今年1月26日のYSGA泉例会に参加した際の記録です。

今回はその雪辱を期して戦ったのですが、東軍は強い強い。
結局今回の対戦では2度戦って、いずれも西軍を担当。結果は1勝1敗でした。
まあ連敗ではなくて良かったです。
結局今回の対戦では2度戦って、いずれも西軍を担当。結果は1勝1敗でした。
まあ連敗ではなくて良かったです。

激闘関ヶ原
論争関ヶ原合戦
関ヶ原合戦の真実
関ヶ原-司馬遼太郎(上中下)
群雲、関ヶ原へ(上)
群雲、関ヶ原へ(下)















次の相手は1990年ライオンズ。清原和博、秋山幸二、デストラーデという強力クリンナップと安定した先発投手陣を持つこのリーグ優勝候補の最右翼である。
先発は阪神が安藤優也、西武が渡辺智男が先発。
連敗して負けられない阪神。負傷していた藤本敦士選手が戻ってきた。西武戦は二塁手が穴で苦戦を強いられた。まだまだレギュラー級ではないが、兎に角少しは穴が埋まる。藤本を8番2塁でスタメン出場させる。それにしても2005阪神。セカンドが弱点になるとは予想していなかった・・・。


それよりも痛かったのは関本健太郎の負傷離脱である。タフネスがBしかないのである程度の離脱は覚悟していたが、いざとなると痛かった。控えが藤本敦士と秀太しかいない上、2人とも打力・守備力が2流以下である。藤本のタフネスはAなのでまだマシだが、今回みたく関本と藤本が揃って抜けてしまうと守る選手がいない。急遽「無人野手」を補充したが、打力のなさは如何ともし難い。幸い鳥谷がセカンドも守れるので、ショートに久慈照嘉を入れる手もあるが、大同小異。選手層の薄さを呪ったものだ。
DH制も不利に働いた。元々選手層が薄いので、DHに出すような選手がそもそもいない。中村豊、林威助、スペンサーあたりを使ってみたが、力不足は明らかだった。逆に西武のように打力に優れたチームは、DHを使わせないことで打力を大幅にダウンさせることが期待できる。今回は西武戦がビジターゲームであったため、DHありだったのが痛かった。
思いの外時間がかかった。「15試合ぐらいなら1日かければ余裕だろう」と思っていたが、予想に反して9試合。1試合平均すると1時間ぐらい。かつて1日20~30試合をノルマにしていた時代に比べると隔世の感がある。

最初の三連戦は2006年Fightersとの3連戦。八木智哉、ダルビッシュ有といった投手陣と小笠原道大、森本稀哲、稲葉篤紀といった投打のバランスが取れたチームが相手である。第1戦目は阪神福原忍、日ハムダルビッシュが先発。
阪神は下柳剛、日ハムは武田勝が先発する。
2連敗して後がない阪神は安藤優也が先発。日ハムはリーが先発。
次の対戦相手は1998年ベイスターズ。マシンガン打線と大魔王佐々木主浩による強力なリリーフ陣を有する好チームである。
阪神は福原忍、横浜は福盛和男の「福福」対決。グレードでは相手の方が上だったが、序盤に阪神打線が繋がって3点先制。3-1のまま福原ががんばり、7回途中から橋本健太郎にバトンタッチ。橋渡し3イニングのロングリリーフで横浜打線を計1点に抑えて5-1で快勝。ちなみにこの試合で関本健太郎選手が負傷退場。これが後に響くことになる。
これまで2番打者を担当していた関本健太郎が離脱したため、この試合から新打線。1番赤星憲広、2番鳥谷敬、3番今岡誠という攻撃的な布陣である。この試合、阪神先発はローテの谷間井川慶。相手はエース斎藤隆。勝ち目は薄い戦いだったが、打線の爆発に期待するのみ。