もりつちの徒然なるままに

ウォーゲームの話や旅の話、山登り、B級グルメなどの記事を書いていきます。 自作のウォーゲームも取り扱っています。

2010年10月

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Normandy'44は、米国GMT社が2010年夏に発売を開始した比較的新しいシミュレーションゲームです。
テーマはタイトル通り1944年6月におけるノルマンディの戦い。米英連合軍がノルマンディに上陸した6月6日から始まるノルマンディキャンペーンを1ターン1日で再現します。デザイナーはマーク・シモニッチ氏。かつてウクライナ43、アルデンヌ44、コーカサス・キャンペーン等、数々の名作ゲームを世に送り出してきた人物です。

1ユニットは大隊~連隊規模で、歩兵クラスは概ね連隊、戦車は大隊規模が多いです。戦車を含む部隊は装備する戦車によってレーティングされています。米英の戦車は概ね2~3(軽戦車が2、中戦車や駆逐戦車が3)に対し、ドイツ軍は旧式戦車が2、4号戦車や突撃砲が3、パンターや重駆逐戦車が4、ティ-ガーが5です。

基本システムは比較的シンプルです。移動・戦闘を相互に繰り返す流れで、オーバーランもなし。その代り予備移動・予備戦闘ルールがあり、予備を上手く活用すれば脆弱な敵戦線を突破できるかもしれません。
とはいえ、ボカージュが生い茂るノルマンディ地方の地形は守り易く攻め難し。しかも「最大戦闘力18ルール」が足かせになります。これは両軍とも1つの戦闘に投入できる最大戦力は18戦力まで、というルールです。このため大戦力を頼みとした高比率が立ちにくく、戦いは必然的に低比率戦になります。攻撃側は戦力頼みではなく各種支援効果(戦車、練度、艦砲射撃、航空支援、砲兵)によるコラムシフトをアテにしていくことになります。戦車性能や練度に優るドイツ軍はこれらを生かして高比率戦闘に持ち込もうとし、艦砲射撃や航空支援を頼みとする連合軍は必然的にこれらを頼ることになるでしょう。

ノルマンディ戦を特徴づける要素としては、ティーガー戦車(ヴィットマン)と連合軍の物量攻勢があります。前者については攻防共に使える「ティーガーシフト」によって再現されています。連合軍はティーガー戦車を避けることになるでしょう。ただしティーガー戦車はわずか1ユニット(101重戦車大隊)しかないので、連合軍機の機銃掃射には御用心。
後者はなかなか難しいです。先にも述べた「最大18戦闘力ルール」によって極端な兵力集中は抑制される上、連合軍には恐怖の「出血多量サドンデス」があります。これは米英軍がそれぞれ一定レベル以上の損害を被った時点でサドンデス負けになるというルールです。注意していればそれほど恐れることはないのですが、連合軍は油断しているとアッサリ負けてしまう危険性があります。そのため連合軍は「華麗な機甲突破」ではなく「石橋を叩いて渡る」ような慎重な前進をすることになるでしょう。悪天候時にはドイツ軍に「教育」されながら、空軍と砲兵支援と頼りにおっかなびっくり前進する連合軍。いかにもそれらしいではありませんか。

シナリオはキャンペーンの他ミニシナリオが2本。キャンペーンは6月6日から同27日までの計22日間の戦いを扱います。史実に当てはめるとシェルブール陥落が6月27日なのでキャンペーンの最終ターンであり、カーン陥落は7月7日、コブラ作戦開始が7月25日です。ゲーム上ではシェルブールは陥落して当然としても、カーン、サンローはドイツ軍が最後まで守り通さなければならないことになります。

只今VASSALを使ってソロプレイを進めていますが、概ね大詰めまで来ました。これまでのペースはだいたい1ターン当たり1~1.5時間です。基本システムは比較的シンプルなのですが、シモニッチ氏の作品らしく細かいルールが結構多いのでルール確認に時間がかかります。また細かい戦術運用にもそれなりに気を使う必要があるので、考えることが多いです。ゲームシステムに慣れて、対人戦なら1ターン1時間以内でいけるかな?。


The Dark Summer - Normandy, 1944 ドイツ装甲軍団1 Fortress Europa
遠すぎた橋 ノルマンディ上陸作戦1944 西部戦線 (歴史群像アーカイブVol.17) 「砲兵」から見た世界大戦

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機甲戦の理論と歴史

葛原和三 芙蓉書房出版

タイトル通り機甲戦の理論と歴史について記した著作です。
 第1章:機甲戦前史及び序説
 第2章:機甲戦理論の形成と発展
 第3章:日本陸軍の機甲の発展
 第4章:現代の戦争と機甲戦
章立てを見れば自ずと内容は想像できると思いますが、機甲戦について主にWW2前から現在に至るまでの理論的な発展を主なテーマにしています。WW2まではドイツ及び旧ソ連が機甲戦理論の牽引役になり、それを米英仏等が追随する形となります。WW2戦後は米、ソ、西独、イスラエル等が機甲戦理論を発展させていきます。また本書では旧日本陸軍についても1章設けて、機甲の発展について冷静な分析をしています。
ページ数がやや少なめで字も大きいので3時間ほどで読み終えることができます。内容も奇をてらったものではなく、極めて常識的な内容であり、新しい発見は少ないかもしれませんが、機甲戦理論について基本を押さえるには最適です。

お奨め度★★★

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3連休を利用し、紅葉の名所として有名な那須岳に登ってきました。那須岳に登ったのは個人的には3度目です。前回は2007年の秋。その時には姥ヶ原の紅葉の美しさに感動しました。
今回は二匹目のドジョウを狙って3連休に出かけてみましたが、さてさて。

標高1400m、那須岳登山口付近にある県営駐車場に到着したのは前夜の2200頃でした。今日はここで仮眠します。前回来たときには早朝を狙ったにも関わらず駐車場が満杯で難儀したので、それを避けるための策です。さすがに標高1400m。秋口とはいえかなり強い風が吹いていました。空を見上げると星が綺麗です。天の川もハッキリと見えます。明日の晴天に期待して寝袋に潜り込みました。

翌朝起きたのは0530頃でした。昨晩に比べると駐車車両が激増しています。既に駐車場は満杯状態。それでも後から後から車が駐車場に入ってきます。空模様は悪くなさそうですが、昨晩同様強い風が吹いていました。

出発は0630。風が強いので雨具を着こんで登り始めました。標高差約300mの峠の茶屋跡まで所要時間は約40分。このあたりは風の通り道なのでいつも強い風が吹いています。なんとか峠の茶屋跡に着いたのは0715頃。周囲は薄くガスがかかっていて視界が効きません。どうしようかな、と思いましたが、このまま引き揚げるのもアレなので、取りあえず牛ヶ首方面に向けて歩いてみることにしました。
歩いている途中でやや視界が開けてきて、眼下の姥ヶ原が見えてきました。紅葉の名所として有名な姥ヶ原ですが、今回はあまり発色がよろしくないようで・・・。既に最盛期は過ぎているのでしょうか。

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ちなみに下の写真が3年前の姥ヶ原です。天候の違いもあるとは思いますが、発色の違いは明らかです。

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本当はもう少しゆっくりしたかったのですが、今日は仕事のために帰京する必要があるので、0900前に下山を開始しました。天候は回復してきたので青空が綺麗です。左手に見える朝日岳の斜面は紅葉が綺麗です。この辺りが丁度見頃のようです。

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県営駐車場に戻ってきたのが0930。駐車場付近から見る紅葉もまた綺麗でした。写真を撮ります。

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車に乗って山を下りていきました。対向車線の山へ向かう道路は大渋滞。麓までびっしりと車が連なっていました。少し寒かったけど前夜泊したのは正解でした。そういえば下山中に1つ前を走るレンタカーがその前の車にオカマを掘っていました。「バコーン」と物凄い音がしたのでちょっと驚きました。

那須ICから東北道を南下。3連休最終日でしたが幸い渋滞等はなく、1400前には鎌倉へ戻ってくることができました。午前中は登山、午後からは仕事というシュールな1日でした。

ノルマンディ戦に関係ある戦争映画を見ようと思って、以下の3つを連休中に見てみました。(後半2つはノルマンディというのはやや辛いですが、まあ西部戦線つながりということで・・・)

「史上最大の作戦」
「プラインベート・ライアン」
「遠すぎた橋」
「レマゲン鉄橋」

絵的には最新の「プライベート・ライアン」がダントツでしたが、面白さという点からいえば「史上最大の作戦」がベストかな。俯瞰的な描き方なのですが、どこかストイックな感じが良いです。
「レマゲン鉄橋」も面白いのですが、ちょっと味付けが濃いような気がします。1度だけなら面白いとは思いますが、BGM的に何度も見るのはちょっと辛いかも。

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先日、CMJ#94の附録ゲーム「Flying Tigers」をプレイしました。このゲームは1942年前半期におけるビルマ上空の航空戦を扱った作戦級ゲームです。ビルマ周辺を描いたエリア式のマップは計9つのエリアと11個の基地ボックスが描かれています。1ターンは1ヶ月、1ユニットは10~20機の航空機を表わしています。登場する航空機は、九七戦、一式戦「隼」、二式戦「鍾馗」、九七重爆、P-40、ハリケーン、P-36等です。
今回は選択ルールを全て採用しました。

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セットアップ時の状況

第1ターン(1942年1月)

イメージ 10日本軍は定石通りラングーンに向けて大攻撃隊を放った。戦闘機6ユニット、爆撃機8ユニットの日本軍大編隊に対し、連合軍はラングーンに待機していたB339「バッファロー」3ユニットとP-40 2ユニットの計5ユニットを迎撃に上げた。また昆明に待機しているP-40 4ユニットをビルマ各地に出撃させてPOC(制空権)確保に努める。
ラングーン上空の戦いは質量共に優る日本陸軍航空隊の圧勝。日本軍の損害は旧式の九七軽爆がステップロスしたのみ。連合軍は「バッファロー」3ユニットが全滅、P-40 2ユニットもステップロスして辛くもアギャップに逃げ込んだ。

ターン終了時のPOC:連合軍3点

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第2ターン(1942年1月)

イメージ 11日本軍は1POCを消費して増援ダイスを3回振った。しかしダイス目振るわず「隼」2ユニットが登場したのみ。しかしそのうちの1ユニットが強力な第64戦隊(本ゲーム最強)である。
このターン日本軍は再びラングーンに大攻撃隊を放った。このターン、ラングーン方面の制空権を確保すれば、ラングーン基地は日本軍が支配する所になる。連合軍は先ほどの戦いで戦力を大幅にすり減らしたので、日本軍との正面衝突を避け、広く散開してPOC確保を狙う。ラングーンのレーダー基地を破壊したため後攻移動の特権を持つ日本軍戦闘機隊は、ノンビリと中国機がパトロールしている昆明上空へ「隼」3ユニットを送り込んだ。
昆明上空の中国空軍は突然の日本機来襲にパニックとなった。P-36、ヴェンジェンス、そして英空軍のブレニム爆撃機各1ユニットに対して「隼」は同じく計3ユニット。しかし性能差は圧倒的だった。最初の空中戦でブレニムが撃滅され、残った戦闘機隊もステップロス。たまらず地上に逃げ帰ったが、そこへ「隼」が低空から機銃掃射。結局連合軍の3ユニットは全滅。「隼」の損害はわずかに対空砲火による1ステップロスのみだった。
ラングーン方面では連合軍戦闘機の抵抗がなかったため、日本軍が予定通り爆撃を敢行。予定通りラングーン上空の制空権を握り、予定通りラングーンを占領した。

ターン終了時のPOC:連合軍5点

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第3ターン(1942年3月)

イメージ 12このターン、両軍とも大規模な増援部隊が登場する。日本軍は九七戦、二式複戦、九七重爆等計6ユニット。さらに第7飛行師団から九七重爆3ユニットと百式司偵1ユニットも加わった。連合軍はP-40 3ユニット、ハリケーン3ユニット等計7ユニット。さらに整備状態から復活してきたP-40 2ユニットも加わる。この時点で日本軍の数的優位は揺るがないが、戦闘機戦力についてはユニット数で連合軍が優位に立った。

連合軍はスパイをラングーン地区に配置し、日本軍へ主導権を渡さないようにする。日本軍はバゴー(中部ビルマ)に戦爆連合の大編隊を出撃させる。その他分遣隊をマグウェイ、シャンに派遣する。
連合軍は日本軍の裏をかく戦術に打って出た。戦闘機5ユニットをラングーン地区へ、戦闘機4ユニット(いずれもP-40)を長駆タイのチェンマイへ進出させてきた。日本軍にはまだ温存していた戦闘機があったが、ラングーン、チェンマイの両方へ対処するのは無理。ラングーンは諦めてチェンマイに戦闘機4ユニットを集結させる。
かくして開始されたチェンマイ上空の戦い。日本軍は新鋭の二式戦闘機「鍾馗」1ユニットを失い、九七戦 3ユニットがステップロスするという大損害を被ったが、来襲してきたP-40 4ユニット全てを撃退し(損害4ステップ)、チェンマイ上空を守り切った。

ターン終了時のPOC:連合軍8点

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第4ターン(1942年4月)

イメージ 13日本軍は再び中部ビルマ一帯の制圧に出る。バゴー、マグウェイ、シャン、そして先ほどは隙を突かれたラングーンにも爆撃隊、戦闘機隊を発進させて制空権確保を図る。
連合軍は先ほどのターンに大損害を被ったので、このターンはゲリラ的な襲撃に終始した。ラングーン上空で米義勇空軍のP-40 1ユニットと日本軍の戦爆連合3ユニットが交戦したが、数に優る日本軍がP-40を退けて勝利した。
このターン、アギャプ、マグウェ、ライオ、タウンギーの各基地が陥落。中南部ビルマで連合軍に残る基地はトングーだけとなった。

ターン終了時のPOC:連合軍7点

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第5ターン(1942年5月)

イメージ 14日本軍はPOC差を一気に詰めるべく大攻勢をかけてきた。戦爆連合の大編隊をインド上空に放ったのである。敵本拠地はPOCも高く、さらに本拠地爆撃によるボーナスPOCもある。
日本軍の動きを見た連合軍はインド防空を諦めた。その代りに日本軍の手薄なバゴーに戦闘機9ユニット、爆撃機1ユニットの大編隊を放ってきたのである。悩む日本軍。バゴーを失うのは痛すぎる。悩んだ日本軍は戦闘機7ユニット、偵察機1ユニットで迎え撃った。
バゴー上空の大空中戦。両軍とも後がないこの戦いは激烈を極めた。連合軍側で生き残ったのはP-40が3ユニットのみ(うち1ユニットはステップロス)。しかし日本軍はバゴー上空に投入した8ユニット全てを失った。日本軍にとっては痛すぎる損害。これで勝負は決したかに見えた。

後から考えてみると、日本軍はバゴーの戦いに戦闘機をつぎ込む必要はなかったのかもしれない。バゴーを無視する代わりに確実に制空権を取れる場所でPOCを稼いでおいた方が得策であった。

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ターン終了時のPOC:連合軍4点


第6ターン(1942年6月)

イメージ 15日本軍は連合軍の大根拠地である昆明へ大空襲を仕掛けた。昆明にはスパイが配置されているため奇襲の利は失われている。それでもPOC差を一気に克服するためには昆明を叩くしかない。一方の連合軍は数少ない戦闘機を広く浅く配置し、日本軍のPOC確保を阻む。
最終ターンの戦い。日本軍は予定通り昆明の制空権を得た。また昆明爆撃に成功したためにさらにボーナスPOCを得た。その他日本軍はタイ、マグウェイの制空権を確保。連合軍はカチンの制空権を確保した。

最終的なPOCは0点。引き分けに終わった。

連合軍としては、最終ターンにインドの制空権を取れなかったのが痛かった。

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感想

イメージ 16プレイ時間は2時間ほどでした。今回は選択ルールを採用しましたが、選択ルールなしの場合日本軍が有利ではないかと思います。戦闘機戦力では両軍とも大差はないのですが(質的には日本軍優位ですが、量的にはやや連合軍優位かも)、爆撃機戦力で日本軍が圧倒的。しかもこの爆撃機が結構制空権確保に効くのです。日本軍の常套戦術として爆撃機を空戦に参加させて敵戦闘機にステップロスを強いるとか(たった1火力といってもステップ数だけダイスを振れるので結構馬鹿にならない)、あるいはステップロスや強制帰還時の弾よけに爆撃機を使うといった方法もあります。あと日本戦闘機の機銃掃射も結構凶悪です。3以下命中なので空戦を避けて地上に降りた所を狙われます。
システム的には汎用性が高いので他の戦場(例えばソロモン戦等)にも応用が効きそうなのですが、戦爆連合の扱いにやや難があるので、そのあたりは改善したい所です。

ちなみに本作の爆撃ルールにはややしっくりこない部分があるので、CMJ編集部に質問しておきました。

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