事実上、夏休みの初日となる某日曜日。下名はYSGA追浜例会に参加しました。
YSGAの例会では、本格的なゲームをガッツリプレイしよう、という感じのゲームが多いのですが、この追浜例会はちょっと趣が異なります。どちらかといえば軽めのゲームをいくつかプレイしよう、とか、今までプレイした事がないゲームの練習プレイをしよう、といった感じのプレイが多いような気がします。まあ、下名が勝手に思っているだけかもしれませんが・・・。
YSGAの例会では、本格的なゲームをガッツリプレイしよう、という感じのゲームが多いのですが、この追浜例会はちょっと趣が異なります。どちらかといえば軽めのゲームをいくつかプレイしよう、とか、今までプレイした事がないゲームの練習プレイをしよう、といった感じのプレイが多いような気がします。まあ、下名が勝手に思っているだけかもしれませんが・・・。
今回私がプレイしたゲームは以下の通りです。
Paths of Glory(GMT)
Ted RaicerデザインによるWW1キャンペーンゲームの傑作です。今回対人戦は2度目ですが、まだまだ不慣れなことを露呈してしまいました。
詳細については後日報告します。

西南戦争(WGJ#13)
Paths of Gloryが比較的早めに終わったので、2戦ほどプレイしてみました。政府軍、薩摩軍をそれぞれ担当し、いずれも勝利を収めました。
全般に薩摩軍の方が難しいように思えますが、熊本城に対する攻撃がうまくいけば、勝機があります。あとは西郷どんも意外な所で効いてくるかも・・・。研究し甲斐のある作品だと思いました。1ゲーム1時間弱という手軽さも魅力です。

この中で特に注目したのはAsia Engilfed。今までは積木ゲーということで、硬派な太平洋戦争ゲーマーを自認する私にとってはやや「場違い」な感があり敬遠していたのですが・・・。コンポーネントを見ているとちゃんとした太平洋戦争しているではありませんか。エリア式のマップはVictroy in the Pacific程大雑把ではなく、史実で激戦があった場所はちゃんと激戦が起こりやすくなっています。ユニットには個艦名や機種名こそありませんが、陸海空の区別や空母、戦艦、巡洋艦といった艦種の区分もちゃんとあり、空母にはちゃんと艦載機が搭載されています。戦闘も夜戦と昼戦の区別がしっかりとなされているようで、そこそこ面白そうだと感じました。
Amazon.comで調べると$64.98とのこと。送料込みで$100弱といった所でしょうか。さてさて・・・
Amazon.comで調べると$64.98とのこと。送料込みで$100弱といった所でしょうか。さてさて・・・
Here I Stand(GMT)については、傑作という話は聞いていたのですが、マルチゲームでしかもテーマが「宗教改革」といったら下名にとっては興味の対象とは成り得ず、取りあえず「様子見」としていました。しかし傑作ゲームとして名高い作品なら、一度ぐらいはプレイしてみたいなあ。そう思っていたら、次々回のYSGA例会で早速メンバーに組み込まれてしまいした。担当はプロテスタントだそうです。マルティン・ルターぐらいは中学校の歴史の教科書で読んだことはあったけど、高校では世界史取らなかったので縁がなかったしなぁ・・・。
帰りの中華料理屋で話題になったのが、第2次ポエニ戦争を扱った傑作ゲーム「Hannibal」。下名が「ハンニバルってプレイしたことないよー」って話すと、一同、まるで外国人を見るように冷たい目で・・・。ポエニ戦争如きがそんなに普及していたとは知らなかった・・・。これは早く買わんと如何カモ・・・。
という訳でゲーム三昧の楽しい1日は過ぎていきました。
Paths of Glory
Pursuit of Glory
1918/1919
地図と解説でよくわかる 第一次世界大戦戦況図解
補給戦
フラー制限戦争論
日本人のための第1次世界大戦史
第一次世界大戦-忘れられた戦争















独軍が最初のボーナスで第6軍を選択したのが特徴的。その後にヴォロネシ方面軍が出たので全軍後退させたが、4PzAがその直後に出てヴォロネシに向けて大いに前進する。先のヴォロネシ方面軍移動時に司令部を後退させることを怠ったため、司令部が敵中に残される危機に陥った。
ヴォロネシ方面軍の司令部は危うくドイツ軍による捕捉を免れてドン川(Don.R)後方に撤退成功した。一息つくソ連軍。ドン川沿いに防衛線を引きたい所だが、ヴォロネシ北方についてはドン川沿いに部隊が展開できていない。そこから独軍が渡河してくるのが厄介だ。案の定独軍はヴォロネシ北方でドン川を渡河。北からヴォロネシに迫ってくる。
ドン回廊の危機にも関わらず、否、だからこそ一層反撃を行わなければならない。

ドイツ軍の包囲攻撃は猛烈を極め、狭い地域に閉じ込められたソ連軍反撃部隊は次々と撃破されていった。


しかし手遅れだった。第4装甲軍に引き続いて活性化した第1装甲軍がスターリングラード市街地南半分に突進。守備体勢の整わない陣地帯をドイツ装甲師団4個が強襲。スターリングラード市街地全域がドイツ軍の支配下に落ちた。
ソ連軍が反撃に転じた。
一方スターリングラード方面では久々の大戦果をあげた。虎の子戦車4個軍団を投入した攻撃でドイツ軍第14装甲師団(8-4-10)を包囲殲滅。装甲師団撃破の大戦果に沸くSTAVKAなのであった。
STAVKA自らが陣頭指揮に立ち、さらに南西方面軍司令部、南方方面軍司令部と2個の方面軍司令部をつぎ込むソ連軍の反撃は凄まじい。スターリングラードのすぐ西側では、ドイツ軍戦線の後方を浸透したソ連戦車軍団が要域カラチに接近。スターリングラードへ向かう鉄道連絡線を脅威した。
