


礼文島はウニの名産地として有名です。
礼文島で美味しいと言われているのは馬糞ウニと呼ばれる種類のもので、名前は兎に角、味は絶品です。
礼文島で美味しいと言われているのは馬糞ウニと呼ばれる種類のもので、名前は兎に角、味は絶品です。
この「かふか」は礼文島の料理屋の中でも評判の高いお店。そこで頼んだウニ丼は正に絶品。
「まずは醤油をつけないでお召し上がり下さい」
という店員さんの指南通り、まずは何もつけないでウニだけを一口。
それが確かにウニだけの癖に濃厚な味わいで、これが旨い。
「まずは醤油をつけないでお召し上がり下さい」
という店員さんの指南通り、まずは何もつけないでウニだけを一口。
それが確かにウニだけの癖に濃厚な味わいで、これが旨い。
後は醤油を少し垂らしながらご飯と一緒に食べるウニ丼は正に最高の贅沢でした。
今年はウニ漁が不調ということでやや高めのウニ丼でしたが、本場で食べるウニ丼は、それだけの価値が十分にあったと思います。
お奨め度★★★★★


















天正2年の暮れは信長公にとって憂慮すべき年越しとなったが、年が明けるや否や、直ちに行動を起こした。信長公自らが率いる15戦力が京に乱入。朝倉義景と足利義昭の連合軍9戦力に襲い掛かった。
京を取り返した信長公であったが、休んでいる暇はない。さらに周囲の敵を撃破し、畿内一帯を平定しなければならない。それにしても京に暗躍していた足利義昭公を追放できたのは大きかった。これで京周辺の治安が安定し、浮いた兵力を他方面に展開できるようになったからである。
信長公自ら率いる8戦力が大和郡山に南下。城を囲む本願寺勢を攻撃する。本願寺勢は士気こそ高く籠城戦では侮り難い敵であったが、野戦においては指揮の統一を欠き、統率力に勝る織田勢の敵ではない。一方的に叩かれた本願寺勢は信貴山に向けて後退していった。
上杉謙信が行動を開始。西へ向けて上洛へと動きだした。
西国の雄、毛利家も動いた。山陰道からは吉川元春率いる8戦力が但馬国に乱入。出石城を囲んだ。
茨木に残る三好、別所連合8戦力に対し、織田信長麾下の24戦力が襲い掛かった。兵力で3倍を誇る織田軍に対して三好・別所連合は後退を選択したが、織田軍の猛追がそれを許さなかった。この茨木の会戦で三好、別所連合は壊滅。三好三人衆は悉く討ち死にした。
忘れかけていた武田戦線だが、徳川家康率いる8戦力が、いよいよ武田の本拠地である甲府躑躅ヶ崎館に襲い掛かった。その時の武田家は、当主であった武田信玄公は既に病死し、後継者である武田勝頼が指揮をとっていた。兵力で勝る徳川勢は余裕で甲府入りしたが、そこで武田が意地を見せた。
織田軍はいよいよ仇敵石山本願寺に対する攻勢を開始する。信長公自らが率いる16戦力が石山城を囲んで猛攻する。また明智光秀率いる4戦力は福島城を攻め、羽柴秀吉率いる4戦力が有岡城を占領した。これは信長公の連絡線を確保するためである。
北陸路からは上杉景勝率いる上杉軍が急進してくる。先に七尾城を落した彼らは、一向宗の助けを借りて加賀国内を西に向かい、越前に乱入した。北ノ庄を囲む上杉軍。それに対して織田軍は主戦兵力を畿内戦線に振り向けているため、兵力を各城郭にばら撒いて時間稼ぎするしかない。早く家康が武田を片付けてほしいと思う信長公なのであった。

「罠にかかった」









