
彦根に続いて次は長浜へ。
長浜といえば、その昔今浜と呼ばれていたものが、木下藤吉改め羽柴秀吉公が長浜に赴任された際、長浜という名に改名させられたとか云々。その他にも国友鉄砲鍛冶とか、賤ヶ岳の合戦とか、かつての日本鉄道網の拠点だったとか、色々と歴史的な事件には事欠きません。
長浜といえば、その昔今浜と呼ばれていたものが、木下藤吉改め羽柴秀吉公が長浜に赴任された際、長浜という名に改名させられたとか云々。その他にも国友鉄砲鍛冶とか、賤ヶ岳の合戦とか、かつての日本鉄道網の拠点だったとか、色々と歴史的な事件には事欠きません。
長浜城
彦根城の場合とは違い、長浜城は駅のすぐ近くにあります。駅の西口を出たら目の前が豊公園。その一角に長浜城の復元天守閣があります。先に紹介した彦根城に比べるとスケール感では及ぶべくもありません。撮影ポイントも少なめで、その点はやや不満が残ります。ただ長浜城の場合、目の前がすぐ湖なので、城の景色と琵琶湖の景観を同時に眺められるのは嬉しいです。
長浜鉄道スクエア
長浜城の見所が今ひとつ少なかったため、時間が余ってしまいました。そこで駅近くにある「長浜鉄道スクエア」に立ち寄ることにしました。「長浜鉄道スクエア」は旧長浜駅舎を改造して作られた鉄道記念館です。旧長浜駅舎の他、長浜鉄道文化館、北陸線電化記念館の3つの施設の総称です。施設が3つあるとはいえ、入場料は3ヶ所合わせて\300です。設備の内容は、旧長浜駅駅舎内部を復元したもの(旧長浜駅舎)、長浜駅の歴史を紹介したもの(長浜鉄道文化館)、北陸線で活躍していた機関車を展示したもの(北陸線電化記念館)です。
思えば長浜駅も今では主要交通路から外れてしまい、かつて幹線だった頃に比べると交通の結節点としての重要性は明らかに低くなっています。しかし長浜スクエアは、長浜がかつて鉄道交通の中心的役割を果たしていたことわかりやすく教えてくれています。
入館料\300は判断に迷う所ですが、近くに立ち寄る機会があれば、訪れてみるのも良いのではないでしょうか。
入館料\300は判断に迷う所ですが、近くに立ち寄る機会があれば、訪れてみるのも良いのではないでしょうか。



長浜市内観光
長浜鉄道スクエアを出て、長浜の市街に向かいました。時計を見ると11時過ぎ。丁度小腹も空いてきました。長浜には「焼鯖そうめん」という名物料理があるそうです。「名物料理」というものに弱い私は無性にその「焼鯖そうめん」というものが食べたくなりました。そこで入った店が「翼果楼」。長浜では有名なお店だそうです。「鯖街道 焼鯖寿司付き」という\1,680のセットメニューを注文しました。
期待の焼鯖そうめんは・・・・、うーん、味の方は「びみょ~」ですね。まあ名物料理を食することができたことは良かったです。
食事の後に長浜の市街地を少し歩いてみました。思いの他風情があったので驚きました。長浜の町も意外と見所が多いですね。










前のターンに大規模な進攻を成功させた連合軍であったが、このターンは攻めあぐんだ。東部ボルネオのバンジェルマシン、タラカンを占領したもの、万を持して発動されたマニラ占領作戦は日本艦隊の激しい抵抗にあいまさかの失敗。
日本軍がインド方面とマリアナ、西カロリン方面に防衛努力を集中しているのを見た我が連合軍は、海兵隊による奇襲上陸を敢行。台湾南部と中国東岸に拠点を確保した。ジャワ、ボルネオ方面でも日本軍の拠点を制圧。日本軍のリソースを3ポイント減じることに成功した。
最初のB-29飛行隊(第20爆撃コマンド)が台南に進出した。東京方面へ出撃。最初の戦略爆撃を成功させた。
連合軍は後半戦で日本軍の反撃を封じるためにある程度艦隊を分割せざるを得ないのですが、その時主力上陸部隊には十分な護衛をつけるべきでしょう。最低でも70戦力程度は随伴させておきたい所です。今回はそれを怠ったために日本艦隊の決死的反撃によって主力上陸船団が再三に渡って撃退されるという失態を演じてしまいました。
今回の状況ではビルマロードは遮断され、HUMPもなし(HUMPカードをOCとして使ってしまいました)。北インドの飛行場も全滅だったので中国大陸からの爆撃は無理でした。幸い第8ターンに台南を占領できたから第9ターンより戦略爆撃を実施することができましたが、もし台南占領がなければ連合軍の戦略が崩壊している所でした。HUMPカードの有効性を改めて感じた次第です。
ビルマロードを遮断された時、中国軍の補給状態はどうなるのか。通常の補給線ルールを適用すると補給切れになるけど・・・・。
今回のプレイで言えば、ビルマ陥落と共にKunmingは補給源としての機能を損失したことになります。中国軍ユニットはステップロスを強いられ、活性化することもできませんが、ただし最低補給は効いているので壊滅することはありません。







日本軍はあまりカードが良くないようだ。トーナンメントルールを適用して「近藤中将」を投入。主にタラカン、スラバヤ、バタビア、チラチャップといったボルネオ、ジャワの要域に進攻してきたのである。
欧州の戦況が一時的にせよ好転した。その隙に大量の地上部隊、航空部隊が太平洋戦線に投じられた。基地航空兵力は半分をビルマ、残り半数をニューギニアに投入。後の戦いに備える。
日本軍はシンガポール、マニラを陥落させ、セレベス島、スラバヤ島も概ね制圧。東南アジアの大部分は日本軍の手中に帰した。しかしラングーンに対する日本軍の攻撃は見事に撃退に成功。ビルマ決戦に明るい光を投げかけた。
ターン開始早々に朗報が届く。英軍の特殊小型潜行艇がカムラン湾に在泊中の戦艦「長門」を雷撃。これを撃破したのだった。

マーシャル諸島を出撃した空母6隻を基幹とする米空母部隊が密かに日本本土に接近しつつあった。横須賀沖200海里より発進した米空母艦載機は横須賀に集結していた日本空母群を急襲。大型空母3隻(3ステップロス)を撃破することに成功した。日本軍の反撃によって空母「ワスプ」が撃沈されたが(1ステップロス)、まずは大成功である。
日本軍はビルマ、インド方面に戦争努力を傾注しているようであった。そのため我が軍は太平洋正面で反攻を行い、日本軍の戦争努力を太平洋正面に引き戻そうとした。

