻して石田三成陣に攻撃をかけてきた。しかし1:4攻撃に成功するはずもなく、あえなく脇坂安治は石田隊の餌食となった。

第3ターン

西軍による伊賀上野攻撃は続く。6:1のオッズでDEを狙った西軍であったが、運に見放されてDR。伊賀上野はギリギリで持ちこたえた。
岐阜方面でも西軍の苦戦は続いている。木曽川戦線を守っていた毛利高政が東軍の攻撃を受けて無血降伏。石田、小西といった西軍主力が包囲される危機に瀕した。その機を逃さず、東軍浅野幸長と加藤嘉明が石田三成を2:1で包囲攻撃。2/3の確率で三成を除去できるという東軍にとって絶好のチャンスであった。しかしダイス目は無情にも「5」でAR。西軍は大きな危機を乗り越えた。

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石田隊を包囲攻撃する東軍浅野、加藤の両隊。しかし結果は「AR」で、東軍は大きなチャンスを逸した。

第4ターン

危機を脱した三成だったが、岐阜戦線での兵力不足は如何ともし難い。西軍は平野部での抵抗を放棄。関ヶ原に後退することとした。一部の殿を残しつつ、石田、小西、島津の各隊は関ヶ原に陣を敷く。同時に三成は畿内に残る諸大名に対し、関ヶ原方面への出陣を命ずる書状を発した。
伊賀方面ではようやく伊賀上野城が落城。これで次ターンから宇喜多隊を関ヶ原に回せる。

第5ターン

敦賀方面より大谷吉継参戦。命令ポイントなしで動ける西軍にとっては貴重な機動兵力である。早速関ヶ原に向かう。
西軍主力は関ヶ原に布陣完了。一方東軍は濃尾平野に残る西軍砦に攻撃を加え、大垣城を残してほぼ一掃することに成功した。

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大谷吉継。命令ポイント不要。移動力7の大谷は、西軍にとって貴重な機動予備兵力になるはずだ。

第6ターン

東軍徳川家康が着陣する。これで機動力を増した東軍部隊は、関ヶ原に向けて兵を進めた。手始めに大垣城攻撃に着手。城主竹中重門は、圧倒的な東軍兵力を前にしてあっさりと寝返った。

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徳川家康。戦闘力7はゲーム中最強。ただし特別ルールのために前線への投入は事実上不可能である。

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第6ターン途中の関ヶ原戦線。この直後の東軍プレイヤーターンに大垣城は竹中重門の寝返りによって落城した。

第7ターン

伊賀上野奪取、そして関ヶ原戦線を概ね安定化を見た西軍は、その攻撃軸を丹後戦線に向けた。4命令ポイントを投入しての田辺城攻撃。西軍にとっては大きな賭けだった。その賭けは成功。田辺戦線では裏切り者、脱落者もなく、全員が攻撃に参加した。2:1で細川幽斎の守る田辺城を強襲。結果はDRで田辺城の耐久力を低下させるとともに、次ターンでの希望をつないだ。

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第7ターン、西軍による田辺城攻撃

第8ターン

西軍はさらに1命令ポイントを田辺城に投入。オッズを上げて田辺城攻略の完遂を目指す。作戦は功を奏しオッズ3:1で田辺城攻撃。結果DR。田辺城の耐久力は2にまで低下した。
関ヶ原正面では東軍による攻撃が始まっていた。浅野幸長、加藤嘉明、寺沢広高、京極高知、そして井伊直政らが、小西、島津、毛利らの守る西軍全線に対して総攻撃をかけてくる。東軍浅野隊の攻撃により西軍毛利秀包はたまらず後退(1:1でDR)。戦闘後前進で浅野隊は西軍陣地背後に躍り出た。そのチャンスに東軍諸隊が西軍小西、島津隊をそれぞれ1:1攻撃。DRが出れば撃破できた所であったが、攻撃は悉く失敗(AR)。東軍は千載一遇のチャンスを逃すと共に、浅野隊に壊滅の危機が迫った。



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ちょっと時季外れかも知れませんが・・・・、

「天下強奪」は、コマンドマガジン日本語版第78号の付録ゲームです。
テーマは関ヶ原の合戦。徳川家康率いる東軍と石田三成を中心とする西軍が、畿内地方を中心として一大合戦を行います。史実では関ヶ原で戦われた野外決戦に勝利した家康がそのままの勢いで勝利者となりましたが、本ゲームでそのような展開になるのは稀でしょう。多くの場合、西軍は秀頼の参戦を待ちつつ関ヶ原から琵琶湖東岸、そして畿内方面に戦略的後退を行う一方、東軍は兵力と攻撃力の優位を生かして西軍の撃破を図ることになります。

今回、このゲームをソロで試してみました。ルールは短いのですぐ理解できたのですが、ゲームの定石等はあまり理解していません。とりあえず行き当たりバッタリで試してみます。

それでは始まり始まり。



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